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第18話「鷹夜の気持ち」
「2日酔いツラぁ、、」
ぐわんぐわんと視界が揺れて、頭が痛い。
飲み過ぎた翌日、駒井家を出て電車に乗るなり、鷹夜は酒とタバコ臭い自分のシャツとスーツに嫌な顔をしながら車両の1番後ろの3人がけの席に座った。
羽瀬は早朝、妻・美和子(みわこ)の迎えで無理矢理に車に押し込まれ、家に帰って行った。
美和子と言う人物は「いつもごめんね」と駒井達に菓子折りを渡すあたり、羽瀬のパチンコ癖に嫌気がさして里帰りをしまくるのも納得の、人として出来過ぎた嫁感が否めない女性だ。
「はあ」
土曜日の午前11時過ぎ。
駒井の家で随分ゆっくりしてしまって、瑠璃には申し訳なかった。
この時間になると家族連れや昼食を食べに出かける人間が多く、車内は中々に混雑している。
(あ、カップルだ)
ふと上げた視線の先では、高校生らしき年齢の男女が手を繋ぎながら入り口のそばに立って車体の揺れに揺られていた。
寄り添って、彼女の方が彼氏にもたれかかっている。
(可愛い、、あーゆーの、あったっけな)
脳裏に思い浮かんだのは日和の姿だった。
山田日和(やまだひより)。
鷹夜が高校時代から30歳になるまで付き合い、そしてプロポーズをして断られ、結局、婚活アプリで知り合った男に寝取られていた元恋人だ。
男子校時代に一緒に街を歩いていた友人が声をかけた女の子達の内の1人で、ナンパした後に流れで合コンになり、鷹夜がアタックしてその後も何度か会い、そして付き合った。
鷹夜からすると2つ歳下の子で、今年で28になる。
「、、、」
思えば28になるまでプロポーズしなかったのは申し訳なかったな、と鷹夜はぼんやりとそのカップルを見つめた。
特に嫌な視線を送っているわけではなく、何となく、スン、とした目で見ている。
あんな風に日和と寄り添ったり、出かけていた時期はもちろんあった。
遠い日々の記憶ではあるものの、思い出そうとすれば楽しかった頃の思い出はわんさか出てくる。
(芽依とは、あーゆーのできないんだなあ)
別にあんな風にベタベタしたい訳じゃない。
ただ、少し手を繋いだり、ふざけて身体を持ち上げあったり、頬をくっつけたり。
そう言う日常的な何でもない恋人同士の触れ合いを、無論男同士だから、そして相手があの竹内メイであるからこそ、人前ではできない。
(だから、せめて、セックスがしたかった、、ただそれだけ、なんだけど)
思考回路は結局、この1週間ずっと鷹夜を苦しめているその現実へと引き戻されてしまった。
(何で無理だったんだろ)
鷹夜は目を閉じて、あの日の夜をもう一度思い出す事にした。
(たくさんほぐしてもらって本当に気持ち良かったし、指だって2本入った。しかも苦しくはなかったし、指2本なら前々から何回か挑戦してる。久しぶりだったのも関係してたかもしれないけど、別に緊張してた訳じゃ、、)
しかしそこで、挿入寸前に見てしまった「XL」の文字が脳裏を過り、うーん、と首を捻る。
(えっくすえるは、まあ、驚いたけどさ、、やっぱり大きいんだなあって思ったけどそんな、いや、うーん、まあ、あれで結構揺らいじゃったのはあったのかも、、)
緊張、驚き、そんな些細なものが作用したのかもしれない。
例えその後に気持ちがほぐれて芽依を受け入れられると思ったとしても、一度力の入った身体だったなら、もう一度時間をかけて慣らして貰えば良かった。
(そういうのを、もっと話さないと)
お互いに昂り過ぎた日だったのだから、流れでいかず冷静に事を進めても良かったのだ。
そして、やはりこうやって「久々」になってしまうよりも、一緒に住んで毎日何らかの触れ合いをしておくべきかもしれない、とも思えた。
毎回会うたびにほんの少し「あ、竹内メイだ」と身構えてしまう部分もなくはないのだろう。
偏見はないが、無意識に緊張はしている。
(そのせいか、あの日から連絡し辛いし、、)
鷹夜は電車の中だからと見ないようにしていた携帯電話を鞄から取り出した。
大きな駅で停まって、周りにいた人間が続々と電車から降りて行って車内が空き、少し警戒心が薄れたのだ。
電源をつけると充電はあと15%程しかなく、急いで芽依とのメッセージのやり取りを読み返す。
芽依[鷹夜くん、今日も大好きだよ。行ってきます]
「あ、」
やってしまった。
最近は休日昼過ぎまで眠っている事もザラで、朝早い仕事があるときの芽依のメッセージを未読で無視してしまう事が立て続けにあった。
先日の事であまり会話しないようにしていたせいもあってか、このメッセージの前に、昨日の夜にももう2件程メッセージが入っていたのに、それも読んでいなかった。
周りの目があったから仕方ないと言ってしまえばそうだが、これでは芽依からしても、自分を避けている鷹夜と言う図ができてしまっただろう。
(悪いことしたな、、、って、あ!?)
ここ最近の事を全て謝ろうとして返事をどう打とうかと迷っている内に、結局、携帯電話の充電が切れて電源が落ちてしまった。
駒井の家から鷹夜の家までは電車で30分程で着く。
その後、疲れと2日酔いのせいで急激な睡魔に襲われた鷹夜は充電の切れた携帯電話を鞄に戻し、30分の道のりをほぼ寝て過ごした。
最寄駅に着いたとドアが閉まる数秒前に気が付いて急いでホームへ降り立つと、もう何でもいいからとにかく眠たくなって家までの道をギリギリ歩き抜き、部屋に着いてすぐに玄関の廊下に倒れ込んで眠ってしまった。
「ん、?」
そうして目が覚めたのが昼の14時過ぎだった。
「ケータイ充電し忘れた!?やば、芽依に返信、!」
スーツもハンガーにかけて消臭剤を拭きかけたい。
それに、シャワーも浴びて、歯磨きもして、できたらもう一度ベッドで寝たい。
やりたい事がわらわらと頭の中を駆け抜けていくけれど、とにかく1番初めに芽依に返信がしたかった。
ベッドの脇のコンセントにさしたままの充電器のケーブルを掴み、ブツッと携帯電話の尻に差し込む。
1分ほど待ってホームボタンを長押しすると、パッと画面が白く映し出された。
(追いメッセージは、、来てないか。うわぁあ、ごめんな芽依、絶対不安にさせたなあ)
鷹夜はベッドに上半身を乗せてうつ伏せのまま、しばらく芽依への返信を打っていた。
ありきたりに「返信できなくてごめん」から始まり、昨日の飲み会の事や駒井の家に泊まった事を書いて、それから、「俺も好きだよ」と最後に添えておく。
(あ、電話もできなかったな)
だから、「通話もできなくてごめんね」ともう一文追加した。
「ふぁ〜あ、、ゲームしたい。オッドのサイドストーリークリアしないと次の面進めないもんなあ、、でも寝たい、眠い。あんま遅くまで飲むもんじゃないな。もう身体がついてけない、、あーあ、今田とか今頃はピンピンしながら彼女と遊び行ってんだろうなあ」
大きなあくびを噛み潰し、返信が終わって携帯電話をベッドの上に放るとグーッと大きく伸びをする。
ゴキッ、ポキポキッと背中の方から音が聞こえた。
今年30歳になった鷹夜は自分の身体の衰えを感じつつ、若い後輩の顔を思い出したりしながらゆっくりと立ち上がり、まずはシャワーを浴びようと湯沸かし器のスイッチを押した。
「俺も芽依とどっか行きたいなあ」
土日休みの彼と違い、芽依は休日が安定しない。
最近はドラマも終わって少し落ち着いてきたとは言え、平日が休みになってしまうとやはり会えない。
そんなもどかしさが続いてやっと迎えた同じ休日、しかも2連休が先週末だったのだ。
「はあ、、」
1週間脱ぎ散らかしていた洋服を部屋中からかき集め、部屋の隅の洗濯機に放り込んでいく。
着ている服も脱いで中に押し込むと、いちいち計るのが面倒になって買うようになった1回分になっている洗剤+柔軟剤の小さなプニプニのボールを最後にヒョイと放り込み、フタを閉めてスタートのボタンを押した。
「っと、ん?アレ、ダメだ」
そこでまた電池切れが起きた。
目を開けていられない程に眠たくなって、すぐそこのベッドに全裸のまま倒れ込んでしまう。
せめてパンツだけでも履きたかった。
ジャーッと洗濯機に水が注がれていく音がして、それからゴウンゴウンと機械が動き出す。
「め、ぃ、、」
そこまで来るともうダメだった。
あんまりにも激しい睡魔で、また意識がブツンと途切れるように眠りに落ちてしまった。
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