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第23話「森沢幸穂」
そのまま「森沢幸穂」と名前だけで検索すると、ネットのページの1番上に彼女のブログが出てきた。
その下に女優としての彼女の詳細な経歴や出演した作品の情報が載っているサイトが出て、芽依は七菜香の話しを聞きながらそのサイトをクリックする。
「あ、この人か」
サイトの1番上に、名前と写真がパッと表示された。
「写真出た?」
「うん。この人?だよね。小さい頃時代劇で見たことあるわ」
「そう、この人。随分若いときの写真だねコレ、、あ、この下のが多分、何年か前のやつ」
携帯電話の画面に出た若き日の森沢幸穂は、芽依が好きだった時代劇にも出演していた覚えのある顔だった。
確か祖父が好きだった女優だな、と思いながら七菜香に画面を見せて確認を取ると、今度は彼女が言った最近の森沢幸穂の写真を見ようと画面を自分の方に向ける。
そこに写っていたのは、確かに若き日のこの女性が整形も何もせずそのまま老けたのだろうと言う顔の女性だった。
「相変わらず綺麗だけど、ちょっと不気味」
「、、そうなんだ?」
不気味、だろうか。
もしかしたら、同じ女性から見るとそうなのかも知れない。
しかし男の芽依からしてみれば、恐らく50代前半だろうと言うその女性は、年齢なりの色気を纏いつつも、その辺の50代よりかは幾分も若く見え、そして何とも妖艶な女性のように思えた。
憂いを帯びた視線でカメラのレンズではないどこかを見つめながら、黒く艶めく長い髪を右側の肩にまとめて流し、口元のホクロが印象的だ。
昭和のいい女。
そう言った雰囲気の漂う、大人の女性だった。
「で、この人が?」
年齢の割にやたらと綺麗で、時代劇の主役をいくつも務めた今は亡き大御所俳優の妻であり、未亡人。
30歳下のよく分からない俳優と熱愛報道された事がある女優。
それが、荘次郎とどう関係するのだろうか。
時刻は9時15分を回った。
「荘次郎くんがその人と一緒にいるところ、週刊誌の記者に撮られたの」
「ん、、ん?」
よく分からないものが胸につかえた気がした。
いや、喉だろうか。
「え、まさか熱愛ってこと?は?それこそ30は上だろ?この人」
芽依は困ったように笑いながら、誤魔化すように烏龍茶の入ったペットボトルに口を付ける。
このカフェは席だけ借りて飲食物を持ち込んでも良いので、先程近くの自動販売機で買ったのだ。
七菜香はカフェで淹れてもらったホットコーヒーを飲んでいる。
「熱愛、とかは、分かんない」
そう言うと、しょん、と顎を引いて俯いてしまった。
「そうじゃないと、いいな」
「?」
そう言えば、彼女は何故ここまで荘次郎を気にかけるのだろうか。
たかだか同じ事務所と言うだけの関係ではないのか。
「、、もしかして、荘次郎と付き合ってる?」
そこだけは、特に声を小さくして問うた。
「、、あはは、何か、言いにくいね」
「いや、、おわ、マジか。全然聞いてなかった」
ドッドッと心臓がうるさくなった。
自分や泰清に語られる事のなかった事実を、まさか荘次郎ではなく彼女から聞く事になろうとは、と芽依は変に鼓動が速くなってしまっていた。
正直驚いた。
七菜香がいつまでも自分を好きでいるとは思っていなかったが、それなりに相手がいると言う予想を裏切り、こんなにも近くにいる友人と付き合っていると言うのは、何だかそれはそれで居心地が悪いような、そうでもなくて、良い友人同士がくっついてくれてめでたいような、複雑さがあった。
「いつから?」
荘次郎、お前はどこまで薄情なんだ。
芽依の頭の片隅に、ほんの少しそんな文句が浮かんでいる。
「メイくんが立ち直るちょっと前、、」
「あ、、ぁあーー、そっか。その辺か。まあ、俺が荒れてたから言えなかった感じだよね?」
「んん、ごめんね何か、ほんと。荘次郎くんも、今はやめとこうって。もう少し落ち着いたらゆっくり話すからって言われてて」
「いやホントそこはごめん。俺が悪い。本当に荒れてたから」
音が出ないように顔の前で手のひらを合わせて「ごめん」と意思表示すると、七菜香は困ったように笑ってくれた。
何だ、そう言うことか。
きっと、2人が付き合い始めたのは芽依がLOOK/LOVEを使い始めるもう少し前の話だろう。
その時期なら確かに自分に話せないだろうな、と彼は思った。
何故ならあの時期は自分の事しか見えておらず、どうしても周りの人間を傷付けて責めたくて仕方がなかった。
きっと2人が付き合ってると聞いた瞬間に、荘次郎だけ幸せになりやがって、と彼を拒絶してしまっていただろうと容易に想像がつく。
(今で良かったー、、鷹夜くんがいてくれて良かった)
ふぅ、とバレないように胸を撫で下ろし、もう一度よく考える。
週刊誌の記者に、荘次郎と森沢幸穂が一緒にいるところの写真を撮られた。
相手は未亡人で、数年前にも同じように若手俳優との熱愛が報じられた事がある。
しかし、実際には荘次郎は七菜香と付き合っている。
「、、荘次郎と七菜香ちゃんは、連絡取れてないってこと?」
「うん」
やっと顔を上げた彼女は、コクン、と力なく頷いた。
「え。何で?俺たちと連絡取れないのはまだいいとして、七菜香ちゃんと取れないの?何してんだあいつ」
「うん、、連絡取れないくらいなら良いの。ほら、ぼんやりしてるところあるし、メッセ送って返ってこないとかいつものことだから」
それは芽依にもよく分かる。
荘次郎は本当に連絡不精なのだ。
「でも、1ヶ月近く連絡取れないのなんて初めてで、、私たちのこと、事務所の社長にはもう話してあるの。結婚前提で付き合ってるから、その内そうなると思いますって」
「ん、そうなんだ」
「うん」
中々に驚く話しばかりが出てくる。
「で、社長に何度か相談してたら、一昨日事務所に呼び出されて、それで、、知り合いの週刊誌の編集長から電話が来たらしくて、森沢さんと荘次郎くんの写真撮ってきたやつがいるけどいいのかって。本当は私と荘次郎くんの写真狙ってた記者さんで、まあ、あの、事務所の系列の社長さん達が本当にまずい記事とか写真はその人にお金払って止めてもらってるみたいで、例の如く相手があの森沢さんだったから、うちの社長にも連絡が来て、」
「森沢さんて何がそんなに問題なの?」
「あ、うんと、だからね」
何やら話がこんがらがってきた。
彼女の話しをきちんと聞きたいのだが、こちらも時間がない。
何やら先程から最も重要な部分の話題を避けられているような気がした芽依は、らしくもなく攻めるように質問をした。
「あの、、森沢さんて、自分の家に有名?な占い師とか霊媒師とか呼ぶんだよね、、あと熱心な宗教家とか。細田翔さんて森沢さんと付き合ってた頃にお母さんを亡くしてたらしくて、それで、そう言う人達使って、漬け込まれたんじゃないかって言われてるの」
「え」
芽依の中で嫌な予感が段々とはっきりした形になってきてしまっている。
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