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第29話「一旦忘れよう」
誤魔化すように手を振って、鷹夜はたどり着いたソファの前にあるローテーブルの脇に芽依のリュックを置いた。
「飯は食べたんだよな?」
「うん。お弁当出たから」
「ん。パスタソースだけ買ったんだ。必要なとき食べて」
「あ、ホント?ありがとう」
キッチンに置かれたパスタソースの箱を見つけて眺めてから、芽依はソファに座って鷹夜がテキトーに見ていたテレビ番組へと視線を移す。
「あ、泰清出てる」
「そうそう。この番組、シーズンレギュラーらしいよ。メッセ来てた」
「あー、何かやるって言ってたかも」
(アイツ、鷹夜くんと普通にメッセしてんのむかつく)
はあ、と息を吐き、画面に映る友人を睨みつける芽依。
ストン、と少し落ち着きのない鷹夜がそんな芽依の隣に腰掛ける。
2人の体重で、ソファには窪みが2つできた。
(セックスってどのタイミングで誘うもんなんだ?と言うか、いつもどうやってたっけ?)
2人で泰清の出ているバラエティ番組を見ている中、鷹夜は1人、もんもんとそんな事を考え始めていた。
しかし、一方、芽依はと言うと。
(鷹夜くん、何かソワソワしてる?)
彼は彼で鷹夜の異変を察知して影響されたのか、そちらを伺うようにチラリと視線を泳がせつつ、ソワソワし始めていた。
(あ。俺が話したいことがあるとか、意味深な感じで言ったから勘違いしてるかな?鷹夜くんてすぐ良くない方向に考える癖あるもんな)
そして検討外れな方向へと想像を膨らませていっている。
(いや、まったくもって別れたいとかじゃないんだけど。別れる気なんかさらさら無いし。そうじゃなくて、荘次郎のことなんだよなあ、、でもこれ話すと、ちょっと重たい空気になるかもなあ。今話すべきかな?後の方がいいかな。でも俺明日仕事だし、早く話した方がいいよなあ)
このように、またすれ違った事をもんもんと考えている。
この2人は噛み合うときは本当に上手く綺麗に噛み合うのだが、噛み合わないとなるととことん噛み合わない。
テレビの中では泰清が話題に上がった1発ギャグをやらされている。
何ともよく分からない空気が部屋の中に漂っていた。
「、、あのさ」
「はいッ」
口を開いたのは芽依の方で、それに過剰に反応し、上擦った声を上げたのは鷹夜だった。
「帰ってきて早々に、なんだけどさ。鷹夜くんに聞いて欲しいことがあって、」
ソファに腰掛けながら、2人は顔を見合わせた。
やっとまともに互いの顔を見たような気がする。
鷹夜を見つめる芽依の瞳は真剣な色をしていて、見つめ返していると、顔の良さもあってか引き込まれるような感覚がしてくる。
(か、、顔が良いな、俺の彼氏、、)
竹内メイでない時間でも、芽依の色気は全開でくらくらした。
鷹夜はグッと唇を引き結び、変な方向に行きかける思考回路を正そうと焦点を芽依の瞳に合わせて集中する。
「何か、今するべきかな?って話し、なんだけど」
「ぇ、?」
その切り出し方に鷹夜は、まさか、と思った。
(この言い方、、もしかして、さっきのゴムの音で俺がエッチなパンツ履いてるの、バレたんじゃ、!?)
全くもって違うのだが、そう考えついた瞬間、ヒュッと変な音を出しながら息を吸い込んでしまった。
喉の音にびっくりしたのは鷹夜自身で、少しむせそうになっている。
芽依は音には気が付かず、どう話したら良いかと悩んでいる様子で視線がうろついている。
(バレてたら、アレか。やっぱり芽依もそう言う気持ちになってくれて、誘おうとしてくれてんのかな)
鷹夜からすると、芽依のそんな迷いのある視線がセックスに誘おうとしている手前の恥じらいのように見えてしまった。
(いや、うわあ、不甲斐ない。芽依にばっかり誘わせて、、お、俺だって男だし、たまには俺から、シようって言うべきだよな)
普段、鷹夜は「セックスがしたい」と言う理由で芽依の家に来る事はない。
彼に会いたくて、一緒にいたくてここに来る。
しかし今回は、今夜だけは、鷹夜自身が芽依とセックスがしたくて彼の家に来た。
明確なその目的を果たす為であり、芽依と次のステップに進む為だ。
(俺から言おう。シたいよって、、セックスしようって、ちゃんと)
何度も言うようにまったくもって見当違いな予想だったが、鷹夜は酷く真剣にそう思い込み、意を決して唇を開く。
しかし一方、芽依は芽依で、今ここで鷹夜に自分の身の回りで起きている事や、少し心に引っかかっていた七菜香と言う存在と、彼女と連絡を取り合わなければならない理由についても全て話してしまいたくて、意を決して口を開いたのだった。
「芽依、俺も、!」
「荘次郎のことなんだけど!!」
「、、、え?」
「え?」
そこで一回、時が止まった。
「、、、?」
「、、、?」
「あ、あれ?ごめん、鷹夜くんなんて言った?よく聞こえなくて、」
再び口を開いたのは芽依の方だった。
自分が切り出す話しに夢中になり過ぎていて、まったく鷹夜の様子が分かっておらず、思わず言葉を遮る形で発言してしまい、今更ながらに慌てている。
遮られた鷹夜の方は自分の勘違いに気が付き、徐々に徐々に顔が赤くなり始めていた。
(え???え???荘次郎?荘次郎くん???)
エッチがしたいと言う話しではなく?
まずった、と思った彼は口をパクパクさせながら、また誤魔化すように胸の前で両手を振って見せ、「あっ、」と、やっとひと言だけ言葉を発した。
「いや、いや別に!違うから!、そうだよな、荘次郎くん!!荘次郎くんて最近どうしてんの!?あんま話し聞かないけど!?」
「エッ、アッ、えっとね。荘次郎が、その、」
鷹夜の慌てように戸惑いつつ、芽依は彼が何を言おうとしていたのかも気にかけながら、自分が話そうとしていた事を思い出す。
「荘次郎が、、あの、」
「ん?」
鷹夜が繰り出そうとしていたあまりにも恥ずかしく馬鹿な話題と違い、荘次郎について喋ろうとしている芽依は中々言葉が出て来ず、俯いてしまった。
そんな様子に気が付いて、流石に心配になった鷹夜はギシ、とソファを揺らして座る位置を変え、少し芽依との距離を詰める。
コツン、と膝が当たりそうなところまで来ると、再度、「どした?」と彼の顔を覗き込んで見上げた。
「何か、宗教、、でもないんだけど、何か。なんて言うのかな、、変なことに、巻き込まれてるみたいでさ」
「うん」
途切れ途切れで消えていきそうになる声を何とか拾っていく。
何やら只事ではない話しだな、と察した鷹夜は、黙って唇を閉じ、真剣な顔で相槌だけ打っていき、心細そうな喋り方をする芽依を宥める。
芽依は芽依で、思い出してきた七菜香との会話で、また胸がギュッと締め付けられていた。
(苦しい)
友人に遣うべき言葉なのかは知らないが、芽依は荘次郎を愛している。
良き友人で、信頼できる仲間で、ずっと一緒にいたい人だ。
鷹夜に遣う「愛してる」と意味は違うけれど、同じくらい大切な人間ではある。
欠かせないものだ。
そんな人が知らぬ間に凄く遠くへ行っていた事が、芽依の中にまたあのスキャンダルのときの恐怖を蘇らせている。
(怖い)
微かに、指先が震えた。
「芽依」
「ん、っ?」
テレビから聞こえる笑い声が何処か遠い。
すぐそこでした最も安心できる呼び声に、芽依は現実に引き戻されるような変な感覚がしてそちらを向いた。
「ちゃんと聞いてるよ。ゆっくり話していいから。だから芽依が今、何が辛いのか、俺に教えて」
「ッ、、うん」
見つめ返した鷹夜の真っ直ぐで美しい茶色の瞳があまりにも頼もしくて、芽依は胸がいっぱいになりながらコクンと頷き、そして、真城七菜香と言う女優と自分の関係、それから、彼女と荘次郎の関係、そして今、恐らく荘次郎の身に起こっているであろう事を、彼に全て話した。
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