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第30話「足場確保に回るだけ」
芽依から聞いた荘次郎の話しは衝撃的な事が多く、鷹夜は自分が今どんな下着を履いているかなんて事は忘れてしばし真剣な顔つきになっていた。
午前1時少し過ぎにその話しが終わると、「うーん」と低く唸ってやっと姿勢を変え、ちょっとだけ背中を伸ばす。
カーテンがかかっている窓の外はもちろん真っ暗だったが、時折り車のクラクションの音が聞こえた。
「芽依は、どうする気でいる?」
「助けに行きたい」
即答だった事には別段驚きはしなかった。
彼がそう言う人間だと分かっている。
分かってはいるが、その先の話しが重要だ。
「芽依も、真城さんも、危険になると思うよ」
ソファに座りながら腕組みをした鷹夜からは、重たい声色が漏れている。
「うん。分かってる」
「応援するし、俺にできることがあるなら出来る限り助けるよ」
「うん。ありがとう。出来る限り巻き込まないから、」
「うん、でもさ」
「、、うん」
少し嫌な話しをする事になるな、と鷹夜は首を捻った。
上手く伝えられるか、適切な言葉を言えるのかが分からない。
しかし言わねばならなかった。
「悪いんだけど、俺にとって1番大切なのは芽依なんだ」
「えっ?」
冗談や、軽い話しではない。
鷹夜の瞳は真剣で、別に踏み外した話しをしている訳でもなく芽依に喋っている。
ただ、芽依の中で、今その話しと荘次郎の話しが上手く結びつかないだけで。
「あ、うん」
「だからな、もしも荘次郎くんのことで芽依の身体や命が危険になったり、仕事のことで危うくなるなら、俺は芽依を止める側に回るから、その気でいて欲しい」
「、、、」
思いがけない話しの流れに、芽依は少しぽかんとしていた。
彼自身、そこまで考えていなかった訳ではないが、何とかできるだろうくらいの気持ちしかなかったのだ。
鷹夜なら「行ってこい!」と背中を押してくれる。
絶対に自分の味方でいてくれる。
そうとしか考えておらず、それを期待して話してしまっていたから、彼のその少しキツい言葉の受け取り方が良く分からなかった。
「えっと、」
「あんまりこう言うの言いたくないけど、宗教とか、占いやらって、一回浸かると抜け出せない人は多いと思う。荘次郎くんが弱ってるなら尚更」
「うん」
「俺は芸能界は良く分からない。荘次郎くんのことも良く分からない。でも、じゃあいざ助けに行って、説得しても帰ってこない。そして、助けに行ったことで目をつけられて、その森沢さんの周りの芸能界で凄い力を持ってる人達が芽依の敵に回って攻撃して来る。そうなったら、俺、守ってやれないんだよ」
その言葉は、ドン!と芽依の胸の真ん中をブチ抜く勢いで殴りつけて来た。
「芸能界なんて踏み込んだことないんだ。手が届かない。芽依の仕事がなくなって、事務所辞めさせられても、お前に飯食わせてやることはできる。でも、芽依が本当にやっていきたい仕事に戻してあげることはできない」
淡々と語られる、そのあるかもしれない現実の話しを、少しも想像しなかったわけではない。
けれど、芽依はどうしても荘次郎を助けたかった。
戻ってきて欲しかった。
「それにもし、そのヤバい人たちに近付いて俺との関係がバレて、面倒なことになったら、俺は芽依から離れるよ」
「なッ、!!」
何言ってんの?
そう怒鳴ろうとしたが、鷹夜の射るような視線に諌められた。
そうだ。そのくらいに危険な事である可能性は確実にある。
実際問題、細田翔は芸能界に戻って来ていないのだから、手段を選ばずに潰しに来る輩は存在しているのだろう。
「っ、、」
ゴクッ、と嫌な音を立てながら、芽依の喉仏が大きく上下に動いた。
簡単に考え過ぎていたのかもしれない。
荘次郎の家に突っ込んで行って、泰清や七菜香、他の友人達の前に引き摺り出して目を覚まさせれば良いと思っていたけれど、実はそれもそんなに良い手ではないのかもしれない。
「泰清くんに相談した?真城さんと2人で行動するのはやめて欲しい。泰清くんを入れて、3人で考えて。それと、もし荘次郎くんの事務所の人が動くなら、芽依たちは動いちゃいけない」
「何で、、た、泰清には話すし、もう、こういうことになってて、とは言ってるけど、、事務所の人が動くかなんて分かんないし、」
鷹夜は芽依を責めてはいない。
ただ、情熱と友情で解決できるものではないと理解できているだけだ。
そして、芽依はそれを理解できていない。
「向こうの事務所が動くなら、違う事務所の芽依や泰清くんが関わったら、黒田社長にも中谷さんにも迷惑がかかるよ」
「、、でも、」
鷹夜が言う事ももちろん分かる。
けれど、タレントを使い捨てと考える事務所の人間だって多い。
スキャンダルを起こしたら、それまでの信頼関係なんてなかったかのように見捨てるところだってある。
ドールオンズがどんな対処をするかは分からないが、細田翔の一件を聞く限り信用できない芽依としては、何としてでも自分の手で荘次郎を取り戻したいのだった。
「、、、」
俺が言っても、駄目かもしれない。
鷹夜は芽依が思っているよりも冷静に物事を見ていた。
自分と付き合っていると言う厄介事を抱えている芽依が、他の厄介事に突っ込んでボロを出さないかどうかも計算している。
ましてや、荘次郎がこちら側に戻らない可能性も考慮していた。
そうなった場合下手をすれば芽依が、鷹夜との関係を知っている荘次郎に脅される立場に変わってしまう。
それだけは駄目だ。
だからこそ同じように冷静でどこか達観し、また、冷めた視線も持つ泰清を芽依の隣に置きたかった。
芸能界の事をいまいち分かっていない自分ではなく、その危険や踏み抜いてはいけないポイントを熟知しているだろう泰清に、自分と同じように、直ぐに走り出してしまう芽依の手綱を握って欲しかった。
そして何より、何かあったときにバックに良家の出と言う肩書きと政界へ少しは顔が効く泰清を頼れる様にしておきたかったのだ。
全て、芽依がこれ以上危険になったり、自分のせいで芸能界を辞めるような事にならない為に。
「鷹夜くんは、、俺にはできないって思うの?馬鹿なことしそうって、心配って、頼りないなって、」
「違う」
「だって、!!」
「芽依」
鷹夜から見た自分は、ただの友達想いの、熱くなりやすいだけの頼りない男だったのか。
芽依からすれば鷹夜の発言は全て自分を信用していないと言っているように感じられて、悔しくてたまらないものだった。
思わず声を荒げたが、その瞬間、ぺち、と頬に温かい手のひらがあたり、芽依はフッと我に返って鷹夜を見つめた。
「違う」
相変わらず、こう言うときの鷹夜はやたらと美しく、それでいて、どうしようもないくらいに格好良かった。
「大切だから言ってんの」
「、、、」
「芽依が余計なこと考えずに走れるように、守りたいんだよ」
鷹夜は彼を頼りないとは思っていない。
ましてや、初めから荘次郎を助けに行くな、とは言わない。
鷹夜が芽依に人生の楽しさを思い出させてもらったときのように、芽依にしかできない事があるのは知っているし、彼と荘次郎の間柄だからこそ動かねばならないときがあるのも分かる。
「鷹夜くん、、」
ただ、周りが見えないときがあったり、勢いだけで行こうとする芽依をフォローして、道を踏み外さないように、守りたいだけだ。
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