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第32話「回る歯車」

たまにある事だが、鷹夜がまったく起きない朝がある。 普段の疲れがもろに出ると、いくら芽依が朝の支度を始めても一向に気が付かずに眠り続ける。 そんな日は決まって、芽依は起こさないように仕事の準備や着替えを済ませるのだ。 「行ってきます、鷹夜くん」 今日がその日であった。 ちゅ、と軽く鷹夜の瞼に唇を落とすと、その寝顔に満足気に笑いかけて、芽依は寝室を出て玄関へと急いだ。 あと5分もすれば、マンションの地下にある駐車場に中谷が車をつけに来るのだ。 今日はこれから雑誌の撮影が2つと、その後はまたバラエティ番組の撮影が入っている。 それが終われば鷹夜の待つこの家に帰って来られるな、と、エレベーターの中で、一度グッと拳を握り、気合を入れた。 (昨日はエッチなことできなかったから、今夜は絶対やる!!) あまりにも衝撃的だった昨日の鷹夜のパンツ姿を思い出し、ゴクンッと唾を飲んだ。 事が少し進んだのは、その日の昼過ぎの事だった。 泰清[妻戸了悟さんって分かる?] つまどりょうご。 泰清から来たメッセージを読み返し、多分この読み方だろうと考えた。 確か、荘次郎と同じ事務所に所属している40歳前後の俳優だ。 随分前に泰清と共に月9のドラマに出ていた人だったな、と顔を思い出してみる。 渋みがあり、アウトロー感の漂う役もこなせるが、コミカルで可愛げのあるおじさん役も得意と言う演技派、実力派の俳優で、映画にしろドラマにしろ隙間なく出演している印象がある。 そんな人の話しが「今」出ると言う事は、きっと、昨日の内に泰清に連絡しておいた荘次郎を連れ戻す作戦の為の人員にするつもりなのだろう。 メイ[知ってる。直接話したことないけど] それだけ打って返信すると、午後14時からやっとありつけた昼食の弁当に再び箸をつけた。 今日は中華だ。 メインは麻婆豆腐で、中々に山椒が効いていて辛い。 細かいネギと卵が入った炒飯と、少しだけ盛られた青椒肉絲と半分の春巻きが入っていて、ボリュームがあって味も良い。 (鷹夜くんと食べたい) たまに持ち帰ったりもするが、鷹夜がいるときはあまりしないようにしていた。 何となく格好悪いかな、と恥ずかしくなってしまうからだ。 油の染みたしっとりしている春巻きを頬張り、もちもちと噛んでいく。 楽屋で1人で食べるのも随分慣れたものだった。 (鷹夜くん起きたかなあ) ブブッ 「ん、?」 座敷の上のテーブルに弁当を置き、左手で携帯電話に触れる。 パッと画面に通知が浮かび、「鷹夜からメッセージがあります」と出た。 (あ。起きたんだ) スイスイと画面に触れて連絡用アプリを開く。 鷹夜[見送りできなくてごめん。おはよ。夕飯いるときは連絡して] (夫、、、) まるで夫婦のような会話に、思わず口角が上がった。 見事なにんまり顔だ。 芽依[おはよ!全然いいよ。鷹夜くんの寝顔に癒されたし。夕飯分かったら連絡する!] ブブッ 「ん?」 鷹夜に返信を打ってすぐ、手に持っていた携帯電話が震えた。 昼食を食べる事に集中しようとテーブルに携帯を置きかけていた芽依は驚いて画面を返す。 「あ」 鷹夜ではなく、泰清からの返信が届いていた。 泰清[たまに飲みに行く人なんだけど、荘次郎のことも気に入ってる人で、あいつのこと話したらできる限り協力したいって言ってくれた。高山芸能にも顔が効く人。明日か明後日、お前と七菜香ちゃん入れて集まれないかな] 泰清はこう言った事態のとき、本当に頼りになる。 広く、適度な深さまでの付き合いをしている知人がたくさんいる彼は何かあったとき、どこの誰に何を聞けばいいかを瞬時に判断してくれる。 更には大体の人の連絡先を知っているので、こうして直ぐに連絡を取ってくれるのだ。 メイ[七菜香ちゃんに聞いてみる] 短くそれだけ返信を打つと、今度は七菜香に連絡を取った。 七菜香と泰清はもちろん面識がある。 流石に言って置かなければと七菜香に許可を取って彼女と荘次郎が付き合っていると言う事実を泰清に伝えたときは、いつもは大体の噂や広い芸能界の情報をほとんど知っている筈の彼でも驚いていた。 荘次郎が口が固く、あまり自分の事を話さないのは芽依も泰清も承知していたのだが、ここまで重要な事すら言ってくれていなかったのかと少し怒り気味でもあった。 それぐらいには、彼らにとって荘次郎とは近しく重要な存在だからだ。 メイ[おはよ。ドールオンズの妻戸了悟さんと泰清が連絡取ってくれて、荘次郎のことに協力してもらえることになった。明日か明後日空いてない?一回全員で集まって話したい] 返信はすぐに来た。 七菜香[明後日の22時以降なら大丈夫。妻戸さんなら何回か話したことあるから少し気が楽かも。泰清くんにお礼言わなきゃ。メイくんもありがとう] メイ[あんま気にしないで大丈夫だよ。俺と泰清もアイツのこと心配なだけだから。じゃあ時間と店決まったらまた連絡するね] さて、少しずつではあるものの、荘次郎奪還作戦が動き始めていた。

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