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第33話「無意識にこぼれた」

「じゃあ、明日は真城さんと泰清くんと芽依と妻戸さんか」 「うん」 芽依と鷹夜の夕飯は23時近くになって何とか一緒に食べる事ができた。 鷹夜が用意したのはスーパーで買ってきた刺身と白飯、ギリギリ作れたジャガイモとワカメの入った味噌汁。 出汁は出来合いのものを使ったが、中々に美味くできていた。 「妻戸さんか。すごいな。俺この間のドラマ観てたよ、あのー、パティシエのやつ」 「あー!何か最近顔見たなと思ってたけど、あのドラマか。えっと、タイトル何だっけ」 「美味しく笑って、だったと思う」 2人はテレビの前のローテーブルに食事を置き、ラグの上に座っている。 付き合い始めて直ぐに2人で買った食器がそこに並ぶのが、芽依はとてつもなく嬉しくて、たまに写真を撮るくらいだった。 「そうそうそれ!あのシーン見たよ、チョコレートケーキのめっちゃ美味しそうなやつ!」 「あー、分かる!!見た見た!」 テレビは若手芸人が漫才とコントを披露する番組を映している。 MCのベテラン芸人コンビが面白くないと判断するとMC台にある赤いボタンが押され、若手芸人がネタを披露しているステージの頭上にあるたらいから水が降ってくると言う、結構酷な番組だった。 2人はそれを見ながらも、最近妻戸が出演していた「美味しく笑って」と言う深夜帯のドラマの感想で盛り上がっていた。 妻戸は笑うと顔がクシャッとなり、右の八重歯が目立って見えて中々に可愛いくて、鷹夜はそれがお茶目で好きだった。 「どんな人だろ。話したことないんだよね」 「見るからに良い人そうだけどどうだろうな。ヤクザ役とかのときはちゃんと怖いし」 鷹夜はブリ、カンパチが好きだ。 芽依の方は中トロやホタテが好きで、事前に聞いていた鷹夜は自分の好きなものも合わせて全部が3枚ずつ入っている少し豪華な刺身のパックを買って来た。 カンパチ、中トロ、ホタテ、タイ、イカ、マグロの赤身の刺身は綺麗にパックの上に並んでいる。 たまにする贅沢の内のひとつだ。 自分1人での夕飯では半年に一回くらいしか買ってこないが、やはり芽依がいるとなると財布の紐も緩む。 「それにしても泰清くんはすごいな。俺みたいなのとも仲良くしてくれるけど、そんなすごい人とも友達なんだ」 思わず感心しながら、鷹夜はカンパチの刺身に箸を伸ばす。 それを目で追いながら、芽依は何故だか「うーん」と少し唸った。 「ん?」 「鷹夜くん泰清のこと褒め過ぎ、、」 「え?あぁ、あははっ!ごめんって。ほら俺あんまり友達いないからさ。何人もいても付き合い方分かんないし。だからすごいなって話しだよ。芽依と泰清くん比べたりしてないよ」 「ふぅん」 「だって、芽依は芽依で1人1人との関係が深いからいいじゃん。元カノとも仲良いし」 その最後のひと言に、芽依はハッとして顔を上げた。 「やっぱり七菜香ちゃんのこと気にしてる!?」 「え?」 鷹夜は口に入れたカンパチの脂の味が美味くてよく噛んでいる。 隣のやたらと大きな身体をした男が慌てながら自分の肩を掴んできたので、少し迷惑そうな表情を浮かべて彼を見た。 「昨日元カノと連絡取ってるって言ったときちょっと嫌そうな顔したかなって気になってたの!!それに今も!」 「え。別に全然気にしてない」 「ウソ!!」 「嘘じゃないよ。割とどうでもいい」 「エッ!?それはそれで何か寂しい」 「えぇ、、」 七菜香とは仕方なく連絡を取り始めた。 それまではスキャンダルの事もあり女性の連絡先と言えば中谷と母、姉たち以外はほとんど携帯電話に入っていなかった。 今回の荘次郎の一件で再び元恋人である七菜香と連絡を取るようになったが、芽依自身、それには少し後ろめたさがあったのだ。 何故なら、もし鷹夜が元恋人と自分に秘密で連絡を取り合っていたら、いくら彼が自分に誠実でも傷つくからだ。 別段隠している気はなかったが、荘次郎の事に下手に巻き込むのはやめようと、初めに七菜香と連絡を取り始めた段階では芽依は鷹夜にその事実を話さなかった。 しかし本格的に動こうと言う事になり、連絡頻度が増えたのもあって、やっと昨日鷹夜に全てを話したのだ。 「大丈夫だよ。信用してるから」 「たっ、鷹夜くん!」 ローテーブルに頬杖をついて呆れ返る鷹夜の言葉に、芽依は両手を胸の前でグーにして喜んで見せた。 呆れる程に大型犬にしか見えない恋人に、鷹夜の方は、はあ、とため息が出る。 「お前が浮気したら捨てるだけだしね」 「うわ出たそれ!!絶対しねーから!」 冷たい言葉でわざと突き放すようなからかいを言うが、これは鷹夜の本心でもある。 自分を大切にしてくれない人間には興味がないし、何より人生にいらないなと感じた相手は直ぐに切り捨てるのが鷹夜だ。 例え相手が芽依であっても、特別扱いはない。 芽依が誠実で、真に自分を愛してくれていると感じているからこそ、鷹夜は今、芽依を選んでいる。 そう言う事なのだ。 「鷹夜くんだけだよ」 「ん?」 再び刺身に箸を伸ばそうとしたとき、不意に元気のない声で芽依がそう言った。 少しいじめ過ぎたかな、と彼の方に視線をやると、何のことはない。 ただ単に、やたらと真剣な顔でそう言ってきていただけだった。 「俺は、この先もずっと貴方だけだよ」 それは鷹夜からしてみれば、珍しく「男」と言う感じの芽依だった。 誘惑的だとか、エロティックだとか言う雰囲気は醸し出さず、普通に、誠実で人として格好良いだけの芽依が目の前にいる。 (変なやつ) 別段不安になった訳でもないのに、芽依は真剣に鷹夜に愛を伝えてきていた。 「、、、」 整った顔のパーツはどれを取っても作りが良くて、それが合わさって、適度に彫りの深い少し外人寄りの美しい顔面。 長いまつ毛に飾られた茶色の澄んだ瞳に影は全くなく、出会ったときの沈み切った暗い雰囲気の彼を思い出させるものは何もない。 芽依は変わった。 人を信じられなくなっていた時期も、冴と付き合った時期もあったが、それも超えて、今は本当に誠実で落ち着いて鷹夜だけを見つめる男になった。 「浮気したら別れるだけ」は確かに鷹夜の本音だったが、同時に、芽依が自分を裏切ったりしないと信じていると言うのも、彼の心からの言葉だった。 (そんなこと、言われなくても分かってるよ。バカだなあ) こんな歳上で、三十路で、何の面白みもない男に恋をして、本気で一生を共にする気でいるなんて。 「好きだよ」と言い続けるような彼の視線に、フッと口元が緩んだ。 「愛してる」 気が付けば、鷹夜の口は勝手にそう言っていた。 「ぇ、」 「ん。あ?」 そして、芽依が驚いて大きく見開いた目に自分が写っているなと気が付いた瞬間に、先程口走ってしまった言葉の意味が急に頭に浮かんで、流石の鷹夜も首を捻った。 「え。俺なんて言った??」 「あ、あ、愛してるって、あっ、」 「あらまあ。忘れて」 「忘れません!!」 割とストレートに「好きだよ」と言い合ってはいるものの、鷹夜がこんな言葉を使うのは滅多にない。 芽依は感動して涙目になってすらいる。 「鷹夜くんもう一回言って!」 「中トロ食べな?」 「あ、中トロは食べる」 ほんの少し気恥ずかしくて、思わず誤魔化してしまった。

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