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第42話「芽依の闇」

ゴトッ 「っ、、」 「、、、」 部屋のローテーブルに乱暴にペットボトルを置いて、鷹夜はドス、とラグの上に腰掛けた。 鷹夜の動きにビクつきながら、まさか嫌われたのではないかと芽依は彼の顔色を伺っている。 テレビは点けていない。 ベッドの枕元に置かれた目覚まし時計の微かな秒針の音がやたらと大きく聞こえるくらいには、2人は沈黙していた。 午前3時を過ぎて鷹夜の眠気は一層強くなっており、不機嫌度が増している。 芽依に押し倒されたときに廊下に打ち付けた腰や脚が痛み、それも相まって苛立っていた。 (最悪だ) これから話し合わなければならないのも苛立つ。 そんな状況の彼に、芽依はこっちを向いてくれないかな?等と思いながら目配せしていた。 「で、なに」 「えっと、」 いつもからは考えられないくらいにキツい視線がこちらを向いている。 「飲んできたんじゃないの」 テーブルを挟んで向こうとこっちにいる2人は、何とも気まずく重たい空気の中にいた。 「うん、飲んできた」 「荘次郎くんはどうだったの」 芽依は鷹夜の雰囲気に気圧されてその場に正座している。 「あ、うん。結構、その、、まずいことになってて、でも、事務所は動かないらしくて。だから俺たちでできる限りはしようって。ただ、皆んなにも家族とか、このことに関わらせたくない大事な人たちがいるから、そのことも配慮して泰清が少し裏から手を回してくれることになった」 「うん。で」 「え、、と?」 いつものようにすぐに機嫌が治ったり、優しく笑ったり、芽依の事を思ってこうしているんだとか説明をしてくれない鷹夜に首を傾げ、芽依は困惑した表情を彼に向けて助けを求めた。 「何で俺にあんなことしなきゃいけなかったの」 助けは確かに貰えたが、しかしやはり、いつもの様な優しさはない。 鷹夜の緩まない表情や視線に、芽依は眉をハの字にくんっ、と曲げ、また俯いて少しもごもごしてから口を開いた。 「荘次郎がいなくなったら、って考えたら、また色々怖くなっちゃって、、鷹夜くんが消えたら、あー、俺ホントに終わるなって。酒で酔ってて、ボーッとしたままタクシー乗ったら、鷹夜くんの家行きたくなって、途中で道変えてもらった」 「うん」 「そんで、鷹夜くんの顔見たら、絶対、絶対嫌だって思った。鷹夜くんがいなくなるの、、荘次郎ももちろん嫌だ。もうとにかく、俺の前から誰もいなくならないでほしい。寂しくて虚しいのは、、本当に、もう、」 芽依が本当は誰の事を考えてそう言っているのかを、鷹夜はきちんと理解していた。 眠くても、苛立っていても、芽依が傷付いた過去の中で本当は1番誰の事を言って恐れているのかは手に取るように分かる。 佐渡ジェンだ。 自分と付き合ってから全く見えなくなっていた筈の彼の影が、今はぼんやりと芽依の中に見える。 (ジェンくんに付けられた傷は、まだ癒えてないんだな) 誰かがいなくなるかもしれない、と言う恐怖が目の前に蘇ったとき、芽依が間違いなく意識を向けるのは彼だ。 そしてその相手と自分が重ねられ始めている現状に、鷹夜は吐き気がした。 「鷹夜くんがここにいるって分かりたくて、して、しまいました。ごめんなさい、色々」 「、、うん」 それは鷹夜にとって悲しい事だった。 いつもは感じない芽依の中の孤独を、まだジェンが握っているのだと思わせられる。 恋人と言う立場に鷹夜がいる事で、きっと過去に芽依を捨てた女は彼の中からいなくなっているだろう。 それは今、鷹夜が過去になかった程に芽依を満たしている部分だからだ。 しかし、佐渡ジェンと言う1点においては、まだまだそのぽっかりと空いた穴が塞がる事はない。 そしてその穴だけは、芽依自身が埋めるしかないもので、鷹夜は手出しができないと最初から分かっていた。 そこを埋めて欲しいと求められたら、応じる事はできない。 「鷹夜くん、、?」 「、、、」 鷹夜が思うに、彼らのそれは「依存」だ。 芽依が失ったのは「依存先」なのだ。 鷹夜はそれを埋めたいとは思わないし、彼自身が自立し過ぎていて依存先等必要がない。 そして何より芽依の依存先をもし自分にされてしまったら、それは、あの古市博信(ふるいちひろのぶ)と言う後輩の二の舞が始まる事になる。 気持ちの悪い執着と、エゴが、また鷹夜に襲い掛かると言う事だ。 (あー、、駄目になるかもな、これ) 鷹夜は酷く冷めた視線を芽依に向けた。 「あの、ごめんね、本当に。もうしないから、、鷹夜くん」 彼は弱り切った表情をして、真っ直ぐに鷹夜を見つめていた。 歳下で、世話を焼いてやらないとまだいまいち頼りないところがある。 鷹夜は芽依のことが、素直に、好きだった。 可愛くて、守りたくて、ずっと一緒にいたい。 結婚が無理でも、子供を諦めても、彼とならそれでもいい人生になるだろうと思っていた。 でも今は、ほんの少し、不安が生まれてしまっていた。 「もう帰れ、芽依。俺ももう寝たい」 「鷹夜くんが許してくれるまで嫌だ。そんな不機嫌なままじゃ帰れない」 「話したくない。悪いけど、今は辛い、色々と。芽依が大変なのは分かってる。分かってるけど、今は思いやれない」 「え」 「だから帰って」 突き放すしかできないなんて、と、鷹夜自身が自分にショックを受けていた。 余裕がない。 こんな事をされて、ジェンと自分の姿を重ねられ始めていると自覚してしまった今は。 どうしても「誰かが自分の目の前からいなくなる」事を恐れ続ける芽依の暴走が、自分で抑えられないのだと見せられてしまった今は。 「鷹夜くん、、?」 鷹夜が1番避けたいのは、芽依の中で「愛」が「依存」に置き換わる事だ。 それをするな、嫌だ、と彼らが付き合う前に伝えた筈で、芽依は今の今まで鷹夜が望むように努力してきた。 履き違える事なく一緒にいた筈だった。 それが、ジェンが芽依にした仕打ちを垣間見えるような出来事が起きた瞬間にこの有り様だ。 (芽依といたくない) 気がつくと、彼といる事が苦痛になってしまっていた。

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