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第43話「すれ違いの始まり」
「、、このままだと、また、駄目になる」
ポツンと呟いた。
芽依は鷹夜に言われるがまま、彼の態度が変わらない事に諦めて自分の家へと帰って行った。
部屋に1人になった鷹夜はため息をつき、乾かしたまま無造作にしていた髪をグシャッと右手で掴み、ベッドの上で頭を抱えてしまった。
車が、窓の外、マンションのすぐ前の通りを行き交っている。
この時間だと言うのに珍しい事だった。
どこかの階で赤ん坊の泣く声がしている。
夜泣き、と言うやつだろうか。
このマンションに生まれたばかりの子供がいる事が驚きだったが、それよりも耳鳴りのように自分の思考がうるさくて鷹夜は眠りにつく事ができないでいた。
(分かるけど、、傷付いて、まだ傷が癒えてないのも分かるし、芽依にとってどれだけジェンくんが大事だったかも分かるし、いなくなったことが悲しくて堪らないのも分かる。分かるけど、)
分かるけれど、どうして怒らないの?
「、、はあー」
芽依は悲しむばかりで、自分を置いて行ったジェンに怒る事がない。
いなくなった事を恐れるばかりで、芽依に何もかも黙って消えた彼を否定しない。
鷹夜にはそれが理解できなかった。
それは鷹夜が例え1人になっても生きていける強い人間だと言う事も大きく関係しているが、同時に芽依が人に寄りかかり過ぎていたと言う過去も関係している。
優しい事は素晴らしいし、優しくないよりも安心する。
けれど芽依は優しさで誤魔化しているだけで、意志の弱さがたまに伺えるのだ。
代わりに多分、ジェンは強い。
鷹夜とは違う意味で、自分の意志が強く、頑固だ。
芽依を裏切れるくらいには。
翌朝、寝坊した鷹夜は遅刻ギリギリの時間に起き、朝ご飯はもちろん食べず、顔も洗わずに家を出た。
(顔と歯磨きはもう会社行ってからだ!!上野さんは本社会議で朝から会議室にこもって資料作るだろうし、長谷川さんに謝ってそれだけ朝の内にさせて貰おう。今日は確か89の人が来るし、、)
89(はっきゅー)と言うのは株式会社89(かぶしきがいしゃはちじゅうきゅう)と言う社名のIT企業で、ビルのオフィス内装を鷹夜に依頼している会社だ。
少しずつオフィスを広げて行っているところで、今回で3件目の依頼になる。
東京・南青山にあるオフィスが1件目、次は福岡で、近場ではあるが今回は新宿に作るらしく、また鷹夜に声がかかったのだ。
ネクタイを電車の中で結びながら、鞄の中のものを確認し、忘れ物がないと分かると一旦落ち着いた。
「ふぅ、」
電車の窓から外を眺めながら、寝坊は良くない事だが、何となく今日はして良かったように思えた。
(芽依のこと、あんま考えたくない)
昨日の一件や、気付かされてしまった事実についてあまり考えたくない。
それを思うと、忙しない事がありがたく思えた。
嫌でも忙しさに任せて芽依の事を頭の外に出せるからだ。
会社の最寄駅からオフィスまで走り、タイムカードはギリギリ出社時間内に押せた。
今田が「珍しいですね」と驚く顔を見ながら苦笑いで返すと、やはり上司・上野は朝から会議室にこもっているようで姿は見えなかった。
ラッキーだ。
朝礼まで5分を切っている為、長谷川に話して朝礼終わりに少しトイレに抜けさせてもらう事にする。
顔を洗って歯を磨いてくるだけだが、朝から89の担当者が来るので、即効で終わらせておきたいのだ。
見た目、清潔感と言うのは30歳を超えた鷹夜には整えておかなければならない大切なマナーだ。
資料は昨日の内に終わらせておいたので、今田に頼んで印刷しておいてもらう。
そうやって忙しくしていると、確かに昼過ぎまでは芽依の事を考えずにいられた。
「お前、ホントすぐやらかすよね」
泰清の言葉に更に肩を落とし、泣きべそをかいた芽依はグッと酒の入ったグラスを煽った。
火曜日、夜。
午後21時過ぎ。
仕事が早めに終わるとは思っていなかった。
本当なら鷹夜の家に行って昨日の事も含めてもう一度謝りたかったが、今朝からずっとメッセージを既読無視されている為、彼の家に押しかけるわけにも行かず、芽依はもんもんと今日を過ごしていた。
結局、1人でいると鷹夜の家に行ってしまいそうなので泰清を呼び出して飲んでいる。
今日来ているのは酒処・霧谷ではなく、荘次郎も入れてたまに来ていた小さなバーだった。
初老のマスター1人で切り盛りしていて、小さなビルの地下にある。
入り口もビルの入り口とは違う所にあって、少し隠れ家的な佇まいをしている場所だ。
「バー・レオナルド」と言う店名で、古い木の茶色い扉が印象的な、店内は落ち着いた雰囲気でレコードでクラシック音楽が流れている、芽依と泰清には少々不釣り合いのような静かなバーだった。
「3日に一度はやらかしてない?大丈夫?」
「フォローをしてくれ。優しくされたい」
「馬鹿言うな。お前が悪いし」
昨日の出来事を泰清に説明すると、芽依が思っていたのとは逆で、彼は芽依に対して「いい加減にしろ」と、優しくフォローするのではなく怒ってみせた。
「あのさあ。女の子ならね?いるよ?たまに乱暴に求められたいとか、無理矢理押し倒されて無理矢理エッチされたいとか。でもさあ、お前の相手、鷹夜くんだよ?」
「それは分かって、」
「分かってねーからこんなことになってんだろ」
「、、、」
「鷹夜くん、男だよ?ただでさえお前を受け入れるのに壁があったのに、何してんの?都合の良い女の子扱いすんなよ」
「してないって!!だから、あれは、、俺の甘えで、」
「甘えでって、、どんだけ鷹夜くんに甘えたら気が済むんだよ」
呆れた。
とでも言いたげに、泰清は盛大にため息を吐いてからあまり甘くないカクテルをクッと飲んだ。
ジンリッキーだ。
対して芽依もあまり甘くないものを、と頼んだのでスプリッツァーが手元にある。
もう半分以上は飲んでしまっているが。
「今度は愛想尽かされたかもな」
「、、、」
(黙り込んじまって、まあ)
下唇を噛んで俯く190センチ超えの大男の顔を横目に見てから、はあ、とため息を吐く。
この甘え癖がどこでどうついたのかを知っている泰清としては、芽依が情けなく見えて仕方なかった。
(前よりゃマシか。あーあ、こう言うときメイが思う隣にいて欲しいやつって、結局ジェンなんだろうなあ)
彼はぼんやりと、まだジェンがいた頃の芽依を思い出しながらグラスに口をつけた。
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