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第46話「怪しい誘い」
表にしたままの携帯電話の画面には、芽依からのメッセージの上に「あなたがフレンドを追加しました」と新しい通知が入った。
アプリを同期してある為、パソコンで行った動作は携帯電話に通知されるのだ。
「バーーーーカ!!!」
返信なんてするものか。
恋人からの連絡にブチギレた鷹夜はメッセージをそのまま無視すると、パソコン画面に表示された前田のアイコンをクリックして、さっそくメッセージを送る事にする。
もはや彼を突き動かすのは芽依への不安と苛立ちで、眠気は全く湧いてこない。
雨宮[前田さん、こんにちは。IDありがとうございました。フレンドに追加させていただきました。私は先日から色々とご相談しておりました、Aと名乗っていたものです。雨宮と申します。宜しければこちらで、色々とまたご相談させて下さい]
10秒程でここまでのメッセージを書き上げると、仕事のメールと同様にきちんと初めから読み返し、誤字がないと確認が終わるとまたバチンッ!とタッチパッド部分を叩いて送信してしまった。
勢い以外の何でもなければ、腹いせ以外の何でもない。
「芽依のバカタレ!!クソ甘えた野郎!!アホ!!バカ!!バカ!!」
ダメだ。
本来こんなに怒るような人間ではないせいか、悪口が思い浮かばない。
「ヘタレ!!おたんこなす!!アホ!!バカ!!」
ひとしきり、それでもあまり大声にならないように怒鳴ると、フゥッと息を吐いていきり立った肩を撫で下ろして落ち着かせた。
良くない。
こんなに叫んでも近所迷惑なだけで、鷹夜本人は少しもスッキリしない。
そして何より三十路だと言うのにこの語彙力の無さは酷過ぎる。
隣近所に聞かれて、「あそこの家の人って何歳だった?」「この間のバカみたいな怒鳴り声聞いた?」なんて噂になったらとんでもない。
鷹夜はこのマンションでいかに害のないしがない1人暮らしの普通の男と思われるかをとても気にしているのだ。
「ばかたれ、、」
最後にボソッとそう呟いた。
まだ怒ってる?ではない。
もう一度話し合いたいとか、どこが悪かったのか教えて欲しいだとか、それならまだ返信しようとも思えたのに。
芽依が自分はもう許されてもおかしくないだろうと思っているあたりが、鷹夜は気に入らなかった。
許されるのが当然だと言うあのメッセージが。
「いっつもお前じゃんか、俺のこと騙すのも嫌な気持ちにさせんの、も、?」
ふとパソコンの画面が動いたような気がして俯いていた顔を上げ、画面にピントを合わせる。
表示されているアプリの前田と鷹夜のメッセージのやり取り画面に、新しいメッセージが追加されていた。
(あれ、、見てくれてる?反応早いな)
前田[Aさん、雨宮さんて言うんですね。こんばんは。メッセージありがとうございます。前田です。本名も前田と言います。こちらでも宜しくお願い致します]
この人は何歳くらいなのだろうか。
本名まで明かしてくれる丁寧さには好感が持てる。
鷹夜は頭の中にある芽依への苛立ちを一旦隅の方に投げ、目の前にある初めての同じゲイとのメッセージに集中する事にした。
何より嬉しく、わくわくもしていた。
駒井はもう瑠璃と言う伴侶がいて、自分と日和の事も知ってくれている。
今田も油島も鷹夜を異性愛者だと思っているし、彼女がいると言ってしまっている。
長谷川もだ。
未だに風俗に誘ってくるくらいには、鷹夜に恋人がいて、それが女性だとは疑いもしていない。
夜な夜な自分の尻の穴を鍛えているなんて考え付きもしないだろう。
鷹夜は感動すらしていた。
「ごめん、実は全部嘘で、」なんて言わなくても分かってくれる相手ができたと言う事に。
雨宮[こちらこそ宜しくお願い致します]
前田[恋人さんとは、その後どうですか?]
雨宮[ちょっと色々ありまして、今は喧嘩してます。私が一方的に怒ってる状態ですが]
前田[大変そうですね。私もKとは良く喧嘩します。私が怒らせてしまうのが9割ですが]
雨宮[ブログ拝見させていただく限り、アブノーマルなことには厳しそうな方ですもんね]
前田[はい。あと僕は貯金が苦手なので、通販の箱が届くと大体叱られます。今度は何買った!?って]
雨宮[それは何だか意外です。前田さんはきっちりと計画的な感じがします]
ポンポンと話しが進む。
考えてみれば、仕事場の人間たちや、芽依、泰清たち以外の人間と話すのは久々だ。
大学の友人たちは皆地方に行ってしまっていたり、家族が出来て会えないものも多い。
それに同じゲイと言うだけで繋がった友人なんて、鷹夜には1人もいなかったのだ。
前田とのやりとりは、やはり気が楽だった。
顔が分からない事もあり、飾らず、そしてゲイであると隠す必要もない。
(ホッとする)
ブログの内容的にはかなり危ない人間なのだろうが、長い付き合いの恋人のいる彼は鷹夜にとって恋愛の先輩であり、有り難い存在だった。
前田[そうそう、Kに雨宮さんの話をしたんです。あ、他言しないと言いながらすみません。でも、僕は言ってしまえばタチですから、ネコ同士の方が話が分かるかなと思って]
雨宮[全然大丈夫ですよ]
前田[良かった。それでですね、ちょっと提案があるんです]
「ん?」
次々と会話が流れていく中で、不意に前田からの「提案」が来た。
鷹夜は一度パソコンから離れて冷蔵庫の中からお茶のペットボトルを取り出すと、フタを開けて口をつけ、ひと口飲み込む。
それをテーブルの上に置くと、パソコン画面に視線を戻した。
前田[僕とKと、会ってみる気はありませんか?]
「、、、、へ?」
前田[もちろん変なことはしません、本当に。Kに殺されますし、そう言う相手を僕たちは探していませんのでご安心下さい。普通に会ってお話を聞くだけです。Kも良いと言っていて、どうせなら僕より彼と話した方が色々助けになれるかな、と思った次第です。断って下さっても大丈夫です。見ず知らず過ぎますから、そうなっても当然です]
「いや、え、、えぇーー、、」
まさかの提案、まさかの誘いに、正直鷹夜は困惑していた。
どうせ会うなら芽依も連れて行きたいだとか、でもそれだと天下の竹内メイが同性愛者だとバレてしまうとか。
後は、興味本位で彼らを見てみたいだとか、でも自分の見た目がバレるのは嫌だとか。
騙されてるんじゃないかとか。
色んな思いや考えが、頭の中を駆け巡っていく。
(芽依、、、)
一瞬、心細くなった。
このまま喧嘩したままは嫌だ。
でもこれ以上芽依を変えるには、相当な覚悟がいるし、連れ添うと言う事をもっと現実的に考えなければならない。
携帯電話の電源をつけても、画面には先程のあのムカつく幼稚なメッセージしか表示されない。
(うざっ)
その通知を再び見てしまい、また鷹夜の中には苛立ちが少しぶり返した。
(いやもう、何か、、、ええい、どうにでもなれってんだ!!)
そしてまた苛立ちと勢いに任せて、「お会いしたいです」と2秒で打ち込み、送信してしまった。
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