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第45話「フレンド追加」
火曜日は結局、鷹夜から芽依に連絡する事はなかった。
家に着いた午前0時から既読無視したままのメッセージ画面を開いて返事を打とうとはしたのだが、やはり気乗りせず、書いた文章を消しては携帯電話をベッドに放り、それを2時間くらい繰り返してから、結局夕飯も食べずに午前2時に就寝した。
(芽依とどうなりたいんだろう)
水曜日の夜になっても、鷹夜は芽依に返事を打つ事ができずにいた。
水曜日は午後23時には家に着いていて、夕飯はコンビニで買った弁当を会社で食べて済ませていたので時間的にはいつもよりは余裕があった。
上野が平日に休みを取っていた事もあり、長谷川と今田、それから油島と一緒に開放感のあるオフィスで騒ぎながら夕飯を済ませられたのは何だかんだ楽しかったし、その間も芽依の事を忘れていられた。
しかし帰ってきて1人になってしまうと、やはり色々な事が頭を過ぎて行く。
走っているわけでも息を止めているわけでもないのに、胸が重たく、息がし辛い。
(ずっと一緒にいたいけど、あの暴走癖直してくれないと無理だな。それに、ジェンくんのこと、、あれをあいつの中で、あいつ自身が決着つけてくれないと)
はあ、と重怠いため息をついた。
色々なものを込め過ぎて、吐いた息を吸いたくなくてしばらく息を止める。
ベッドの上に寝転んで見上げた天井は、いつも通りに真っ白だった。
「あ。てか、ブログ」
鷹夜はすっかり忘れていた事を束の間の和みタイムで思い出し、ベッドから起き上がって、テーブルの上に置いたままにしていた私物のノートパソコンを開いた。
充電は充電器をコンセントにさしたままだったので満タンになっている。
電源のボタンを押すと、ブゥン、と音がして画面の明かりがつき、しばらくするとデスクトップが表示された。
いくつかのファイルやソフトのアイコンが並んでいる中で、ネットを立ち上げ、検索欄にブログのタイトルを打ち込む。
検索して出てきた見慣れたブログの名前をクリックすると、いつもの白いホーム画面が表示された。
「あ」
画面をスクロールしていくと、投稿に対する返信が見えてきた。
鷹夜が扮する投稿者Aに対して、管理人・前田が火曜日の朝に打ち込んだ返事だ。
その返事には何件か新しいコメントが付いていたり、評価ボタンの星マークが12件付いていた。
ブログの記事にも押せるこの評価ボタンは、良いと思ったときに押す星マークと、良くないと思ったときに押すバツマークがあり、記事や投稿したコメントの右下に表示されている。
管理人[Aさん。今日もお仕事お疲れ様です。ご報告ありがとうございます。気になっていたので、進捗を伺えたのは嬉しかったです。ですが、大変そうですね。Aさんの周りには恋人さんやこの事を相談できる方は他にいらっしゃいますか?もし宜しければ、こちらからメッセージ送っていただければもう少しちゃんとお話しできると思うので、お使い下さい。もちろん無理にとは言いません。こちらのコメント欄をご覧いただいてる方々も、周りの方に見られたくないご相談がありましたらこちらにどうぞ。一切他言は致しません。]
「これって、、」
そのメッセージの下に青文字で表示されていたのは、連絡用アプリのIDだった。
もちろん、前田の本名や素性がバレる事のない、謂わゆるビジネス用IDと言う奴だろう。
確か鷹夜の使っている連絡用アプリにはそんな機能があったな、と、何となしにそれをクリックしてしまった。
「あ」
気がついたときには、パソコンに入れている携帯電話と同期してある連絡用アプリがポンと開いてしまっていた。
「フレンドを追加しますか?」と言う文字の下に、前田と漢字で書かれたアイコンが浮かんでいる。
(まあ、別に、俺ってバレてもなあ、、この人はまったく関係ない人だろうし。でももし取引先の人だったりしたら、、いやでも、この人、悪い人ではないし)
それでも鷹夜は20分程は悩んだ。
ようは、前田が個別で相談に乗ってくれるスペースを作ってくれている訳だが、信用できるのかが分からない。
宗教の勧誘や良からぬサイトへの勧誘や、もしかしたらゲイを釣って晒すような人間の場合だってある。
「うーん」
会社とも日常生活とも全く関係ない人間になら、自分が同性愛者だとバレても良い。
しかし、相手が芽依だと言う事を絶対に悟られない自信があるならだ。
この連絡用アプリで連絡先を交換してやり取りできるようになると、鷹夜にもメリットはある。
周りにできない相談でも、前田なら聞いてくれるだろう。
話す事に躊躇しなくても良くなるし、同じ側の人間なのだから安心できる。
しかしこれで繋がってしまうと、他のSNSでも繋がれてしまう。
何故なら鷹夜の使っているアカウントは全部本物の、自分自身の身元が割れるものだからだ。
(どうする、、相談はしたい。芽依のこの、なんというか、だらしなさを直させる方法も知りたいし、分からなくても共感してくれたり話しを聞いてもらえるだけでも有り難い。それに、駒井たちと違って、俺が挿れられる側って言うのも分かってくれてる、、でも、)
でも、信用していいのか。
「、、、ッわ、!?」
そのとき、ポコンッと携帯電話が鳴った。
音を切り忘れていたのだと今更気が付いたと同時に、眺めていたパソコンの画面から目を離してテーブルに伏せて置いていたそれをひっくり返す。
こんな時間に誰だろうか、と思いつつ、大体予想はできているので、画面を裏返した瞬間に何となく顰めっ面をしておいた。
予想は当たっていた。
芽依からだ。
芽依[鷹夜くん、まだ怒ってるの?]
「、、、、あ"?」
まだ?
「まだって、何だ」
まだって。
「まだって、、どう言う意味だ」
鷹夜が怒っているのは何故か。
そこにはちゃんとした理由がある。
荘次郎の事で大変なのも理解しているし、その上で、それでも芽依が荘次郎を助けにいきたいのも分かっているし認めている。
そして、できる限りは背中を押すし出せるものは全部出して助ける気でいる。
けれど、鷹夜と言う存在の重さも考えず、過去に縛られたまま好き勝手に何も考えずに動き回るこの恋人に、もっと人の事も自分の事も考えて行動して欲しいのだ。
何より、いつまでも過去のトラウマに縛られたまま、なよなよと甘える部分を直して欲しかった。
それがあるから、何かを全て任せると言うのがやり辛くなっていると言うのに。
(お前のせいでこんなに悩んでこんなに苦しんでどうしようかなって考えてんのに、何だこいつ!!)
芽依からの1日ぶりのメッセージに一気に苛立ちが沸点を過ぎた鷹夜は、無言でパソコン画面に表示されているカーソルを動かし、フレンドに「追加」のボタンの上まで持ってくると、タッチパッドのクリック部分を勢いよくバチンッ!と音を立てて押した。
まるで囲碁や将棋で大手を指すように。
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