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introduction
ホテルの部屋の明かりはついたままだった。
顔が見えなくなるからとか何とか言ってた。
ジョンは本当に趣味が悪い。
ジョンというのはもちろん渾名だ。Hated John 。初めて会った時に聞いていた曲だが、今日日 嫌われ者と化している警察官のコイツにはピッタリの名だ。本名は聞いたけど忘れた。セックスするだけの関係だから覚える必要もない。
「頑張るねえ」
ジョンは妖艶に微笑んだ。
それはこっちの台詞だ。
俺のナカに突っ込んだまま、動きもしないで胸やらアソコやらを弄んで、もう何分たっただろう。ギリギリまで追い詰めるくせに、イキそうになると手を緩めてくる。みっともなく乱れて強請るのを期待しているに違いない。
そんな変態野郎の容姿は腹が立つほど整っている。
ほどよく筋肉がついた身体に、女みてえな焦げ茶色の目、形のいい唇がエロい。甘いマスクという形容がピッタリな貌が俺を見下ろす。
「あんまり声出さない方だよな、お前」
「黙ってろ」
「啼かせるのが好きなんだけど」
「じゃあお前のテクが」
うあ、と声が漏れた。ジョンは肩口に噛みつきやがった。どうしてくれるんだ、絶対歯型付いただろコレ。
「痛いの好き?」
「好きじゃ、っ」
今度は胸だった。噛んだまま盛り上がった肉に舌を這わせてくる。痛いのとくすぐったいのとでびくりとのけぞった。
「・・・お前ふざけんなよマジで」
「気持ちよくなってくるかもよ」
ジョンはどこ吹く風で二の腕に歯を立てる。
呻めきが這い出た。そこも噛んだまま吸われて舐められる。
「我慢してる顔も結構クルな」
ジョンはくつくつと喉を鳴らして、腰を動かし始めた。律動の合間にも歯形をつけてくる。たまに口付けを落としてくるのが本当にタチが悪い。噛まれるかも、と身構える俺の反応を見て楽しんでいる。
「気持ちいい?」
動きながら甘く囁く。
「噛まなきゃな」
「アハッホントかわいくねえ」
ジョンの動きが早くなる。ベッドが軋む音が大きくなった。ジョンは俺を囲い込むようにベッドに腕をつく。
「イキそ・・・」
ジョンの声が擦れる。
俺は頷く。ジョンは顔を上げて、ニヤリと笑い、俺の首筋に歯を突き立てた。
ヤツの下半身が震えて、俺を捕らえる腕にも顎にも力が入る。食いちぎられるんじゃねえかってくらい痛くて声が上がった。
マジで覚えてろよ。
ジョンは満足そうに深く息を吐いて俺に覆い被さる。それから指で首をなぞった。
「痛かった?」
熱に浮かされたような声も眼差しも、甘く蕩けて色気が溢れ出ている。
「当たり前だろ」
「ごめん、結構ひどいことになってる」
はあ?何ヘラヘラしてんだよ、笑い事じゃねえよ。ユウジに見られたらどうすんだ。
キスマークつけて帰っただけでグチグチ言われんだぞ。
「悪い悪い、次は優しくするから」
不機嫌さを隠そうともしない俺を宥めるように、歯型を舌で伝う。それから俺の股間に手を伸ばして、まだ勃っているソコを擦る。
「抜けよ」
孔にはジョンのが挿れられたままだ。
「その方がエロくない?」
ジョンは鎖骨あたりの皮膚を吸う。跡をつけて、まだ疼くそこに舌を這わせてくる。
「おい、いい加減に」
「イクまでやるから」
舌舐めずりをするように唇を湿らせる様はとんでもなくエロかった。ダメだコイツ。やっぱ変態だ変態。
イクまでそんなに時間はかからなかったけど、洒落にならないくらい跡をつけられた。
ヤツとセックスするともの凄く疲れる。
駅まで送ってもらう車の中でうっかり寝てしまった。
「着いたよ」
と肩を揺すられ、目を開けると最寄り駅の明かりがジョンの顔を照らしていた。
「ああ、悪りぃ。寝てた」
「いいよ、また連絡する」
ジョンの顔が近づく。去り際にキスをするのが分かってたから、ジョンの肩を引き寄せて唇を重ねた。
車から降りるとジョンは目を見開いてちょっとビックリしたような顔をしていて、それを見て少しだけ溜飲が下がった。
最寄駅に着くと、夜風を浴びながら自宅に向かった。その道すがら、ウォークマンのイヤホンから流れる音楽を聴く。マンションの3階にある家のドアを開けると、アコースティックギターの音色が俺を出迎えた。
「ただいま」
「ん、お帰り」
ユウジはギターを抱えたまま言う。
茶色がかった髪とシャープな輪郭に囲まれた顔のパーツは整っている。ジョンとは気色の違うシュッとしたイケメンだ。
「ごめん、今日はもう寝る。疲れた」
洗面所に向かう途中、わかった、と残念そうな声が追っかけてきた。今日はピアノを弾く気力も体力もない。
ジャージに着替えてると、携帯から電子音が鳴った。ゲイアプリからのメッセージ機能で、また夜の誘いが運ばれてきた。ジョンはまたちょっと違うけどな。再会したのはアプリがきっかけだったけど、その前からちょっとした知り合いだった。腐れ縁とかいうやつだな。
アプリを開くと、名前、写真、ウケかタチか、恋人募集か、イチャつくのがいいか、ヤルのがいいのかなんかを書き込んだプロフィールがズラリと画面に並ぶ。
マッチング機能を使って関係が成立すればメッセージを送れる。
俺は流し読みして、後で返信しようとスマホを閉じる。
「そうそう、明日お前カホを風呂に」
ユウジが洗面所の前を通り掛かり
「・・・それじゃ無理そうだな」
と思いっきり軽蔑の視線をぶっ刺して、ちゃんと閉めとけ、と乱暴に扉を閉めた。
鏡を見ると、タンクトップから見える首から胸元にかけて歯形だのキスマークだのがえげつないくらい残っていた。Tシャツはやめて、タートルネックを着ることにした。
着替えて出てくると、
「カホの前では隠しとけよ」
と念を押された。返信のメッセージを送りながら短い返事をする。
「お前、まだそんな事続けんの?」
「断った。跡が消えるまでやめとく」
「もうやめとけよ」
ユウジの顔は切なげで、心配されてんのかな、と思うと胸が疼いた。それからユウジは姉ちゃんの遺影に手を合わせてから、姪っ子の寝ている寝室に入っていった。
もう何年たったかな。カホが1歳の時だったからもう4年も経つのか。姉ちゃんが死んだ時、俺は高校生だったからずっとユウジやカホと住んでいたけど、やっぱいつかは家を出ないといけないんだろうな。
4年も経つのにユウジとの関係も変わらないし。
でもなあ。
新しくなった電子ピアノに目をやる。きっちり88鍵ある。前の電子ピアノが壊れて、ユウジがクリスマスに買ってきたやつだ。
俺と演奏できなくなると困るからって。
もう少し、その事を考えるのはやめておこう。そうやって、ズルズルと4年も経っちまったんだけどな。
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