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Trac05 Desperade/イーグルス①

『ーーーーー誰かに愛してもらうんだ       まだ間に合うからさ』 Desperade/イーグルス ーーーーーーーーー 起きたらユウジもカホもいなくて、部屋の中には籠った空気が澱んでいた。体は汗ばんでいて怠かったけど、頭の中はスッキリしている。 決めたことが、一つある。 スマホの時間を見れば、バイトに行く時間が迫っていた。朝飯を食う時間もなくて、汗まみれのTシャツと下着だけ替えて家を飛び出し、遅刻ギリギリでタイムカードを押した。 店長は何も言ってこなかったけど、アリサにはソッコーで何かあったってバレた。 「背中に黒いオーラ背負ってる」って。 確かに、あれからユウジとは表面上は普通に生活いるけど、よそよそしい雰囲気が漂っていた。一緒に演奏することも、なくなった。 「多分店長にもバレてるよ。アンタわかりやすいもん」 アリサの言葉に頭を掻き毟りたくなる。 「落ち込んでてもいいけど身体は動かしてよね」 アリサの言うことを聞くのはシャクだったけど、取り敢えず無心で機材を運んだり弦の張り替えなんかをしていた。そういや今日は対して接客してない。あんまり表に出ない仕事を回してくれたんだろうな、と気づいたのはバイトが終わった後だった。 「アリサ、ありがとな」 帰り際にそう声を掛けたら、すげえビックリしてた。 「い、いいからカホちゃん迎えに行ってあげなさいよ」 目をあっちこっちに泳がせながら、ちょっと顔が赤くなってた。 「え、もしかして照れてんの?」 「うるさい!早く行けば?!女の子を待たせたら承知しないんだから!」 あんなやつだったっけ、と首を傾げていると帰り際に 「アリサは前からあんな風だったぞ」 って店長が言ってた。俺は、実は、結構周りの人間に恵まれていたのかもしれない。ゲイだってみんな知っているし、カホを迎えに行っても嫌な顔しないし。 「あのさ、俺、正社員やるよ」 なんか知らないけど、するっとそんな言葉が出てきた。どっちみちやりたいことはなかったし、忙しい方が余計なこと考えずに済む気がする。何より、やっぱり俺は音楽から離れられそうになかった。店長は待ってましたとばかりに「おう」とニヤリとする。 「ユウジが引っ越してからでもいい?」 「ああ、もちろん。これでやっと隠居できるな」 店長はまだニヤニヤしている。 「俺の仕事も教えてやるから覚悟しとけよ」 「はあ?俺に店長の仕事押し付ける気かよ?!」 「まあお前が育つまでは面倒見てやるよ。早く仕事覚えて俺に思う存分ドラム叩かせろ」 「ふざけんなよオッサン」 「やるだろ?」 「やる、けど・・・」 ちょっとしたコンプレックスが顔を出した。 「俺、高卒だし、ずっと、バイトしかしてなかったし」 「お前がやるっつったらそれで十分だよ」 店長を見上げれば、腕を組んでどっしりと構えていた。 「お前は、やるって言ったら絶対やるし、やらねえって言ったことは2度とやらねえ。 バンドやってた時からそうだっただろ。俺は、お前のそういう男らしいとこ買ってんだよ」 なんかもやもやする。いや、嬉しいは嬉しい。 けど、なんで店長にこんなに信用されてんだろ。なのに、なんでユウジは俺の言うこと全部疑ってかかるんだろ。 「お前が中学ん時からの付き合いだろ。保護者みたいなもんなんじゃねえのか?心配してんだよ」 そう店長は言ってたけど、それじゃ納得いかなかい。やっぱり、俺はーーー 店を出て、歩きながらスマホを開く。それから電話をかけた。正社員やるって言ったのはまあ半分勢いだけど、一つだけ決めていたことがあったから。呼び出し音が何回も鳴らない内に、相手はすぐに出た。 待ち合わせ場所は、ターミナル駅の前だった。同じようなスーツ姿の人間たちが回遊魚のように群れをなしている。その中でも背が高くて整った顔立ちはよく目立っていた。いや、ユウジと同じ顔をしているからかもしれない。 春野は仕事終わりみたいでビジネスバッグを手に紺のスーツを着ていた。量販店のやつだろうけどスタイルがいいからサマになっている。 少し離れたところから近づいていくと、すぐ俺に笑顔を向けた。 「どうしたの?」 柔らかな笑みには嫌味も卑しさもない。 ただ、会って話がしたいと連絡した。その日のうちに会えるとは思ってなかったから正直ビックリしたけど。 春野は少し妖しさを漂わせながら、どこかに入る?と目を細める。 「別に。すぐ終わるし」 俺は少し息を吸って、一言だけ告げる。 「もう、アンタとは会わない」 春野は大きく目を見開いて、それからそっか、と寂しげに微笑んだ。 「残念だな。できれば恋人になりたいなって思ってたんだけど」 「マジで?」 「そうだよ、好きな人がいてもいいから、付き合ってくれる?」 「無理」 「じゃあ今まで通りの」 「セックスもしない。もう決めたから」 試しにって付き合って、痛い目を見るのにはもう懲りている。 春野はまた、そっか、と笑う。 「はっきり言ってくれてスッキリしたよ。あと、わざわざ会ってくれてありがとう」 春野は俺の頭を撫でて、名残惜しそうに俺の目を覗き込む。ユウジが俺を求めているような感じがして心が揺れそうになるけど、ただ強く見つめ返した。春野は小さく溜息をついて、少しだけ微笑んで、黙って背を向けた。肩を落とし歩く後ろ姿が寂しげで、悪いことしたかなと思った。でも、ダラダラと関係を引き伸ばすよりは良かったに違いない。 それに、春野はやっぱりユウジに似てなんかいない。ユウジはあんなに俺に優しくないし、間違っても俺に好きだなんて言わない。 セックスして初めて気づくとかアホだな。 でもセックスできなくてもユウジのがいいってのは、やっぱり春野とシないと分からなかったんだろう。 そろそろ俺も帰るかな。 確かに、なんでわざわざ会おうなんて思ったんだろう。でも、そうしないといけない気がしたんだ。 ユウジは、まだ起きてんのかな。 ユウジは普通に俺に接している。でも、どっかよそよそしくて、目が合うと弾くように視線を逸らされる。気まずいったらありゃしない。 それでも顔を見られたら、あわよくばギターの音が聞ければいいなとか思ってる俺は相当重症だ。 マンションの3階にある部屋のドアを開ければ、なんとユウジではなくカホが俺に駆け寄ってきて足にしがみ付いてきた。 「なんだよ、もう寝る時間だろ」 ジーパンにじんわり暖かい液体が染みる。え、もしかして泣いてる?

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