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第1話

『もしもしばあちゃん?おれだよおれ』 「まあまあ、おれおれさんですか?」 『実はさ、折り入って相談があるんだ。こないだ友達から借りたバイクで事故っちゃってさ、怪我自体は大した事ないんだけど俺って未成年じゃん?とーぜん無免許で……しかもぶつけた相手っつうのが最悪にタチ悪くてさ、わかるかな、ヤクザなの。もー超やべえ、今脅されてんの。無免許でダチのバイク乗り回した挙句ヤクザの車にぶつけたなんて親にばれたら大変、学校にチクられたら退学決定。マジ困ってんの。人生の一大事なわけ。相手はさ、慰謝料と治療費払えば親にも学校にもチクらずおさめてやるって言うんだ。耳そろえて払わなかったら血尿ちびるような酷い目にあわすって……』 「おやまあ大変だこと」 『親には相談できねーし警察に泣きついたら半殺しだし、もーばあちゃんしか頼れる相手いねーの。お願いばあちゃん、ピンチの孫を助けると思って今から言う口座に振りこみ』 「ボケた年寄りをひっかけようたってその手はくいませんよおれおれさん」 『ひっかける?なんのこと?酷いな、マジに困ってんだって、冗談言ってる場合じゃねーよ』 「おれおれさんは今おいくつかしら」 『つうかばあちゃん孫の年齢忘れちゃったの?ひどっ。いやだからさばあちゃん、呑気におしゃべりしてる場合じゃねえの、追いつめられてんだよ俺。ヤクザ怒らせたら怖えーんだから、指詰めさせられるよ、親指なくなっちゃうよ』 「ふふ、面白い子ねえ」 『面白くねーよ全然!?親指なくなったら不便っしょ、箸とかペンとか持つとき人の二倍大変っしょ……いや違う違う、だーかーら、ボケツッコミ漫才はおいといて今は一刻も早く金を振り込んでほしいんだ。お願いばあちゃん、孫の命がかかってるんだ』 「おれおれさんみたいに話し上手で面白い子が孫のお友達になってくれたらねえ。もう何年も会ってないけど今頃どうしてるかしら……海外でお勉強してるっていうけど」 『やだなばあちゃん痴呆症?ばあちゃんの孫は俺じゃん、海外なんか行ってないよ、呼べばすぐ会いにとんでくよ盗んだもとい借りたバイクで』 「優しくて賢い自慢の子でね、私の誕生日には毎回素敵なプレゼントをくれたの。今はどうしてるのかしら……子供も孫も全然会いに来ないの……やっぱりだめね、年をとるとね、どうしても若い人の話についてけなくて。おばあちゃんの話はつまんないわよね」 『え?んなことねーよ』 「おれおれさんは優しいわねえ」 『んじゃ早速今から言う口座に金を』 「ごめんなさいね、年とるとすっかり耳が遠くなって……で、何の話かしら?ああそうだ、庭の薔薇が蕾をつけたの。あなたぜひ見にいらっしゃいな、とっても素敵よ。この時期はね、お庭にテーブルを出して薔薇を見ながらお茶するのが唯一の贅沢なの。年をとると足腰が弱っておちおち散歩にもいけないし、だからお庭で我慢。あの人が生きてた頃はふたりでお茶したんだけど、死んでからずっと私ひとり。ねえあなた、ぜひいらっしゃいよ、歓迎するわ。お茶会は一人より二人、大勢のほうが断然楽しいもの」 『あー……ごめん、都合がつきそうもなくてさ……いや、行きたいんだけど』 「薔薇を育てるのは大変なの。こつがいるの。虫がつきやすくてね、殺虫剤でのお手入れが欠かせないわ。ほんとはあんまり使いたくないんだけどね、しかたないわ。アブラムシは大敵。殺虫剤で撃退しなきゃ。可哀想だけどね、綺麗な花を咲かせるためには大量殺戮も辞さないわ。ふふ、バイオレンスかしら。土もね、大事なの。土と相性が合わないとあっというまに枯れちゃう気難しい花よ、薔薇は。そのぶん見事な花をつけてくれると嬉しいけどね、なかなかうまくいかないのよねえ」 『へえ、薔薇育てんのって大変なんだ』 「おれおれさんもぜひ一度いらっしゃいな、美味しい紅茶とビスケットをご馳走するわよ」 『口座に振り込んでくれたらすぐ行くよ』  「あらごめんなさい突然電話の調子が……聞きとりにくくって……がちゃがちゃ。悪いけど後日また改めて掛け直してくれません?」 『今がちゃがちゃって口で言わなかった?言ったよね?自演したよね?』 「ではまた。お元気で、おれおれさん」   『頼む、ほんと洒落にならないんだって、カウントダウン始まってんだって』 「前置きも時候の挨拶もぬき?マナーのなってないおれおれさんは嫌いよ」 『ごめん、俺ばかだからジコーの挨拶とか知んね、見逃して。つかどうでもよくて、俺こないだ話したよね、今超ピンチだって。一日も早く金振り込んでくんねーとキレたヤクザに半殺しされそうなんだけど、ばあちゃんは実の孫が東京湾にコンクリ詰めで沈んでもいいの?庭の薔薇眺めながら呑気に茶あしばいてていいの?』 「ひどいわ、人を血も涙もない鬼婆みたいに。ショック」 『年金しこたまためてんでしょ、貯金あるんでしょ?なあ頼む、この通り、ばあちゃんの金俺のために使ってよ、絶対返すから!ヤクザ連中もいらついてるみたいでさ、おもて出るたんび変な車につけまわされて生きた心地しねえよ。俺にバイク貸した友達は俺のせいでトラブルに巻き込まれたって半泣きだし針のむしろだよ、金さえあればごたごた解決すんの、俺の未来に投資してよ心入れ替えて孝行すっから!』 「毎日毎日ご苦労さまねえ、そんなに叫んだら喉が枯れるでしょ?目の前にいるなら紅茶のひとつでも淹れてあげたいんだけど。おれおれさんはどんな紅茶がお好きかしら?アッサム?ダージリン?セイロン?オレンジペコーなんてどうかしら」 『ミルクティーとかレモンティー以外に種類あったんだ……や、スタバとかならよく行くんだけど紅茶ってあんま飲まなくってさ。飲むとしても薄くて安いインスタントのだし』 「もったいないわねえ、本当に美味しい紅茶はお砂糖やミルクなんて入れなくても十分飲めるのよ。一度ご馳走してあげたいわ。焼きたてさくさくのスコーンもつけるわよ」 『スコーン?て何?ビスケットの仲間?』 「親戚かしら。イギリスのお菓子よ。クロテッドクリームをたっぷりつけて食べるとほっぺがおちるわよ」 『クロテッドクリームってなに?どんなの?普通の生クリームとは違うのか……マーガリンみたいな感じ?』 「物知らずなおれおれさんねえ。あのね、クロテッドクリームっていうのはね……」 『俺もう死にそう』 「のっけから物騒ねえ。どうしたの死にそうな声だして」 『死にそうな立場にしてるのはだれですか。ばあちゃんがぜんぜん金振り込んでくんねーから今追い込みかけられてんの、ストーキングされてんの。このままじゃ完ぺキ拉致られて臓器摘出売買ルートだよ、やべえよ、裏社会に片足どころか首までどっぷり。ばあちゃんは可愛い孫がヤクザに拉致されて臓器ばらばらに売り飛ばされてもいいの、ばあちゃんが振り込む金で俺の首と胴体と心臓は繋がるんだよ!』 「今日はいいニュースがあるの。庭の薔薇が咲いたの」 『無視かよ』 「おれおれさんに真っ先にご報告したくって」 『あんがと』 「カーテン開けたら真っ先に目にとびこんできたの。おかげで今日は一日中幸せな気分よ。はしゃいで上になにも引っ掛けずベランダに出たわ、庭の花壇の隅っこ、そこだけぱあっと明るくって。それはもう可愛らしい薔薇なの、ピンク色で」 『そっか。俺も見たいな』 「……………」 『ばあちゃん?』 「お庭の薔薇が咲いたの。とっても綺麗なのよ」 『いま聞いたよ、二度くりかえさなくていいって』 「……ひとりじめはもったいないわよね……誰か、他の人にも見せてあげたいわ。このおうち、広すぎるわ。いつからこんなに広くなっちゃったのかしら」 『広いうちのがいいよ、羨ましい。うーんと足伸ばせる風呂やベッドなんて最高じゃん』 「そうかしら………」   『もしもし?おれおれ』 「どなた様ですか?」 『え?』 「あ。………私ったらうっかりしてたわ、ごめんなさい。おれおれさんの声を聞き間違うなんてどうかしてるわ、毎日毎日しつこくお電話くれるのに。年のせいかしら、近頃物忘れが激しくってやんなっちゃう」 『あのさ……ばあちゃん、大丈夫?』 「心配してくれるの?ありがとう、嬉しいわ。おれおれさんはいい人ね」 『………別に……』 「そうだわ、私ったらすっかり忘れてた。おれおれさんから電話がきたら真っ先に言おうって思ってたのに。今日ね、お庭の薔薇が咲いたの。花壇の隅っこにピンク色の薔薇が。朝カーテンを開けたら真っ先に目にとびこんできてね、楽しみにしてたからとても嬉しくって……」 『ばあちゃん。冬に薔薇、咲かないよ?』 ―お客様がおかけの番号は現在使われておりません― ―お客様がおかけの番号は現在使われておりません―                      住所不定無職、あえて分類するならネカフェ難民。 不況だ派遣切りだニートだなにかと世知辛い今のご時勢ネットカフェの需要はいや増すばかり、家賃滞納でアパートをたたき出されたいささかとうのたった家なき子たちが個室を占拠、リクライニングチェアを倒し爆睡するもの目を血走らせオンラインゲームに耽るもの大長編の漫画を黙々と読破するものと周囲と没交渉無干渉に閉じた時間を過ごしている。 都内某所、立ち枯れ雑居ビルの二階に入った漫画喫茶はそんなふうにして社会の仕組み枠組みからつまはじきにされた負け組の若者たちがくだ巻く溜まり場と化していた。 時折席を立って無料の飲み物を取りに行く客、漫画を取りに行く客とすれ違う。 バイトの店員が入り口脇のカウンターで暇そうに携帯をいじってる。 漫喫のいいところはおかわり自由な点、何杯飲んでもただなのだ。スナック菓子やカップ麺など小腹を満たすための食料も売っているが支払いは別途になるため我慢我慢、空きっ腹をなだめてすたすた歩く。 「アッサム……セイロン……オレンジペコー……ねえか」 市販のティーパックをいれて給湯ボタンを押す。 紙コップを手にあくびを噛み殺し自分の城へもどる。 連泊四日目ともなるとさすがに店員の目が痛い。金は足りるだろうか?……いざとなれば踏み倒す気満々だ。だてに十九の年まで幾多の修羅場をくぐりぬけてない。 「食い逃げは常習でもやり逃げはしたことがないのが自慢っすよ、っと」 リクライニングチェアを倒し、パソコンが乗った机に頭の後ろで手を組み両足を放り出す。 隣の個室からかすかにキーを打つ音が響く。 たぶん、隣にも自分と似たような境遇の人間がいるのだろうと連帯感とも親近感ともつかぬ淡い感慨を抱く。と同時に、そいつは自分ほど追い詰めらちゃいないんだろうなと自虐するのも忘れない。 湯気だつ紅茶を啜りつつ読みかけの漫画をぱらぱらめくる青年は若い。 軽薄に脱色した髪をヘアバンドで後ろに撫でつけ、灰色のスウェットを着た二十歳前後の怠惰そうな若者だ。だらしない服装に似合いの眠たげな顔つきをしているが、目元に険があるせいか世を拗ねて斜に構えた雰囲気が漂う。 四日もひきこもっていれば書架に並ぶ漫画もあらかた読み尽くし、ふやけきったあくびをひとつ、顔にのっけて深くチェアを倒す。 壁時計の秒針が単調に時を刻む。 換気扇の利きが悪いのか煙草の煙と匂いにコーヒーの残り香、それとすえた体臭が混じり合ったいがらっぽい空気がよどむ漫画喫茶はカプセルホテルも兼ねて、都会の死角的な退廃文化の極致といえた。 青年がまどろみから熟睡へと移行してしばらくのち、生きながら腐っていくような倦怠感が蔓延する店内に異変が起きる。 なだれをうつ靴音に携帯から顔を上げたバイトが入り口を注視。 「!?ひいっ」 開け放たれたドアから一斉になだれこんだ男たちが統率の取れた動きで書架の間を走査、その全員が特殊工作員のような無個性なスーツに身を包み通信機を装着している。 先陣切って本拠地に突入した黒スーツが口元のマイクへ平板な声音で報告する。 「こちらアイン、現在漫画喫茶に突入成功、これより標的に囲い込みをかける。どうぞ」 『了解』 「アハトはビルの正面入り口を封鎖、念のためツヴァイはビル裏側の非常階段に回れ、逃走経路は徹底的に潰しておけ」 『フォーメーションデルタか』 「監視の報告によれば標的は四日間外にでてない、用足しも食事もすべて店内で済ませてる模様」 『どうりで四日間張り込んでも動きがないわけだ、漫画喫茶が補給基地を兼ねるという基本事項を失念していた、盲点だ』 『今からトイレに回る、敵は狡猾にして敏捷だ、トイレの窓から逃走を図らんとも限らない』 「しかし二階だぞ、いくら追い詰められてるとはいえ飛び降りるか?」 『相手が一般人でも油断は禁物だ、ずぶの素人ほど追い詰められると無謀な行動に走る』  『ツヴァイよりアインへ、ビルの制圧は完了した。実行部隊の健闘を祈る、通信アウト』 通信が切れる。 フォーメーションデルタの作戦名が意味するとおり三角州の布陣で衝立で仕切られた個室ブースを挟み撃ち、音速で分身を生み展開した影が司令官の指揮の下綿密な打ち合わせにのっとって散開していく。 謎の黒スーツ集団の登場は平和な漫画喫茶を阿鼻叫喚渦巻く前線の戦場へ変える。 大柄な男が十人近く一箇所に集えばむさ苦しいの極みだが、ふしぎと鈍重さを感じないのは訓練された身ごなしのせいだろうか。店内狭しと散った男たちはもはや手段は選んでられないと実力行使にでる、個室の扉を片っ端から開けて中の人間を引っ張り出す、胸ぐら掴んでぶらさげる、あちこちで上がる悲鳴と絶叫と命乞いの懇願、まどろむような静けさに支配された漫画喫茶は謎の男たちの登場により一気に狂騒の地獄と化す。 非常識な轟音とともにダイナマイトでも仕掛けられたが如く個室のドアが連鎖爆発、無表情な黒スーツらが先を競うようにして荒々しく踏み込んでいく。 「あ、あんたたちなんですか人がビンスーラ高原走りこんでるときに、仲間と狩りにいくんだから邪魔しないでくださいよ!」 「警察呼ぶぞ、訴えてやる!」 「畜生いいとこだったのに、俺の響子さんを返せ!」 パソコンから力づくでひっぺがされた客が猛烈に抗議し、熱中していた漫画をひったくられた客が非難を浴びせるも、黒スーツらは少しも反省の色なく彼らの顔をしばらくじっと見るや実にあっさりとあっけなく放り出す。 這いつくばったバイトが通報しようと探った携帯は男たちの一人に没収された。悲鳴、罵声、絶叫が渦を巻く店において、安穏と睡眠をむさぼる青年のもとへも確実に脅威は迫りつつある。 「ひでぶっ!?」 「!?なんっ、」 跳ね起きたはずみにアイマスク代わりの漫画がずれる。 今しも隣室が襲撃に遭い、肥満体のオタクが情けない悲鳴の尾をひき転げ出たところ。 何事かと身構える青年の眼前、勢い良くドアをぶち破った黒スーツが目をぎょろつかせる。 「瑞原悦巳だな?」 衝撃的な登場の仕方と突然の問いかけに思考が停止、ぽかんと口を開けた青年にもう一度、凄んで聞く。 「瑞々しいの瑞、地雷原の原、悦楽の悦、巳年の巳で瑞原悦巳だな?」 「家政婦じゃねえけど市原悦子の原と悦っす」 言うが早いか腕撓らせ、単行本の剛速球を顔面に叩きつける。 「ぶっ!?」 視界を奪われ泡食う黒スーツに加速をつけタックルかます。 追い詰めたはずのえものに逆襲されるとは予想外で、無防備な鳩尾に突撃をくらった男が尻餅をつく。敏捷な動きで尻餅ついた男を飛び越え、いざ逃走。 「追え、捕まえろ!」 書架の間をうろつく黒スーツたちがぎょっとしてこちらを向き、行く手を阻止せんと立ち塞がる。 「やっべ、みつかった!」 つんのめる悦巳を黒スーツが追う、入り口は既に封鎖されてる、床にへたりこんだバイトが「威力業務妨害だ!」と半泣きで叫ぶ、というか人の名前をたとえるのに地雷原てどうよ原っぱの原で十分じゃねーのどこの特殊部隊出身だよ危険思想めと突っ込みつつめざすは…… 窓。 黒スーツが思惑を察し、漫画の直撃を食らってあとができた顔を凍らせる。 「二階から飛び降りる気か!?」 「ご名答っす!」 運動神経と頑丈さには自信がある。 二階から飛び降りたくらいで即死することはないだろう、最悪でも捻挫ですむはずだ。 ビルの高さと地面までの距離を目測で割り出し安全性を確信、やったね俺って冴えてるじゃんナイスアイディアと自画自賛、正面で腕を交差させ体当たりと同時に飛散するだろうガラスの破片から顔を防御、失速するどころか加速に次ぐ加速でスピードが頂点に達するや跳躍、猫科の肉食獣の如く大胆かつしなやかに宙へ身を躍らせる― 結論から述べれば、後半はただの妄想だった。  「ぶふっ!?」 窓ガラスは砕け散るどころか振動しただけ、ひびすら入らず悦巳を跳ね返す。 窓ガラスに正面衝突したショックで軽く脳震盪を起こし、ぐらつく頭を片手で支える悦巳のもとへ影が忍び寄る。 「捕獲作戦に一番肝心なのは現地調査、下調べだ。ばかなお前に教えてやるが、この店の窓は全嵌めこみ式だ。強度と耐性には太鼓判をおす」 「……えっと……」 「一緒にきてもらおう」 逃走断念。 「こちらアイン、ただ今標的を確保。総員すみやかに撤収せよ」 リーダー格だろう一際屈強な黒スーツが号令を放ち、仲間が退却していく。 双生児のように背格好がよく似た黒スーツに両脇を挟まれ引き立てられ、悦巳は最後の抵抗とばかり頬をひくつかせる。  「あの~お願いあるんすけど、代金払っといてくれません?」 黒スーツが露骨にあきれた顔をする。しかたないだろ、貧乏なんだからさ。 とにかく願いは聞き届けられた。内心、自腹を切らずにすんでほっとする。 腰を抜かしたバイトと揉みくちゃにされた客たちの視線に送られ店を出て、大柄な男ふたりに挟まれた窮屈なかっこうで急勾配の階段を下りる。いよいよ年貢の納め時……って、なんか古いな。もうちっと洒落た言い回しねえかな。ええと、たとえば 「臓器の売り時捌き時……?」  「なに言ってんだお前」 鼻で笑われた。 十九年の生涯、ろくな事をしてこなかった。人を騙し裏切り利用し、挙句はこれだ。 見知らぬ男たちに強制連行されつつ、自分の来し方に思いを馳せ、悦巳はがっくりとうなだれる。 「臓器コース、マグロ漁船コース、どっち?どっちもいやだけど命があるだけマグロのがましかな、あーでも俺船酔いするたちなんだよね、あんま乗った事ないけどさ……やっぱ臓器?俺若くて健康だから高く売れるよな。腎臓ならふたつあるからかたいっぽやってもいいけど他はきっついなあ、心臓なんかひとつっきゃねえし代えきかねーよ……まあどうしてもっていうならちゃんと麻酔を」 地上に降り立つと同時に、薄汚れたスニーカーを掠めタイヤがとまる。 「乗れ」 「は?」 人に命令し慣れた傲慢な声色に耳を疑う。 スムーズに開いたドアのむこう、奥に腰掛けた影が問う。 「瑞穂の瑞に原っぱの原で瑞原だな」  よかった、普通の感性の持ち主だ。 少なくとも人の名前を地雷原にたとえる黒スーツよりは話が通じそうだと判定を下す。 「下の名前は年寄りを騙して悦に入るの悦に巳年の巳で悦巳だな?」 前言撤回。残念ながら味方じゃなさそう。 面食らう悦巳を黒スーツがどつき、自動的に開いたドアから後部シートへとおしこむ。 再びドアが閉じ密室が完成。黒スーツはなぜか乗ってこず、外で待機している。 シートの奥には先客がいた。 申し分なく長い足を組み、上等な仕立てのスーツを着こなす若い男。 「お前が瑞原悦巳か」 二十代後半だろう男は、彫り深く端正な顔に冷ややかな軽蔑の表情を浮かべ悦巳を見る。 「だれっすか」 「児玉華の本当の孫だ」 児玉華。忘れもしないその名前、悦巳の最後の被害者で犠牲者。 息を呑む。顔が強張る。 硬直する悦巳を無視し、男は勝手に話し始める。 「振り込め詐欺の前科二十件、奪った総額二百万……一人あたま十万奪った計算か?まあ、良心的な数字といえなくもないか。一人の老人から百万、千万むしりとる悪質なヤツもいる業界だ。奪われたのが高額ならともかく十万かそこいらなら諦めもつく、被害届けを出さずに泣き寝入りするケースも多いだろう。姑息な手口だ」 「ばあちゃん……児玉さんの孫?あんたが?海外行ってんじゃなかったんすか」 「帰って来たんだ。……祖母に詐欺を働いた怖いもの知らずの顔を一度見たくてな」 そこで言葉を切り、運転手に顎をしゃくる。バックミラーで指示を確認した運転手が頷き、ゆっくりと車を発進させる。 バックミラーに映った男の顔ははたして意識してるのか否か、どこまでも酷薄に笑っていた。 「もちろん、復讐のために」      美味しい紅茶をご馳走しましょうねが児玉華の口癖だった。   結局、悦巳が華の淹れた紅茶を飲むことはなかった。実際会ったことがないんだからあたりまえだ。 悦巳は電話を通してしか児玉華という人物を知らない。 アスファルトを噛み車がとまる。 高級車のせいか振動が殆ど伝わらず乗り心地は快適で、降りるのが惜しいくらい。 「降りろ」 尊大に促され地面を踏む。車が止まったのは一等地に建つ高級マンションの前。 化粧煉瓦を模したタイルを敷いた道から玄関へ入る。おとなしく男の背中についていく。 逃げ出そうという気はおきなかった。後続の車から降りた黒スーツ二人組が逃亡を阻止する目的ではりついているのだから、そんな無謀を試す気がおきるはずもない。 エレベーターは十六階でとまる。男が背広をさぐり鍵をとりだす。 「入れ」 「……さっきから必要最低限のことしかしゃべんねっすね、あんた。単語で命令されンのむかつくんすけど」 倣岸不遜を絵に描いたような男の態度に気分を害し憎まれ口を叩くもさらりと受け流され、さらに腹が立つ。 仕方なく玄関で靴を脱ぐ。 案内された先はだだっ広い部屋。飴色の光沢の床にはソファーとダイニングテーブル、金のかかった趣味の良い家具が配されている。例の黒スーツ二人組もついてきた。 男は応接用だろうリビングに悦巳を案内するや、座れと許可もせず、一人掛けのソファーに身を沈める。 傍らに侍る黒スーツが持参したアタッシュケースを開き、男の手に恭しく資料を乗せる。 「お前の事はざっと調べさせてもらった」 右上をホチキスでとめた資料を繰り、児玉華の孫を名乗る男は、抑揚を一切感じさせぬ声で話し始める。 「瑞原悦巳、現在十九歳住所不定無職、最終学歴高校中退。都内の養護施設出身……」 「施設出だから詐欺に手え染めたとか陳腐なお涙頂戴に流れないでくださいよ、俺が犯罪者になったのはまわりのせいじゃない、あくまで自分の責任っす」 「居直るのか?」 「解釈は御自由にどぞっす」 すれっからしな相槌を打つ。 男は面白そうに目を細め、書面に印刷された事実を確認していく。 「……独り暮らしの高齢者を狙った振込み詐欺、通称おれおれ詐欺に関与、被害者二十人から合計二百万もの大金を騙しとった。間違いないな。異論反論があるなら受け付けるが」 「とっとと警察に突き出しゃいいっしょ」 ふてくされて頬杖つく。 なるようになれと開き直る悦巳に黒スーツが何か言いかけるも、男が目配せで制す。 「事実で間違いないか。調べたところ誰からも被害届けは出てないが」 「あんたも言ったじゃん、騙し取られた額が比較的少なかったからみんな泣き寝入りしたんすよ。いいじゃん別に、年寄りなんてしこたま年金ためこんでるんだから少しくらいもらったって……つか、ひとついっすか?」 たるみきった姿勢をただし、テーブルに身を乗り出すや、油断ならない目つきで男をうかがう。 「どうして俺の居場所わかったんすか?被害にあったジジババのことも、警察沙汰になってねーのになんで」 「こちらの世界の人脈とでも言っておこうか」 「…………」 「不安そうだな。仲間が捕まえにくるんじゃないかと怯えてるのか」 男の口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。侮蔑の笑み。 図星をさされ頬が熱を持つ。 そもそも悦巳がアパートを引き払い漫画喫茶を渡り歩く放浪生活を強いられているのは、ある事件がきっかけで属していた組織……否、犯罪集団を裏切ったからだ。 そのあたりの事情については掴んでいるのか、調査書をめくりつつ男はつまらなそうに言い放つ。 「最近の振り込め詐欺は手がこんでるな。ウィークリーマンションと契約して、ワンルームに数人芝居の上手い若いのを雇って、そいつらに電話をかけさせる。振り込め詐欺でむしりとった金が直接懐に入るんじゃなく、給料はノルマに応じた歩合制だってんだからあきれてしまう」 「同感」 「お前は仲間とトラブルを起こして逃げた。なおまずいことに、お前が所属してた振り込め詐欺集団はヤクザが後ろについてる。漫画喫茶に踏み込まれた時はあせったろう」 喉の奥でおかしそうに笑う男を反抗的な目つきで睨みつける。 緊張に乾いた唇を湿し、最大の疑問点を確認する。 「今度はこっちが質問。あんたがばあちゃん……児玉華さんの孫だってのはまじっすか」 背広の内から名刺をとりだし、悦巳の膝へと弾く。 視線を落とす。 『株式会社コクリコインテリア 代表取締役 児玉 誠一』 「社長?その年で?」 胡散臭げに名刺をためつすがめつ、年齢にそぐわぬ役職に驚きを表明する悦巳に対し、男は皮肉げに口の端をねじる。 「俺は正真正銘児玉華の孫、誠一だ。疑いは晴れたか」 「ばあちゃんは今どうしてるんすか」 「死んだ」 名刺を握る手に力がこもる。 驚愕の表情で絶句する悦巳をよそに、身内が死んだと告げる誠一の表情と声はいっそ冷徹なほどさばさばしている。 「脳溢血で倒れてぽっくりだ。痴呆症も併発してたっていうからな……でかい屋敷に一人きりで自分の体の変調にも気付いてなかったらしい。通いのヘルパーはいたんだが気付いた時には手遅れだった」 死因を明かすなりあからさまに安堵し、名刺を握る手からふっと力が抜ける。 悄然とソファーに沈み込む悦巳をひややかに観察し、皮肉る。 「自分のせいで自殺したとでもおもったか?」 「!」 詐欺師の顔に激情の稲妻が走り、くしゃり握り潰した名刺を誠一の胸元へ投げつけ席を立つ。 「何が目的なんすか、あんた。復讐って言いましたよね、だったらとっとと警察でも元の仲間んとこにでも突き出しゃいいでしょ、わざわざマンションに連れてきてわけわかんねっすよ、俺にイヤミ聞かすのが仕返しっすか?」 完全に据わりきった目が撓んだ怒気を放つ。  「司直の手に委ねるのは一番安易で短絡な復讐方法だ。俺は好まん」 「~っ、だったらマグロ漁船に売り飛ばすなり臓器抜くなりすりゃいいっしょ、若くて健康ぴちぴちな俺の体をばらしてばあちゃん騙し取られた分の倍の倍取り返せばいいよ。悪いけど俺金なんか返せねーよ、振り込み詐欺で頂戴した分は口座にいれっぱなしで今持ち合わせねーの。なんならここで飛び跳ねてみせよっか?すっからかんだよ、ほれ」 ズボンのポケットを裏返し飛び跳ねる悦巳に、黒スーツの男たちがあきれる。 もう必要ないとばかり調査書をテーブルに投げるや、怜悧な眼光を宿す切れ長の目を細め、精悍で端正な顔立ちを悪魔的に歪める。 「振り込め詐欺の懲役は最高十五年だ」 タイミングを計って投下された発言の効果は絶大だった。 ポケットを底をつまんだ間抜けなポーズで立ち尽くす悦巳に対し、悠然と足を組み替え指摘を続ける。 「被害件数の増加に伴い罰則は年々厳しくなってる。刑務所に入りたいのか?本当にそれでいいんだな?後悔しないか。一度入れば出てこれる保証はない、運良く出てこれたとして社会復帰は絶望的、罪のない老人の良心につけこみ踏みにじった卑劣な振り込め詐欺犯の汚名が一生死ぬまでつきまとう」 「え―っと……」 「騙しとった分は体で返すと言ったな。本当にその覚悟があるか?後悔しないか」 究極の選択を迫られ、こめかみを一筋汗が伝う。 突き出すなら突き出せと威勢良く啖呵を切ったものの、懲役の年数を聞き決心がぐらつく。 「お前は二十人ものかよわくいたいけな年寄りの虎の子貯金をむしりとった極悪人だ。なるほど、刑務所でダッチワイフになるのが似合いかもな」 「ダッ……日本人なのに!?」 「日本製ダッチワイフだ」 「パチモン反対生身中出しダメ絶対!」 「海賊版と言え、ダッチだけに」 「ダジャレっすか!」 「若くて健康でそこそこ見られる顔の男が刑務所でどういう目にあうか知らないわけじゃないだろう」 「たんま!いや待ってくださいてほんと悪気はなかったんす、やっぱだめストップ警察に突き出すのはなしの方向で」 「誠意が足りない」 次の瞬間とった行動は単純明快、誠一の足元に突っ伏して床に額をこすりつける。 「あ、や、反省してるっすよマジでこの清らな目を見てくださいな、だけど十五年はきっついっす、そもそも俺が年寄りから巻き上げたのは一人あたま十万で千万二千万一億の巨額詐欺に比べたらぜんぜん大した金額じゃねっすよ良心詐欺っすよ、しかもその金俺の懐に直で転がりこむわけじゃねーしこっちは丸損ってか、そう、俺も被害者なんす!」 プライドも羞恥も人の尊厳もかなぐり捨てどうか刑務所送りだけはやめてくれと生殺与奪権を握る男に哀願する、その膝にひしと縋りつき嘘泣きをしてみせたかと思えば卑屈に歪んで媚びた笑みで猫なで声をだす、泣くわ喚くわかぶりを振るわ大騒ぎの醜態を演じる悦巳の見苦しさに黒スーツは顔を顰める、悦巳は構わない、もはや他人の目に自分がどう映るかなど気にしてる場合じゃない、こっちは運命の分かれ道に直面してるのだ。 「警察はいや。なら臓器か。安心しろ、俺は裏社会の連中とも付き合いがある、お前の腎臓が一番高く売れるルートを手配してやる。さしずめマレーシアルートだな。角膜は別売りで」 「別売り反対!さばかないで!」 「麻酔はちゃんとしてやるから想像ほど痛くない。アイスピックで刺されるくらいだ」 「一気に不安す!」 「ぜんぶ抜き取ったあとの死体は剥製にしてその手の変態に売り飛ばす」 「イヤだああああああっ、生き恥だけじゃなく死に恥までさらさなきゃいけねーの俺!?」 携帯をとりだしボタンをプッシュ、一連の茶番劇にうっそり倦んだ表情で早速どこかへかけ始める始める誠一にいよいよ命風前の灯火かとあせってパニックを来たす。というかなんでこの人臓器売買裏ルートに詳しいの何の仕事なのこの黒スーツ何者、株式会社代表取締役とか名刺に刷られた肩書きこそそれっぽいけどホントはやべー筋の人なんじゃねえのと恐怖を煽る妄想が際限なく膨らんでいく。 誠一の手中で携帯が不吉なメロディを奏で始める…… 「お願いします、なんでもすっから助けてください!」 気付けば捨て身の交換条件を口走っていた。 夢中で頭をこすりつけ、逆境を切り抜けたい一心で今後の人生を変える決定的な一言を口走っていた。 携帯の音が途切れ静寂が漂う。再び聞こえた誠一の声は、策士の愉悦を含んでいた。 「………契約成立だな」 ぐいと靴で顎を起こされ、むりやり目が合う。初めてまともに顔を見たが、児玉誠一は実に性格が悪そうな男前だった。 「……ってか土足……」 「うちのマンションは洋式だ。靴は履いたままでいい」 先に言え。 「契約って……?」 「こい」 顎の下から靴が抜ける。ソファーを立ち、リビングを突っ切る誠一に顔に疑問符を浮かべ従う。 黒スーツの監視を意識しつつドアを開けて廊下に出、むかって右側のドアの前で立ち止まる。 「入れ」 ごくりと生唾を飲む。後ろで誠一が見張ってる、悦巳みずから足を踏み出すのを待っている。 試されてるのか。そうなのか。 躊躇をふりきって中へ入る。電気がついてないせいで暗いが、壁際にふたつベッドが並んでいることから寝室だろうと想像つく。 ちょっと待て、何故に寝室に案内を?しかもベッドはふたつ。 もし明かりがついてれば、否、これが親しい友人の家を訪れ部屋を案内されてるのならたった今足を踏み入れた寝室のだだっ広さに素直に感銘を受けただろう。しかし悦巳はそれどころじゃない、契約とか剥製とか売り飛ばすとかさっき聞いた剣呑な単語が黒い蚊柱となって脳裏を席巻する。 「まずは靴を脱いでもらおうか」 「あの、さっき洋式だから脱がなくていいって言ったような……」 「シーツが汚れると困るだろう」 逃げよう。 命の危険と貞操の危機を秤に掛けたらどちらも選べずかくなる上は逃亡しかないと決断、運動神経だけには自信がある、特殊部隊ばりの連携プレイと鍛え抜かれた体躯の黒スーツには戦う前から敗北を認めたが今この部屋にいるのは一人、優男と呼ぶほど華奢じゃないがさりとて脅威にとるほどの体格でもない若い男がひとり、よし勝てる、不意をついてタックルかまし…… 「!っ、」 足を払われ倒れこんだ先にはベッドがあった。 ベッドの上で体が弾むつど頭の中で大音量の警報が鳴り響く、必死に身をおこそうともがき暴れる悦巳の視界が翳って不吉な予感に駆られ目線を上げれば誠一が覆い被さっている。 「大きい声をだすな」 「やめろ変態さわんな、畜生契約ってそういう意味かよだまされた、あんたこそペテン師じゃねえかー!!」 耳元でまるで脅すように囁かれぞっと鳥肌立つ。 生まれて初めて体験する貞操の危機に毛穴が開いてしとどに汗が噴出、肩を掴む手を振り払わんと手足を激しくばたつかせぶんぶんかぶりを振って思いつく限りの悪態をつく。 ちっとも大人しくならない悦巳に舌打ち、揉み合ううちにじれた誠一が邪魔っけに背広を脱ぎ、シャツの襟元をはだける。 それを見た瞬間、我慢が限界に達する。 「男にヤられるよか臓器抜かれるほうがまだマシっす、今すぐ闇医者呼んでこ―……」 「おはようございます」 すぐ隣で小さな声が聞こえた。   「………は?」 場違いな挨拶に毒気をぬかれ、ぎくしゃくと向き直る。 そういえばさっきから隣のベッドが妙にふくらんでる事が気になっていたのだが、貞操を死守するほうが大事で忘れていた。 もぞもぞと毛布が動き、うごめき、中から小さな生き物が這い出してくる。 毛布の端をにぎりしめ、寝起きだというのに背筋をしゃんと伸ばしているのは女の子。 年は五歳くらいだろうか、すべらかな頬とつぶらな目、ちんまり結んだ唇が愛くるしい。 小さな握りこぶしで目をこすりながら起き上がった女の子は、肩で息をし悦巳を押し倒す誠一と、強姦される処女さながら金切り声の悲鳴を上げながらも、ただで犯られてたまるかと誠一の腹に蹴りをくれたポーズのまま固まる悦巳とをまじまじ見比べる。 「……大きな声だすなって言ったのに」 「おじゃまでしたらにどねしますが」 「いや、いい。……ちょうどいい、紹介しておく」 襟元を直しベッドに腰掛け、混乱しきった悦巳に顎をしゃくる。 「今日からお前の世話をすることになった家政夫だ。明日から幼稚園の送り迎えも飯作りもこいつがやってくれる。たっぷりわがまま言って困らせてやれ」 女の子は聡いまなざしでじっと誠一を見つめていたが、ひとつ頷くやくるりと悦巳に向き直る。 「はじめまして、こだまみはなです。ふつつかものですがどうぞおねがいします」 「児玉……?」 隣のベッドにちょこんと正座し、深々頭を下げる女の子にたじろぐ。 お辞儀につられ肩で切りそろえた髪も揺れる。 楚々と三つ指つく女の子に開いた口の塞がらない悦巳。 誠一は少し疲れた表情を見せ、背広に腕を通していく。 「俺の娘だ」    瑞原悦巳19歳、元オレオレ詐欺師。 本日より改め父子家庭の専属家政夫。 

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