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第26話

 どうして追いかけてきちまったんだ。  「俺を慰めに来たのか」  慰み者になりにきたのかと聞こえた。  「んんっ、―んっく、」  唾液を泡立て絡めた舌がくちゅくちゅと頬の内側や下顎を捏ねてくすぐるたび生のアルコールを塗り込められたように頭の芯が痺れ恍惚とし、搾取と分かちがたく結びつく底なしの快楽に溺れていく。  押し流される寸手で踏みとどまり、しつこくつけ狙う唇を両手を上げて阻む。  「いい加減にしてください、ここ外、ホテル、人が来たらどうすんすか!こんなことやってる場合じゃねえ、はやく会場もどりましょ、いつまでみはなちゃんほったらかしにしとくんすか!」  まじりあった唾液にべとつく顎を拭きつつ叱り飛ばす。  みはなの名前をだすや顔色が豹変、据わった目が硬質な怒りを宿す。  誠一が放つ底冷えするような怒気に感染、憎しみ滾り立つ侮蔑の形相を直視し凍りつく。  身の危険を感じ前にも増して激しく抵抗する、無我夢中でばたつき拘束じみた抱擁をふりほどこうと企む、肩を掴みありったけの力を振り絞ってひっぺがそうと努めるも体格に負け押し切られる、同じ男なのにどうしてこう圧倒的な差がつく、逃げ足にこそ自信があるが近頃では重たい物などフライパンしか持たない悦巳ではジムで鍛えてる誠一にたちうちできない。  とにかく逃げねえと、隙をついて逃げ出すんだ、力じゃ叶わなくても逃げ足の速さじゃこっちに分がある。  おさえつける手を振り払おうとして失敗、肩を掴み磔にされる。  尻を半分縁石に乗せた間抜けな格好の悦巳に圧し掛かって低く脅す。  「みはななんてどうでもいい。お前は俺のストレス発散道具だ」  「んなっ……」  瞼の裏にちらつく綺麗なドレスを着てはしゃぐみはなの姿、はにかみがちな笑顔、エプロンにまとわりつく姿。  『みずはらさん』  「あんたそれでも父親かよ……!!」  敬語などド忘れし、怒りに任せ正面に立つ誠一につっかかる。  悦巳を突き動かすのは純粋な憤りと反感、幻滅。  一児の父親にあるまじき身勝手な発言と、どうでもいいと吐き捨てた声音の無関心な冷たさに知らず前に踏み出し、自らをもてあそぶ男に対し必死な形相で詰め寄る。  体の脇で震えるほどにこぶしを握り締め、遣り切れない悲哀と行き場のない怒りとで呼吸困難に陥りかけながら、肩を浅く不規則に上下させ胸を押し塞ぐ塊を辛うじて吐き出す。  「今の発言撤回してください、どうでもよくなんかねえ、だってみはなちゃんは」  『俺の子供じゃない』  「―っ、」  身の内で荒れ狂う激情を宥める術もなく立ち尽くす。こみ上げた言葉をひどく苦労して飲み込み、絶望と失望にうちひしがれ、それでも一縷の希望に縋りつくかのように前を向く。  不信と憤怒を映すまなざしにも誠一は愛撫の手を止めず緩めず、悦巳の耳朶に吐息を絡め囁く。  「服を脱げ。火照った体がつらいだろう」   熱く湿った吐息で一際敏感な耳朶をなぶられぞくりと悪寒に似た快感が駆け抜ける。  勝ち誇った顔。  「ここも」  「!あっ、」  ズボンの上から股間をまさぐられる。骨ばった指がズボンのふくらみをいやらしく揉みしだき、腰が波打つ。  「期待と興奮で今にもはちきれそうになってるじゃないか、淫乱」   「興奮なんか、してね……手、どけてください……みつかったら、やばい、あんただって……あっ、ぅくっ」  巧みな愛撫に翻弄され次第に息が上擦っていく。  「せい、さ、―んあ、や」  「いやらしいな。こんな場所で、だれが見てるかもわからないのに喘ぎ声をだしてさかるのか。直接さわったわけでもない、ズボンの上からちょっと揉まれたくらいで勃起するのか。手に負えない淫乱だな、お前は。フェラチオひとつ満足にできないくせに」  「言うな、―っ、だれ聞いてるかもわかんねえのに」  背後は噴水でこれ以上後退すれば転落してしまう。  いやだ、いやだ、いやだ。  どうしてこんなやつを追っかけてきた俺のばか、ほっときゃよかったんだ、どうなろうが知ったことか。すたすた歩み去る背中を見たら勝手に足が動いて走り出していた、みはなをおいてけぼりにしてまで追う価値が一体この男のどこにある、娘に一片の愛情も払わず無関心の最たる放任主義を貫き通し悦巳を玩具として扱った、パーティーの真っ最中にあろうことか実の父親にグラスの中身をひっかけ愛人と腹違いの妹を侮辱した、他人への思いやりなどかけらもない非常識な男がどうなろうと知った事か、自業自得そのはずなのに  「どうして追ってきた」  同じ疑問を抱いたか、誠一が悦巳の肩を掴んで問う。  「ほっとけなくて、」  ただ心配で。  ひとりにしておけなくて。  ひとりぼっちにしたくなくて。  俺だってわからない、どうしてあの時みはなと誠一を秤にかけて後者を選んだのか誰もが納得いくよう合理的に説明できたら苦労しない、人波を掻き分け歩み去る背中をつい追ってしまった、紳士淑女が集う豪勢なホールの華やぎから一人隔絶された男の行き先が無性に気になった、びしょぬれの充に付き添う母子の姿が視界の端にちらついて遠ざかる背中との対比が残酷なまでに際立った。  「あんたをほっとけなくて、」  口にしかけた言葉は荒い呼吸に紛れて途切れてしまう。  いま何を言ってもこじつけになってしまうと怖気づく反面、とてつもなくプライドの高いこの男を傷つけてしまうのを懸念する。  同情を侮辱と受け取る相手の耳にほっとけないはどう響く?  誠一は頭がいい、洞察力と観察力に優れている、言葉よりも雄弁で正直な表情の変化でもって悦巳の心の動きを把握する。  見抜かれてる。  見透かされてる。  舌がもつれもたつき、俯き加減につっかえつっかえしゃべる。  「俺だってわかんねっす、頭であれこれ考える前につい足が動いちゃったんす、誠一さんが行っちまうって思ったらつい」  なにをどうすれば気持ちが伝わるんだ、そんな方法本当に存在するのか。  語彙が貧弱な悦巳はどういう言葉を用いれば誠一に正しく気持ちが伝わるかわからない、ちゃんと国語の勉強しとくんだったと悔やんでも後の祭りだ、何人もの年寄りを詐術で騙した饒舌さはすっかり錆びて鈍ってしまった、子供の頃から口の達者さだけがとりえだった、持ち前の口の上手さを駆使し人懐こさを発揮し何人ものじいちゃんばあちゃんから金を騙し取った俺がどうしてたった一人に怖気づく、たった一人にありのままの気持ちを伝えることさえままならない、無様に舌を噛む、しくじる、顔が火をふく、失態を繰り返し醜態をさらす、失敗が嵩めば嵩むほど焦りが募って泣きたくなる。  嘘で塗り固めた舌は真実を紡げない。  空回りするごとぽろぽろ漆喰が剥げおちて、枯れて縮かんだ役立たずの本性をさらけだす。  誠一の心には分厚く氷が張っていて、それが全ての感情を閉じ込めている。  凍りついた心を溶かすには、言葉が足りない。  凍りついた心を溶かすには真心だけじゃだめなのか。  タッパーを取り返す為に追ってきたなんて真っ赤な嘘っぱちだ。  タッパーなんて本当はどうでもよかった、そこまで食い意地張ってるわけない、あんたを追う建前がほしかった。  どうしてそこまで誠一にこだわる?  酷いことばかりされてきたのに。  「俺だってわかんねっすよ、どうしてあんたなんか追って来たのか。あんな人いっぱいいるとこで父親にシャンパンぶっかけて暴言吐いて、小さい娘ほったらかしてとっとと行っちまうなんて大の大人がすることじゃねっすよ」  「使用人の立場もわきまえず説教か?」  誠一が狡猾さと邪悪さを織り交ぜ片頬笑む。  悦巳の背広を剥ぎ、シャツの裾をめくりあげて素肌をまさぐりつつ呟く。  「また捨てられると思ったのか」   悦巳がもっとも触れられたくない、触れてくれるなと願う過去の傷を抉る。  「………な、」  「俺の背中に置き去りにした親がだぶったんだろう」  「どうして知ってるんすか」  「事前に調べ上げたからな。お前の事ならなんでも知ってる。生年月日、血液型……なんでも」  斜交いに顔を近づけ優しくあやすように囁く。  「よく聞け悦巳、お前が捨てられたのは足手まといだったからだ」   言うな。  「役立たずの足手まといがいたんじゃ逃げるのに支障がでる、夫婦水入らずでいちからやり直すのにじゃまだ。だから両親は施設の前に幼い息子をほうりだしいなくなった、つれてく価値はないと判断したんだ。子供が借金を返す足しになるか?働けるか?両親にとって泣くしか能のないお前は再出発を阻む障害でしかなかった、置き去りにされた原因はお前にあるんだ」  「俺、ちがう、誠一さんと重ねてなんか」  「捨てられると思って必死で追いかけてきたんだろう」  未練と哀惜が胸を締めつける。  誠一を追い走り出した時、物心つくかつかぬかの自分を施設に置き去りにした両親の事をまったく考えなかったといえば嘘になる。  だけどそれを今、こんな形で蒸し返すのは卑怯だ。  家政夫の契約を結び住みこみで働き始め、みはなとの交流を通し家族のぬくもりに触れ、誠一とみはなの接着剤になろうと頑張って、報われなくても頑張って、誠一に冷たくされてもへこたれず、みはなとの板挟みになってつらい思いをしてもきっといつかはと  きっといつかは自分が淹れた紅茶を飲んでくれると。  「反則だろ……」  いつかは娘に、みはなに優しくしてくれるだろうと。  「どうして今それを言うんすか」  悪い人じゃないと信じてきた  「そんなに俺をいじめて楽しいんすか」  ただ愛情表現が絶望的に下手くそな人だと、口が重く不器用な人だと、みはなのことだって心の底では愛しているに違いない、ただ本音を表に出すのは照れがあってごまかしてしまうのだと  過大評価だったのか?  愛しているから勘違いして風呂場になぐりこんできたのだと希望に縋り続けたのに結局それはこうあってほしいという悦巳の願望が生み出した幻覚だったのか  必要とされる日常がしあわせで満ち足りて目を逸らしてきたのか。  「誠一さんに認めてもらいたくて苦手な家事こなしてきたっす、みはなちゃんは大事だけど、すげえ大事だし可愛いけど、なによりだれよりやっぱり誠一さんに認めてほしかったっす。あ、あんたがとんでもねー人格破綻者だってのは初対面からわかってたっす、ろくすっぽ説明もせず人んこと車で拉致って押し倒して紛らわしいまねして、だけど誠一さんがここにおいてくれるっていってほっとしたのもホントなんす、行くとこなくて金も尽きて路頭に迷うっきゃなくて、そりゃ最初はなに言ってんだ頭おかしいんじゃねえのって疑いましたよ、ばあちゃんの孫だって聞いて仕返し企んでるんじゃねえかってびびりましたよ、俺そうされてもしかたねーことしたし……ぶっちゃけ誠一さんの気が済むならそれでもいいやって思いこもうとした」  家族になりたいなんて思いあがりだったのか。  最初は非常識さに怒りを覚えた、家事の経験のない洗濯機の使い方もわからない自分に家政夫なんて無理だと抗議するも受け入れられず警察に突き出すぞと脅され交換条件をいやいや呑んだ、慣れないことばかりで戸惑いと失敗の連続だった、どのボタンをどの順番で押せば洗濯機が稼動するかも知らずみはなに教えてもらった。  瑞原悦巳はまるでダメな家政夫だった。  足手まといでグズで役立たずでかつては洗濯機ひとつまともに使えなかったのだ。  一日一日少しずつ家事を覚え経験を積んでいく中で家政夫としての自覚が芽生え、与えられた居場所に安住するしあわせを感じ始めた。  「誠一さん、覚えてますか。今日からうちの家政夫だってエプロンくれたっしょ。俺がみはなちゃんにへんなことしようとしてるって勘違いして風呂場に突撃したっしょ。俺が淹れた紅茶なんどもダメだしして捨てて、ああもったいねえなあって……」   初めて接する家族のぬくもりに戸惑い試行錯誤する日々の中で、ささやかな目標ができた。  誠一に認めてもらうという、本当にささやかな、しかしおそろしく実現困難な目標が。  「……あんたに一人前だって認めてもらいたくて苦手な家事だって一生懸命やってきた、うまい料理作れるよう勉強した、最初の頃は卵を割るたび殻が入って失敗した、目玉の黄身が潰れてひでえ有様だった、フライパンや鍋を何度も真っ黒焦げにした、放り出したくなった事なんて数知れねっす」  胸が痛い、苦しい。  伝えきれない本心と通じ合わない気持ちに絶望し、せわしなく瞬き滲む悔し涙をごまかし、ありったけの勇気をかき集め正念場に挑む。  「それでもなんとかやってこれたのは、所詮この程度かって思われんのが癪だからっす」  悦巳は過去華に敗北した。  人間の器が違うと思い知らされ完敗し、最後に一握り残った痛みを感じる良心さえも売り渡してしまう前にと受話器を置いた。  誠一に華をだぶらせ罪の意識と奉仕の義務感に絡めとられていたのは事実だが、似ても似つかぬ本物の孫のわがままに振り回されこき使われるうち、次第に華の身代わりではない誠一個人に対抗心を燃やし、見返したい一念でのめりこんでいった。  『オレオレさんはやればできる子だから』  『なんでもひたむきに一生懸命やればきっともっとたくさんの人がオレオレさんを好きになってくれるわ』  『美味しい紅茶を淹れるのは一日じゃむずかしい、土壌を耕し肥やし薔薇を育てるのには何年も費やす。今すぐには無理でも努力はきっと報われるわ、そう信じなきゃ世の中馬鹿らしくてやってられないでしょ?おばあちゃんになったってそう思うんだから』    「俺でもやればできるんだぞって、嘘つく以外にとりえがあるんだって証明して、あっと言わせたかった」  仮しのぎに与えられた嘘の身分だって貫き通せば本物になると信じて    「他のヤツじゃだめなんす、アンディやみはなちゃんに美味しいとか悪くないとか言ってもらえるのはもちろん嬉しいけど足りないんです、わがままなのはわかってる、欲張りなのは百も承知っす、俺なんかがそんなの欲しがるなんて贅沢だってわかってるけど!」  誠一の喜ぶ顔を想像し丁寧に手順を踏んで紅茶を淹れた。  冷蔵庫の扉に貼ったセロテープで補修された似顔絵、みはなが描いてくれたあの絵に恥じない家政夫になろうといつだって前向きにむしゃらに頑張ってきた。  だけど本当はみはなに頼りにされるだけじゃ足りなくて。  お前も家族の一員だという承認が欲しくて。  だれよりなによりこの男に自分を認めさせたくて、がんばりをくんでほしくて、華にはまるで似てない、だけど華の愛情を知り遺志を継ぐこの男に家政夫として一からやり直した瑞原悦巳を見てほしくて  いつからか、その不器用さを愛しく思う気持ちが生まれていた。  いつからか、いちいち顔をしかめつつ紅茶を飲む癖さえ微笑ましく思っていた。  児玉誠一は傲岸不遜がスーツを着て歩いてるような男だ。  態度は尊大かつ横暴、思いやりなどかけらもなくしばしば悦巳を粗略に扱う。  妻に愛想を尽かされ家庭が破綻してからも自らの行状を省みるような殊勝さとは無縁で、ろくに向き合ってこなかったせいで一人娘との接し方もわからず家政夫に世話を丸投げし、歩み寄る努力も疎んじて仕事一筋にうちこんできた男の怖いばかりじゃない素顔や意地悪なばかりじゃない性格を知り、この人の欲求にこたえたいという願望は切実にエスカレートしていった。  この人の役に立ちたいと思う気持ちを罪滅ぼしや自己犠牲という偽善で糊塗したくない。  『少しは自覚が芽生えてきたじゃないか』  『俺たちに風邪を伝染すな』  『心がけ次第だ』  『この場所は目立つ、俺の隣に立つなら堂々と振る舞え……うちの家政夫としてな』  憮然としてカレーを食べる姿も、悦巳が淹れた紅茶をまずそうに啜る姿も、不機嫌げに腕組みし目を閉じソファーにふんぞり返って報告を聞く姿も、風呂場で見た背中のやけども、一日ローターを突っ込まれ体調を崩し本番ができなかった悦巳を放置に見せかけ容赦したひねくれすぎてわかりにくい気遣いも、発熱で苦しむ悦巳にそっぽを向いてタオルをなげつけた優しさも、やっぱり不機嫌に、しかし意外に面倒見よくネクタイを締めなおしてくれた手つきも  いつのまにかぜんぶが好きになっていた。  行くあてのなかった自分にかけがえのない居場所をくれた、児玉誠一という男を慕っていた。  誰かの欲求にこたえたいという願望はその人に必要とされたいという願望の裏返し。    感情の水位が上昇し、これまで胸に秘め続けたささやかな願望を、まるで懇願するように口走る。  「他の誰よりあんたに、誠一さんに一番褒めてもらいたかった……!」  絶叫の余韻が庭園に漂う。  激しく揉みあったせいか消耗が著しい。せっかく整えた背広も髪もぐちゃぐちゃだ。  「馬子にも衣装が台無しだな」  「……にせものっすから」  「そっちの孫じゃない。答えをまだ聞いてない、どうして追いかけてきた」  片頬がひくつき、泣いてるとも笑ってるともつかぬ引き攣り笑いが浮かぶ。  「俺はただ誠一さんが心配で、―っ、反射的に」  荒れ狂う激情に呑まれ上手く説明できず言葉に窮し、喘ぐようにくりかえし息を吸う。  「迎えに来たのか。慰めに来たのか」  悦巳は肯定も否定もしない。  「慰めにきてくれたんだろう」  猫なで声で暗示をかけ、大股に間合いを侵すや力づくで腰を抱く。  悦巳の腰は華奢で細く、誠一の腕にすっぽりおさまるサイズだ。  「誠一さ、や」  シャツのボタンをひとつずつはずし、裾から手を入れて痩せた腹筋をなでまわす。  首筋を甘噛みして気を散らしくちづけで抗議を封じる。  「んっ、ぅく」  後ろに回した手で腰を抱き支え、もう片方の手でもって剥き出しのペニスを持つ。  「股がふくらんでるぞ」  からかわれ、きつくつむった目に悔し涙が滲む。  「悪ふざけはいい加減にしてくださいっす、こんなつもりできたんじゃねえのに」  「その割には興奮してるじゃないか。ぬるぬるになったきたぞ」  鈴口に滲む上澄みをすくい、指の腹で捏ねて粘着な糸引かせる。  「抵抗はふりだけ、抗議は口先だけ。期待してたくせに」  「ちがう」  「俺に構い倒してほしかったんだろう。この前みたいに体の裏も表もぐちゃぐちゃにいじり倒してほしくて、腹ぺこの犬のような物欲しげな顔して追いかけてきたんだ。待ての言いつけも守れないとは躾の悪い家政夫だな」  ちがう、ちがうとくりかえし呟き俯いてしまう。誠一の上腕を掴む手が震える。へっぴり腰で抗う悦巳を鼻で笑い、硬くなりはじめたペニスを強弱つけてこすりあげる。  「ふあ、あ……」  「口半開きでだらしない顔だ」  慌てて口を閉じる。わかりやすい反応がまた笑いを誘う。羞恥と悔しさで朱に染まる顔を嗜虐の愉悦に酔ってたっぷり観察しつつ、喉の奥で意地悪い笑いをたて、ペニスをしごく手を勢いづいて加速させる。カリ首に鉤字にした人さし指をひっかけ鈴口に滲む上澄みをすくう、竿と袋を包んで揉み転がす、手の内で胡桃を転がすように陰嚢のしこりを愛撫し会陰をぐりぐり重点的に指圧すれば、肉壁を挟んだ前立腺への刺激に煽られただでさえ感じやすい体が高みに上っていく。  「!―んくっ、あ、ぅあ、ひ」  「パーティー中なにを考えてた?ほったらかしにされて欲求不満だったか、暇つぶしにローターでも突っ込んどけばよかったな、あのおもちゃは気に入ったんだろう」  「……に、いるわけね……」   「嘘をつくな、下ごしらえするためにつっこんだのにローターの震動だけでイきそうになってたじゃないか。前も後ろもぐちゃぐちゃのどろどろで汚らしい有様だった。電池で動くおもちゃに尻をかき回されながらいい子で帰りを待っていたか?四つん這いでシーツを掻き毟ってねだるように尻をつきだして、盗聴器越しにさんざん淫らな声を聞かせてやったんだろ」  「言うな、―んっ、だってあれは誠一さんが……!」  「苦もなくドライでイけそうだな」  逃げ惑う腰をつかまえ脚の間に膝を挟んで抱く。  ちょうど股間を圧迫する位置に膝を当て小刻みに揺すり立て、会陰をいじめていた人さし指を引き、猫の喉をなであげるようなしぐさで硬く張り始めた裏筋をくすぐる。  「ひあ、あう、―っあ」   悦巳がしゃくりあげる。けつまずいて腰が砕け、前屈みに寄りかかるその体をますますもって意地悪く過激にもてあそぶ。  噴水と誠一に挟まれ足元もおぼつかずぐらつく。  「俺の言葉に反応して先っぽから生臭い汁があふれてきたぞ。もう下のほうまでぐしょぐしょだ」  指のはざまで糸引く粘りを見せつけ嘲笑う。  「淫乱が」   「ちがう、―っ、だって誠一さんが」  「俺のせいか?ちがうだろう、お前のせいだろう。ご褒美を期待して物欲しげに追いかけてきたくせに責任をなすりつける気か」  悦巳の目が潤んでいく。ぎりっと唇を噛む。ひくひくと痙攣するペニスを栓を締め上げるようにゆるくなぶりつつ、聞く。  「イきたいか」  「イっ……」  「イかせて欲しければそう言え」   意固地に首を振る。  ぎりぎりまで追い詰められながら頑として従うのを拒む強情さが嗜虐性に拍車をかける。  独立した生き物の如く息づくペニスを親指の腹で圧し、爪先で悪戯めかし鈴口をほじくる。  「つらいんじゃないか。俺にさわられただけでびんびんに勃起してる。生殺しは苦しいだろ」  「―んっ、なとこで、出して……背広汚れるっ……す」  「かまわん、どうせおさがりだ」  「だからっす……」  虚をつかれ責め苛む手がとまる。  誠一の胸元にぎゅっと縋りつき、これだけは譲れないと途切れがちに訴える。  「……せいち、さんから、借りた背広……汚すわけにいかねっす……」  誠一に背広を貸してもらって、本当は嬉しかった。  「しみつくといけねえから……―っと、も、やめ……」  自分がだした汚い汁で誠一の服を汚すのはいやだ。余力をふりしぼって首を振り誠一を引き剥がそうとする。  情けなさと惨めさ、自己嫌悪と無力感がどろどろに煮詰まり入り混じって鼻水と涙が一緒くたに垂れ流される。  虚勢を張る余裕も意地を張る余裕も消し飛んだ。お願いだから手をはなしてくれ、解放してくれ。いつまで続くんだこの拷問は。  誠一の表情にごく淡くかすかな変化が訪れる。よく注意して観察しなければそうとわからぬほどごくかすかな変化。  悦巳の返答に一瞬戸惑いを映した目を瞬き、先走りで濡れそぼつペニスを律動的にやすりがける。  「うあっ、あっ、ひあ」   「イきたいのか、イきたくないのか。どっちだ、さっさと言え」  すりあげすりおろす手の動きに連動し勝手に跳ね回る腰に狼狽、自分の股間を覗きこんで恥辱に燃え立つ悦巳に冷たく囁く、おさまるどころかますます角度と硬度をもってそそりたつペニスに手が巻きつく。  誠一の手は巧みに動く。  まるで自分の体の一部のように悦巳の分身を掌握し、先走りを潤滑油にして全体に塗し、長い指で会陰を押して間欠的に刺激を与える。  「どうした、その年になって自慰を手伝われるのは恥ずかしいか。顔が真っ赤だぞ。俺にいじくられてぐちゃぐちゃのどろどろになってるくせにつまらん意地を張るな、前には一切触らず放置プレイでイくような体だ、ほら、今だってさわってるのは前だけなのに後ろもゆるんできたんじゃないか。鈴口が物欲しげにぱくついてるのが見えるか」  「すずぐちってなんっすか……!?」  「先端の穴―……尿道口だ。鈴についてる口の部分に似てる」  「やっ、あ、ひっ、うあ、ああっあっあ、さわんな、―っとやめむりしゃれになんね、へん、せいちさ、手どけ」  「まったく変態だなお前は、野外で下着とズボンを下ろして何をさかってる、人に見られたら俺の躾が疑われる。パーティー中もきょろきょろ俺をさがして歩き回ってたが、ローターなしで物足りない体の疼きと火照りをさましてほしかったのか」  「―っあ、あ!」  侮辱されきっと睨みつけるも、すぐまた腰が萎えてずりおちてしまう。  「立ちっぱなしでつっこんでやる」  宣言を放つ誠一に自力で立つのがつらく前屈みに縋りつく、くちゃくちゃといやらしい音がする、誠一の手が鈴口に雫を塗りこめ裏筋を這い根元から先端まですりむけんばかりに上下する。  「このまま生殺しがお好みか?ズボンの上からもろばれな状態で会場をほっつき歩くか」  脅迫じみた囁きが鼓膜に浸透し脳髄に浸潤する。  ふやけきった口から一筋よだれを流し快感に酔い痴れ、震える手でシャツを掴む。  「―たい……イきて……」  「頼み方がなってない」  「いはへへふははい……」  「言葉にならないほどイイのか」  顎が強張るほど力一杯噛み締めたシャツに唾液が染みてみるみる変色していく。  サディスティックな薄笑いで促され、自然と上擦る腰を内股に閉じつつある脚で制し、びくびくと襲う痙攣をやりすごし呟く。  「イ、かせて……イかせてください、も、ギブ、苦し…す……」  シャツの胸元に顔をすりつけ涙を拭う。熱く湿った吐息がこもる。自分からねだるように腰を振ってしまう。  降参した悦巳を見下ろし満足げに笑う。  「ちゃんと言うことが聞けたな。いい子だ」  怒張したペニスに五指を絡みつけ、尿道から精液をしぼりだすよう根元を矯め、一気に滑走。  「!!――――――っああああ、」  誠一の手に導かれついに絶頂に至る。ペニスがびくびく痙攣し粘つく白濁を放つ。  射精の瞬間、シャツを握る手にぎゅうと力がこもり思わず顔を埋めてしまう。前と共に後ろの後ろの孔も収縮し、白濁に塗れた誠一の手があっけなく離れると同時に緊張の糸が切れて虚脱感が襲い、腰砕けにへたりこむ。  しかし実際には、尻餅をつくことさえ許されなかった。  「前戯でくたびれるヤツがあるか」  誠一の声が遠く近く響き平衡感覚が狂う。  シャツを掴んだままくたりと沈みかけたその体を無慈悲に引き上げ、射精したばかりで逆らう余力も尽きた悦巳に後ろを向かせ、剥き出しの尻たぶを掴んで割り開く。   凭れた縁石の硬さと冷たさに霞みかけた理性が覚醒、我が身に起きようとしてる出来事を知覚し血相を変える。  「ひと呼ぶっすよ……!」  「恥をかくのはお前だ」  「なっ……もう完っ全頭きた、さっきからあんた当たり散らしてるだけじゃねえか、俺にあたんの筋違いだろ!?文句あんなら親父さんに直接言ってください、あんたなんか捜しに来て損した、会場でご馳走食べ歩いてりゃよかった!前べたべたのぐしょ濡れで気持ち悪いしマジ最低っす、畜生なんでこんなことになるんだよ、年に一度の娘の誕生日だってのにどうしてついててやんねえんだよ!?」  「どうでもいいことを喚くな、興醒めする。俺にやつあたりされるのがお前の存在意義だ。男だろうがヤることは変わらない」  いやだ―助けて―くそ、誰もいないのかよ!?  どうしてこんなことになっちまうんだ俺が悪いのかああそりゃ俺が悪いさ俺がすべての元凶だ、俺がばあちゃん騙したりしなきゃこんなことにならなかった誠一さんは俺を憎まなかったでもそしたらこの人と会うこともなかった、どっちがよりマシで最悪かなんて今決められっか、だけどこれだけは言える、俺とこの人が今ここにいるのは絶対間違ってる、みはなちゃん一人ほったらかしてこんなところでこんなことしてるのは絶対間違ってる!!  「俺はあんたを迎えにきた、みはなちゃんが待ってる場所に一緒に帰るために捜しに来たんだ!!」  さっき喉に詰まってどうしても言えなかった誠一を追ってきた理由を絶叫、四肢のバネを駆使し振り返るや肘を掴んで取っ組み合う。  すっかり従順になったと思い込んだ家政夫のこの期に及んでの抵抗は想定外だったか、誠一の顔に動揺が走るもすぐ鉄面皮が鎧う。  「家政夫の分際で指図するな、帰りたきゃ一人で戻れ!」  「あんたが一緒じゃなきゃ意味ねっす、せっかく三人で参加したのにどうしてばらばらになるんすか、どうしてみんなばらばらでひとりぼっちになっちゃうんすか!!」  猛然と挑んでくる悦巳の肘を掴み、今度こそ組み伏せ押し倒そうと力をかけてくる。体重と上背では誠一が勝っているため組み合った悦巳が押される、しかし悦巳は歯を食いしばり顔を充血させズボンと下着を膝に絡ませた間抜けな格好で仁王立ち互角に健闘する、非力で貧弱だと見くびっていた家政夫のどこにこんな馬鹿力がねむっていたのか内心当惑する誠一にすかさず足払いをかける。  「隙あり!!」  大志との喧嘩でよく使った手。実際使うのは足だが。  「!!―っ、な」  お留守な足元を狙った一撃に大きく傾ぐ。  前にのめりたたらを踏むのを身を捻り受け流し、完全に立ち位置を入れ替え手を放す。  「あ」  背後の噴水の存在を失念していた。  盛大な水音と水柱が上がる。  「誠一さん!!」  反射的に駆けつけ、さざなみだつ水面と向かい合う。  固唾を呑む悦巳の眼前、勢い余って縁石を乗り越えた誠一が髪の先といわず背広と言わず靴といわず雫を滴らせている。いくら浅いとはいえ頭から突っ込んだのだから無理もない、実に見事なダイブだった。  泉の中心に鎮座まします大理石の彫像が、たおやかな腕に幼子を抱き、聖寵みちみてる笑みを刻んで尻餅ついた誠一を見下ろしている。すぐさま立ち上がらないのは悦巳ごときの反撃に遭いショックを隠しきれないためか、コケにされた怒りで脳神経が焼ききれたのか。  全身ずぶ濡れ大股開きの誠一が醸す時空を歪ませんばかりに圧縮された怒気に怯え、最前までのすったもんだも忘れお伺いをたてる。  「………あの……手え貸しましょうか?」  皺くちゃのズボンと下着を不器用に上げつつ顔色をうかがう。  誠一はしばらく視線で人が殺せるなら一瞬で凍死しそうな目で竦む悦巳を威圧していたが、精悍さを保っていたその顔がふいに歪み、鼻がむずついて……  「ぶっくしゅ!」  一発、豪快にくしゃみをした。

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