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第3話

 優しい顔して王子様は強引だった。  「たんまっ、もういい、そこまでしなくていい!」  手足をばたつかせ必死に抗う、パイプベッドが断続的に軋む、顔の横に手をつきのしかかる藤馬をどかそうと精一杯暴れて抵抗するも押し被された体勢からじゃ物理的に不可能だ。  金切り声の抗議を発しいやに積極的な藤馬を力一杯制す。  「モテたいんだろう」  「モテ……たいけどっ、洒落になんねーだろ!大体キス、ベロチューだけで沢山なのに、いきなりベッドに倒して上押し被さってこれヤバいだろ常識的に考えて、はたして正常位なのか騎乗位なのかって問題以前に!」  よく知る幼馴染が突然見知らぬ男に豹変した、ガキの頃からずっと一緒だったヤツの思考回路がまったく読めない、酒のせいにしたくたって藤馬はちっとも酔っ払った様子を見せなくて冷静沈着に落ち着き払って、往生際悪くあがいてもがく俺の醜態を見下ろす目は笑みさえ含んでいる。  「レッスンの一環だ。諦めろ」  「レッスンなんかじゃねーよっ……」  「色気、欲しいんだろ」  耳元で囁く声が理性を奪う。鼓膜に響く甘美な声。  俺の顎を指先でつまみ、顔を近づけて藤馬が言う。   「色気を獲得する一番簡単な方法がなにか知ってるか?……抱かれる事さ」  フジマオウジ様ご乱心。突然なにを言い出すのやら。  「よ、酔っ払いの戯言真に受けて……はは、ばっかじゃねえの……」  「よく言うだろ、男を知った女は見違えるって」  「俺、男なんですけど……」  まるきり女扱いされ屈辱と反感がもたげる。  弱りきった本音を虚勢で偽り睨み返せば、憎まれ口さえ愛しげに頬に手を触れる。  「試してみる価値はあると思わないか」  「代償が大きすぎるんですけどー……」  「さっきのキス、どうだった」  直球の質問に心臓がひとつ跳ねる。  藤馬がまっすぐに俺の目を覗き込む。  暗闇の中、ガラスみたいに光る虹彩に魅入られる。  「……よくなかった?」  少しだけ不安げな声音。闇を透かして仰ぐ顔が若干強張る。  今日初めて見せる頼りない表情、初めて聞く殊勝な声音に罪悪感が疼く。  「……よくなかった……って事はないけど。ああいうのはふざけてやるもんじゃないだろ、ましてや男同士でさ……舌まで入れて……絡めて……俺も流されそうになったけど、つか流されちまったけど……そうだ、埼谷さんはどうしたんだよ!?」  怒鳴られた藤馬はきょとんとする。  「どうしていきなり彼女がでてくるんだ」  「こないだ紹介したろ?あの子がお前に一目ぼれしたってわかるよな、わかんないって言うなよ畜生そこまで鈍くねーよな、でどこまで行ったんだ彼女とは、もうヤッちまったか?俺が好きな子自覚なく奪っといて挙句その子にキスした唇で俺におなじことするとか最低だ、最悪の間接キスだ!」  思い出してもはらわた煮えくり返る。  おねだりに負けてうっかり引き合わせたせいで崎谷さんの心は完全に藤馬の物になっちまい、俺はまたしてもみじめなウマイヌになりさがった。  すなわち当て馬で負け犬。  食堂で振り返った藤馬を一目見るや崎谷さんは恋に落ちて、以来俺とはすっかりご無沙汰で、メールの返信もろくすっぽよこさなくなっちまったというのに、その元凶は事もあろうに俺のアパートに乗り込んで強引に唇奪いやがって  「彼女とはメアド交換しただけ。一回お茶したけど、何でもない。付き合ってもない」  柔和だが断固とした口調で否定する。  俺を見詰める双眸に強い意志が宿る。  身の潔白を訴えられても信用できねえ、なんたってこいつは異常にモテるのだ。  片想いの女の子を横取りされた。   小学校の頃から数知れず繰り返された悲劇は、俺をコンプレックスの塊にした。  今だって、藤馬に対し怒りを感じる。  崎谷さんと会ったのは俺のほうが先なのに、俺だって好きだったのに、どうして何の努力もしない藤馬がいともたやすく彼女を虜にしちまうんだと理不尽に憤りを隠せない。  だけど俺の口から出たのは、自分でも意外な台詞で。  「なんで付き合わないんだよ……」  藤馬のまわりには昔から女の子がいっぱいいて、告白なんか日常茶飯事で、その手の話は腐るほどありそうなのに。  「お前、モテるのに……女に興味ねーの?」  「………好きな子がいるんだ」  片想いだけど、と面映げにつけたす。  藤馬が片想い?  信じられない。藤馬の魅力が通じない女の子がこの世に存在するのだろうか。  「そういえばお前から女の話聞いたことない……」  藤馬は王子様だ。  才色兼備、品行方正、誰にでも優しい博愛主義の王子様。  だがしかし、その容貌は整いすぎてるが故のノンセクシャルな潔癖さを漂わせていた。  ふざけ半分にセックスの話を吹っかけようものなら蔑みの目で見られ絶交されそうで、自然藤馬にその手の話題はタブーになった。  十数年来の幼馴染の俺でさえ、一日の自慰の最高記録とかエロ本交換とか、他の同級生とは当たり前にできるバカ話を藤馬に吹っかける無謀と紙一重の勇気はとうとう出せずじまいだった。  藤馬がモテすぎるからやっかんでたのも、ある。  藤馬は下ネタ嫌いだろうと、その見目麗しい容姿から勝手に先入観を抱いてたのもある。  「好きな子いるのにこんなことやってちゃますますだめだろ……その子に失礼だ」  どうしてだか胸が痛い。  藤馬の片想いの相手はどんな子だろうと想像する。  きっと、藤馬に釣り合ういい子だろう。  ずっと一緒にいたのにどうして打ち明けてくれなかったんだと、俺が怒るのは理不尽というもので。  「……鈍感なやつだから。態度に出しても全然気付いてくんなくて」  「俺を練習台にして口説くつもりか」  一瞬、動揺が走る。  闇を透かして見る顔がわずかに赤らむ。  藤馬がうろたえるなんて珍しい。こんな状況だってのになんだか愉快になって、からかう。  「どんな子だよ」  「馬鹿」  「頭悪いのか」  「ひとつのことに夢中になるとまわりが見えなくなるタイプで色々暴走しがち。お人よし。軽くて浅く見えるけど大学の講義中はちゃんとマナーモードにするし、そういう根は真面目な所がいい」  「顔は?」  「……普通っぽいけど、笑うと見える八重歯がすごく可愛い」  「八重歯フェチなんだ、フジマって。初めて知った」  「あとは……英語が苦手」  くすぐったさを堪える微妙な表情で惚気る藤馬を見てるうちに、胸が鈍く疼く。  「あと、酒も弱いかな。ちょっと酒乱」  「酒乱なの?」  「しつこく絡んでくるんだけど、そういう所も可愛い。酒が入ると無防備になって、泣いて騒いで手に負えなくて、危なっかしくて目がはなせない。ぐでんぐでんで寄りかかってくると俺がついててやらなきゃって思う」  「ホントに好きなんだ、その子」  「うん」  「本命いるのに酔った勢いでさかるなんて最低だ」  藤馬が愕然とする。  「もうさ、帰れお前。頭冷やせ。まともじゃねーって。レッスンやめ、十分参考になりました。今度女の子好きになったらお前から教わったの試してみるよ、その、結構気持ちよかったし……」  「巧」  「色気とか、さ、もとからないもんは無理でも男気でカバーできるだろ?飲み屋でさんざん愚痴って悪かったな、お前は悪くねーのにやつあたりして……大人げなかったってマジ反省。結局俺に魅力ねーのが敗因だよな。うん、わかってるんだ。お前の言うとおり、俺、浅くて軽いし、顔も地味だし……モテるわけないよな」  ネガティブ思考で卑下する俺を藤馬は呆然として見つめる。  言ってるうちにすげえ情けない気分になって、鼻につんときて、潤んだ目をごまかすように忙しく瞬きする。  「あーあ……もうさ、俺のこと好きになってくれる子なんて永遠に現れねーのかな?」  子供の頃から何でも完璧にこなしてきた藤馬。  なにもかも平凡な俺。  どうして幼馴染は、こうも俺と正反対なやつなんだろう。  屑石は所詮ダイヤにかなわないのか。  ダイヤの輝きに目が眩んだ女の子にとっちゃ屑石なんて無価値な存在で、あっけなく蹴飛ばされ忘れ去られる運命で。  「やんなっちゃうぜ……っとに」  屑石の底力を見せてやると力んだ所で、俺が発揮できる力なんて知れたもの。  「………泣くなよ」  心底困り果てた藤馬の声が耳朶に触れる。  失恋の傷は思ったより深く、いつのまにか涙と一緒に垂れてきた鼻水を啜る。  酒のせいだ。ぜんぶ酒が悪い。  幼馴染にみっともない泣き顔を見せたのも鼻水ずびずびの醜態を晒したのも酒でナーバスになってるからだ、きっとそうだ。  「お前がもうちょっとダメなヤツだったらよかったのに……したら、俺だって」  俺だって?なんだよ?  藤馬がいなけりゃ藤馬を好きな女の子たちが振り向いてくれるとでも?  温かく力強い腕に抱きしめられる。  こめかみを伝う涙を唇をつけ啜る。  シャツの裾をはだけてもぐりこんだ手が下腹をなぞり、喉が仰け反る。  「―っ!?」   やめろと叫ぼうとした。できなかった。  怒鳴るのを見越した藤馬の手が口を塞いで、もう片方の手がシャツの内側で器用に蠢いて、下腹から胸板にかけて広範囲を撫で回す。  繊細にして巧妙な指遣いに喉までせりあがった悲鳴がくぐもり、鼻から吐息が抜ける。  俺と藤馬と二人分の体重でベッドが軋む。  「やめ、ふじま、っともう勘弁……いい加減にしねえと蹴飛ばすぞ」  「俺のほうが力強い。怪我したくなかったら大人しくしてろ」  シャツの裾から侵入した手が弱い脇腹をまさぐり嫌悪と恐怖とむず痒さが入り混じった感覚が芽生える、腰に添って上下する手が熱を煽る、背中に回った手がさらにその下へ  「やめ、ろ」  首筋と鎖骨を行きつ戻りつする唇の火照りが伝染り、体が疼く。  「大きな声出すと隣に聞こえる」  シャツの下を執拗に這う手の動きをいちいち意識しちまう、フジマの手つきは恐ろしく慣れている、嫌悪感と恐怖心と恥辱の入り混じった混沌とした感情が次第にぼんやりした快楽に取って代わられていく。  「ふじま、なんっ、かへん……くすぐってえ、ひゃは、そこ、背中弱いから……!」  びくんと体が仰け反る。シャツの中で這い回る手が胸の突起を掠めたのだ。  「巧……顔、赤い」  「酔ってんだからしかたねーだろ…………」  おかしい。どうしたんだ。まともじゃねえ。  味をしめた藤馬が、俺の乳首をつまむ。  しこった乳首を緩急つけてつねられ、耐え切れず喘ぎをもらす。  「ふあ……ぅく、やめ……も、いい加減手え抜け……」  体がふわふわする。眩暈が酩酊を誘う。  乳首なんか他人に触らせた事はおろか自分でいじった事もない、無意味な飾りに性感帯が隠れてたなんて知らなかった、藤馬は俺の反応を見つつ乳首を揉みほぐす、固くしこって充血した乳首を指の腹で潰して捏ねる。  「色気が乗った声、出せるようになったじゃん」  抵抗しなきゃ。  わかってる、頭では、だけどさっぱり力が入らない、抵抗しろとけしかけるなけなしの理性をアルコールが煙に巻いて思考がよどんでいく。  今さらながらヤケ酒かっくらったのを後悔する。  藤馬の手がズボンの股間に伸びる。  「固くなってる。感じてんだ」  「調子のんな……誰がお前に」  「エロい顔して睨むなよ」  藤馬が嘲笑する。俺の知らない顔。藤馬の手がズボンにかかる。  咄嗟に蹴飛ばそうとするも足を押さえつけられ、器用にズボンを脱がされていく。  下肢に密着したジーンズを無理矢理脱がされ、トランクスで覆った股間を露出する。  あんまりにも情けない自分の姿に頬に血が上る。  「俺じゃ感じないってどの口で言ったんだ?嘘つき」  残酷な嘲弄が心を引き裂く。今すぐ蒸発したい。  赤面して唇を噛む俺に対し藤馬は余裕で微笑みかけ、俺の口元へとシャツから抜いた指先を持ってくる。  「舐めて、巧。俺の指」  「な………」  「舌の絡め方教えてやったろう。実演だ」  「正気かよ。誰がするか、そんな事」  「キスが下手な男はモテないぞ」  「う………」  しなやかな人さし指がくりかえし唇を刷く。  誘われるように唇を開けば、待ちかねた指がもぐりこんでくる。  人さし指と中指を突っ込まれる。  口をこじ開けもぐりこんだ指におずおずと舌を絡める。  二本指が意地悪く舌を押さえ唾液をかき混ぜ、口の粘膜を蹂躙する。  「っは、はふ、ふく」  口の端から溢れた唾液がしとどに顎をぬらすがやめない、今さっき藤馬に教え込まれたキスを反芻し丁寧に濃厚に指をねぶる、ぎこちなく舌を操って指に唾液をぬりたくる。  漸く引っこ抜き、指を擦り合わせて糸引く唾液の粘度を確かめる。  「へただけど頑張りは認めよう」  「るせ……」  俺の唾液で藤馬の指が濡れ光るさまが淫猥で、腰がむずむずする。   藤馬が俺のトランクスを下ろす。弛緩した足をベッドに投げ出し、目だけでそれを追う。  俺の体は平たく伸びて、敵を蹴り上げる余力さえ残ってない。  外気に晒された股間が涼しく、内腿が鳥肌立つ。  藤馬が俺の膝を掴んで割り開き、唾液に塗れた指を後孔にあてがう。  言葉にできない違和感にぎょっとする。  身をよじって逃げる前に指に圧力がかかり、排泄の用しか足してなかった窄まりに指先が沈む。  「!―っひ、」  呼吸が途絶、喉が仰け反る。反射的に括約筋が締まる。  「ふじま、やめ、抜け、頼む、痛ッ……」   「その調子。わかるか?今の巧すごくいやらしい」  「嬉しくね……っ、俺が欲しいのは男の色気で、女みたく抱かれたって苦しいだけ……」  「女の子の身になって抱かれたら違うものが見えてくるかもしれないだろ」  「童貞捨てる前にバックバージン喪失なんて救われねえし、お前、好きな子はいいのかよ!?」  どうにか思いとどまらせようと叫んだ台詞で怒りを買う。  指を出し入れする速度が上がる。  窄まりに突っ込まれた指が中で鉤字に曲がり粘膜をひっかく、かき混ぜる、攪拌する。  「あ、ふじま、っ痛あぐ、たんま洒落になんね、なにキレてんだよ!?」  たっぷり唾液でぬらしてあっても初めて銜えこんだ指は凄くきつくて、異物を吐き出そうと窄まりが不規則に収縮し内臓を押し上げる。  「離れろ、よ、絶交だぞ、口きかねえぞ、大学で会ったって完全無視だ、色気教えてやるとかでたらめ言って、からかい倒しておちょくって、あげくこんな」  シャツを掴むも押し戻せず、藤馬の胸に縋りついたままところどころ喘鳴の混じった怒声を飛ばす。  「大嫌い、だ」  俺が劣るからって馬鹿にして。  馬鹿さ加減につけこんで。  肛門から指が抜けてこれで終わりかと安堵したのも束の間、不穏な衣擦れの音に硬直。  ふと前を見れば藤馬が自分のズボンごと下着をさげおろし、立派に勃起したペニスを外気に晒す。  「逃げるな、巧」  嫌々するように首を振ってシーツを蹴ってあとじさる、ベッドパイプに背中があたる、行き止まりに追い詰められた俺の腕を掴んで引き戻し組み敷く、足の間に藤馬の体がある、大胆に股を開いて藤馬を挟みこむ屈辱的ポーズに頬がひりつく。  「色気なんか欲しくねえよ、いらねえよ、元のフジマにもどれ」  「『元』ってなんだよ?」  藤馬の顔に悲哀の影が過ぎる。  組み敷いた俺の顔に首筋にあちこちに宥めるようなキスを降らせる、嫌がって顔を背け暴れる俺を容赦なく押さえ込んでキスの洗礼を施していく、いつのまにかシャツは腕の付け根まで捲りあげられ上半身が露出する、俺の乳首を口に含んで転がしつつ吸う。  気持ち悪い、気持ちいい、感情とは裏腹に体は快楽を求め堕ちていく、気持ち悪いのと気持ちいいのが混じって頭が変になる。  「ずっと片想いしてたのも知らなかったくせに、よく言う」  「ふじま、さわんな……」  「陳腐な台詞だけど、お前に俺の何がわかるんだ?」  藤馬の唇がもどかしげに歪む。  俺を扱う手つきがじれて激しさを増す。  絶望したような、縋るような切実な顔で藤馬は言う。  「お前のいいところひとつずつ教えてやる」

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