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ダイヤとバブル
「一緒に風呂入ろう」
むっつりすけべが突然んなことを言い出した。
「は?」
熟読中の雑誌ではモテ男ファッション大研究の特集が組まれていた。
街で見かけたイケメンに声をかけモデルになってもらうというありがちな企画で、掲載された写真では俺と同年代の若者たちがポーズをとる。
平凡な男がやればただただだらしないだけの腰パンやはみシャツも、モデルがよけりゃ遊び心ある着崩しとかエッジがきいてるとかもてはやされるんだからつくづく顔がいいやつは得だ。俺的にはモテ男ファッション大研究なんかより平凡な男もそれなりにイケて見えるコーディネートを特集して欲しいところである。アンケートハガキに書いて出すか。
若干の羨望と嫉妬を覚えつつページをめくる。
「頭沸いてんじゃね?シャンプーしてこい」
ところでこのアホ王子は酔った勢いで一線越えちまってからというものすっかり彼氏づらにおなりあそばされて(この言い方もなんだかなあと思うが亭主づらというとますます微妙だ)大学終わったら俺のアパートに寄り道する習慣がついた。
一応弁護するとバイトがある日を除いてだ。
脱ぎ散らかした服を適当に脇にのけて寛ぐスペースを確保した部屋は雑然として、お世辞にも整理整頓が行き届いてるとはいえない。
自分で言うのもなんだがずぼらでいい加減な性格。
コップを洗うのが面倒だから大抵はペットボトルかららっぱ飲み、雑誌や漫画の単行本を本棚にもどしに本棚に這って行くのも億劫がってそこらへんに転がしとくせいで足の踏み場もない。だがしかしこれはこれで居心地いい、なんたって一人暮らしには自由がある。
実家にいた頃は掃除機ひっさげ来襲したお袋にベッドの下からエロ本を押収され赤っ恥かいたもんだ。
一人暮らしを思い立った最大の動機はコンプレックスのもとの幼馴染と腐れた縁を切りたくて。
フジマとは幼稚園小中高とずっと一緒、家が近く部活も同じだったせいで行き帰りも自然と被った。
だけど大学生になるにあたっていつまでも幼馴染離れできないのはさすがにまずい、こいつにつきまとわれ引き立て役の運命に甘んじるのはこりごりだと、渋る親を説得し親戚の不動産屋をあたって半ば押し切る形でアパートに転がりこんだ。
現状、俺は満足してる。
最寄り駅まで徒歩十五分、間取りは狭いけど風呂は備えつけだし大学まで電車で二駅の距離。……が、仕送りにばかり頼っちゃられない。元をただせば俺のわがままで始めた一人暮らしだ、甘えっぱなしは筋違いだろう。
てなわけで現在はケーキ屋で週四のバイトをこなし生活費の足しにしている。仕事内容は主に接客とレジとキッチンの事は殆どやらせてもらえてないが、ときどき売れ残りのケーキをお持ち帰りできる文字通り美味しいバイトで気に入ってる。バイト仲間も気安く話せるいい人ばかりだ。
しかしフジマはご不満らしい。
理由は単純、俺がバイトにかまけてばっかで構ってくれないから。
アホか。
ガキじゃあるまいし。
俺には俺の事情がある、交友関係にまでとやかく口出しされたくない。
この頃フジマは少しでも俺と一緒に過ごす時間を増やすため、バイトがない日はこうして夜遅くまで入り浸ってる。でかい声じゃ言えないが泊まってく事も多い。そこまでつらつら考え、おれんちにお泊まりしたいがために終電なくなるまで帰りを遅らせてるんじゃないかとけしからん疑いを抱く。
そんなかんじで、フジマとああなってからも目立った変化はなく……まあフジマの愛情表現がオープンになって二人っきりの時はやたらべたべたひっつきたがるようになったってのが変化か……友人以上恋人未満のぬるい日常にどっぷりまったりつかってる。
関係は進展してない。
むしろ停滞してる。
フジマが求めてるものは、一応わかる。
俺だってガキじゃない、いっぱしの知識はある。性欲は言うまでもなく。
しかし俺の性欲や妄想の対象はその、女だ。きっぱりはっきり女の子なのだ。
断っとくが、俺はホモじゃない。
偏見とかはない方だし差別とかする気はないけど、自分がそういう対象として見られる事にはやっぱり抵抗がある。フジマと今みたいな微妙な関係になったのだって成り行き上しかたなくで、酔った勢いでわけわかんないうちに流されて、気付けばフジマの手の内だったのだ。
が、不本意だ。
合意の上の行為じゃねーし、だまし討ちに近いじゃねえかあんなの。
フジマに対し煮え切らない態度をとっちまうのはおそらくそこらへんに原因がある。
俺の感覚から言うとあの行為はだまし討ちに近く、してやられた感が強い。
色気を獲得するためのレッスンとか口車に乗せられた俺も馬鹿だけど、被害者なんだから開き直ったっていいだろう。いくら気持ちよくて最後の方は喘いじまったとはいえ、いまだ健在な男としてのプライドとか意地とかが踏ん張ってる現状でフジマの求めに応じる気にはなれない。
そうとも、俺はそんな安い男じゃないのだ。
尻軽じゃあないのだ。
尻軽って女に使う言葉だっけ?
「なにむずかしい顔して考えこんでるんだ。似合わない」
頬に手がふれる。
フジマの顔が目と鼻の先にある。
「お前こそいきなり何言い出すんだよ。どうしてお前と風呂入んなきゃいけないんだ」
「俺が入りたいから」
「納得しねえよ。何が楽しくて大学生にもなって男同士で裸の付き合いしなきゃいけねーんだ、だいいち見ろこの部屋」
雑誌をはためかせ散らかり放題の周囲を手で示す。
「うちの風呂手狭なの知ってるだろ?男二人入りゃお湯が殆ど出ちまう」
頭のデキを疑う。いや、小中高とずっとテストじゃ高得点で成績優秀だったし頭がいいのは確かなんだろうけど発想が突飛すぎてついていけねえ。どうして風呂?どうして俺と?疑問符が脳裏に舞う。
「とにかくやだね、野郎とふたりで風呂なんて。おとといきやがれ」
「恥ずかしいの?」
「~どうしてそうなる……」
「むかしはよく一緒に入ったじゃないか」
「むかしっていつ」
「幼稚園から小学校二、三年まで。うちによく遊びにきてさ」
それは事実だ。
「どっちが長くもぐってられるか競争したりタオルふくらませて遊んだり水かけっこしたり……背中洗いっこしたの忘れた?」
「ちびんときの話もちだすなよ。何年たったと思ってるんだ、とっくに時効だよ。お互いもういい大人だろ、ブリキのあひるさん浮かべてちゃぷちゃぷなんて恥ずかしいぜ」
しつこさにうんざりする。
こいつは抜群に記憶力がいい、いつどこでなにしたか細かいとこまでよく覚えている。
たしかに幼稚園の頃はフジマにべったりだった、ふたりして泥んこになるまで転げまわってフジマんちの風呂をよく借りた。
もっともフジマは当時から大人しくお上品なお子様で、俺はといえば親も手を焼くやんちゃ坊主だから、やつは俺につきあわされブランド物の子供服を汚してたわけだ。
……が、大学生になってまで一緒に風呂だなんて常識的にありえねえ。誰得?
「いいだろう、たまにはさ」
「いやだよ狭いし。ずーっとこぢんまり体育座りで睨めっこか?つーかさ、うざいよお前。風呂なら家帰って入りゃいいじゃん、俺ひっぱりこむ意味ねえよ。お前んちの風呂のが広くてキレイだし高くていい匂いのするシャンプーだってそろってるし、安アパートの安風呂に執着する動機が不明」
「どこで入るかじゃない、だれと入るかが重要なんだ」
「むっつりすけべの自己弁明にっきゃ聞こえねえよ」
「顔にでてた?」
「なにが」
「下心」
「……でねえからタチわりぃんだよ」
混浴を断固拒否する理由のひとつはいわずもがな、貞操の危機をひしひし感じるからで。
フジマは強引だ。
いつもはにこにこ笑ってるくせに一度こうと決めたら絶対ゆずらない。
俺にはそのこだわりどころがわからない。
頬にじゃれつく手を払い、奪われた雑誌を取り返す。
「却下。反対」
「どうして」
「風呂くらい一人でゆったりつかりたい。お前の顔がちらついたんじゃ落ち着いて足の指の股流せねえ。大体風呂ってのはプライベートな時間だろ、い~い湯だなビババンだろ、一日のうち肩の力ぬいてリラックスできる貴重な時間までめちゃくちゃにされるなんてごめんだね。プライバシーが欲しい」
「バストイレは一人でゆったり入りたい派?初耳」
「トイレに二人でこもりたい派って実在すんの」
一呼吸おき、威嚇を込めて睨みつける。
「……あのなあ~こんだけ付き合ってやってるのにまだ足んねえの?」
「足りない、全然足りない」
さいですか。即答ときたよ。
雑誌の端をしおり代わりに折って口を尖らす。
「俺さ、すっげえ譲歩してるんだけど」
「譲歩って?」
「フツー自分にあんな事したヤツ部屋に入れて仲良くおしゃべりするか?ホントなら玄関から入ってこれるような立場じゃないってわかれよ、出入りはベランダ伝いに窓からだ」
フジマが皮肉っぽく唇の端を吊り上げる。
「それってさ、俺が悪いの?」
「おまっ、居直んのかよ?!」
「まんざらでもなかったくせに」
雑誌を取り上げ放り投げ、俺の肩を掴んでずいずい迫り来る。
どうしたんだ、今日のフジマはやけに積極的だ。真剣な目つきにうろたえてしまう。
咄嗟に両手を掲げ、急接近しつつある顔と顔の間に挟んで阻む。
「よせ、顔近い……」
「子供の頃は一緒に入ったじゃないか。今だって入れるだろう」
「昔と今は別だって何回言わせるんだよ、いい加減怒るぞ!」
「もう怒ってるくせに。予告意味ないよ」
うわこいつめんどくせえ。
「~っ、わけわかんねーよお前、俺と風呂入ったって殆どお湯こぼれて楽しくねーぞ」
肩をつかむ手が上腕に滑り、額がくっつく至近距離でフジマがあっけらかんと呟く。
「風呂まで行くのがいやならここで脱がすけど」
「え?」
いやな予感に顔が引き攣る。
フジマが腹黒く笑う。俺の服の裾を掴むや力づくで脱がしにかかる。
「!?うわ、ちょ、やめ」
裾がべろりと捲れ貧相な腹筋と薄い胸板が露わになる。無理矢理ずり上げられた服が絡んで顔を覆い抗議の声がくぐもる。首にひっかかった服が視界を遮り、一糸まとわぬ無防備な上半身をさらす。この体勢は非常にまずい、デジャビュとフラッシュバックが仲良く手を繋いでやってくる。
いつのまにか馬乗りになって鼻ひくつかせ匂いを嗅ぐ。
「甘い匂いがする。……ケーキの残り香?」
「やめ、ひゃは、くすぐって!」
「動かないで、カスタードか純生かあててみせるから」
「こら、ジョンかお前は!」
おもわずフジマんちの飼い犬の名前を口走る。
こんなお行儀の悪いやつと比べられたんじゃジョンもさぞ不満だろう。ごめん、ジョン。
俺を押し倒しのしかかったフジマは、服の裾を大胆に捲り上げ、ひくつく鼻で入念に匂いの出所を辿っていく。吐息がくすぐったい。敏感になった皮膚がざわつく。
暴れる俺をおさえつけ、ひっぱたこうと振り上げた手をも振り払う。
「!いっあ、」
首筋を甘噛みされ変な声が漏れちまう。肩を殴りつけようとして空振り、つまさきが窄まり撓う。
首筋に吸いつく。
刺激に弱い皮膚をついばむ。無意識にフジマの背中に手をまわしきつく抱きつく。
「カスタード……?」
「―いっ、正解……今日厨房でカスタードシュークリーム作んの手伝って、じゃなくて離れろって、変なとこなめんな……!」
しきりに背中を叩いてギブアップを表明するもあっさり無視、裾に差し入れた手をいかがわしくもぞつかせる。フジマは美味そうに舌なめずりしつつ俺を味見する。反省の色のない態度にむかっぱらがたつ。
「俺がいやがってるのにわかんないのかよ、重いどけよ、ふんふん嗅ぐな犬かお前!ジョンにお行儀習ってこい!」
「ジョンは人形食うよ」
「食っていいのは焼いたのだけ!」
一瞬フジマが黙る。
「ああ、人形焼き……巧のつっこみたまにわかりにくい」
自信があっただけにちょっと傷つく。
「つっこみにつっこみいいから!お前いまリアルに俺食おうとしてるじゃん!」
「巧のほうがうまいもの」
体がぞくぞくする。
フジマの吐息があたると疼く。
背中を連続で叩いて行為の中断を訴える、だけどフジマはやめない。
俺の首筋に唇をおしつけねっとりと舌を這わせる。
「巧のせいだよ。そんな甘ったるい匂い垂れ流して誘ってるかと思うじゃないか」
「こっぱずかしい上につっこみどころ満載だぞその台詞!!」
まいった、ジョン以上の悪食だ。
「ふっ、あ、ま」
「一口かじらせてくれる?」
接吻が伴う熱にちりちりと皮膚が燻り毛穴が縮む、唾液に湿った唇が乾いた皮膚をたどる感触はえもいえず淫靡でキスだけで高ぶっていく、視界にちらつくフジマは意地悪い笑みを顔に刻み俺の腰に添えた手の位置を徐徐に上へ上へと……
「わかった、入る、入るよ!!」
ついに降参する。
フジマの手があっけなく離れていく。
「そうこなくっちゃ」
フジマの作戦勝ちだった。
「つるつるたまご肌さんやい」
「ひっつくなあつっくるしい。ぃひっ!?」
耳の後ろからうなじにかけて吐息を吹きかけられつんのめる。
ばたつくにつれ盛大に波立つも、浴槽の内壁に手足を突っ張ってもちこたえる。濡れタイルの上ならともかく風呂ん中でずっこけるという器用なまねをやらかす俺を、悪戯もといセクハラの犯人はにやにや笑いながら眺めている。
「『ひ』が大きい」
「不意打ちで息かけんの禁止って約束したろ、何やってんだお前!!」
「毛穴が見えないのは若い証拠だよなと」
「心臓に悪いんだよ!!」
「無防備だったんで。巧って意外と……」
「意外と?」
「着太りするタイプっていうか、高校の頃はもっと筋肉ついてなかったっけ」
「運動系の部活入ってりゃいやでも体力つく。鍛えられたのはおもに足だけど」
「すべすべだよ?」
「どさまぎでさわんな、しっしっ」
まったく油断も隙もねえ。ちょっとよそ見すりゃすぐセクハラ攻撃をしかけてくる。
風呂の中でさわってくる手を邪険に蹴りどかす。
フジマは狭い浴槽の中で素晴らしく均整取れた長い手足を持て余し、全部は入りきらないから仕方なく両腕は浴槽の縁にかけて外にたらしている。いやみったらしい。ちょっとはその無駄な足の長さを分けてくれ。俺とフジマと足して割ればちょうどよくなるんじゃないか。
俺はといえばフジマの正面、向き合う形でちんまり体育座りし、既にして定員容量オーバー気味の浴槽にどうにかこうにかおさまってる。
図体でかい男がふたり風呂につかった絵づらはむさ苦しくしょっぱい。潤いが足りねえ。
ぶっちゃけ全然リラックスできねえ、リラックスどころじゃねえ。それどころか苦行に近い。耳の形はおろか踝の形まで完璧な美形と睨めっこしながら耐久風呂って何の罰ゲーム?浴室にはプラスチックの桶と台座とスポンジ、ボディソープとリンスインシャンプーと最低限の風呂グッズ一式が揃ってる。全部近所の百円均一で調達したものだ。
浴槽の縁に肘を掛けてたらし、好奇心旺盛にあたりを見回し感想を述べる。
「巧んちの風呂コンパクトでいいな」
「イヤミかよ……」
嫌味じゃないのはわかってる。天然だからタチが悪い。これで褒めてるつもりなのだこいつは。
「シャンプーもボディーソープもぜんぶ手が届く範囲にあるじゃないか。便利」
「狭いという短所を逆に生かす生活の知恵だ。発想の転換って奴だな」
「さすが巧」
フジマが物珍しげに手を伸ばしリンスインシャンプーの瓶をためつすがめつする。
「リンスとシャンプーは分けた方が髪にいい」
「いいって別に。めんどくせー」
生憎と俺はシャンプーとリンスを分けて使うほどオシャレさんじゃない。
モテ男をめざすなら地道な努力が必要なのは重々承知だが生活切り詰めバイトに精出す一人暮らしの学生としちゃキューティクルよりも余計な出費を節約したい。
だからモテないのかと思い当たっていささか落ち込む。
シャンプーを元の場所に戻し向き直るや、多くの女を悩殺するだろう端正な微笑みで殺し文句を吐く。
「そうだな、巧はそのままで素敵だ」
他の男や女には向けたことないだろう愛情溢れる眼差しでとまどう俺を見つめ、自分に確認するように呟く。
「そのままがいい」
……なんていい感じの雰囲気を醸し出してるが、お互い素っ裸で目のやり場に困る。
いや、理不尽な話困りきってんのは俺だけで本来恐縮すべき立場のフジマは何故か自分ち以上にリラックスしてる。いくら幼馴染で男同士でも少しは恥じれよと説教したくなるほど大胆不敵悠々自適に、まるで実家の風呂に浸かってるような寛ぎっぷりで逆に俺の方が遠慮しちまう。めちゃくちゃ居心地が悪い。
早く出たいのが本音だが、先に出たほうが敗けだという暗黙の掟がのしかかってつまらない意地を張っちまう。
「こっちきなよ」
「来るなよ。お前が動くと湯がこぼれてさらに水位が下がる。ダムが干上がったらどうしてくれる」
「また足せばいいじゃん」
「水道代払うの誰か考えろ」
ただでさえ狭いアパートの風呂に大学生の男ふたりが膝突き合わせて入ってるのだ、へたに身動きしようものならざばっと津波が起きて大量の湯が流出する惨事が発生、浴槽がからっぽになって風邪をひくのは免れぬため膝を折り畳む。どうして自分ちの風呂でこぢんまり体育座りしなきゃいけないんだ?しょっぱい。対照的にフジマは鼻歌なんか唄っちゃってすこぶるご機嫌だ。音痴だったら可愛げあるのに歌まで上手いなんてパーフェクトすぎる。
「風呂って声響くから唄うと気持ちいいよな」
「声変わり済みの大学生がひとんちの風呂場で喉自慢すんな。お隣に聞こえたらどうする」
「巧もよく唄ってたじゃん。近所だから聞こえた」
「待て、いくら近所だって三・四軒離れてっぞ!?」
過去の赤っ恥を暴かればしゃんと湯を蹴立て食ってかかる。
たしかに実家の風呂場じゃよく唄ってたけど三・四軒むこうまで届くほど張り上げた覚えはない、三・四軒先にまで聞こえたのが事実なら俺の歌声が届く範囲はかなり広かったことになる。
取り乱す俺を見上げ、フジマはにっこり微笑む。
「地獄耳だから」
「嘘っぽい」
「なんて。ホントはジョンの散歩中に開けっぱなしの窓から聞こえたんだ」
なるほど、そういうことか。納得。一瞬真剣にストーカー王子疑惑を検討した。十年来の幼馴染を警察に突き出さずにすんでよかった。
「恥ずかしがるくらいなら唄わなきゃいいのに。聞かせたかったの?露出狂?」
「カラオケ誘われてトチったらいやじゃん。練習だよ練習。お前と違って音痴だからな、俺は」
いばることじゃねえ。
湯船の中で不服げに口を尖らす俺の腹をフジマがつつく。
「だーかーらさわんな腹肉を!ぷにぷにたるんでて面白くねえぞ!」
「面白いよ、癖になる」
「つまむな。伸ばすな」
「バスケ部辞めてから筋肉落ちた。巧を二十年見守り続けた俺の目に狂いはない」
仕返しに手の甲をつねる。
「守られたおぼえはねえ。見張り続けた、もしくはストーキングし続けたに断固訂正を要求する」
指で寄せ集めた肉をにょーんと引っ張って伸ばしてぱちんと弾く。
「お前さ~……たのしい?」
「うん」
素直に頷く。続けて放ちかけた質問をひっこめれば、フジマが首を傾げる。
「なに?」
「いや、忘れてくれ。幼馴染を疑った俺が悪かった。いくらお前でも中学の頃から真性ってことはねえよな、はは……」
「真性だけど?」
「なにが!?」
衝撃のあまり立ち上がる。はずみで湯が波打ち溢れる。
「もちろん、真性の巧マニア」
飄々と宣言するフジマに毒気をぬかれ、念のためあたりを見回しつつこれ以上水位をさげぬよう慎重に沈む。
「……お前……更衣室で着替える時必ず隣にいたよな」
「あれはほら、ロッカー隣だから」
「思い返せば執拗な視線を感じた、気がする」
「思い過ごしじゃないかな」
「俺が着替え終わるまで絶対隣にいたよな。一年で奇跡のレギュラーゲットしたんだからその座を維持すべく練習してりゃいいのに、とっくに着替え終わったくせしてじっと俺を待ってて」
膝を抱えたままずり落ちるようにして湯舟に沈み、ふくれっつらでぶくぶく泡を吐く。
「当時はイヤミだなあと思ったけど違う、ただのスケベだお前は」
「巧の着替えを至近距離で視姦するのは幼馴染の特権で俺の義務だからさ。役得ってやつかな?」
「ただのスケベをむっつりスケベに訂正」
「否定はしない」
「視姦とかいうな。男だぞ俺は。着替え見て何が楽しいんだよ」
「巧の体のこと巧以上に知っときたくて」
中学の時から俺をそんな目で見てたのか。衝撃を受ける。青春の思い出が酸っぱく発酵していく。
幼馴染の視線の意味に気づかなかった俺のばか、無神経、鈍感。
もっと早く気づいてたら何か変わっていただろうか、関係性が変化していただろうか、劣等感を抱かず対等な関係を築けていただろうか……いや、無理か。
フジマがフジマで俺が俺である限り劣等感は一生付き合ってかなきゃいけない厄介な友達だ。
だからほんの出来心だったのだ。
「んじゃ問題。俺の体にホクロ何個ある?」
してやられっぱなしが悔しく、意地悪い質問をする。俺の謎かけにフジマは眉をひそめ思案する。
あまりに真剣に思い悩むフジマに素面でいるのがむずかしくなり、ぷっと吹き出す。
「なーんて、答えられなくて当たり前だよな。当たったらどん引き……」
「むっつ」
「え?」
「右の肩甲骨にひとつ左腕の付け根にひとつ左のふくらはぎにひとつ尻にひと」
「きもっ!!」
ご丁寧にも指さし数えていくフジマからとびのき壁にへばりつく。
「どうして俺も知んねえホクロの場所と数を知ってんだよ!」
「一緒に風呂入ったじゃないか。子供の記憶力を侮るなよ」
「素晴らしい記憶力の無駄遣いだ」
「好きな事はとことん極めるタイプなんだ」
頭にのっけたタオルの位置をこまめに調整する。
親父くさい仕草なのにフジマがやるとかっこよく映るのがずるい、反則だ。
できるだけフジマから離れそわそわと膝をもぞつかせる。
「そろそろ出るか、巧」
「えっ」
「のぼせちゃうよ。洗ってやるから」
「いいって、一人でできるよ」
「俺が洗いたいんだ」
ストレートに言う。フジマが浴槽の縁を跨ぎこす。迷った末しぶしぶそれを追う。
フジマの背中は広い。しなやかで均整が取れ、すべらかな肌が水を弾く。
こいつの裸なんか見慣れてるのに、ガキの頃さんざん一緒に入ったのに、へんな感じだ。
毛も生えてないようなガキがいつのまにか男になっていた。
「さ、座って」
主導権を握って命じる。大人しくプラスチックの台座に腰掛けタオルで股間を隠す。
フジマがしゃこしゃことポンプを押してボディソープを手のひらに受ける。
液体をまんべんなく伸ばして、おもむろに腋から体前へと手をさしいれてくる。
「んうっ!?」
「動かないで」
「―っ、待て、なんで素手!?スポンジか手ぬぐい使えよ、垢おちねえぞ!!」
「手のほうが気持ちいいし」
「スポンジの存在意義全否定とはいい度胸だ!体洗うのに気持ちよさはいらねえんだよ!」
フジマがほくそえみ俺の側面に這わせた手を複雑に動かす。
薄い胸板で円を描き痩せた腹筋をすべり下半身を重点的に、太股の内側やふくらはぎとか敏感な場所を執拗になで、あるいは爪で逆撫でし、ぬるぬるした手のひらでもってセクシャルかつ入念なマッサージを施していく。
「………んっ、―は……」
「気持ちいいだろう?顔赤い」
「のぼせてんだよ、……うあ、……と、へんなとこさわんな、くすぐって……ふひ、ふひゃ」
「いやなら払えばいいじゃないか」
できればとっくにそうしてる。
前述したとおり、うちの風呂は狭い。へたに抵抗しようものなら大惨事、滑って転んで頭を打って素っ裸で病院に搬送なんてまっぴらだ。というか、隣に聞こえたらやだし。ただでさえ壁が薄くて生活音が筒抜けなのだ、風呂でじゃれあう声や音をお隣さんに聞かれたら明日からどのつらさげて表にでりゃいいのかわからねえ。
フジマの手は容赦なく俺を責め苛む。
俺のいいところを知りながらわざとじらす。
ボディソープが泡立つ。
肌が粟立つ。
泡に塗れた手が体の側面を緩急つけて伝う。
「……っあ………」
脇から忍び込んだ手が胸板をいたずらに這う卑猥な眺めと後ろにはりつくフジマの気配が羞恥心を煽りたて、だんだんと前屈みになる。
なんで言うなりなんだよ俺は。
フジマの手のひらには光沢帯びたぬめりの膜が張ってそれが俺の体と合わさるつど気持ち悪いともいいとも言えない奇妙な触感を生み出して、今もって刺激に免疫できず感じてしまう皮膚をざわめかせる。
「………も、そのへんで……他のとこ洗えよ」
「まだまだ。ここもキレイにしないと」
「!?ひあっ、」
泡に隠れた乳首を探し当てられ喉がひくつく。意地悪い指先が乳首を軽くつねって遊ぶ。二本の指先に挟みこまれ搾り出された乳首は赤く熟れきって、生クリームがのったいちごみたいになってる。
「生クリームがのったいちごみたい」
「!?」
「―って思ったろ」
「思ってねえよ、だいたい大きさ違うだろ、いいとこレーズン大……」
勢い余って口走った発言に自己嫌悪。
「そっか。すごくおいしそうに見えるけど」
含み笑いでからかいながらも手は休めず胸のしこりをいじくり続ける。
生クリームに見立てた泡を丹念にすくいとって色づく乳首に塗りこめ、爪先でひっかいては指の腹で押し潰し、痛痒い疼きを伴う刺激を加えつつうなじを甘噛みして吸う。
「は………ふぁ、んぅ………」
まずい。タオルがだんだんと持ち上がってくる。息子が元気になり始めている。
喘ぎ声なんか漏らしたらフジマが調子づくに決まってて、左手で今にもずり落ちそうなタオルを押さえ、荒い息を零す口を右手で塞ぐ。
体の裏表を他人の手が這い回る。
指の股の間までくすぐって泡をかきだし、ポンプをしゃこしゃこやってボディソープを足し、宣言。
「最後は……ここだな」
容赦なくタオルを取っ払い俺の股間を暴く。
「フジマさん!フジマさん自重!」
「往生際悪いよ巧。どうせこうなるのはわかりきってただろ」
「ここは自分でやっからお前も自分洗えよ、さっきから大人しくしてりゃ調子のりやがって、洗うんじゃなくて俺の体あちこちおさわりしてんだけじゃん!!」
「ちゃんと洗ってるじゃないか、ほら」
耳元で囁かれ心臓が跳ねる。背中にフジマが密着、股間に手が忍ぶ。
少しだけ固くなったペニスを掴み、泡まみれの手でゆるゆるとしごきだす。
「やめ、風呂場でシャレになんね……」
台座から浅く腰を浮かせばたつき抗うも、膝裏に衝撃をくらう。膝かっくんで俺を台に戻し、両手でペニスを握る。
この体勢は非常にまずい、隙がなさすぎる。抱きつかれ身動きとれない。
長くしなやかな指が技巧を凝らした動きを見せる。鈴口をかりかりとひっかき裏筋の中心線をなぞり、ぬるぬるの手のひらで揉まれるたび腰から下がとろけていく。
「は………ふあ……」
「前見て」
フジマが顎をしゃくる。のろのろと薄目を開けて正面を凝視すれば、湯気で曇った鏡が壁に嵌めこまれている。
フジマが片手を伸ばして鏡面を斜めに拭い曇りをとる。
「俺に感じさせられてる顔、ちゃんと見て」
「…………っ!!」
羞恥で頭が痺れる。罵倒を浴びせようとして喉が引き攣り、プラスチックの台がずれて鏡に片手をつく。
「どこさわってんだ……」
息も絶え絶えに抗議する。俺の股間をいじくりながらもう片方の手を後ろにまわし、追加したボディソープを練りこみ、まわりの筋肉をほぐしはじめる。
「……風呂……っ、入りたいとか、けっきょく建前かよ……それっきゃ考えてねえのかよ……」
きつく瞑った目に悔し涙が滲む。
鏡についた手で前傾した体を支え、きつく閉じた窄まりをこじ開けようとするフジマを呪う。
「巧が悪いんだよ」
首の後ろを吐息がくすぐる。フジマの声はぞっとするほど低く冷たい。
「おれ、が?どういう理屈、だよ」
「前向きに検討するとかうやむやにごまかして全然させてくれないじゃないか」
拗ねた口ぶりにぎくりとする。
「服を脱がすとこまでもってくのも大変なのにいつもいつも寸止めされちゃこっちだって身がもたない。服をはだけて涙ぐんだ巧のエロ可愛さを目の当たりにして最後までイけないなんて酷だよ」
「さっきから王子っぽくないワードを連発してるけど好感度とか気にしたほうが……ひ、あ!」
「待てはうんざりだ。ご褒美がほしい」
「ジョンより堪え性がねえぞ……!」
「ジョンは三十分待てとお預けに耐える」
「させたことに驚きだよ鬼畜飼い主」
「巧の待ては数ヶ月単位だ。忍耐力が切れた」
ああ、フジマの気持ちをもてあそんで逃げまくったつけがまわってきた。
こいつがむらっときてるのは知っていた、知ってて知らんぷりをした、俺はただこいつといままでどおり幼馴染としてダチとしてオープンに付き合いたくて体を繋ぐのに抵抗あって、一回目は酔った勢いで強引に押し切られた形でいわば不可抗力だけど、俺がちゃんと意識を保った状態で、しかも合意で体を繋いじまったら今までの関係性が壊れる気がして、どうしてもためらっちまうのだ。
それらしい素振りを察しては回避せんとトイレに立ったりコンビニまで出かけてみたりとずるずる先延ばしにし、はてしない待てとお預けのくりかえしにさしものフジマもじれきって、とうとう風呂場で凶行に及んだのだ。
「いっ、かいめは事故、みたいなもんだろ…だいたい反則だろあんなの、数に入んねえよ、でろでろに酔っ払った俺をむりやりさ……」
「悪いと思ってる」
「言ってることとやってることが違うぞ」
「巧は俺が嫌いなの」
「………卑怯だって、そういう聞き方」
俺のうなじに吸いつく。熱く柔らかな唇の感触に皮膚が粟立つ。耳に響く声が沈鬱な湿り気を帯びる。
「……ほしいんだ。我慢できない。寸止めはいやなんだ。せっかく気持ちを言えたのに、その」
「その?」
「………先に進まないのは」
耳の裏側に熱く湿った息がかかる。鏡に映るフジマの顔に、何かに耐えるような思い詰めた表情がさす。
「贅沢だってわかってる。気持ちを言えただけで、受け止めてもらえただけで喜ばなきゃいけないってわかってるんだ。だけど俺は欲張りだから、一回手に入れるともっともっと欲しくなる。一方通行じゃないって確かめたくなって……」
王子さまらしくないしょげたつらが胸を締めつけ同情を引く。そういえば、こいつは俺の前でだけ情けないつらをする。俺だけが知ってる安西藤馬のへタレな素顔だ。
たどたどしく言うフジマについうっかりほだされちまう。
「……わかった」
「え」
首の後ろにためらいがちに手をまわし、ゆっくりと顔を近づけ、ごく軽く触れる程度のキスをする。
「………ヤりたいんだろ」
どういえばいいんだろう。もっと可愛く甘えてみたらいいんだろうか。だけどこれが今の俺の精一杯だ。
ふてくされてそっぽを向く。フジマがびっくりして瞬きする。
「ヤっていいよ。……俺も別に嫌いじゃねーし、ただちょっと怖えだけで、その、まだ慣れないからさ……」
もごもごと言い訳を呟く。フジマが泣き笑いに似た至福の表情を浮かべる。
「……あ~、ほら、脱いじまったし。風呂なら後始末もらくだろ」
「色気ないよ、巧」
「るせ」
目を合わせるのが気恥ずかしい。今の俺にできる最大の譲歩だ。フジマが俺にキスを降らす。伏し目がちに頬を染め、黙ってそれを享受する。体勢を入れ替える。台座から腰を浮かし浴槽のふちを両手で掴み、おずおずと尻を突き出す。
「恥ずかしいなこのかっこ……」
「可愛いよ」
「可愛くねえ」
「エロいよ」
「さらに微妙」
「もっと高く上げて、やりにくい」
命令され、ふちに顔を埋めるようにしてむきだしの尻を上げていく。どうせふたりっきりだというやけっぱちな開き直りが俺を大胆に過激にさせる。でもやっぱり恥ずかしい。前ン時は電気が消えて暗くてお互いの顔が見えなかったけど、風呂場にはばっちり電気が点いてるのだ。明るいところでまじまじとそこを観察される恥辱に体が強張る。
「!―んあ、―っぐ、あァッ」
後ろに人さし指が突き立つ。
浴槽を強く掴み、異物挿入に伴う不快感と痛みを耐えてやり過ごす。
「我慢して、巧」
フジマがあやすように背中をなでる。
潤沢なボディソープが挿入を手伝って襞が練りこまれていく。
ぬるぬるした粘膜で感じる快感は強烈すぎて、奥まで届きそうで届かない物足りなさとじれったさにたまりかね、勝手に腰が上がっていく。
つぷりと泡の潰れる音が耳につき、指がもたらす生煮えの快感と下半身に渦巻く熱に戦慄く。
「も……かんべん……」
「まだまだ。寸止めでお預けくらうつらさを知ってもらわないと」
笑みの成分を極限まで薄めた笑みに凍りつく。こいつ根に持ってやがる。
緩めるように抜き差しされ、だんだんとテンポがはやくなる。
ボディソープに塗れた指で体内をかき回され小刻みに前立腺を突かれ、撓う喉から甲高い悲鳴が迸る。
「フジ、や、待て、指抜けっ、ぐちゃぐちゃやめ、ふあっ、くふ」
指が二本に増える。入り口付近を浅くつつき根元まで深々突き立てる。
窄まりが欲張りに収縮して指を喰らう。
「フジマ………動くな……」
縁に突っ伏し懇願する。タイルについた膝の裏が不規則に痙攣する。勃起した前が先走りを垂れ流す。
「前すごいことになってる。指だけでイッちまいそうだ」
「言うな……」
フジマが耳をはむ。
べとつく舌が耳に絡みつき窄めた先端で孔をほじり、ぞくぞくと炙られ煽られ節操なく紅潮した顔をうつむける。
「―ああっ!」
最後に円を描くように中をかきまわしてから指が抜け、安堵と同時に物足りなさを覚える。
肩を上げ下げ呼吸を整える俺の背中にフジマがのしかかり、腰を抱くようにして持ち上げて怒張したペニスを添える。
「力抜いて」
「むり……おっかねえ……」
「平均サイズだよ」
「うそつけ」
「優しくするから」
じれったい。苦しい。早くいれてほしい、奥までで突っ込んでぐちゃぐちゃにかきまわしてほしい。
どうしちまったんだ俺は。のぼせちまったのか。
理性が蒸発して欲望に抑えがきかない、物足りず疼く体がわかりやすい快楽を欲しがってる。
「!ひっ、あ、あああああ」
後ろに圧力がかかる。フジマが俺を気遣いつつ押し入ってくる。
指とは比較にならない太さと固さを伴うペニスが腸を削り、体内が引き攣れるような感覚にわけもわからず絶叫する。
「ふあっ、あっ、ぃあ、―痛ッて、あ、抜け、とま……」
「ごめん、痛かったか」
フジマの手が前にまわって俺のペニスをとる。
前から与えられる刺激が後ろの激痛を薄めて散らし頭が朦朧としてくる。
先走りの汁を塗りこめるように指先が動くたび腰を中心に震えが広がっていく。
「あっ、ふあっ、あぅ」
「ほら……ちょっとマシになるだろ」
答える余裕がない。首を縦に振るべきか横に振るべきか迷い、顎にぐっと力を込めて浴槽に縋りつく。
フジマの手が注意を引く。中に突っ込まれたものが動く。激痛の波がひいたあとに訪れたのは激烈な快感、泡に塗れたペニスを律動に乗じて抽送する、俺の体内もぶくぶく泡立ってるのがわかる、結合した部分が白い泡を噴く。
「……ふひま、ふじま、ひあッ、ふあ、ああっあああっ」
「大丈夫。俺がついてるから怖くない」
俺の体を抱きかかえ正面から向き合う形になれば、挿しっぱなしのペニスが脈打つ奥にごりごり当たる。
「――――――ッッ!!」
俺と繋がったまま縁を跨ぎこして風呂に入り、湯の中で激しく突き上げてくる。
「ふあっ、あ、―っ、がっつきすぎ、だ、もちょっとゆっくり、湯が入る!」
「ごめん、止まらない」
「優しくするって嘘か!」
「つもりだったのはホントだけど、俺も今余裕ない。振り落とされないようしっかりつかまってて」
言われなくてもきつくきつくしがみつく、突き上げる動きに合わせ腰が跳ね回り声が上がる、俺の声と水音が浴室の壁に殷々と反響する、窄まりを埋め尽くす怒張した肉の隙間から熱い湯がながれこんで体内を満たしフジマの肩をかき抱く。
「イきたい、イきてえ、頼む……っ、もたねっから……」
波を被る腹がたぷつく。俺の足をこじ開けて縁に座らせ、唇を奪い舌を絡め、俺にだけ見せる極上の顔で微笑む。
「一緒にいこう」
俺はたぶん頷いたのだろう。
「ああああああっあああああっあ―………!!」
同時に射精に達する。
しばらく繋がったまま余韻にひたる。俺の中でフジマのものが萎れて通常サイズにもどっていく。
中がドロリとするのは中出しされたせいか。
「……中にだすなよ……後始末大変だろ」
「だいじょうぶ、風呂だから」
「意味わかんね……」
「掻き出すの手伝ってやる」
「頼まねーよ……」
憎まれ口にも覇気がない。フジマと繋がったまま、ぐったり凭れかかったまんまじゃ説得力に欠ける。
全身汗まみれだ。せっかく風呂に入ったのに意味がねえ。俺を守るように片腕に抱いたフジマを弱弱しく突き放す。
「……時と場所考えてさかれよ……」
「刺激的だったろ?」
イッたあとはどうでもよくなる。本気で怒る気力も枯れる。
「………巧………?」
俺は泣く、まねをする。
肩におかれた手を邪険に払い、もうお前とは絶交だと表明するようにそっぽを向けば、真に受けたフジマがあせって追い縋る。
「ごめん、巧。そんなつもりじゃなかった、傷つけるつもりじゃなかったんだ。結果的に騙したみたいになったけどでもこれはそういうつもりじゃなくて、いやそういうつもりもちょっとあったけど、だけどこうでもしないとずるずる逃げ回ってばっかで、しつこくすればするほど嫌われるのわかってたけど、でも」
フジマの顔面めがけ弧を描いて水を噴射。
「うわっ!?」
派手に仰け反り風呂の床で足を滑らせばしゃんと転倒するフジマに爆笑、組み合わせた手の間から水鉄砲をお見舞いし勢い良く立ち上がる。
「やーい騙されてやんのアホ王子。いい年して泣くわきゃねえだろ」
見事仕返し成功、舌を出して挑発する俺にぽかんとするフジマ。その顔めがけ放物線を描き水鉄砲を連射。
「ぶっ、やめろ巧待てって、ガキかよ!」
「えいっ、えいっ」
「この!」
おもむろに反撃に転じ手のひらを返し湯水を浴びせる。
顔面に湯の直撃をくらってむせながら、俺は不敵に笑ってみせる。
「やったな!」
「やったさ」
二人して子供に返って大はしゃぎで湯をかけあう。
俺がばかみたく笑えばつられてフジマも笑い、水鉄砲をぴゅっぴゅっと飛ばす。
十数年前に戻った気分で時間も忘れて風呂の中でじゃれあう。気づけば俺もフジマも声を出して笑っていた。どっちがやってることもガキっぽくて、最っ高に大人げなくて、そんな自分たちが最低すぎて水鉄砲を飛ばしながら無邪気に笑い転げる。
ガキの頃とおなじ顔で笑うフジマを見つめ、しんみり呟く。
「……俺もさ、悪かったよ」
フジマが首を傾げる。
組んだ手の間からささやかに水を噴射、俯く。
「お前の気持ちわかってんのにじらすようなまねして……」
「巧は悪くない。ヤりたいさかりの俺のわがままだよ」
「俺だってヤりたいさかりだよ!頭ン中そのことだけでいっぱいの年代だよ!」
「けど……巧が想像してるのは女の子と、だろ。相手は俺じゃない」
口ごもるフジマ。
口ごもる俺。
「…………最近はそうでもねー」
「え?」
ただきっかけが掴めなかっただけなのだ。
素直になるきっかけが。
「巧、それって……」
酔った勢いで無理矢理はじまった関係だから、素直になるタイミングがわからなかった。
「………お前とどうにかなっちまうのも怖くて………」
いいほうに変わるのか悪いほうに転がるのか、自分でもわからない。
想像つかないから、怖い。
「俺……ヘンだ。前はフツウに風呂入ってたのに、お前の裸見たってなんともなかったのに変に意識しちまって、体がかあっと熱くなって……バレんの恥ずかしくて」
「え……バレバレだって」
「わかってるよ、調子のんな!」
「巧」
俺はヘンだ。
フジマの手が触れた場所から俺が俺じゃなくなる。
これを恋だと認めるのが、怖い。
「つけあがるなよ……」
「知ってる」
「勝ったつもりになるな」
フジマの手が伸びて俺の体をすっぽり包み込む。蛇口から滴るしずくがタイルを叩く音が妙に大きく響く。
しっとり濡れた肌がくっつく。宝物を独り占めするガキみたいに俺に抱きつき、聞こえるか聞こえないかの声で囁く。
「先に恋したほうが負けなら、俺はずっと、もう十年近く前から負け続けてる」
フジマは俺が一番欲しい言葉をくれる。
たまらなく甘いキスと一緒に、惜しげもなく注いでくれる。
「俺が負けた相手はお前だけだ。自信をもてよ」
劣等感を脱ぎ捨てるのは難しい。
それは長い長い時間をかけて俺の一部になっちまって、今さら切り離すのはむずかしい。
フジマがそばにいるかぎり一生付き合ってかなきゃいけない厄介な重荷で、だけど今の俺は、フジマと離れて生きることなんて考えられない。
手が焼ける幼馴染に恋をしたから。
俺なしでは生きてけないとべそかく幼馴染を見捨てたりはできない。
俺をこんなに強く激しく求めてくれるのはフジマくらいのもんだ。
「んじゃ間をとって引き分けってことで」
俺にしがみついてはなれないフジマの頭をあやすようにぽんぽん叩き、怪訝な顔をしたフジマの耳元へと唇をもっていき、囁く。
俺だって好きになりかけてるんだから引き分けだろ?
その後ふたり仲良くのぼせて計画的にか偶発的にか終電を逃がしたフジマは結局アパートに泊まることになるんだが、その話はまた別の機会に。
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