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ダイヤとブランコ
「懐かしいなこの公園。子供の頃よく遊んだよな」
大学からの帰り道、2人で歩いてる時にたまたま目に入ったのはノスタルジックな児童公園。
うちの近所にあって小学校高学年まではよく遊んだが、最近はめっきりご無沙汰だ。
……というか、それは当たり前。
立派に酒を飲める年齢の大学生が、公園で我が物顔してはしゃいでたら寒い。公園は子供の物、あるいはベビーカーを引いた主婦の集会場。大人がしゃしゃり出ちゃ場違いだ。
隣を歩くフジマが公園のポールの向こうへ視線を放り、ゾウの形のすべり台に目を細める。
「よく覚えてるよ、小3の時お前が真っ逆さまに滑り台すべって砂場に突っこんだこと」
「忘れろ」
「チャレンジ精神豊富だったよね」
「まだ誰もしたことねえ領域に挑戦したくて」
ゾウ鼻のすべり台を見てるとしょっぱいノスタルジーがこみ上げて、なんでか目頭も熱くなる。断じて涙じゃねえ、心の汗だ。
「久しぶりに寄ってくか」
「寄ってどうすんの。子供にまじって遊ぶ?」
「たまには童心に返るのも悪くない」
とっととポールを越えて公園の中へ入っていくフジマ。俺は仕方なく肩を竦め、幼馴染の気まぐれに付き合ってやる。
ブランコ、すべり台、コンクリートマウンテン、鉄棒、雲梯、シーソー。
子供の頃はデカく見えた遊具がどれもやけに小さく感じられ、束の間郷愁に浸る。心なしかペンキが剥げてみすぼらしくなっているのが時間の経過を物語り、尚更切ない。
「寂れちまったな」
「今の子は携帯ゲームが主流なんだ」
「俺もニンテンドースイッチ欲しい」
「貸してやってるんじゃ不満か」
「一台きりじゃ対戦できねーじゃん、お前と」
なにげなく付け加えればフジマが一瞬目を見張り、次いで幸せそうに笑み崩れる。
よし決めた、今度バイト代入ったら買おうっと。出費がちょっと痛いが、部屋でゴロ寝しながら通信対戦できるなら悪くねえ。
フジマの言う通り公園は閑散としていた。小学生の男の子が片隅に3人集い、カードを交換しているほかは人けもない。1人がレアカードを見せびらかし、他2人が大袈裟に悔しがるのを横目に、俺とフジマはペンキの剥げたブランコに近寄っていく。
「これ好きだった」
フジマが呟いてブランコの鎖を握り、軽く揺らす。
「イケメンは得だよな」
俺は隣のブランコに腰かけて漕ぎだす。フジマが妙な顔をする。
「いきなり何だよ、脈絡ない」
「あるっての。思い出せよガキの頃、お前がブランコの前に突っ立ってっとすぐ女子が譲ってくれたじゃん。フジマくん漕いでいいよーっていそいそと」
小学生の時分からフジマは女子に大人気で、ただぼんやりブランコの正面や横っちょに突っ立っているだけで女子が優先的に使わせてくれた。俺はそれを指を咥えて見ているしかない馬鹿で可哀想なガキだった。凡庸な外見のせいでイケメンの特権に預かった試しはない。
スニーカーで地面の砂を蹴ってむくれれば、俺が不機嫌な理由をおめでたい方向勘違いしたフジマが意味深な流し目を投げてよこす。
「ブランコやりたいならそう言えよ、予約してやったのに」
「同情はノーサンキュー」
恩着せなのか自慢なのか、区別がむずかしいイケメンへの僻みを原動力にし、やけっぱちでブランコを漕ぐ。
スニーカーの靴裏で反動をつけ、おもいっきり足を引いてから蹴りだせば板が前後に移動し、猛スピードで風切る爽快さに気持ちが軽くなる。
「久しぶりにやるときもちいー!どっちが高く漕げるか競争すっか」
「スピード出し過ぎると危ないぞ」
「負けんの怖え?」
青空の高みに近付いては離れるくり返しの中、重力から解放された爽快感にはしゃいだ声をあげれば、すかさずフジマがうざいお小言をたれてくる。
不敵に含み笑った目で挑発すれば、フジマがやれやれと苦笑いして高らかに地を蹴る。
「まさか」
王子様然として振る舞っていても実の所コイツはノリがいい。俺に負けじとブランコを漕ぎだし、申し分なく長い足で鮮やかに空を蹴り、前後に揺れる軌跡を描く。
「くそ、足の長さで負けてるぶん不利だ。お前な、ちょっとは遠慮して縮めろ」
「巧こそ頑張って伸ばせよ」
「今からカルシウム摂りにいっても間に合わねーよ。しょうがねーから靴の爪先ぶんで稼ぐか」
「せこい戦法」
「るっせ」
足が攣りそうなほど爪先を突っ張り、少しでもフジマとの差を縮めようと悪あがけば、俺の横顔を微笑ましそうに眺めてフジマが嘯く。
「俺が勝ったらご褒美くれる?」
「一応聞くけど、どんなの」
「エロいのとか?」
「疑問形か」
「エロいのでお願いします」
「丁寧語に直しゃいいってもんじゃねえ」
フジマは優雅にブランコを漕ぐ。白馬に乗った王子様なら絵になるが、ブランコに乗った王子様はただの色ボケだ。自信満々に調子のりくさった横顔が腹立たしくて、鎖を握り直した俺はぶっきらぼうに言い捨てる。
「……応相談」
頬が少し赤らんでいたのは余裕ぶっこいたフジマにムカツイたからで、断じてそのエロいご褒美とやらを妄想してたんじゃねえ。
「本当だな」
適当にとぼけてやり過ごす魂胆の俺をよそに、言質をとったフジマはニンマリほくそ笑み、がぜんやる気となってブランコを空の高みに運ぶ。
もはや遠慮も手加減もかなぐり捨て、全力全開本気を出してブランコを漕ぎまくるフジマにたまらず叫ぶ。
「おいフジマ大人げねーぞこの期に及んで余力温存してたとか卑怯者め、いざ尋常に抗議を申し立てる!」
「時代劇かぶれしたセリフ笑える」
「エロいのって何ナニなにさせる気だよ、もう風呂でやんのはこりごりだかんな、手と足の指紋がふやけちまって大変だったんだ!」
「巧が悪いんだよ、俺を本気にさせるから」
「お前の本気スイッチ全部俺絡みかよ」
「そうだよ。今頃気付いたの」
額にうっすら汗してブランコを漕ぐフジマに追い付き追い越せと全力をふりしぼって喚けば、さっきまで公園の片隅にいたガキどもがこっちを不思議そうに観察している。
明らかにドン引きなその目が、柔なハートに突き刺さる。
「ぅぐ」
居たたまれなさに失速しかける俺をまるで躊躇いなく颯爽と追い越し、片隅にたむろうガキどもに手を振る余裕さえ見せ、色素の薄い髪の毛を靡かせたフジマが宣言する。
「大人げよりも大事なものが世の中あるだろ」
「たとえば?」
あくまで下心に忠実に、とことん強気に開き直ったブランコの上の王子様がわずかに俺の方へ身を乗りだし、耳朶を掠める風にかき消されそうな囁きを吹き込んできやがる。
「下りたら教える。ブランコの上じゃあぶなくてキスもできない」
勝負の結果はご想像にお任せしたい。俺の口から言うのは憚れるって時点で察してくれ。
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