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ヴァンパイアINハロウィン

「間抜けなカボチャ頭が浮かれ騒いで、世間はハロウィン一色ですね」 「こらそこ、前から2列右から3列目出席番号7番ステヴァン・パイヤーよそ見すんな」 「僕と先生しかいない放課後の教室でわざわざ席順を指定する意味は」 「嫌がらせ。お前さあ、自分が居残りさせられてる理由わかってんの?人がせっかく貴重な時間割いて世界史のテスト範囲おさらいしてやってんのにボーっとして、ちっとも身が入んねーじゃん。美少年が哀愁帯びた横顔で窓の外見てりゃ何でも許してくれんの、お前を美術部の石膏モデルにスカウトした有坂先生だけだぞ」 「ごめんなさい、毎年この時期はそわそわしちゃいまして。先生は?ハロウィン好きじゃないですか」 「好きっちゃ好きだけど、この年になるとみんなで仮装だ夜通し馬鹿騒ぎだーってテンションになんねえよ。明日の準備しねーといけねーし採点残ってるし」 「大人って哀しい生き物ですね」 「ムカツク……」 「さっきフルネーム呼ばれてふと思い出したんですけど、僕の編入が決まったとき出席簿のどこに組み込むかで揉めたそうですよ。ファーストネーム基準にするかファミリーネーム基準にするか……結局『ぱ』の扱いに困ってファーストネーム採用でしたが」 「は行のあとでいいんじゃねフツーに」 「みんなが姓で呼ばれてるのに僕だけ名前呼びって、特別扱いってゆーか腫れ物扱いってゆーか……教室でのポジションが絶妙に微妙で落ち着きませんよね、みんな座ってるのに一人だけ逆さにぶらさがってるコウモリみたいで」 「お前にンなデリケートな部分があったとはな。お喋りは打ち切り、今は補習中。早く帰ってハロウィン満喫したきゃとっとと範囲終えろ、及第点とってみろ。そもそも外人が世界史のテストで赤点ってどうなの、古典や現国ならわかるけど。俺にかまってほしくてまたわざとやらかしたとかなら怒るぜ」 「今度は違いますよ」 「じゃーこないだのテストで間違えた設問もっかい。1862年のプロイセン首相、オットー・フォン・ビスマルクの通称は?」 「吸血宰相」 「不正解。一字違いで大違いだな」 「一字位おまけしてくださいよ、似たようなもんじゃないですか」 「本質損なうから却下、補習でおまけはしねー主義なの」 「殺生な~~~」 「金髪巻き毛で碧眼のお前が言うとギャグだな」 「半分日本人ですし。母の血が濃いんですよ。僕も質問あるんですけど、小山内先生ってちょいちょい『えっ?』って死語挟んできますよね。本当に平成生まれですか」 「温故知新を尊んでんだよ、学生時代は世界史の次に現国の成績よかったし」 「文系ですねー」 「ただ過ぎ過ぐるもの、帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬」 「なんですかそれ」 「清少納言、枕草子の一節。ただただ過ぎていくもの、帆をかけた船に人の年齢、春夏秋冬の季節って意味。ボーッと窓の外ばっか見てっとあっというまに年食っちまうぜ、頭が柔らけェうちに学んどけ」 「すごいや古典の先生みたい」 「世界史だよ馬鹿」 「褒めたのに酷い」 「ほらほらどうした早く終わらせちまわねーと、気になるあの子のセクシー魔女コスに鼻の下伸ばしたり伸ばされたり、ハロウィンにかこ付けて青春する若人の特権奪われちまうぜ?」 「若人(わこうど)って声に出して言いたい日本語ですよね、同級生が使ってるの聞いたことないけど」 「るっせ次いくぞ。ルーマニアを独裁国家にしルーマニア革命を引き起こすきっかけとなった首相の名前は」 「ヴラド・ツェペシュ・ハンガリア、あだ名は串刺し公」 「ねえわざとやってんの、時代が6世紀ほどずれてんだけど」 「すいませんうっかり脊髄反射で、僕の中に眠る始祖様の血が誤答を命じたんです」 「さっき母方の血が濃いって言ってなかった?エリザベート・バートリって言わなかっただけ褒めてやる」 「ホントちゃんと覚えてますって、舌噛みそうな名前のひとでしょチュウしちゃうみたいな」 「普段成績いいのにどうしたんだよ」 「言ったじゃないですかハロウィン近付くと気もそぞろになるって……ご存知ですか先生、ハロウィンってもともと死者のためのお祭りなんですよ。北欧のワイルドハントが由来ともされていて、年に一度10月31日にだけ地獄の窯が開き、幽霊や精霊、妖精たちが沸き出して人々と混ざり合うんです」 「で、お前は来たるべきハロウィンに浮かれポンチでテストをトチっちまったと」 「簡単に言うとそうなります、これはもうご先祖様の血だから諦めるしかない、吸血鬼が背負った哀しい宿命です」 「ドヤ顔で我と我が身を儚むな」 「先生はわかってないんです、ハロウィンといえば僕ら人ならざるものが大手を振って歩ける年に一度のスペシャルな晩なんですよ!この日だけは木の杭とニンニクと十字架で完全武装したヴァンパイアハンターから逃げ隠れせず無礼講で羽を伸ばせるときちゃ、夜の祝福授かりし魔物にとっては赤い老人が深夜徘徊する日を超えるビッグイベントですよ」 「クリスマスの夢を壊すな。いいか、学生の本分はお勉強だ。いくら一年における最大のお楽しみが目前に迫ったからってベンキョー疎かにすんな、テスト範囲再履修で全問正解しねーと家に帰さねーかんな」 「酷い!!外道!!人でなし!!放課後まで生徒を拘束するなんて心が痛まないんですか、行き過ぎた指導として教育委員会の査問にかけますよ!!」 「ホントやめろ無職になるからニュースに顔と名前でちまうから!ってかステヴァン、お前ハロウィンに限らず出歩いてんだろ。なんなら夜12時に徒歩で俺んちくるだろ」 「徒歩じゃありませんよ、使い魔のコウモリ絨毯にしてダイナミック飛行で窓から」 「これがホントの非行少年ってか。人間との混血だから日光にゃ耐性あるって俺に正体ばらした時さんざん自慢したよな」 「そうですけど―……そうですけどー……いいじゃないですか、僕だって一応フツーの高校生だしこーゆーイベントごとはじっとしてらんないんですよ。うちなんて一か月も前からお祭り騒ぎだし、父さんは新しい棺桶買っちゃうし」 「今なんて?」 「だから棺桶新調したんです。父さんのライフスタイルは人間に近いんですけど、僕とおなじでハロウィン近付くとじっとしてらんなくて、夜ベッドで寝てると勝手に羽が生えて飛んでっちゃうんですよ。一種の夢遊病です、僕たちの世界じゃ夢中病とも呼ばれてるけど……ハロウィンの時期になると寝ながら飛んでた吸血鬼が電柱に激突死とか電線に絡まって感電死とか不運な事故が絶えなくて」 「吸血鬼すぐ死にすぎだろ」 「多めに睡眠薬処方してもらったり先祖伝来のやり方で棺にこもって身を守ってるんです。棺セコムです」 「……すっげー突っ込みどころ満載なんだが、お前らって羽生えんの。コウモリみてえのが」 「ハロウィン近くなると勝手に生えちゃうんですね、過ぎると引っ込むんですが。牙もながァく鋭く伸びますし……コツさえ掴めば自分の意志で自由に出し入れできるんですけど残念ながらまだその境地に達してなくて」 「マントをばさっと一振り蝙蝠に変身する吸血鬼よくいるけど、アレってそーゆー仕組みだったのか。知りたくなかった」 「とはいえ僕の一族の事情は小山内先生に関係ありませんよね、放課後付き合わせてごめんなさい、今から切り替えてちゃんとやります」 「お前の気持ちはよくわかった。俺も人でなしじゃねえ、次の設問が解けたら帰してやる」 「ラッキー無罪放免」 「問題。16世紀にカトリック教会が発行した、罪の償いを軽減する手形のことをなんて言うか」 「鉄の処女です!」 「~~~~ハロウィン限定ポンコツ野郎め!」 「え、違います?さっきエリザベート・バートリって」 「関係ねーだろ今!いやバートリと鉄の処女は関係なくもねェけど、ルーマニア関連の人物名だけ中途半端に覚えたままでいるんじゃねーよ!鉄の処女が手形って何かえっちらおっちらおぶってベツレヘムめざすカトリック主催トライアスロンか、ならフツーに礼拝でるわ!!」 「中身入りだとなおさら重いですもんね。ゴルゴダってる」 「嫌な想像するなよ」 「小山内先生はエリザベート・バートリとヴラド・ツェペシュどっち派ですか?僕は性能でパーティー組むんで」 「ソシャゲの話でもねえよ」 「付け加えるなら巨乳派なんで」 「だれにと言わねーが殺されるぞ」 「はあ……間違えちゃった、居残り延長ですね。こうなったらとことんお付き合いしますよ」 「とことん?」 「学校が閉まるまで。なんなら校舎に隠れて一緒に夜過ごしましょうか、先生とふたりっきりで遊べるなら悪くないかも」 「……無理すんな、さっさと帰って仮装パーティー行きたいんだろ?D組の伏間がカラオケ貸し切ってはっちゃけるって言ったぜ」 「知ってます。誘われました」 「お前に気があんのバレバレだ、退屈な補習なんざそっこー切り上げて行ってあげねーと。お帰りはどうぞ窓から、ラブがコメる青春してーだろ、なっ?」 「先生の顔見てるから別に退屈はしませんよ」 「さっき窓の外見てたじゃん」 「吸血鬼の視線には魔力が宿るんですよ?じっと見てたら先生、もっと僕のこと好きになっちゃいます」 「次、302ページなー……っておまどこ行く、窓に足かけて」 「フラれたショックで投身自殺を」 「男性教諭に惚れた男子生徒がその補習中に3階から飛び下り自殺とか、ンなおいしいスキャンダルお呼びじゃねーから」 「家に大事な物忘れてきたんでとってきます」 「わかった落ち着け、とりあえず窓から離れて」 「大丈夫ですよ、吸血鬼と淫魔のハーフは頑丈にできてるんで3階から落ちたところでまず即死はしません。血さえ飲めば秒で復活します」 「非常食を非情に扱うな、輸血と吸血がセットの前提の自殺とか悪趣味な脅迫よせよ」 「それでは先生さようなら」 「!?ステヴァンっ、お前ふざけんな下マットも敷いてねーのに」 「やった、30回目にして初成功!見てください小山内先生、ぐるぐる回ってるーー背中の羽かっこいいでしょ、特別に写メっていいですよ!」 「おまっ……おま……さっき言ったよな自分はまだ自由に羽を出し入れる境地にゃ達してないって!」 「ですよ、だから毎日コツコツ練習してたんです。夜寝る前にイメージトレーニング積んで、明晰夢で飛行軌道を制御できるようにして。ネタバレしちゃうと補習に身が入らない原因は寝不足でしたすいません」 「まさかお前好き勝手に羽を出し入れできるよーに特訓を……」 「勇気を出して飛び下りちゃえば案外なんとかなるもんですね、やっぱり実践に勝る練習はありません。家の窓からなら繰り返し挑戦済みですけど、うちの庭一面柔らかい芝生と植え込みなんでいまいち緊張感ないんですよね……落ちてもあんまり痛くないし、いざって時は指パッチンでかわいい蝙蝠の大群が助けにきてくれるんで」 「蝙蝠でトランポリン反対、動物虐待だ。まだ途中の補習はどうすんだよ、下校は許可してねーぞ」 「ぱっと行ってぱっと戻ってきます、本気出せば秒ですよ」 「人に見られたら……」 「校庭見回してください、誰もいませんよ。年に一度のハロウィンだっていうのに、お菓子も買いに行かず学校に居残ってる空気が読めないヤツなんてせいぜい僕と先生位ですよ。だったら二人っきりで目一杯楽しんじゃいましょ」 「忘れ物ってなんだ、シャー芯?消しゴム?なら貸すから俺の貸すから頼む通りすがりに見られねーうちにすぐ席戻れステイヒアステヴァンパイヤー!」 「先生によく似合いそうな仮装グッズですよ」 「頼んでねーよ!?」 「ぬかりありません、完璧に準備しときました。今日は父さん家にいるんで登校時に持ち出せなかったんですよ、今なら棺で寝てるからぱぱっと行ってぱぱって取ってきちゃいます。正直父さんにバレたらどうしようってドキドキしてたのも集中できない一因で…… ハリウッドのスタジオから内緒で借りてきた衣装だし」 「だから何を!?俺ナニされるの!?」 「しばしお待ちを」 「待てステヴァン」 「飛行術が成功したのは先生のおかげです、かっこ悪いとこ見せられないぞってがぜんやる気がでたんです」 「せめて顔隠してけ、それかうちの生徒だって特定されないように制服脱いでパンイチで」 「万一だれかに見られたら背中にドローン付けた新世代の仮装で言い抜けます、幸運を祈ってください」 「こんのハロウィン限定ポンコツ野郎3階から落ちて手首ひねっちまえ、お前の追試は0点だ答案にでかでか描いてやる!!」 「そうだ先生、飛行制御を成功させるイメージトレーニングの秘訣はご存知ですか」 「知らね……逆さ吊りでコウモリになりきる?」 「正解は……いますぐ飛んでいきたい人の顔を正確に思い浮かべる、ですよ」 「っ……」 「帰ってきたらいっぱいイタズラしてあげますんでいい子で待っててくださいね」 「もし帰ったら」 「今日の夜窓から直で夜這います」 「ハロウィンなんて大嫌いだ」 「先生もハロウィンも、僕はどっちも大好きですけどね」

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