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第3話

 電源を切りノーパソの蓋を閉じる。  「だめだこの人たち役に立たない……」  頭を抱えその上に突っ伏す。  アパートに帰ったら真っ先にパソコンを点けるのはもう習慣だ。  見慣れた部屋の中は雑然と散らかってる。  壁は二次元美少女の等身大ポスターで埋め尽くされ畳には同じくヒロインの等身大抱き枕、テレビと接続済みのゲーム機のコードが複雑にうねりのたくりショート寸前蛸足配線の危険な状態で絡まる。  カーテンを閉め切った部屋は換気をめったにしないため埃っぽく空気がよどむ。  パステルカラーがいかにも安っぽいプラスチックテーブルは積ん読状態のラノベや漫画に埋もれ、文字通り足の踏み場もない惨状を呈す。  ようやく帰ってきたぼくの部屋、懐かしのアパート。しかし安息とはほど遠い。  秋葉原から約二時間かけ八王子に帰ってきた。  遠征の疲労と外出のストレスで心身ともに消耗しきってる。  キュアレモネードのカスタムは明日に回して、今日はこのまま布団にもぐりこみたい。  風呂に入るのもめんどくさい。  一応アパートには小さな風呂が付いてるけど、殆どシャワーで済ましている。  二・三日シャワーを浴びず過ごすのもざらだ。  どうせ外に出かけ人に会う用事もないのだから身嗜みを気遣う必要もない。  ぼくなんかシャワーを浴びようが浴びまいが変わらないと卑下する気持ちは否定しないけど。  「どうしてこんなことになったんだ」  冷静に、落ち着いて、今日起きた事を順に思い出す。  アパートを出るなり隣の人をすれちがって挨拶され逃げるように階段をおりて、駅では改札にひっかかって白眼視を被って、久しぶりに乗る京王線は混んでいて、新宿駅まで吊り革に掴まりっぱなしだった。電車が揺れるたび隣の人と肩がぶつかりあうのが耐え難かったけど我慢した。  ぼくが猫背におぶったリュックをジャマっけに見ては舌打ちしまわりの人は露骨に迷惑がっていた。  ごめんなさい。申し訳ありません。  けれどもしかたがないんです、これがなきゃ戦利品持ち帰れないから。  秋葉原遊軍の際はラノベやら漫画やら買いためて両手が紙袋でふさがるからリュックは必需品なんです。しかもこれ、クッションにもなるんですよ?中にフィギュアを入れればまかり間違って転んでもリュックが緩衝材の役目をはたして無事だし、すごく便利。というか、だったら最初からガンプラとフィギュアをいれとけよって今思ったよね?思ったでしょ?ご意見ごもっとも。だけどこっちにもわけがあって、ぼくが秋葉原をちんたら歩いてた時点ですでにリュックの中には春麗がおさまってたのだ。リュックの中でキュアレモネードと春麗が火花を散らすのは心が痛む。やめて、ぼくのために喧嘩しないで。  ならばぼくとしてはどちらか片方を腕に抱いてのし歩くのになんら異存はない。  それで多少注目を浴びることになろうと、目立って不良に絡まれることになろうとも、キュアレモネードと春麗がぼくをめぐって争奪の火花を散らす胸が痛む光景は見たくない。  まあそれはいい、それはいいのだ。結果としてキュアレモネードの貞操は死守できた。  運動神経ゼロの割には見事なぼくのスライディングが功を奏し、間一髪キュアレモネードを救えた。リュックの中の春麗も無事。ザクは……冥福を祈る。  問題は秋葉原の路上で余計なものまで拾ってきてしまったことで。  「いや、憑かれたってほうが正確か……?」   対処に困って気心知れたチャット仲間に相談したけどむだだった。  ぼくがよく行くチャットはもともと同じゲームが好きな仲間が集まるコミュから派生し、アニメ・漫画・ラノベ・フィギュア・食玩に至るまでサブカル系を網羅する情報交換が活発に行われている。  ハルイチさん、タートル仙人さん、まりろんちゃん。  ぼくが知ってるのはハンドルネームだけ、みんなの本名さえ知らない。けれども現実の人間よりずっと、ずっと心を許せる。顔が見えないからこそ安心感がある。顔が見えない相手になら素の自分をさらけだせる。  困った時のパソコン頼み。ネット依存の悪癖は自覚してるけどリア友がいないとなると他に頼る先がない。  「ヤフー知恵袋にトピ立てて……教えてgooのがいいかな?掲示板にもスレ立てて……なんて書きこめばいんだ、ひきこもりオタクが秋葉原の路上でヒモと出会った~なんてウルルン調に、いやそれ滑るって絶対、自重自重。あーこの奇怪な状況なんて説明したらいいんだよーホントに、正真正銘今日出会ったばっかの赤の他人自称ヒモが電車の中はおろかアパートまでずっとついてきて、いくあてないから泊めてって説得力なさすぎだろ!?」  おねだりしてきたのが上半身にぶかぶかワイシャツ一枚の美少女だったら嬉しいかも……じゃなくて。  テーブル横、いつでも手の届く範囲においた携帯をひねくりまわし悶々と悩む。  「警察、生活相談センター、あなたのお悩み聞きます人生相談……無難に警察?いやでも警察って」  仮にだ、声から成人済みの男と一発でわかる人間が「オタク狩りから助けてくれた見知らぬ男の人に免許証とりあげられて、いくあてないから泊めてくれって迫られてる」と恥をかき捨て電話したとしてまともに取り合ってくれるか?  もしぼくが田舎から出てきたばっかの中央線と山手線の区別もつかぬ純情素朴な女の子ならまだしも、男だ。  女の腐ったようなと頭につこうが、性別が男で成人済みであるのに変わりないわけで。  「二十二にもなる男が免許証とり上げられて、言いなりでアパートまで連れてくるって……」  情けないの極み。  ぼくにだってプライドがある、あるともさ。オタクをなめるな。  警察がまともにとりあってくれる保証もない現状で通報するのはためらわれる。  仮にまともに取り合ってくれたとして、秋葉原の路上でオタク狩りにあって、恩人=赤の他人にあっさり免許証とりあげられてアパートまで連れてきちゃったなんて、恥ずかしくていえるもんか。むりむりむり、絶対むり。絶対笑われるにきまってる、こうなった経緯を舌を噛み噛みどもりがちに説明する様を考えただけで顔から火が出る。  卑屈なくせに自意識過剰、歪んだコンプレックスとプライド持ちなぼくとしては、警察を頼るのは……  「うわ、すっげえ、部屋きったねー。壁にべたべたポスター貼ってある、女の子ばっか。グラビアアイドルとかねえの?」  「!!」  突っ伏したノーパソからがばり跳ね起き、振り向く。  「勝手に上がりこまないでください!」  「えー。だってついてきちゃったし」  どうにも憎めぬ愛嬌滲み出るやんちゃな笑顔。  声を荒げ制すもむなしく、小金井は靴を脱ぎ勝手に部屋にあがりこむ。「じゃましまーす」と一応断りをいれるにはいれたが、本当にじゃまだ。  「ちょ、待」  慌てて腰を浮かす。  小金井は興味津々目を輝かせ、小手をかざして部屋の中を見回す。  アニメのポスターがべたべた貼りまくられ漫画とラノベが堆積し床ではコードが波打ち渦巻くカオスの惨状を物珍しげに見回し口笛を吹く。  「すっげー、アニメと漫画関連ばっか。東ちゃん、もっさい外見を裏切らず相当気合入ったオタクだね」  「もっさ……」  暴言に軽くショックを受ける。  容姿コンプレックスをもつぼくの胸に今の発言は銛の如く刺さる。  まあ確かにぼくはもっさい。それは認めよう。  染めたことない前髪を鬱陶しく伸ばし、度の強い分厚い眼鏡をかけ、センスを度外視した地味なシャツとズボンを着ている。  地味でネクラで内気で引っ込み思案、あらゆるマイナスイメージをかき集めグツグツ煮こんで出来上がるのがぼく、八王子東だ。  だからって知り合ったばかりの素性も知らぬ男にもさいだのださいだの好き放題言わせとくのは我慢ならない。  ここ、ぼくの部屋だぞ?  脱力でずれた太枠黒縁メガネを押し上げ、部屋の中を口笛まじりに歩き回る無礼者に抗議する。  「ひとの部屋のりこんでもっさいとはなんですか、たしかにもっさいですよぼくはその点は否定しません、でも本人の前で言うってどうですか、陰口なら譲歩します、見て見ぬふり聞かぬふりは得意です、けどあなたドア開けて靴脱いで入ってきた途端に挨拶がわりに言いましたねもっさいて、ひとが気にしてることを………」   「ねーねーなにこれー?」  聞いちゃない。徹頭徹尾マイペースだ。  小金井がソフトの山から掘り出したパッケージを見て、一気に顔に血が上る。  「『ロリロリ妹大作戦☆~おにいちゃん抱いて抱いてミルキーツインシスターズ』……」  「さわらないでください!!」  ヒステリックに叫び走り出すも、床で縺れたコードにひっかかって勢い良く転ぶ。  「東ちゃん、この子小学生だよね」    「18歳以上ってことになってます!!」  一応建前ではそういうことになっている。大人って汚い。  部屋に人をいれるのを想定しなかったせいでやりかけのエロゲがあちこちに転がってる。   小金井は建前上十八歳以上の女の子が描かれたソフトパッケージを見つめる。  「東ちゃんこういうのでオナニーしてんの」  「おなっ………!」  破廉恥な発言に耳朶まで熱くなる。小金井はソフトをいじくりつつ含みありげな流し目でからかう。  「小さい子見ると興奮すンの?」  「ぼくは二次元にしか興奮しない体質です!!勝手にさわんないでください、泥棒……」  「あ」  気まぐれに立ち上がりしなぽいとソフトを放り出す。  小金井が投げ捨てたソフトを倒れこみ寸手でキャッチ、胸なでおろす暇もなく次なる不安が襲う。  「すっげー、プラモだ!たくさんある!」  能天気な歓声に凍り付く。特大級のいやな予感にぎくしゃく振り返り、衝撃的な光景を目撃する。  小金井が浮き浮きした足取りで棚に歩み寄り、新しいおもちゃを手に入れた子供さながら顔を輝かせ、ぼくが制作した命の次の次くらいに大切なガンプラをひょいと無造作に抱き上げる。  「ぼくのザクから離れろ!」  怒りに駆られ床を蹴って駆け出す。  小金井は無造作な手付きでザクを縦にして横にして斜めにして高い高い、腕や足を曲げて遊んでいる。  「へー、ちゃんと動くんだ。すっげえ。これぜんぶ東ちゃんが作ったの?器用。ガンダム、俺もガキのころ見てたなあ」  ガンプラをためつすがめつなれなれしく笑う。ああ、手垢がつく。  「早く元に戻して壊れちゃうから、それは持って遊ぶものじゃないんです乱暴にしたら腕もげちゃう、ぶつかったら大変……」  小金井に弄ばれるザクをはらはら見守る。  小金井がザクを掲げるたび落下に備え腕を出し、下降の動作に釣られ腕を引っ込め、バターになりそうな勢いでぐるぐるぐるぐる円を描く。  「色キレイだなあ。これ、ザクっていうの?秋葉でもぼくのザク返してーって叫んでたよね。すっげえでかい声でびびった」  小金井が軽やかに笑いつつザクをつつく。  小金井の手からザクを奪還しようと右往左往するうち、むらなく明るい茶色に染まった髪や適度に日焼けした肌や悪戯っぽく稚気閃く目や白い歯こぼす健全な笑顔を間近に見て苛立つ。  そもそも部屋に他人をいれるなんて初めてだ。  小金井は屈託ない。  なれなれしいを通り越し図々しい態度は業腹だが、持ち前の陽気な愛嬌のせいでいまいち怒る気になれない。  だが物事には限度がある。  面食いの女性ならまだしも、ぼくは人一倍警戒心が強くひきこもりがちなオタクだ。  自分の聖域をあらされるのは我慢ならない。  「いい加減にしてください、勝手にアパートまでついてきて……免許証も返してくれないし、ほんと警察呼びますよ!?」  「えー。だっておれ行くとこないし、東ちゃん助けたのもなにかの縁っしょ。一日くらいいいじゃん」  ぼくだって帰途なにもせずじっとしてたわけじゃない、図々しいヒモを追い払おうと努力したのだ。  しかしながら電車の端から端まで往復で歩き通しても小金井はカルガモの如くついてくる、扉が開くと同時に駆け出し又隣の車両に乗り換えても追ってくる。堂々巡りの追いかけっこで体力は底を尽き、八王子駅に着くころにはもーどうにでもなれとヤケになっていた。  「なんでぼくなんですか、関係ないのに……」  「オタク狩りから助けてやったのだれさ」  「ありがとうございます。消えてください」  「感謝してないっしょ、それ」  「ゴーホーム」  「ガイジンさんじゃないんだから英語で言い直さなくていいよ」  「ハウス」  「犬じゃねえし」  だめだ、話聞いてくれない。  すさまじい徒労感が押し寄せ絶望に膝をつく。今日は厄日か?ツイてない。  「わかりました、免許証だけでも……」  ため息まじりに妥協案を申し述べるも、忽然と小金井が消える。  「!?」  音速で振り向く。  今度はなんだ?  鼻梁にずりおちたブリッジを中指で注意深く押し上げ、小金井の残像を追って目を細める。  小金井が、ひとのパソコンを勝手に覗いていた。  「すっげー、パソコンがあるー。見ちゃえ」  軽薄に口笛吹き、電源を入れ蓋を開ければ、青白い光を放ち初期画面が立ち上がる。  「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ、人のパソコン勝手に!?」  小金井がテーブルの前に胡坐をかきマウスをクリック、液晶をのぞきこむ。  カーソルをお気に入りの一番上に移動させ軽快にクリック、意外に慣れた手さばきでブログを表示する。    「なになに、『イースト菌のフィギュア工房~フィギュアとガンプラ大好きなぼくが製作過程をうPする』………」  ぼくの趣味のブログ。  「いやぁああああああああああああぁああああああああああああっ!?」  処女のような悲鳴をあげ猛突進、ノーパソの蓋を力一杯叩き閉じ電源を切る。  テーブルに後ろ手付き背中でノーパソ庇えば、ぼくの剣幕にびびった小金井がしきりと目をしばたたく。  「えー減るもんじゃなしもっと見せてよ、ケチ」  「ひとのパソコン勝手に、しかもひとのブログ、なっ、あ、あんたなに、なに考えてんですか!?」  憤激の発作に駆られ、不服げに口を尖らす小金井の胸に震えるひとさし指を突き付け糾弾する。  「玄関に靴散らかすし勝手にあがりこむしエロゲあさるしガンプラに汚い手でべたべたさわるし、あなた最低です!!ガンプラさわる前に手を洗うこれ常識、じゃないと黴菌と手垢が付く、ぼくが手塩にかけ作り上げたガンプラに外の菌もちこんだばっちい手でさわらないでくださいよ!」  「汚くないって。ほら、キレイ」  小金井がふざけてかざす手のひらを邪険に振り払い、吠える。  「だいたいヒモってなんですか職業ですか、ヒモならヒモらしく女の人カモにしてください」  「韻踏んでるね」  「話そらさない。なんだって見ず知らずの男んちに転がりこむんですか、控えめにいって大迷惑です。ぼく関係ないじゃないですか、たまたま秋葉原で出会っただけで八王子くんだりまでついてきて……」  「せっかく八王子くんだりまできたんだから追い出さないでよ」  「くんだりって言うな!謝れ、全八王子市民に謝れ!小金井でもどこでも自分の家帰ってください!!」  曖昧な態度をとったのがいけなかった。免許証とられた時点で、否、最悪でも駅に着いた時点で断固たる態度をとるべきだったんだ。  人見知りから来る優柔不断な弱腰外交がこの常識知らずな男をつけあがらせたんだ。  もう完全にキレた。  勝手にひとのアパート上がりこんでエロゲあさってガンプラいじってブログ覗いて、こんな失礼なヤツと同じ空気吸うなんて耐えられない。  即刻お引取り願おうそうしよう全力で追い出しにかかろうと心に決め、涼しい顔の小金井に食いさがる。  「オタク狩りから助けてもらったのはホントだけど今日知り合ったばかりの人を家に泊めるなんて」  「財布とられてたら東ちゃん八王子まで帰れなかったよー?秋葉原から歩いて帰るはめになったよ?」  「ちゃん付けよしてくださいなれなれしい。まあ、感謝してますよそれは。それだけは。あなた……小金井さんが財布取り返してくれなかったらアパート帰れなかったし」  「あ、初めて名前呼んでくれた」  小金井がくすぐったげに笑う。本当に嬉しそうな顔に舌鋒が鈍る。  名前呼ばれて何がそんなに嬉しいんだよ?ヘンなヤツ。  深呼吸で落ち着きを取り戻し、小金井と向き合ってきちんと正座する。  ぼくに感化されたか、小金井も弛緩した顔を若干引き締め真面目くさって姿勢を正す。  「第一意味不明です。いくあてないって、家はどうしたんですか」  「追い出された」  「はい?」  「付き合ってた彼女に。アパート、一緒に住んでたんだけどさ。働かずにごろごろしてたらこの甲斐性なしって蹴りだされて」  「はい?」  「浮気もばれて」  「はあ」  「で、あてもなく秋葉原ぶらついてたら偶然東ちゃんと出会って。運命感じた」  「……どうしよう、今の会話だけで突っ込むところがありすぎてどこから正したものやら」  運命感じただのなんだのこの状況で言われてもお世辞と丸分かりでまったく嬉しくない、どころかしょっぱい。  同性に、しかも生身に口説かれたってなあ。  「……小金井さん、『運命感じた』の使用法まちがえてますよ……」  早い話、カモを物色してたらたまたまオタク狩りの現場に出くわしていかにも気弱で人がよさそうなぼくに目をつけたと。   こっちは恩があるしむげにできない。  おまけに免許証は相手の懐。  何回か取り返そうと試みたが、小金井の反射神経は素晴らしく、隙を突くという行為自体が土台不可能だった。  「困ってるんだよね、今。行くとこねえし」  「友達とかいないんですか?」  自分の事は棚に上げ邪険に聞く。  小金井が頭をかきかき、「それがさあ」と首をうなだれる。  「いないのよ。金借りまくったら縁切られて」  だめだこの人。本格的に。  「じゃあ女の人テキトーにナンパしたらいいじゃないですか。小金井さんなら楽勝でしょ」  自然、言い方もぞんざいでなげやりになる。  生理的に苦手だ、こういうタイプは……ぼくの場合苦手じゃない生身の人間の方が少ないが。  小金井はイヤミを褒め言葉と曲解したか照れくさげに頭をかく。  話を聞いた限りだとぼくとは別ベクトルの社会不適合者っぽいが、ルックスは悪くない。というか、良い。  顔だちがどうこうよりも服やアクセサリーのセンスがいい。  イマドキ風の見た目だけど人好きのする人懐こい笑顔は好感度抜群で、母性本能くすぐると評せなくもない。耳朶にはピアス、首にはシルバーのドッグプレート。髑髏を染め抜いた黒地のТシャツと膝が抜けたジーパンをスタイリッシュに崩して着こなす。  渋谷のライブハウスならしっくりくるんだろうけど、八王子いわんや秋葉原じゃ大いに場違いな人種だ。  「なんでぼくなんか……」  またため息。  小金井がすかさず持ち上げる。  「東ちゃん、優しそうだから。困ってる人をほっとけないオーラでてるっぽいし」  「仮定形で話されても困ります」  「えーと、じゃあ言いかえる。街頭のティッシュ配りやらキャッチセールス絶対無視して素通りできないタイプ」  大当たりだよ畜生。  本性見抜かれた居心地悪さを帳消しにするように小金井は屈託なく笑い、律儀に手を合わせ懇願する。  「一日だけ、少しの間だけでいいんだ。な、頼む。お願いこの通り」  「見ず知らずの他人をアパートに泊めたくないです」  「見ず知らずじゃないよ、お互い名乗りあったし。俺小金井、東ちゃん八王子。な、市も近いでしょ。殆どお隣さんでしょ」  「どうしても出てってくれないなら警察呼びます。免許証の件だって立派に盗難ですよ」  脅しも兼ねてアドレス入力した携帯を耳に添えた瞬間  「………キュアレモネード守ってあげたでしょ」  それまでの弛緩した笑顔から一変、口元は笑みの形のまま、目に油断ならぬ光を湛えた小金井が低い声で呟く。  おもむろにぼくの手首を掴み、携帯を耳から引き剥がす。  「俺、キュアレモネードの恩人だよね。そうでしょ。東ちゃんのキュアレモネードが五体満足で帰ってきたのだれのおかげかな」  顔は笑ってる。威圧をこめた微笑。手首に指が食い込む。握力の強さにたじろぐ。  息を呑むぼくににじり寄り、静かに抑圧した声の底に、脅迫に似て剣呑な気配を滲ませる。  「部屋あらしたことは謝る。謝るから、追い出さないで。ここに置いてよ。警察とかやめてよ」  「警察に知られると……まずいことでもあるんですか」  掴んだ時とおなじあっけなさで手が離れていく。  「ナイショ」  掴まれた手首が痛い。小金井は力が強い。喧嘩も強い。  秋葉原の路上で不良三人をあっというまに撃退してみせた痛快の一言に尽きる活躍ぶりはまざまざ目に焼き付いてる。  「………………」  ちらかった部屋の中、こいつとふたりっきり。  相手が突如豹変し暴力をふるってきたらぼくはどうしようもない。  そもそもなんでそんな危険なヤツ部屋に上げちゃうんだよ鍵かけとけよと間抜けな自分を呪ってみても後の祭りだ。  ぼくの対応次第で小金井がキレて暴れださないとも限らない。  一瞬見せた真剣な目、暴力さえ厭わぬ底暗い凄みを帯びた笑みは、手首を掴んだ膂力より何より効果的にぼくを制圧する。  警察に知らせる?いや、もし今度通報の素振りをしたら小金井の逆鱗にふれかねない。最悪携帯を壊されるおそれがある。  悩みに悩みぬいた末、決して目を合わせぬよう斜め四十五度に視線をそらし妥協案を提示する。  「わかりました、押入れで寝てください」  「ドラえもん?ドラえもんだよね?」  「じゃあ廊下で手を打ちましょう」  「ていよく追い出そうとしてるよね?」  「ばかそうに見えてばかじゃないんですね」  作戦失敗。ますます状況が悪化していく。  鬱々と頭を抱え込みノーパソの上に突っ伏せば、背後に忍び寄った小金井が、薄気味悪い猫なで声でご機嫌とりがてら小指を立てる。  「迷惑かけないからさ。ね?東ちゃんがやだっていうならプラモにさわんないって約束する。キュアレモネードにもイタズラしないから」  「当たり前です」  「指きりげんまん嘘吐いたらシンナー飲ます。転がりこむ先決まったら即出てくから……秋葉の路上で俺と会ったのが運の尽きだって諦めてよ」  嫌がるぼくの肩を気軽に叩き、むりやり手をとって小指を絡めてくる。  ……まさかこの年になって、それも男と指きりげんまんするはめになるとは思わなかった。  絡めた小指を振る小金井は実に楽しげで宿泊大乗り気で、この距離なら懐から免許証とれるかダメだ小金井の反射神経は化け物だ、警察に来てもらおうにもどう説明していいかわからない、そもそも人見知りの対人恐怖症で奥手で口下手でニートでオタクというだけで頭の固い警察は偏見と先入観こりかたまって白眼視するに決まっていて、携帯介してだろうがまともに話す自信なんてこれっぽっちもない。  小金井が財布を取り返してくれたのは事実なワケで。  「………一日だけなら」  ぼくが無事八王子のアパートに生還できたのは、小金井がいたからで。  我ながら救いがたいお人よしだと思う。  おもうけど、じゃあ他にどうしたらいい?断ったところで相手が免許証を盾に強引に居座るつもりなら、しかたないじゃないか。  一日とせめて期限を設けることで自発的な譲歩をアピールし、辛うじてプライドを支える。  ぼくがそう言い出すのを待っていたように小金井がはやりたち、力をこめ背を叩く。  「そうこなくっちゃ!話が分かるね、東ちゃん」  「ちゃん付けやめてください」  「俺の事はリュウって呼んでよ」  「叩かないでください小金井さん」  意地でも名前でなんか呼んでやるか。  とりあえず今日はチャットどころじゃない。  突然増えた居候に煩わされブログ更新も断念し、長々とため息を吐く。    本当の悲劇はその夜待ち構えていた。 

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