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第5話

 ピコピコピコ。  「東ちゃん俺もードラクエの経験値あげ飽きた」  「あ、そこスライム」  「ジェノサイドいくない」  「所詮この世は弱肉強食、強きを倒し弱きを喰らう」  あー他人に経験値上げだけさせてボス戦一撃でキメるの快感。  「今『あー他人に経験値上げだけさせてボス戦一撃でキメるの快感』ておもったでしょ」  「思ってませんよ。滅相もない」  内心ぎくりとする。コイツ鈍そうに見えて案外鋭い。  テレビの前にどっかり亭主関白に胡坐をかく小金井にはべり、眼鏡をくいと押し上げる。  口うるさく指図するぼくに辟易し小金井は不満顔でコントローラーを叩く。  目は連日の徹夜で真っ赤に充血している。ひと睨みで人を殺せそうな凶眼だ。  小金井を馬車馬のようにきりきり働かせてもなんら良心は痛まない。お情けでおいてやってるんだから感謝してほしいくらいだ。  テレビから戦闘の緊張を盛り上げる荘厳なBGМが流れる。  小金井はもはや惰性でコントローラーをぐりぐり回す。  「うー目がしょぼしょぼする」  「同居条件忘れてませんよね」  「たしかに言ったけどさあ、言ったけど……一週間ぶっとおしできりきり働かせるって雇用法違反じゃね?」  「じゃあ出てってくださいよ。あ、またスライム。小金井さんよそ見しない」  眠たげにあくびをしつつコントローラーを前に倒し必殺技を放つ。  画面でフラッシュが瞬き勇者が一撃でスライムの大群を薙ぎ払う。  すでに経験値はМAXに近い状態。この調子ならラスボス戦も楽勝。  邪悪にほくそえむぼくをよそに、剣の一振りであっさりスライムを蒸発させた小金井はマップを進めつつ唇を尖らす。   「心が痛むなあ、っとに」  「なに甘っちょろいこと言ってんですか、スライムは敵です。ぷにぷにした見た目に騙されたら重量責めで圧死です。異種族融和なんて甘っちょろい幻想に拠って立つから話がこじれるんです、いざ戦闘が始れば徹底的に殲滅するしか生き残る術はありません。ゼノサーガゼノギアスを例にとればわかるとおり異種族との相互理解は困難で融和には何万年もの永き時を有する、支配階層のソラリス人は圧政を敷くしグノーシスの生態は解明されず人類は念願の宇宙進出をはたしても戦々恐々敵の存在に怯え続ける、これはもー種の存続をかけた最終戦争です、力が伴わない理想は虚構でしかないと思い知るべきです」  「……スライム一匹でそこまで壮大に話が飛躍するってすごいよね。ゲームちげーし」  拳を固め熱弁ふるうも呆れ顔の小金井の指摘にさすがに恥ずかしくなり咳払いで俯く。  「そこホイミ」「ベホイミ」と身を乗り出しがちに呪文を指定すれば、一週間の猛特訓を経て俊敏な反射神経に磨きがかかりコントローラーさばきが神業の域に達した小金井が音速で指を動かす。ゲーマー養成ギプスで鍛えぬいた成果だ。嘘だけど。  一週間前、秋葉原で小金井と出会った。  フィギュアとガンプラを抱えオタク狩りにあったぼくを助けてくれたのが小金井だった。  颯爽と登場し名乗りもせず去っていったならかっこいいがコイツは図々しくもあとをついてきた。電車に乗り込み、なんと八王子のアパートまで。図々しいを通り越し立派にストーカーだ。その上なんと居座ってしまった。  居候の条件はドラクエの経験値稼ぎ。  頼みもしないのに体で返すと寝込みを襲われるよりはと折衷したのだが、小金井は律儀にも翌日からテレビと向き合い、スライムを倒しに倒して経験値を稼ぎまくってくれた。  正直、まだ抵抗がある。  ひきこもりニートオタクと三重苦を背負ったぼくは人付き合いが大の苦手で、ひとつ屋根の下でよく知りもせぬ他人と暮らす奇妙な状況に今だに慣れない。  ……慣れはしないのだが、一方で諦念の境地に至り始めてもいる。  一週間前を除けば不審な行動もなし、夜這いもかけてこない。  まあそれは先手を打ったからだけど、小金井のゆるーい言動が生むぬるーい空気が脱力を誘うのか、なにも考えてないような笑顔に真面目に意見する気も失せて、害がないならもうしばらく様子見でいいかと事なかれ主義が囁く。  どうせ親にも警察にも相談できない、はたちすぎの男がヒモにロックオンされたと泣きついたところで笑われるかあきれられるのがおちだ。  人間ゴキブリやカビとだって共存できるんだから疫病神とも暮らせるだろう。  切れが鈍り始めた手で強制労働さながらコントローラーを操作しつつ小金井がしぱしぱ目をしょぼつかせ言う。  「東ちゃん、俺もー限界。瞼が重い……」  「切り上げ時ですね」  畳に転がった目覚まし時計を見やれば夜十一時を回ってる。  馬車馬にも休養は必要だ、明日もきりきり働いてもらわなきゃいけないんだから。  データのセーブを確認後ハードの電源を切り、コントローラーを投げ出し大の字にへばった小金井を振り返る。  「口から魂出てますよ、早く戻さなきゃ。ぼくはもう寝ますんで……あ、布団そこですから」  部屋の片隅、ラノベや漫画に埋もれ敷きっぱなしの布団を顎でしゃくる。  ぼくの部屋は北向きで畳がしけっている。  布団は小金井へのささやかないやがらせとして一際湿った隅っこに移しておいた。  風呂は……今日はいい。というか、そもそもぼくは三日に一回しか風呂に入らない。入浴はめんどくさい。  もともとあまり汗をかかない体質だし、冬なんか一週間くらい入らなくてもいけそうだ。  小金井が来てからはなおさら風呂を避けるようになった。  入浴中に勝手に漫画やフィギュア、ガンプラにさわられたらとおもうと気が気じゃないのだ。  電源切ると同時にエナジー切れでぶっ倒れた小金井の横を素通り、押入れに歩み寄り襖を開ける。  さあ寝るか。  「ちょい待ち東ちゃん」  小金井ががばり跳ね起きる。  「なんですか小金井さん。寝るんでジャマしないでください」  襖に手をかけ振り向く。  「一週間前からずーっと聞こう聞こうとおもって聞けずじまいだったんだけど、なんで寝るっていうと押入れはいるのさ」  「一応お客さんに布団を譲ったつもりなんですが」  「ひょっとして警戒してる?」  夜這い未遂の前科持ちを警戒せずにいられる理由が知りたい。   一週間前の夜以降、ぼくは押入れの下段で眠ってる。  寝る時はぴしりと戸を立て、中から突っかえ棒をする徹底ぶりだ。  原因は今目の前にいるこの男、小金井リュウ。  「押入れ狭いっしょ?こっちで寝なよ」  「お断りします」  「信用ねーなあ。もう襲ったりしないって、なんなら一緒の布団でも」  「謹んで辞退します」  暇乞いする女中のように三つ指つけば小金井がさすがに鼻白む。  何か言いたげな小金井は無視し寝る準備をする。  突っかえ棒は円筒型に巻いたポスターだ。押入れの下段には毛布が一枚入ってる。  ちょっと固いが、まあ寝れないことはない。暗所閉所恐怖症なら涙目にもなろうが、ひきこもりオタクニートのぼくはどうってことない。  「おやすみなさい」  襖を閉める。  「たんま」  外側から手がかかる。  「なんですか」  襖を押しとどめた小金井を睨む。桟に滑りこみセーフで片足くいこませた小金井が笑う。  「一週間前のアレ、まだ根に持ってんの?だいじょうぶだって、もうしないからこっちで寝なよ。押入れ窮屈っしょ」  「寝相いいんでそれほどでも」  「気ぃ遣わせちゃ悪いし。俺居候だし、お金払って部屋借りてるの東ちゃんだし、やっぱ東ちゃんが布団で寝るべきだと思うんだよね」  「もとから鎖国中なんでぼくの心。ひきこもりがひきこもったところで別に支障ありません、世界に歪みがでるわけじゃなし」  「怒ってる?怒ってるよね?あー……そりゃ無理ないよ、うん、俺が悪い。ぐっすり眠ってる東ちゃんをあちこちいじくったのはホントだし、警戒されてもしかたないけど」  ひょいとしゃがみこみ、押入れの暗がりにひそむぼくと向き合う。  堂に入った不良座りとそぐわぬ軽薄な笑顔の男を恨みがましいジト目で見返す。  「手、放してください。寝るんですから」  「いやだからこっちで寝ようよ。床固いでしょ?」  「一週間放っといたくせに今さらなんですか」  「ぶっちゃけ怖かったんだよ、奇行にイミあんのかなーとおもって口だせなかったんだよ、さも当然の如く押入れの襖あけて入ってくしさ。それにほら、押入れに閉じこもるってことは見られちゃまずいことするのかなって。押入れの中、ベッドの下ときたらエロ本ごっそりためこんでるのが常識……」   「しませんよそんなこと!!」   小金井の不潔な妄想に激怒。  羞恥に顔を赤らめ絶叫し、怒りに任せおもいっきり襖を引く。  襖が勢いよく桟を滑るも外側からの力と拮抗、小金井が「たんま、たんま!」と襖を掴み、内と外で激しい攻防が続く。   こちらは閉めようあちらは開けようと力尽くで競い合い襖が抜けそうにがたつく。  「だからなんでそーやって押入れに閉じこもんのさ、エンリョしなくていいよ、ここ東ちゃんの部屋じゃん!?」  「エンリョは曲解です、自己防衛です!」  「だったら俺が押入れで寝るって!」  「いやですよ、小金井さんがこっちきたら好きなときに出てこれるじゃないですか!?一週間前も押入れで寝てるものとばかりおもってたらしめしめひとの上のっかって、そんな人の言い分信用しろってほうがむりです!」  どうでもいいがコイツ居候の分際で態度がでかい。  小金井の発言を鵜呑みにして布団に横たわろうものなら一週間前の二の舞だ。  惨劇は二度とくりかえさないと固く決意し、夜這い前科一犯のヒモを非難の唾とばし追い払う。  「ぼくのことはほっといてください、どこで寝ようが勝手でしょ、小金井さんは余計なこと気にせず経験値上げだけしてればいいんです」  「それじゃ俺の気がすまねーンだって、あーもーほんと頑固だな!!うまく言えねーけど東ちゃんが押入れにとじこもるのはちがうっしょ、一応こっちが無理言って泊めてもらってる自覚あるんだからそういう露骨な態度とられるとへこむんだよ!!」  「自業自得じゃないですか!!」  なんて自己中な男だ。憤懣やるかたなく力一杯襖を引く。  同居は妥協したが自己防衛と貞操死守の一線は譲れない。  ぼくの安眠と身の安全の為に押入れ篭城すなわち天の岩戸作戦は小金井がいなくなるまで継続の方針で……  「ん?」  突如襖を引っ張る手が止まる。  隙間のむこう、小金井が小鼻をひくつかせ胡乱に目を細め言う。  「東ちゃん、なんかヘンな匂いしない?饐えた匂いっていうのかな……なんか腐ってるような」  「あ」  忘れていた。  襖を開け放ち転がり出れば反動で小金井が「わっ」と尻餅をつく。  部屋を突っ切り板張りの台所へ行く。冷蔵庫の横、ゴミ袋が酸っぱい異臭を放つ。  「ゴミ出しにいかなきゃ」  「は?だって夜……」  回収車がくるのは明日の朝。チャンスは今のうち。  「ちょっと出てくるんで先に寝ててください」  「たんま、東ちゃん正気?なんでこんな時間にゴミ出しにいくのさ、回収明日なんでしょ」  「だからですよ。朝出歩いたりなんかしたらご近所さんと会っちゃうじゃないですか」  小金井はそれの何がまずいのかという不可解な顔。  当惑する小金井に背を向け、ぱんぱんに膨らんだゴミ袋を両手にもって玄関へ行き、スニーカーを突っかける。  ドアを開錠しノブを捻ると同時に声がかかる。  「まって、俺もいく。コンビニに用あるし」  「コンビニ?」  「下着買いたくて」  「あ」  着のみ着のままで転がり込んできた小金井は替えの下着を持ってなかった。  汗をかく季節じゃないし服は二・三日そのまま、四日目はさすがに異臭がしてきたのでいやいや仕方なくぼくのシャツを貸したが下着にまで思い至らなかった。  「……一週間どうしてたんですか」  「はきっぱなし、とか言ったら引く?うそ、東ちゃんの勝手に借りてた。トイレで隠れて穿いて」  「それはそれでものすごくいやなんですけど」  速攻忘れ去りたい発言だ。  「お金あるんですか」  「ちょっとはね」  疑わしげに声をひそめれば、スニーカーに裸足をもぐらせ小金井が軽く頷き、悪戯っぽく含み笑う。  「足りなかったら貸してくれる?」  言語道断。  流し目でからかう小金井にそう態度で示し、先んじて廊下に出た。

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