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第24話

 「ぼくのキュアレモネードにさわるな!」  ありったけの勇気を振り絞って張り上げた牽制の声もむなしく、畳に叩きつけられたキュアレモネードの腕がもげる。  バラバラに分解されたフィギュアを容赦なく踏みつけ踏みにじる無数の足、陰険ににやつく顔、顔、顔。  嗜虐的な笑みの男たちが羽交い絞めにされたぼくの眼前で部屋を荒らしまわる。  プライバシー侵害上等な徹底的ガサ入れ、精力的な捜索、まさしく蹂躙と表現するにふさわしい所業。  吊り棚に並ぶプラモやガンプラをなぎ払う、壁にぶつける。  「やめてください、それはぼくが初めて作った!」  手も足も出ないぼくに見せつけるようにガンプラを蹴飛ばす、蹴散らす、ゴミのように扱う。  ゴミのよう?  ちがう、ゴミなんだ、ぼくの宝物はこいつらにとって何の価値もないゴミ同然だから粗雑に扱える壊せる破壊できる。  だけどぼくにとっては違う、今しも派手なシャツを着崩したチンピラが笑いながら土足で踏みにじるザクは八年前初めて手がけたものだ。  中学でいじめられ教室に居場所をなくしたぼくが一日中暗い部屋にこもりスタンドの明かりを頼りにコツコツ作り上げたザク、八年間ずっと一緒だった、昔の夢を見た時は泣きながら抱いて寝た、添い寝するだけで勇気づけられた。  そのザクが、今、破壊される。  「なんだあこの部屋、壁にべたべたアニメのポスターはってある。気持ち悪い、オタクの巣かあ?」  「うわ、ガンダム。なつかしー」  「ゲーム機も最新機種そろってんなあ。金持ちだな、お前」  チンピラたちが馬鹿にしきって笑う。  口角を吊り上げ嘲弄しつつ、畳を這うゲーム機のコントローラーを蹴飛ばし、汚い手でべたべたフィギュアやガンプラをいじくり回し、空中戦の真似事をして遊ぶ。  怒りが沸騰、頭に血が上る。突如得体の知れない連中が部屋に殴りこんできた、土足でずかずかと許可も得ず……明らかな犯罪行為じゃないか、これは。  「あんたたちどうやって部屋に入ったんですか、鍵は……」  そこまで言いかけはっとする。  「大家さんは!?」  「心配すんな、女に手荒いまねしねえよ」  ぼくの他に合鍵を持ってるのは大家さんだ。  小金井は去り際、律儀にも免許証ともども合鍵を返却した。  大家さんの身を案じヒステリックに叫べば、一目でチンピラ達より格上とわかる壮年の黒スーツが、つまらなそうに呟く。  その手の中に、鍵。おそらく大家さんから力づくで奪ったものだろう。紐に指を通し鍵を振り回しつつ、黒スーツが言う。  「用があるのはあんただけだ……口止めはさせてもらうがな」  黒スーツが表に目配せする。  意味深な目つきが不安をかきたて、窓の方を向いて通りをうかがう。  アパートの周囲をぶらつくチンピラ風の若者たち。  厳戒態勢、包囲網。  完全に退路を絶たれた。  「下手な真似はしないほうがいいぜ」  黒スーツが淡々と指摘する。指先に絶望がしみてくる。  若い衆を見張りに立たせた黒スーツが表情の読めない目でこっちを見下ろす。  畳に這い蹲ったまま、生唾を飲み、その目を見返す。  凄まじい威圧感にねじ伏せられ、弱々しく目をそらす。  視線だけで人を殺せそうな圧力。  吠えるしか能がなさげなチンピラと違って黒スーツの男には幾多の修羅場をくぐりぬけた底知れぬ貫禄が備わっている。  怖い。  風邪の悪寒とは違う、恐怖心から発する震えが上下の歯をかち合わせる。  どうしてこんな目に?  一体なにがどうなってるんだ。  脳裏に渦巻き繁殖する疑問、絶体絶命のピンチ。部屋は密室、おそらくぼくと同様軟禁状態だろう大家はあてにできない、ご近所さんが異状に気付いて通報してくれれば……  他力本願。  こんな時まで人任せか、ダメ人間め。  自分でなんとかしろ?無茶いうなできるわけないキャパシティの限界軽くこえてる、一体こいつらはなんなんだ、小金井の居場所を吐けって……  「小金井はどこだ?」  「知りません」  「嘘つくとためにならんぞ」  「ほ、ほんとに知らないんです……」  「調べはついてるんだ。一緒に暮らしてたんだろう」  「誤解を招く言い方はやめてください。……事実だけど」  どうやらこの男たちは小金井を捜してるらしい。  目的は?分からない。分からないが、まともな連中じゃないのは確実。  ひとんちのドアぶち破って押し入るような連中がまっとうな人種のはずがない、玄関で靴を脱がないなんて非常識にもほどがある、掃除が大変だ。  ああ、畳をはりかえなきゃ……また出費がかさむ、大家さんにどやされる。  現実逃避の一環か、脳がどうでもいいことを考える。男たちに踏み荒らされた畳はささくれだち、そこらじゅうに泥まみれの靴跡がこびりつき酷いありさまだ。  「!痛ッ、」  黒スーツが尊大に顎をしゃくる。チンピラの一人がぼくの背に馬乗りになり、上体を前に折り曲げるようにして、ねじりあげた腕に体重をかけてくる。  このシチュ、前に漫画で見たぞ。  へたに暴れるのは賢くない、どうかすると腕が抜ける。  ほら漫画をたくさん読んでるとためになるだろ?  随分拷問に手馴れている。本職のヤクザ屋っぽい。  ひねりを加え締め上げられた腕の激痛を堪え、生理的な涙が滲んだ上目で、正面の黒スーツを睨みつける。  「あなたたち、なんなんですか……小金井はどこだって、小金井さんのこと、知ってるんですか」  「あのガキには随分手え焼かされた」  黒スーツがニヒルに笑う。  笑ってるのに、ちっとも親近感が湧かないのが逆に凄い。  顔筋の収縮に伴い右頬の傷が不気味に引き攣るせいだろうか?  脅しにしか使えない笑顔だ。  「森さん、間違いありません。リュウのヤツちょっと前までここにいました」   「ほう?」  黒スーツの名前は森というのか。  案外普通の名前で拍子抜け。極道な容姿から石動とか力石とかそのへんを想像してたのに。  森が興味深げに眉根を寄せ、報告したチンピラを一瞥する。  チンピラは勝手に冷蔵庫の扉を開き、主人に褒められるのを待つ忠犬のように森を手招く。  「ひとんちの冷蔵庫勝手に……!」  抗議の声を上げるぼくを無視し台所へ向かう。  チンピラの肩越しに冷蔵庫の中身を覗き込み、「ほう」と顎を揉んで唸る。  「ビンゴ」  心なし上機嫌な声とともに、冷蔵庫に手を突っ込み、なにかを取り出して戻ってくる。  「これでもまだしらばっくれる気か」  森が手に持つものを見て、絶句。  いちご。まだパッケージを破いてもない。  冷蔵庫の中はからっぽだと思っていた。勘違いだった。  思い出した、こないだ小金井がスーパーで買ったのだ。  いちごを包む透明なセロファンに油性マジックででかでか名前が書いてある。  「小金井リュウ」とへたくそな文字で。  「あのばか……」  食べ物に名前書く癖、直せって口をすっぱくして言ったのに。  施設育ちの小金井にとってはそうするのが当たり前だったのだろう。  目を閉じて思い出す、小金井はあの日いちごの包装に油性マジックでぐりぐり名前を書きながら「東ちゃん半分こしようね」と嬉々として言ってのけたのだ。  もう永遠に叶わないけど。  あんまりばかばかしくて笑ってしまう。   小金井が少し前までたしかにアパートにいたという紛れもない証拠を手にし、森が呟く。  「小金井はどこだ?知ってんだろ、お前」  「………知ってどうするんですか」  「かばうのか」  腕に圧力がかかる。  激痛が破裂して悲鳴を上げる。  「腕の一本でも折っちまえば唄いますよ、兄貴」  「二度とマスかけねえようにしてやろうか?」  部屋をひっくりかえすのをやめたチンピラ二人が戻ってきて、暇つぶしにぼくを小突く。  肩を蹴り飛ばされ痛みが爆ぜる、前髪を掴まれ頭ごと畳に打ちつけられる。  頭ごと掴まれ、畳に顔を押し付けられたぶざまな体勢から、くぐもった声を絞り出す。   「なんで小金井さんを……どうしてぼくのアパートに」  「森さんの情報網なめんなよ」  チンピラの一人が自分の手柄を誇るように鼻の穴を膨らませ、もう一人がぼくの肩を踏みがてら、尊敬のまなざしで森を仰ぐ。  「いいか?この人はなあ、東京に嵐を呼ぶ男なんだよ。森嵐といえば目下業界で売り出し中の若頭、野望はでっかく関東制覇、ガキ一匹さがしだすのなんて簡単……ぶっ!?」  のたまうチンピラの顎に裏拳が炸裂、大きく顎が仰け反る。  チンピラを見もせず鉄拳をくれた森は、片方の手で歪んでもないネクタイの位置を正し、低い声で脅す。  「余計なこたあいい。ごたく述べてる暇があるんならリュウの行き先の手がかりでも見つけてこい」  「ヤクザ………」  体の先からすっと血が引く。  一目見た時からそうじゃないかと直感していたが、やっぱりそうだった。  人は見かけによる、おおいに。  なんでヤクザが部屋に?目的は小金井?  だけどなんで小金井がヤクザに追われてるんだ、ヤクザ絡みのトラブルで逃げてるにしちゃ本人あっけらかんとして深刻な素振りが全然なかったけど……  「小金井が追われてる理由、知りたいか」  一瞬の躊躇。  ためらう心をふっきり、頷く。  森が股を開いて屈みこむ。  「リュウ……あのガキはな、うちで飼ってた売人の死体から、ヤクと銃を盗んで逃げたんだよ」  戦慄。  衝撃を受ける。  「……漫画でしょう、それ」  引き攣り笑いを浮かべる。森は笑わない。  目の温度は相変わらず冷め切って、冗談を言ってる感じはしない。  「小金井さんが……死体から追いはぎ働いたって、本気で言ってるんですか」  あの小金井が、覚せい剤と銃を持ち逃げするような男だって  「……一ヶ月前、リュウは俺の組の下っ端売人が始末された現場に居合わせた」  「しまつ?」  馬鹿みたいに繰り返す。  「始末」の単語が意味するところは漠然と察しがつくが、良心が理解を拒む。  頬の古傷をひくつかせ憫笑する森。  「何とちくるったんだか……そいつはさんざん世話んなった組に後ろ足で泥かけて辞めたいとか言い出した。お決まりのコースでヤキ入れたんだが、若いのがちょっと行き過ぎちまってな。で、死んだ。俺たちの世界じゃありがちな揉め事だよ。だが誤算があった。偶然リンチの現場に紛れ込んだガキが、売人の死体からヤクと銃かっぱらって逃げたんだ」  「小金井が……?」  まさか。信じられない。語尾にどうしても疑問符がつく。  森が語る小金井の人物像とぼくが知る小金井の顔がどうしても重ならない、一度も会った事ない他人の話を聞かされてるようだ。  「嘘だ。小金井がそんなことするはずない」  無意識に庇う、口走る、否定する。  森に対しての否定じゃない、自分の中で湧き上がった疑惑を否定するために力強い口調で、激しい語気で。  「だって小金井さんは、あの人はいつもおちゃらけていて、初めて会ったときからそうで、ふざけてばっか冗談ばっかで、ひとが真面目に言ってもぜんぜん聞いてくれなくて、疫病神さながら強引に居座って、すごく迷惑で、ぼくがいやがってるのに無理矢理昼間外に連れ出すし、スーパー連れてくし、公園に散歩行ったし、ほんとすごく迷惑で、でも約束守ってくれた、交換条件守ってくれた、すごくめんどくさいドラクエ経験値上げ愚痴こぼしながらコツコツ一日もさぼらずやってくれた、あの人がそんな」  美味しそうに肉まんを頬張る小金井  老人が連れた犬に頬擦りなでまわす小金井  野良猫をいともたやすく手懐けてしまう小金井  小銭拾いを手伝ってくれた小金井  いつでもどこでもフォローしてくれた小金井  「ありえないです。小金井さんはヒモだ、ただのヒモなんです、女の人にだらしなくて部屋追い出されてしかたなくぼくのアパートに身を寄せた、それはホントです、認めます、でも犯罪者なんかじゃない、犯罪者だったらあんなにのうのうと毎日おもしろおかしく暮らせるはずない、毎日ゲーム三昧漫画読み放題で料理作ってぼく呼んで、犯罪者が作った料理があんなに美味しいわけない」  小金井が作ったチャーハンは涙と鼻水の味がしてしょっぱくてでもとても美味しくて、あんな美味しいチャーハン作れるヤツが悪人なはずない。  思い出す。  正座で向き合い前髪を切ってくれた、古着をコーディネートしてくれた、黒田を追い払ってくれた、子供みたいな笑顔で高く高くブランコこいだ、トイレに駆け込み洗面台に突っ伏す背中をいたわりさすってくれた、押入れを何度もノックしてくれた、襖を開けて手をさしのべた  『俺は気持ち悪いなんて思ってない』  『東に死んでほしいなんて思ってない』  あの言葉も、嘘?でたらめ?  「違う、そうじゃない、違う」  違う?違わない、小金井は最初からそういう人間だった、とんでもない性悪で尻軽だった、事の最初から出会う前からぼくを裏切っていた。  優しい言葉でだまして明るい笑顔で乗せて友達のふりをして、それ全部部屋においてもらうための演技で、本当はぼくのことなんて都合の良い道具としか思ってなかった。  本当に?それが小金井のすべて?あの日ぼくを風呂場で襲った、服の上からシャワーを浴びせ体中まさぐった、シャツの裾に手を突っ込み恥ずかしいところをべたべたさわりまくった、下着ごとズボンを脱がせ幼い性器を剥いた、しごいた、無理矢理絶頂に導いた連続で。  壁に手を付かせ臨む犬のようなスタイルで後ろから貫いた、何度も何度も何度も痛いと泣き叫び拒んでも聞きいれず腰を使った、小金井もぼくも頭からびしょぬれだった、あの時ぼくは後ろ向きで  小金井の顔を、表情を。  湯気に曇ったそれを、はっきりとは見てない。  「…………!ッ……」  今、初めて気付き、愕然とする。  小金井が行為中嘲笑を浮かべてたのは、ぼくの捏造、妄想。  壁と向き合い後ろから犯されてるのに表情がわかるわけない、不可能だ。  ただでさえぼくの眼鏡はびっしり結露し、湯気で曇っていた。    あの時小金井は、本当はどんな顔をしていたんだ?  風呂場でぼくを犯した小金井『本当は興奮してるんじゃないの』尖りきった乳首をつねる『中熱い。前もびんびん』勃ちあがった前をいじくり倒す『そそる声で泣いてもだーめ』意地悪い声『いじめられんの好きなんじゃねーの』さんざん言葉で責められ辱められ嬲りものにされた、羞恥に感じてしまう自分を憎んだ、小金井になら何をされても感じてしまう自分が怖かった。  小金井。  一ヶ月ぼくが見てきた小金井こそ本物で、風呂場のあれこそ演技だとしたら?  違う、待て、どっちだ、どっちが本当だ?  森の言い分を信じるなら小金井は立派な犯罪者、売人の死体から覚せい剤と銃を奪って逃走した、ぼくのアパートはいい隠れ家だった。ぼくは隠れ蓑?  どっちが本当か教えてくれ小金井、一ヶ月の思い出の重みと三日前の悪夢、どっちがー……  「行方をくらましたリュウを俺たちは追っていた。しかしとんと足取りがわからなかった。それがとある筋からの情報で判明した……八王子たあ盲点だった」  森が感慨深げにひとりごち、混乱するぼくを見下ろす。  頭の中でかちりとピースが嵌まる。  呆然と森の顔を見詰め、呟く。  「まりろんちゃんから聞いたんですか?」  『小金井くんのこと教えて、いーちゃん』頭の中で自動再生される空想上の甘ったるい声、チャットでの不自然な態度、過剰な詮索。  今思えばまりろんちゃんの態度は明らかにおかしかった、もっと早くに不審を抱くべきだった。  馴染みのチャット仲間に油断していた。     まりろんちゃんに売られた。  「まりろん?だれっすか、それ」  「あ、わかった、こないだ六本木で酌したフィリピーナでしょ……ってぶはっ!?」  まりろんちゃんはフィリピーナだったのか。  チンピラの顔面に再び鉄拳が炸裂。  鼻血を噴いて盛大に仰け反ったチンピラは見向きもせず、森がうっそり囁く。  「阿呆、あれはマリオンだ。……タレコミ先はどうでもいいだろう、部外秘だ。おい、大丈夫か?目がいっちまってんぞ」  まりろんちゃんに裏切られた。信じていたのに。    やっぱり、他人なんか信頼すべきじゃなかったのか。  無防備に信じて悩みを打ち明けたぼくが馬鹿だったのか。  そういえば、自分が住んでるところの話を、どうせばれないだろうという安心感もあってチャットで色々のたまった。八王子駅から徒歩十数分、沿線のアパート。築二十年の鉄筋コンクリート二階建て、家賃は月二万と破格に安い。  電車の音がうるさく、大揺れのたび漫画の山がなだれを起こすと愚痴った際にぽろっとこぼしたんだっけか。  それだけ情報を開示すれば、不動産屋をあたればおおよその見当がつく。  「…………」  喪失感が胸の内を蝕む。  会ったことはないけど、性別をこえた友達だと思っていた。思っていたのはぼくだけだった。  現実の異性とは緊張してまともに話せないけど、チャットのまりろんちゃんとは普通に話せた。  「はは…………オンでもオフでも、女の子にはだまされてばっかだ」  まりろんちゃんと森の関係なんて知りたくもない。森の愛人だろうが、懇意な情報屋だろうが、知ったこっちゃない。  ただ裏切られた事実だけが、胸に響く。  包装をはがす音に上を向く。  森がいちごの包装を破り、蔕の部分を摘み、ひとつ口に放り込む。  「!?それ小金井さんの……!」  口が、勝手に動いていた。  もう戻ってこない男のためにとっといてもどうしようもないのに、賞味期限すぎて腐るだけなのに、我知らずそう叫んでいた。  『東ちゃん、一緒に食おうよ。砂糖とミルクたっぷりかけてさ。んまいよね、あれ』  小金井と一緒に食べようと思って、楽しみにとってあったいちごが、ひとつ、またひとつと森の口の中へ消えていく。  「やめてください、食べないで、残しといてください!」  拘束をふりほどこうと身をよじり必死に叫ぶ、チンピラが背中に膝をおきのしかかる、目の前で悠長にいちごを頬張る森がこっちを見る。  森は無表情にいちごを食べる。  黒い粒粒が散らばった艶かしく赤い表面を舌でねぶり、口に含み、くちゃくちゃ音たて咀嚼する。  いかがわしい食べ方に怖気をふるう。  いちごの汁で口元を赤く染めた森が、またひとつをつまみ、それをおもむろにぼくの方へ向ける。  「!?んッ、」   「お裾分けだ」  いちごを口元におしつけられる。  首を振って拒み抗うも、チンピラに頭を押さえ込まれ、口の端にもぐりこんだ指で押し広げられる。  「小金井はどこにいる?」  「し、しらな……しりません、うあ、やめ……」  唇を割り、強引に押し込まれてくるいちご。  森は無表情に徹し、ぼくの口の中をいちごを使ってかき回す。  「ふぐ、ぁぐ」  「しゃぶれ」  舌に歯に粘膜にいちごが当たり、分泌された唾液でぬめる。  咄嗟に吐き出そうとするも強引にねじこまれむせる。  ぴちゃぴちゃ唾液をかきまぜる音、抵抗すれば腕を締め上げられ痛みに仰け反る羽目になる、それ以上に怖い森の眼光に屈服、ぎこちなくいちごに舌を這わす、舌先に粒粒の隆起を感じる。  必死に、一生懸命に、無心に、いちごの形を舌で辿るようにして愛撫するうちに口の中に甘酸っぱい汁が滲み出す。  舌で絞るようにして森の指ごといちごを味わう。  「かほっ、こほっ」  喉に逆流した唾液にむせる。  唾液にぬれそぼったいちごが引き抜かれ、また突っ込まれる。  「うまいか」  答える余裕なんかない。  ぴちゃぴちゃ水音を伴いあらっぽく抜き差しされるたび舌を絡めしゃぶりつく。  あふれた唾液で顎がべとつく、胸焼けする、頬張る。  「やめへくだはい……」  切れ切れの息のはざまから懇願。  見た目可愛らしい果実に口の中を犯される感覚に吐き気を覚える。  溶け崩れたいちごが粘着な唾液の糸引き引き抜かれる。  ねっとり唾液の糸引くいちごは、透明な粘膜に包まれ淫靡に濡れ光る。  「リュウの居所を吐け」  「だからしらないって、んっぶ、ふぐ」  「隠すと痛い目みるぞ」  「本当に知らな、出ていったから、行き先告げずに、げほっ、もう戻ってこないから、張ってたってむだです!」  また突っ込まれる、無理矢理。  唇を割ってもぐりこんだいちごに歯を立てる、噛む、噛み潰す。  甘酸っぱい果汁がじわり滲み広がり喉を焼く。  夢中で咀嚼し、やっとの思いで飲み下す。  喉を通る異物感にまた吐き気が膨らむも、目を瞑り耐える。  「見かけによらず強情だな、お前」  ぼくの涎と果汁にまみれた指先をなめ、森が目だけでチンピラに合図する。  「やれ」  チンピラがパソコンにとびつきマウスをクリック、断りもなく中身を覗く。  手がかりが残ってないか調べ尽くす魂胆か。  「やめてくださいパソコンには何も入ってません、お願いだからほっといて、ああ変なボタンおさないで!?」  「うわ、なんだこれ、壁紙アニメじゃん、きもっ。ん?」  チンピラがマウスをクリックした途端ー  『やめておにいちゃんひああああぁあああああああぁんッ、そこ、そこいいよう、もっとしてえぇ―――!!』  耳を塞ぎたくなるような女の子の喘ぎ声が大音量で迸る。  パソコンの液晶をフルスクリーンで埋め尽くす絵、金髪碧眼ツインテールの美少女が裸にニーソックスという非常にマニアックなかっこで押し倒され喘いでいる。  『ひゃあぁんッ、やめ、もっとそこ激しく突いて、サミイおかしくなっちゃう!』  イヤホンが抜けたパソコンから薄い壁を通しご近所さんに筒抜けの喘ぎ声が漏れ、マウスを持ったチンピラが固まる。  一生の不覚、人生最大の汚点。  「エロゲ、アンインストール中だったの忘れてた……」  『やめて、ニーソは破かないで!』と甘ったるい泣き声でお願いするサミイをガン見、チンピラが微妙に顔を引き攣らせる。嫌悪と軽蔑が入り混じった表情。  「こいつ、アニメで抜いてんのか。真性ロリコン変態のオタクかよ、信じらんねえ、マジ気持ち悪ィ」  「よくこんなんで勃つよな。アキバ系の思考回路わかんねーよ、生の女のほうがよっぽどいいじゃん肉感的でさあ」  「現実の女に相手にされねー童貞クンだからアニメに逃げたんだろ、察してやれよ」  「お前これで抜いてんの?ぬけるもんなの?うわばっちい、イカくせえマウスさわっちまった!」  パソコンにたかったチンピラたちが互いをつつきあって爆笑する。  下品に笑いあうチンピラたちは本来の目的を忘れ次から次へマウスをクリック、ぼくがしこしこ保存した人には言えない画像を覗き見ては「うげー」「マニアック」「しかも縦笛かよ」とどん引き突っ込みを入れる。   「やめてください、おね、お願いだから、音小さくして、せめてイヤホンしてやってください!」  恥ずかしい恥ずかしい死にたい  「いくらモテねえからってエロゲに逃げちゃおしめえだよな、人として」「しかもロリばっか」「ランドセルしょってるガキに興奮するとかマジ変態じゃん、きめえよ」「見ろよ、すっげえ」「机の下にエロゲどっちゃり、中学生かっつの」「はは、ほんとだ!」  「うるさいうるさいだまれお前らになにがわかる、ぼくはなにも悪いことしてない、エロゲ好きで何が悪い、ひとりでこっそり楽しみに耽るのがそんなに悪いことか、妄想で満たされるならばち当たらないだろ!いいから離れろ、汚い手でさわんないでください、この部屋のものに一切さわんないで」  「この部屋のもの、お前が稼いだ金で買ったのか」  硬直。  いちごを全部たいらげ、からになったプラスチック容器を、片手でぐしゃり握り潰す森。  「もう一度聞く。この部屋のもの、俺が今食ったいちご、自分が働いて稼いだ金で買ったのか?」  なにも、言い返せない。  「じゃーん、羞恥プレイ」  チンピラたちがはしゃぐ、マウスをカチャカチャ小刻みにクリックし音量を跳ね上げ最大に設定、ご近所全域に悩殺ロリータの喘ぎ声が響く。  これで完全に、ぼくがオタクだとばれてしまった。  最悪の形で、ご近所中に暴露されてしまった。  「う………」  耳まで赤く染め俯き、生き恥をさらす。  最大音量で再現される濡れ場、扇情的な喘ぎ声に、こんな時だってのに下半身が疼く。  八王子東は死んだほうがマシな人間だ。  羞恥と憤りと混乱でこんがらがった頭をうなだれ、屈辱に肩を震わせるぼくの視線の先で、森がひょいと携帯を拾い上げ中身を覗く。  まずい。  「返せ!」  死に物狂いでもがくぼくの努力もむなしく、案の定、それを見つけてしまう。  番号一覧に登録された、小金井の名前。  「片腕、放してやれ」  森が命じる。片腕だけ自由になる。  解放された片手に携帯を握らせ、有無を言わせぬ眼光で脅迫。  「かけろ」    この状態でさからえるはずがない。左腕は依然背中で締め上げられたまま、少しでも抵抗の素振りを見せればへし折られかねない。  震える手で携帯を受け取り、生唾を飲み短縮を押す。番号を呼び出す。  『東ちゃん、携帯貸して』  『番号登録しといたから、いつでもエンリョなくかけてきてよ』  出てくれ。出ないでくれ。相反する気持ちに引き裂かれる。声が聞きたい、いや聞きたくない、出たら居場所がばれてしまう。  ドアがぶち破られる前にもっと早く番号を削除してればよかった、そうしたら線が繋がらずにすんだ。小金井を危険にさらしたくない、そう思う一方ぼくが今こんな目にあってるのはあいつのせいだと恨む。ぼくは小金井に巻き込まれただけ、関係ないのに、もう友達でもなんでもないのに、騙されただけなのに……  手のひらが緊張に汗ばむ。  息の通り道が閉塞し、呼吸がひどくしづらくなる。  一秒が一分にも間延びして感じられた。小金井はおそらく地元の施設にいる、彼女のもとに帰ってる。居場所がばれたら、こいつらは、施設にいく?  瞼の裏にちらつく幸せそうなララの顔、ボールを手渡してあげた男の子の笑顔。  ああ、どうか神様  誰も出ないでください  小金井がぼくを無視してくれますように    『もしもし?』  繋がってしまった。  畜生、がらにもない神頼みなんかするんじゃなかった。    「小金井さん……」  三日ぶりに聞く小金井の声。いつもどおりの、声。  言いたいことは山ほどあった。あったはずなのに、ひとつも満足にしゃべれない。  そもそもかける予定じゃなかった、忘れようと心に決めた。なのに小金井の声を聞いた途端安堵して、心臓がぎゅっと縮んで、鼓動が速くなって、きつく瞑った瞼の裏に、ぼくがこれまで見たどんな高画質アニメより鮮烈な色彩と生き生きした躍動感をもって、元居候の顔が浮かぶ。  元気そうな声に安心する、同時に腹が立つ。  泣けばいいのか笑えばいいのか、判然とせず顔が歪む。  『なんでかけてきたの、東ちゃん。免許証返したっしょ』  そっけない声。つれない態度。背後に響く子供たちの無邪気な歓声……やっぱり施設に帰ったらしい。  汗ばむ手に携帯を握り締め、横目で森をうかがう。会話を続けろと念を押される。  再び携帯に向き直り、息を吸い、吐く。  どうやってごまかそう、この場を切り抜けよう、頭を高速で回転させる。  「小金井さん……今どこにいるんですか」  『関係ない』    他人行儀な返事が胸に刺さる。  そうだ、それでいい、最後までとぼけてくれ。  見事にとぼけきってくれ。  ぼくは最低の人間、ひきこもりオタクニート依存心が強くはたちすぎて親に家賃を払わせてるダメ人間だけど、小金井の彼女や、子供たちや、関係ない人間までトラブルに巻き込みたくない。  ひきこもりオタクニートにだって、最低限のプライドはある。  『用それだけ?切るよ。もう東ちゃんとはなんでもないんだから電話してこないでよ、迷惑』  小金井の、声。  聞きたくて聞きたくてたまらなかった。  風呂場で耳裏をくすぐった意地悪い声、劣情の息遣い、思い出すたび体が疼く。今だって  視界の端、森が顎をしゃくり、ぼくの背にのしかかった男になにかを命じる。  男の手が体の前に回り、そしてー……  「!?―ッあ、うあ、や」  『東ちゃん?』    体の前に回った手が、ジーパンの上から股間をまさぐる。  右手は携帯を放せない。左腕は背中で締め上げられたまま、それをいいことに無防備な股間を揉みしだく。  『東ちゃん、どうしたの。今の声……』  「なんっ、でもな……気にしないで、ください……」  いやだ、聞かれてしまう、我慢しろ、耐えろ。唇を噛む。  続けろとぼくと拘束係両方に目で促す森。  携帯を握り締め、呼吸を整えるぼくの耳裏に、熱い吐息がかかる。  「あんた、敏感だな」  『?だれかいんの』  「誰も……いません………」  携帯を、切りたい。震える指をボタンに移しかけるも、森が手首ごと掴んで阻む。  居場所を聞き出さなきゃ。平気なふりを装え。声の調子を変えるな。  「ぅあ、や、ひっ」  『東ちゃん?どうしたの、おかしいよ。息切れてるし……風邪?』   ジーパンの中にもぞつき手がもぐりこむ。  骨ばった男の手が、下着から引っ張り出した性器を直接握ってしごきだす。  「すっげえ、エロゲの喘ぎ声だけで勃っちゃうんだ?」  「さすがオタク」  外野が笑う。背後の男も笑う。  森は笑わない、観察すような目でじっとぼくの痴態を眺める。  吐息が淫蕩な熱を孕む。腰がへたれる。  乱暴に前をしごく、睾丸を包み揺すり立てる、強制的な快楽で脊髄と頭がジンと痺れてくる。  「ぅあ、あああっあ、やめッ……」  『東ちゃん?具合悪いの?』  いやだ、聞かれたくない、今すぐ切りたい。  時間稼ぎ。話題をそらせ。  「ちょっと風邪ひいちゃって……ふくっ、ん、は……熱、あるだけだから……たいしたことない……」  死ぬ気で喘ぎ声を噛み殺す、唇に血が滲み鉄さびた味が広がる。  性急な衣擦れの音、上擦る吐息。  先走りの汁をすくい、もたげ始めたカリ首をぬるつく手でほじる。  携帯を握り締める手に力がこもり、喉が仰け反る。  もうどうでもいい。  じらしの快楽に理性が曇り、決心が鈍る。  「こがねいさ……今どこか、教えてください……」  『言えない』  いやだ、快楽で頭がおかしくなる、恥ずかしい、ひとが見てる、にやにや笑いながらこっちを見てる。  ジーパンごと下着を膝まで下ろされ下半身を露出、半勃ちの前を見知らぬ男の手でしごかれる。小金井が居場所を言えばラクになれる、拷問が終わる。  「!!―――――っああああ、」  ぎゅっと股間を掴まれる。  激痛と快感が同時に駆け抜け、堪えきれずに叫ぶ。  『東ちゃん?』   「ふあ、こがねいさん、お願い、します、携帯切って……聞かないでください、うあっ、あああっ、ンくッ、そこ出て、逃げて、はやく」  先走りの汁がだらだら零れる。  鼻にかかった甘い声で喘ぐ、啜り泣く、ねだるように腰を揺する。  熱を放出したい欲望と自制心がせめぎあう、理性と本能が綱を引き合う。  ぼくがまだ自分を保ってられるうちに携帯を切って逃げろ、こいつらの手が届かないところへ逃げろ、ぼくがぼく自身を裏切り友達を売る前に逃げてくれ!  鈴口を執拗にこねまわされ気が遠くなる、小金井の声が耳を性感帯に変える、知らない男の手で裏筋をなであげられ肌がざわつく。  イきそうだ、イきたくない、いやだ、知らない男にいじくられて達したくない、小金井に聞かれたくない。  指をすり抜けた携帯を拾い森が言う。  「久しぶりだなリュウ」  『……その声……あんた、なんで東ちゃんアパートに?』   「さがしてたんだよ。姿が見当たらないからお友達に聞いてるところだ。見かけによらずなかなか強情で手こずってる」  『………てめえ、東ちゃんに何した』  遠のく意識のむこうでかすかに聞こえる会話。  「ふあ、ふっ、ひぐっ、いやだ、やめて……」    森が、ぼくの口元に携帯を押し付けてくる。  「聞こえるか、お友達の喘ぎ声。俺の舎弟にズボンひっぺがされて、アレをしごかれまくって腰振ってるすがた、見せてやりたいぜ」  「こがねいさん、ちがう、嘘です、ぼくの声じゃない、エロゲの……ふあ、っああああっ、ひ、うあ、あ!?」  やすりがけるように前をしごかれ強烈な快感に飲み込まれる。ぐちゅぐちゅ淫猥な水音、鈴口から滴った汁がピンク色の性器をぬらす、男の手に包まれた性器が生き物みたいに痙攣する、自分の手なら調整できた、今はできない、力加減はぜんぶ相手次第、イかせるイかせないも相手の気まぐれに委ねられる、相手が飽きるまで続けられる悪趣味なお遊び。  「ちが、っこんなのちが、ぼくは平気だから、あんたなんかいなくても平気だから、顔も見たくな……うあ、ひ、ああっ」  限界まで追い上げられてるのに根元を押さえられ射精を許されず、鈴口をカリッと掻かれて意識がとぶ。  来るな、来ないでくれ、関係ない、小金井リュウは友達じゃない、裏切り者だ、自分の幸せのことだけ考えろ  「友達を無事に返してほしかったらあれを持って来い」  聞くな、  「どうする?断るか?こいつがどうなっても構わないならそれもいい、正気がなくなるまで責めて責めて責めまくって捨ててやる。言っとくが、俺らのやりかたはきついぞ」  どうか、  『……東に指一本触れるな』   携帯から漏れる、笑いの成分をまったく含まない、真剣な声。   恫喝の凄みを帯びた声で言い、諦念の吐息を交えて呟く。  『……わかった。逃げ回るのはよす。どのみち潮時だと思ってたんだ』  「相変わらず友達想いだな」  どういう意味だ?  重苦しく沈黙する小金井に「また連絡する」と言いおき通話を切り、ぼくの携帯を背広にしまう。  森と目が合う。  前屈みによがり喘ぐぼくの痴態を無関心に眺め、どうでもよさげに命じる。  「生殺しは可哀想だろう、イかせてやれ。……先は長いんだからな」    長い長い夜が始まる。 

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