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第1話
空が青い。
今日は快晴で雲一つない天気って、最近お気に入りのお天気お姉さんの美紀ちゃんが言うてたけど、正確やわ。
確かに、俺の目には雲一つ写らん。
その変わり霞みよる。
たまに壊れたテレビみたいに、ザザッと砂が走りよる。
確かに壊れとるんかもしらん。
だって、身体中、油の切れたロボットみたいにギスギス変な音がしよるし、口の中は鉄の味が広がって、唾液を飲み込む度に何か喉にひっかかる感じ。
気持ち悪い。
あのアホ、久々学校来たかと思ったら、人の顔見るなりボコりよった。アホの東条。
それに金魚のフンしよる数人。
学校は俺が仕切っとるみたいな面して肩で風きっとるけど、俺は知っとる。金魚のフンがお前を毛嫌いしよるんを。
それでもオマエとおったら色々と便利やから、金魚のフンになっとんねん。でも俺はそんな金魚のフンも、利用されてて気ぃついてないマヌケなオマエも大嫌いや。
喧嘩の仕方も東条っていう男の人間性同様、めちゃくちゃ卑怯。いきなりガツンとくらわして、人が闘争モード入る間もなく、ダダッとやりよる。
今回もや。
帰ろう思うて下駄箱行ったら、いきなり名前呼ばれて右ストレート。今まで拳交えた事もなっかたのに、急に何で?って考える暇もなく、そのまま屋上に連れて行かれた。
どっかで頭打ったんかクラクラして、なかなか思う様に身体動かんのに戦闘モード。無理言うな。
東条の喧嘩は卑怯で有名。初めて味あわせてもろたけど、マジ卑怯。金魚のフンに初めにボコらして、相手が動けんようになったら止めを刺しに来よる。
初めからおのれでやりくされ、カスが。
日頃のストレスを人殴って発散させよって、俺がお前に何してん。ちょっと、あっちゃこっちゃで派手に喧嘩して目立っただけやないか。
誰も学校仕切ろうなんか、思うてへんわ。大将の座取られる思うて、目立つ奴殺してんのか?
ほな、見当違いやで。俺は、そないなもんどうでもいい。お前が大将。それでええやんけ。
喧嘩慣れしとるつもり。
口も悪いし気も短い。
近寄ったら毛逆立てて、シャー!っていう猫みたいやって誰か言うてた。誰が猫や、俺は犬派やっちゅーねん。いや、やっぱ猫も好き。
でも、喧嘩慣れしとっても東条と金魚のフン、合わせて七人。俺は格闘家やない。負けるって。反撃したら倍返し。
もう動けんで汚い屋上の地面にチュウしとる状態やのに、調子扱いた金魚のフンが横腹に蹴り入れてきよる。
肋はやめろ。折れたら洒落ならん。肋折ったら笑われへん、くしゃみ出来ひん。もしやってもーたら激痛。アホか。
「今日はこれくらいで勘弁しといたるわ。おのれ、次からワシにちゃんと頭下げて挨拶せぇや」
東条はただでさえ、気色悪い顔でニヤリと笑いよった。気色さ倍増。
それより何やねん。俺をボコッた理由は挨拶せんかったからとか抜かすんか?
アホか。何の借りも義理もない奴に、何が悲しゅーて頭下げて挨拶せなあかんねん。冗談も大概。
地面に転がって喉の奥でククッと笑うた俺に気ぃついて、東条がサッカーボール蹴り上げるみたいに、肋目掛けて蹴りを入れた。
ゴギッて鈍い音がして、一瞬息が止まった。声も出ん。肋はやめぇって…。サッカーは運動場でせなあかんねんで。東条くん。
目が霞む。意識遠のく……。
ヤバい……。
そう思う俺の頭の中で、美紀ちゃんが今日の天気を笑顔で伝えてる。
秋山威乃 快晴の青空の下、肋折られる。多分、折れた。
そんなアホみたいな一人ゴチしてたら、建て付け悪い屋上のドアがギィーって嫌な音たてながら開いた。
肋やられて猫みたいに丸まりながら、動く範囲で顔上げたけど逆光で何も見えん。けど、誰かおるんは分かった。俺を見よる。
何となく雰囲気で分かった。ぼろ雑巾よろしくまでボコボコにされた俺を、蔑んどるんか哀れんどるんか、じーっと見下ろしよる。
「なんやお前。どけ。秋山、次は賢うせな肋だけや済まんで」
東条はそう俺に吐き捨てて、逆光で見えん奴を押し退けて、金魚のフン引き連れて屋上から出て行った。
何が賢うしとれや。アホぬかせ。今、なんや言うても負け犬の遠吠えにしか聞こえんけど、絶対に殺す。
「何…見とんねん…殺すぞ」
視線感じて、その視線を送る奴に向かって声を絞り出す。声出すだけでも体中に激痛。肋なんか、どっか内臓刺さってんちゃうんかいうくらい痛い。
いらん声、出さすなや。
そいつはゆっくり近寄ってきて、ボロ雑巾の俺の横にしゃがみ込んだ。しゃがんだいうよりヤンキー座り。逆光もなくなってはっきり顔見える。
切れ長の漆黒の瞳。髪型も今時珍しく何もいらわんと、ボサボサ。ダサ男かと思ったけど、彫刻みたいに彫りの深い顔に通った鼻筋が、ダサ男とは縁遠いもんにしよる。
めちゃくちゃ男前ちゅーこっちゃ。
「保健室行く?」
低くも高くもない、良い声。そいつは俺の姿を不憫に思って、俺に情けかけよった。
「いらん…自分で…行く」
嘘。連れて行って。歩けんってか、起き上がられへん。
「歩けるん?」
「やかましいわ…誰やねん…お前」
そうや、誰やコイツ。二年で見たことあらへん。身体もデカいし、三年か。
ほんまは縋りつきたいくらいやけど、正体も知れんような奴に縋りついて、あとであほみたいな釣りが返るよりマシ。
「あんた…強情やな。そない悔しいん?袋にされたん」
コイツは人の痛いとこ突きよって。ナメてんか。あんな卑怯なマネされて、ボコられて、悔しくない奴がどこにおんねん。
「なあ…俺が敵とったろか?」
ドカッ!
あまりに頭来て、まだ自由の利く足で、そいつの脛を蹴飛ばした。
いつもの半分のパワーの蹴り。いや、1/100かも。
あかん、俺死ぬわ。肋が肺とかに刺さってるんやわ。
力出んし、身体の自由きかんし、ギシギシ音鳴ってるもん。
青空を霞ます砂嵐も増えてきた。このアホが訳わからん事言うからや。
「何や、痛いよ」
「我のケツくらい…ッ!我で拭くッ!」
「ええやん。もしあいつやれたら、アンタが俺の言うこと聞いてくれたらいいねん。等価交換」
”とうかこうかん”って何やねん。そいつの言葉に、停止しかけてる俺の意識が更に遠のく。
あかん。東条も頭ノータリンやけど、コイツは更にノータリンや。
俺かて人の事とやかく言える様な奴やないけど、男前のあほぅはどうにもならんて。ってか痛いんやて!心臓が血液送る運動する度、ズクンズクン全身に痛みが走りよる。
このアホと訳わからん言い合いしてたら、内臓に刺さった肋が全身を駆け巡って死ぬ。
第一、東条は卑怯やけど喧嘩は強い。あの拳が好かん。鉛みたいに腑えぐりよる。こんな顔だけの男が、勝てる訳あらへん。
「お前は俺よりボコられて…ぐちゃぐちゃ…なるで」
吐き出した言葉に、男の表情が和らいだ気がした。笑ってないけど、瞳がなんや優しなった。
鷹みたいに鋭い瞳してんのに、ちょっと和らいだだけでめちゃくちゃ優しい顔に見える。
何や、ええ顔出来るやんけ。なんて思わず思ってまう。
「交渉成立やな」
そいつはそう言うと、ヒョイと俺を軽々抱えあげた。
死にたい。
だってこれ……言いたないけど、言いたないけど!お姫様抱っこやん!!
肋に負担かからんからええけど、周りの視線痛い。血塗れで、お姫様抱っこ。
最低最悪。
文句言いたくても声も出んし、意識飛んでもーたらいっそ気にならんのに、この現実に意識は覚醒するばかり。
あの秋山威乃が、男にお姫様抱っこ。周りの奴らの腹の内が、手に取る様に解る。
せやのに、コイツは涼しい顔して普通にしよる。頭おかしいんやないか。
仇取るとか、”とうかこうかん”とか意味分からんし。
お姫様抱っこのまま保健室に入り込まれて、保健医の斎藤も鳩が豆鉄砲くろたみたいな顔してた。俺が血塗れってのにもドン引きしよって、肋が痛いって言うたら車で病院送られた。
何なんこれ。
何やの今日。
最悪やん。
病院着くなり、所謂白衣の天使が顔の傷に容赦なく薬塗りたくる。痛い言おうが抵抗しようが、「すぐ終わるからジッとして」って。
白衣の天使やと?悪魔の間違いちゃうんか。
そんなんしてたら、白衣のおっさん。たぶん医者が、派手にやったなぁ〜なんか言うて笑いよる。
笑うな。俺が望んで、こないな結果になったんやない。不可抗力や。誰が好き好んで、こないなことするか。
霞んでた画面も徐々にマシになってきて、あの青空きちんと見たかったなんてアホみたいなこと思ってたら、レントゲン撮るからって服剥ぎ取られた。
で、愕然。腹が見たことない色しとった。そこに血液集中して腐った感じ。
紫いうんか、青言うんか……。あいつ、東条絶対殺す。
でも肋折れて、絶対内臓刺さってるって思ったのに、折れてへんかった。俺、すごない?
自分で自分に言った。内臓も綺麗なんやて。
蹴られる時に力まんかったんが良かったらしいけど、実は力む様な体力もなかってん。
でも、凄いやん。俺。
でも、めちゃくちゃ痛い。
マジで折れてへんの!?って思う。ズキズキズキズキ内臓が悲鳴あげてる感じ。折れてたらもっと痛いんか?
まあ、何しか助かった。下手に折れてたらなんも出来ひんし、バイトも休まなあかん。バイト休んだら、金も入ってこんで餓死する。
「良かったやん、折れてへんで。もう喧嘩せんでよ」
診断結果聞いて斎藤が安心したみたいに言うてくるけど、俺から仕掛けたんちゃうし。
俺から仕掛けたんやったら戦闘モード入って、ここまで不甲斐ない負け方せんし。
負けるにしたって、東条も金魚のフンもお岩さんみたいにしたったのに、顔に痣作って絆創膏あちこち貼られて包帯巻いてるん俺だけって…納得いかん。
斎藤の説教に適当に相槌うって、「あっ!」と思い出したように声上げたら、肋に響いた。
マジで折れてへんのか?
「なに?」
「保健室に俺連れて行ったん、あれ誰?」
せや、あいつや。
保健室に連れて行くまで人を曝しもんにして、斎藤に俺預けたら、「約束忘れんでよ」ってほざいたんや。
「え?知り合いやなかったん?秋山があないな状態で連れてこられたから、てっきり知り合いって思ったわ。えっと…誰やったかな?見たことあるようなないような」
曖昧な返事をしながら、考えてる風。
絶対思い出さんわ、コイツ。第一、知り合いやったら、あんな嫌がらせみたいなお姫様抱っこせんって。
「もうええわ、ってか俺帰っていいんやろ?」
「ああ、かまへんよ。家で安静にしときや」
言われんでも、安静にするっちゅーねん。
こないな身体じゃぁ、どないも出来んやんけ。
結局、俺は鉛のように重たなってギスギス音の鳴る身体を、それこそ壊れたロボットみたいに引き摺って病院から出た。
見上げれば、霞んでよく見れんかった空は、美紀ちゃんの言う通り雲一つない青空やった。
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