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第2話

まだ活動真っ盛りの街中を抜け、裏通り。 世の中の汚いもん見たないもん、爪弾きが集まったようなところに俺の塒がある。 その名も永久荘。救いようのないネーミングのそこは、世の中を敵に回した人生が腐った奴らが集まるようなとこ。 俺もその一人。 どこの男とやって出来たんか分からん子が、俺らしい。アホみたいなサイクルで男変えるババアが言うてたので、間違いないやろ。 16で俺を生んで気がついたら育ってたみたいな事抜かすババアは、何十人目かの男と家出たまま戻らん。 かれこれ2ヶ月。今回は長いほう。しかし、あのババア、まったくもって男を見る目あらへん。 なんや形ばっかりチャラチャラした、ろくでなしばっかり見つけよる。たまに俺を殴る奴もおる。やってられへん。 子供は親選ばれへんって言うけど、あれホンマやわ。ババアは身寄りないらしくて好きなように生きてきたらしいけど、それに俺まで巻き込まんでほしいわ。 俺の行ってる学校は形だけでも高卒の肩書き欲しい奴、もしくは高校行けへんのやったら働かなあかんやん。そんなん嫌やし、遊びたいし、学生ライフ満喫したいっていう、ろくでなしの集まるとこ。 やから、こないな派手な喧嘩やて珍しいあらへん。 みんな体力余って、自分が一体どうしたいんか何になりたいんか分からんで、そのイライラをどこにぶつけていいんか分からんから、喧嘩してぶつけ合う感じ。 喧嘩したからって生活指導に呼び出されて、どうのこうのもあらへん。何でかつうと、そんなんしてたら毎日何十人って呼びださなあかんからや。 死なんかったらええねん。学校事態そういう考え。 成績優秀な奴、スポーツに長けてる奴、普通の奴。 それはそれなりに見合った学校があるように、喧嘩ばっかりして、学校卒業したら半分以上は本業就きますって奴らが集まる学校もある。 学校というより、学校という名前名乗った溜まり場。ようこんな学校の教師しよるわって、反対に教師を不憫に思う。 中には、この学校変えたんねん!って今時流行らん熱い教師もおりよったけど、結局、俺以上にボコボコにされて、病院に入院する羽目になった。 さすがにそん時は警察も動いてそれを嗅ぎ付けたマスコミまで学校囲みよったけど、人の噂もなんとやら、あっという間にグラビアアイドルの熱愛報道に押されて、消えてもうた。 そないなもん。 こないな学校卒業やいうだけで就職先は渋い顔しよるって、卒業した先輩が言うてた。 やて、半分以上そっちの世界に入って、新聞の三面飾るような事件起こしよる奴がおるようなとこやで。 同じ穴の狢と見られても、仕方あらへん。そんな気ぃなくても、世間は冷たいもんや。 俺かて辞めたい。はよ働いて家出たい思ったのに、あのババアがそれを許さん。 男は高校くらい出らんなあかんって…。われ中卒やんけ…。 「あ〜うざったい」 グダグダ考えてたら、頭から煙出るわ。ただでさえ、頭ん中に蝶が飛んどるんに…。あちこちの痛みで、頭ん中花畑。 鍵してんのも意味ないような、ガタガタのドアを開けて部屋に入る。もちろん誰もおらん。 朝出たままの部屋。リビングと四畳半の部屋が2つ。家具なんかほぼない、殺風景な部屋。俺は奥にある、年期入ったベッドにダイブした。 湿布のせいか肋もマシになってきたら、今度はあちこち刺す様な痛み。顔も派手に腫れそうや。 「ムカつく」 ボソリと呟いて、ハア……と溜め息。溜め息もつきたなる。このケガが挨拶せんかっただけて…どんだけ高い代償やねん。 ってか挨拶せなあかん義理どこにあんの。 「ハア……」 何度目かの溜め息のあと、あの名無しの男の顔が頭に過った。俺を曝しもんにしたアイツ。 ムカつくくらい顔の整ったアイツは、マジで東条に喧嘩売る気なんやろか?あの瞳は嘘は言ってなかった。 ババアのせいで色んな人間見てきたから、物心付いたときから人の中身見るんが得意になった。 でも、それは結局、誰も信じれんって事で、なかなか連れも出来んっていうこと。 信じて裏切られんのは、正直キツイ。喧嘩してボコられたら、薬塗って寝とけば治る。時間が経てば、痣もなくなる。 でも、裏切られて傷ついた中身はなかなか治らんし、ちょっとした時に思い出されて、嫌な気分になる。 ずっと引きずってまう俺も、そこそこ小心者。こんなん思うなんて、厄日やな、今日。 せやけどアイツ、やたら小綺麗な面構えしとったなぁ。あれやったらすぐにホストになれんで。 甘い言葉なんか吐かんでも、毒気抜かれた女がせっせと通って貢いでくれそうやし。 あんなん3年におったんや。知らんかった。先輩とか、興味ないもんなぁ。でも、頭はゆるそうやったけど。 古びたアパートの窓から、夏の匂いのする風が運び込まれる。 夏はええ。 冬は好かん。 嫌がらせみたいに寒して、身も心も寒なる。人恋いしゅうなる。せやから俺が誰かとおるんは冬限定。彼女は作らん。 構うてやれんし、面倒やし、好きや嫌いはよう分からん。 そん時、気持ちよければいい。 そん時、暖かければいい。 それに、正直女は好かん。 身体は好き。柔らかいし、フワフワやから。 でも、中身が好かん。 嘘と偽りばっかりや。だからセフレ限定。 元々、束縛されんの嫌いやし、自己チューな人間やから、そないに長続きせんいうんもあるけど1人でおる冬は嫌いや。 「なんやアホの東条に殴られすぎて、感傷に浸っとるやんけ。アホか俺」 そんなことしてたらベッドに俺と同じように転がった携帯が、ブブッと振動し始めた。 液晶に映し出される『ハル』という文字。 嗅ぎ付けよった…。 そんなこと思いながら、通話のボタンを押す。 「なん?」 『ギャハハハッ威乃か!?やられたんやてな!?』 死にさらせ。 第一声が爆笑って何なん? 悪友のハルこと、名取 春一(なとり はるいち)の心無い第一声に、俺自身に何で電話に出てんと突っ込む。 「それが言いたかったんか」 ほな、さいならとばかりに通話終了ボタンに手をかけると、アホみたいにデカい声で、切るな!と聞こえた。 お前、普通に耳に携帯つけてたら、鼓膜イカレとったぞ。 『すまん、すまん。ってか平気なんか?何で俺呼ばんねん』 「俺の喧嘩に、お前呼んでどないすんねん」 呼ぶ云々の前に、ガツンとやられて地面とチューや。それに、やられそうや、助けて!なんてカッコ悪て言えるか。 『東条なぁ、かなわん奴やわ。最近どこぞのチーム入ったからって、調子扱いとんねん』 チームって何。暴走族とか?ってか時代錯誤もええとこやろ。今時はやらんで、特攻着に鉄パイプ。あれ?チームって暴走族とはまた別なん? 「何で俺なんやろ。アイツとガチで会うたん、今日初めてやで」 せやねん!今まで名前と評判知ってます〜くらいで、ハルの方が東条と騒ぎなってたのに、無理から理由つけたみたいに今日のこれ。だから余計に油断してた。 でも、あの学校におったら、いつ何時、誰に喧嘩売られるかわからん。背中には気ぃつけろって、ヤーさんやないんやし…。 『お前、こないだ三年の冬柴やったやろ』 ハルの言葉に一瞬誰それって思うたけど、思い出した。冬柴なんとか。下の名前まで知らん。 趣味の悪いメガネかけて、肌のやたら黒い奴。あの眼鏡がイケてるって思うてるんやろな。 めっちゃ似合わんのに。ほんで金髪で、何がいいんか耳にぎょうさん穴開けて、どこぞの民族みたいやったわ。そのアイツが血迷うたんや。 ギラギラした危なっかしい目で、俺に抱きつきよった。ギャッと叫ぶが早いか殴るが早いかで、殴って冬柴がフラついた拍子に回し蹴り。得意技。 多分、奴のお気にの眼鏡も壁に当たって、綺麗にレンズが割れた。その冬柴が何なん? ガチャッと玄関の開く音がして、そっちに目向けた。まさかババアのご帰宅か?と思ったら見慣れた面。 『「アイツ、東条の連れなんやて」』 エコーがかかる。シンクロ。何でこないな近い距離で、電話せなあかんねん。糸電話ちゃうぞ。 当たり前のように入ってきたハルは、制服姿。腰からジャラジャラとチェーン下げて、歩く度に首に鈴付けた猫みたいにチャラチャラいいよる。 耳にも冬柴みたいに、よぉさんピアス。喧しい。 茶色に染め上げた髪の毛を、今風にあちこちぐちゃぐちゃにした、無造作ヘアー。これ好かん。どいつもこいつも後ろ姿一緒で、神経衰弱みたいやから。 それでもアーモンドみたいにつり上がった目と、ちょっとおっきい口がやたらモテよる。小学校の時からの悪友。 「不法侵入や、ハル」 呆れたように通話を切ると、ハルはあほぬかせと言って俺の頭撫でてくる。 「派手にやられたなぁ」 顔を覗き込まれて、感心したみたいに言われる。感心するとこちゃうで。心配するとこ。 「いきなりガツンでダーッやもん」 「やめて、音だけの配列。意味分からん」 だって、まさにそんな感じやし。 ハルはベッドの横に腰をおろすと、片手に引っ提げてきたコンビニの袋をガサガサ漁り始めた。 「連れの冬柴を威乃がやっちゃったから、御礼参りなんやろ…ほれ」 と、コンビニ袋から漁り出されたミネラルウォーターを手渡される。御礼参りって、そんな仲間思いには見えんのに。 「俺、回し蹴りしただけよ」 額にミネラルウォーターを載せると、汗かいてたボトルからツーっと水が伝い落ちてきた。 ボコられすぎて熱出てきたかも。気持ちいい。 「威乃の回し蹴りで冬柴、肋やったんやて」 「ウソ。あらら、そりゃしゃーない。御礼参り納得」 肋やったら痛いんよ。俺は力まんかったけど、冬柴は力んだんや。 通りで蹴りが入った瞬間、冬柴転げたんや。決まった!って俺も思ったもん。 「あ…なあ、ハル、とーか交換って何?」 「はあ?あれか?漫画であったやんけ。何かを得る代わりに同等の対価を与えるって、あれちゃうん?」 何?俺、東条ボコってもらう変わりに、あのイケメンになんか同じもんあげなあかんの? また俺ボコられんの?何で? 言い出したんアイツやし、俺はお願いしますなんて一言も言ってないで。アイツは交渉成立とか言うてたけど。 ってかアイツじゃ東条は……。無理無理無理。アイツは肋折られるな。 喧嘩慣れしとるように、見えんかったし。 アディオス、イケメン。 俺は一人ごちして、心の中でイケメンに合掌した。 あの小綺麗な顔も、絆創膏だらけになるんか。それを想像するとちょっと申し訳なく思うし、残念に思う。 「なんやねん、等価交換がなんや」 「何もあらへん。俺寝る。熱出てきた。東条の呪いや。今日は厄日やねん」 タオルケットにぐるんとくるまって目を閉じると、よー寝よしとハルが背中を撫でた。 ハル、泊まるんやな。 俺が熱出したり、ケガして寝込んだりしたら、ハルは絶対横におる。 暇やろうに。 俺も寝てもうて何もする事もないのに、絶対にこんな時に一人にせん。いつもなら追い出す。隣に人おったら寝られへんから。 ババアもろくにおらん家でずっと過ごしてきたから、一人でしか寝られん。でも、熱ある今は別。 正直、弱ってる時は心細い…。それを知ってるハルは、何も言わずに傍におる。 ほんま、気の利く奴や。 そんな事を思いながら、ゆっくり夢の中に落ちていった。

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