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第3話

カい塊。ハルがフカフカのクッション下敷きにして、ぐーぐー寝てた。 コイツ、マジで面倒見いい。 初めて知り合った時はいけすかん奴やと思いっくそ喧嘩売って、思いっくそ流血戦。強さ互角。 周りが止めるまでやり続けて、今以上にボロボロなったん憶えてる。 腕に自信あったから、勝てる思ってた。体格の差なんかで怯んだ事無かった。 だから勝てるって。 負けるって思いながらする喧嘩なんか、やる前に勝敗決まっとる。でも、それはハルも同じで、勝てるって思ってたはず。 それに、華奢な俺の力を見くびってた。 ボロボロになった次の日、学校で初めに声をかけてきたのはハル。『威乃って変わった名前やねんな』って。 俺は思わず笑った。 そっから親友悪友。 「クッションへたるやんけ、あほたれ」 ちょんと、人差し指で自慢の無造作ヘアーをつつくと、ピクリとして寝返り。笑える。 "連れ"って大事。 死ぬほど大事。 やるだけの、その場だけの女なんか比べもんにならん。家族なんて、物心ついた時から知らん。 自由奔放、人生楽しむために生きてるおかん。 別に構わん。一度きりの人生、自分のしたい様にしたらええ。 チビんときはさすがにツラいとか淋しいとか思ったけど、今はそないな事思わん。 一回思ってもうたら、ググッと塊なって伸し掛かってきて潰されて終わるから、絶対思わん。 何かあって飛んできてくれんのも、心配してくれんのも、話聞いてくれんのも、全部連れ。 人付き合いの嫌いな俺に唯一付いてこれる、数少ない連れ。 トモダチ。 やっぱり東条のアホにやられて、傷心みたい。こんなん考える自分が情けななって、バフッてタオルケット被る。 ぎゅーっと目瞑ってしまえば、いつの間にか眠りについてた。 朝、先に目ぇ覚めたのはハルやった。みの虫みたいにタオルケットに丸まった俺を揺すって、起きぃて叩き起こした。 起こしてくれ言うてないのに…。 朝に弱い俺はズルズルとベットから這い出て、シャワーを浴びるべくバスルームへ向かう。これが日課。 朝シャワー浴びな目醒めんくて、1日ボーってしてる。 で、一気に目ぇ醒めた。 シャワー浴びたからとかやない。洗面台の鏡に映った自分の顔。 誰なんこれ。 目の下にボクサーみたいに青い痣作って、口元も切れて赤黒い。 喧嘩はこなしてきたけど、その分技術も獲得して強い方やったから顔をこない派手にやったんはなかった。 これじゃホラーやん。 恐る恐るTシャツ脱いで腹を見る。 「絶対腐っとる」 思わず呟いた。 腹はどす黒く、腐った果物みたいな色。触ったらズルッと皮剥けそう。 「キモ…」 倒れた時に肩打ったんか、肩とかにも痣。 こんなん何年ぶり?どこまで容赦ないねん、東条。 とりあえずバスルームに飛び込んで、温めのシャワー浴びる。 今日学校ダルい。 そんなん思いながらシャワー浴びて出たら、ハルがタバコ銜えながら朝飯作ってた。何にしてもマメな奴や。 「ハル、灰が落ちる」 フライパンで何か炒めとるけど、フライパンと菜箸で両手は塞がっとる。 なんに何でタバコ銜えよるん、お前は。灰はどないすんねん。 タバコ銜えたままこっち向いて、「ヤバい、取ってくれ」って…。 俺は呆れてハルからタバコ取り上げて、流しに捨てた。 「あー!もったいない!」 恨めしそうにこっち見てくるけど、知らんがな。 「吸うたらええやんけ」 ハルがガシガシ拭く俺の頭をペチンと叩くが、俺はシカト。 そんな俺を見て、ハルがニヤリと笑った感じがした。 「何やねん」 「いや、お前相変わらずタバコ吸わんなぁ…そないに身長デカなりたいか?」 痛いとこつきよる。 コンプレックスの女顔の上に、身長も170センチをようやく超えたばっかり。 中学からタバコ吸いよるハルはニコチンの影響もなく、日本男児の平均身長を越え174cm。こない理不尽な話あらへん。 あの名無しも、ハルくらいあるかもしらん。 「ええやん、威乃は小さい方が可愛いやんけ」 黙ってなんも言わん俺に、慰めの言葉。慰めにもならへん。男に可愛いって、どういう了見やねんな。 不服そうにする俺の頭撫でて、出来上がった飯を皿に装う。 俺も、背ぇ高いイケメンに産まれたかったちゅーねん。 納得いかんまま、座卓に並べられた朝飯のチャーハンの前にドカッと腰を下ろした。 せっかく作ってくれたハルのチャーハンは、あまり味がせんかった。 ハルが料理下手とかやのうて、昨日口ん中やられて物噛むたびにズキズキ痛んで鉄臭い味。 体は痛い、腹は腐ってる、飯は不味なる。どんだけやられてんねん、俺。 味覚のなくなった口に飯押し込んで、俺とハルは家を出た。 昨日の今日で行く気はせんかったけど、ここで行かんかったら負け犬みたいやん。それは嫌やった。 家出たら、いかにもそっちの人間がウヨウヨしとった。夜にしか生きれん人間。朝日が昇ったから、寝床に戻るんや。 ヘルスから出てきて、身も心もやつれ切っとる女。上等なスーツ着て舎弟連れとんのに、どっか生気のない男。 みんな結局、自分の居場所がわからんのや。 そんな奴ら横目で見ながら、自分もこうなっていくんかなと漠然と思った。 学校着いて、教室入ったら俺の無惨な顔に視線が集まる。 東条と遂にやったんやてって、あちこち声がする。もうみんな知ってた。だから何やねん。 「あ!威乃!大丈夫かお前」 ハルと一緒につるんでる沢木 彰信が、慌てた様子で駆け寄ってきた。いっつも慌ただしい。落ち着くって言葉知らんのか。 彰信は金髪のウルフカットで、見た目は垂れ目の子犬みたいな奴。見た目も落ち着きの無さも、母性本能くすぐるって感じらしい。 それに加え、彰信は誰からも好まれる性格の持ち主。優しさとマメさを兼ね揃えてる男。 俺とは正反対やな。 優しさの欠片もないと言われること多々。だって女なんか優しいしたら、つけあがるやんけ。 俺と違い、彰信は世間渡りもうまい。長いもんには素直に巻かれよる。 それを弱いとも思わんし、情けないとも思わん。こいつなりに見つけた生き方や。 誰彼かまわず牙剥いて、闘争心剥き出しで生きるんは正直しんどい。 それでも長いもんには巻かれんと戦えって、俺の中の何かがいつも言う。 これは意地かプライドか。 「でも、何でいきなり威乃狙ったんやろな」 彰信は不思議そうに首を傾げる。昨日の俺もせやったよ。不思議で不思議で。でも原因判ってん。 それは俺が冬柴の肋ヤったから。判ってるけどあえて言わん。言うたら絶対、何で冬柴とヤったんって聞かれるやん。 それを言うんか?ギューッてされてんて。 キモいわ。 言えるかいな。 恥やで。 ギューッやで。 思い出しただけで、オエッてなるわ。 「せやけど、東条ボコボコにやったんやろ」 彰信の言葉に、俺はハァ〜と溜め息を漏らした。 ちゃうねん、いきなりガツンで地面にチューや。一発も殴ってへん。 「でも、威乃やりすぎやで。東条を病院送りするって」 「はあ?」 彰信の言うてる意味が解らんで、俺は間の抜けた言葉吐いた。 ハルは、お前やられた言うたんちゃうんかみたいな顔して、俺を見よる。 やられたよ。俺、やり返せんかったもん。 戦闘モード入らな喧嘩出来ひんの、ハルがよー知ってるやん。 俺ちゃうで。俺……。 「名無しのごんべか!!」 俺の頭に瞬時に浮かんだ色男。忘れへん。 俺に情け掛けた、お姫様抱っこの名無し。 あいつ、まさかマジで?いや、あいつには無理や。 絶対やれん。 頭弱いし。 じゃあ誰や? 「名無しのごんべって何やねん、お前。とち狂ったか」 百面相する俺の顔を、顰めっ面で見るハルと彰信。 でも、名無しのごんべの話したら、お姫様抱っこもバレてまう。人生ん中で一番の汚点の、あれを! 「彰信、それ俺ちゃうし」 「え?だって東条とやったん威乃やろ?」 だって、俺ちゃうもん。保健室から病院直行して、そんな余裕なかったし。 俺の納得いかん顔と、彰信とハルのもっと納得いかん顔。 なんか居心地悪なって、授業フケるって言うて教室出た。 何で東条病院やねん。誰がそんな事やってん。あいつには無理や。やて、あいつにそんなん出来るわけあらへん。 図体デカい、ヤサ男にしか見えんかった。 ぐるぐる考えてたら、ズキンと肋が痛んだ。昨日ボコられた場所に戻るからかもしらん。身体が覚えとるんやろ。 暗い階段あがって、鉄の扉開ける。やっぱりギィーって情けない音鳴らしながら、扉は開いた。 今日は美紀ちゃんのお天気聞くん忘れたけど、空を見た限り快晴みたいや。雲一つない事はないけど、凄い青い空が広がってた。 「俺の腹とは、ちゃう色やな」 腐ったくだもんみたいに、どす黒く変色した腹。俺自身が、どす黒い人間かもしらん。 センチメッてまうんも、この青空のせいやなんて思うて、昨日チューした汚い地面にゴロンと寝転がった。 「サボり?」 ガサッという音と共に、聞き覚えのある声。 声のする方を見たら、逆光で見えんけど解る。アイツや。 相変わらずの、ボサボサの髪の毛。 「お前…」 あまりに急な再会で、うまいこと声が出ん。 そいつは俺の横にかかんで、ポケットから取り出した煙草銜えて火を点けた。 ジッポのカチンって音が、無言の俺等の間に響く。昨日見て解ってたけど、改めて近くで見たら、やっぱりヤバいくらいの男前。 イケメン君や。 「なに?俺の顔、なんか変?」 名無し改め、イケメン君。オマエの顔が変な訳あらへんやん。 イケメン君と呼ぶのは癪やけど、切れ長の鋭い瞳で横目で見られたらドキッとする。 「お前、何もんやねん」 見た目、顔に傷一つない。でも確信した。 東条病院送ったんこいつや。 目が、こいつの目はヤサ男の目やない。牙隠した猛獣や。 俺の言葉にイケメン君は空を仰いで煙を吐き出した。紫煙が風に乗って散っていくんがわかる。 「シカトか。気ぃ悪いな、おのれ」 何言われても、無表情で煙草を燻らす。 ムカつく。 何や、勝ち誇った顔がイライラする。勝ち誇ってないかもしらんけど、何かそう見えるのは俺の偏見か。 「敵とったったやろ。約束したやん、敵とったるって。それに対して何もないん?」 って、よくもまぁいけしゃーしゃーと抜かしよるわ。頼んでへんやんけ!あまりにムカついて、ギリッて奥歯噛みしめた。 それに気ぃついたんか、イケメンが俺の顔を覗き込む。ドアップに耐えれる顔って、初めてや。 「歯、噛みしめんなよ。顎、昨日やられてるからツラいやろ。目の下も青いし、口の横切れてる」 サラリと気遣いおおきに。 ちゃうって!何なんコイツ。マジで東条ヤったんか!? 目は鋭い。ちょっとした瞬間にコイツの中の猛獣が牙剥くみたいに、ギラリと光りよる。 でも普通ん時は、ただの喧嘩も出来ん様なイケメン君や。なぁ、お前の本性どっちやねん。 「ええ天気やな〜」 ポツリと呟いた言葉がこれ。返す言葉ない。縁側で、茶ぁ飲んでる爺やないぞ。 マイペースなんか何なんか、調子狂う。何言われても、気にしませんって感じ。 「お前、名前なんやねん」 名無しの権兵衛でもない、イケメン君でもない、お前の名前なんやねん。 「知りたい?」 横目で人をチラリと見る。あかん、完璧コイツのペースや。どんだけマイペースやねん。俺ばっかりイライラして、なんやアホくさなってきた。 「いらんわ。権兵衛でええ」 溜息と一緒に言葉吐き出す。 別に知りたない。ノータリンやし、マイペースやし、訳わからんし。 大体、東条ヤってんから、これから山ほど御礼参りがお前には待っとる。 東条を崇拝しとる奴なんか一人もおらんやろけど、“御礼参り”っていう喧嘩出来る大義名分が出来た奴らは、ここぞとばかりに暴れよる。 そないなもんに、巻き込まれとーない。でも、ノータリンのコイツが「秋山に頼まれた」とかほざいたら、火の粉は一気にこっち向く。 「権兵衛って何やねん。俺は龍大、風間 龍大(かざま りゅうだい)」 もうええって言うたのに、遠く見ながら俺に言う訳でもなく名前を名乗る。 風間龍大、かざまりゅうだい……。 最近のイケメンは、名前まで男前か。いや、でもコイツがマジで権兵衛とかやったら、改名薦めるわ。 でも俺が龍大って名前やったら、名前負けしそうな名前やな。コイツはムカつくけど、ぴったりって感じやんけ。 名無し改め、イケメン君改め、風間龍大。

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