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第19話

「で…飯がなんの関係が…」 そう、俺は飯作るん上手いなぁって言うてんで。それの答えが養成学校?? いや、意味分からんしな。これ会話成り立ってる?俺がアホなん?お前が話下手なん? いや、俺、アホやからもう少し解り易く話してくれへん? 「飯は下っ端が作らなあかんねん。新人の仕事。マズかったら袋にされる」 あ、だから飯作るん上手なったん? なんか年少みたいやな。あっこも給仕係あるって聞いたなぁ…。 「だからか」 「関東の仁流会鬼塚組って知ってるか?」 「あぁ、名前くらいは…。いつやった?最近、組長死んだんやろ」 関西で任侠の世界を牛耳ってんのが風間組なら、関東では鬼塚組。それくらいなら、誰でも知ってる。ヤクザのニュースには、絶対に出てくる名前や。 その鬼塚組の組長が病気で急死したんもニュースで大々的にやってた。 関東の均衡が崩れてまうかもしてんって。葬儀がえらい状態で警察の警備もあって、物々しい雰囲気やった。 それをハルとTVで観ながら、リアル極道と言っていたのはそんな前の話やない。 「今は鬼塚心って奴が組長。鬼塚組はうちの直参や。仁流会会長が風間組で、会長補佐が鬼塚組」 いや、ちょっと…段々話についてかれへん。 あんた、さっきから何をサラサラ言うてんの。物騒極まりない。Vシネの中の話みたいやで? 大体、関東の鬼塚組の事かて俺はTVで知ってる位で、連れの話するみたいにする話とちゃうんやないの?直参なんて初めて知ったわ。幾ら何でも、そこまで詳しない。 「まぁ、そいつも鬼塚組継ぐために、俺と同じ時期に修行に来ててんけどな、そいつが一番キレたら半端ないねん。たかだか1ヶ月先に放り込まれただけでも、上下関係はきっちりある。それが任侠やけど、アイツのは度を超してた。俺は上下関係の厳しさ、アイツから学んだ」 「お前が半端ないの?」 オマエが半端無いってどんなん?それ人間?って思わず聞きたなる。 東条を病院送りにして、その敵討ち来た奴らをボコって、俺に因縁つけてきた奴を余裕でボコって。 無敵なん?って思ったオマエ以上の人間って、一体なんやねんな。 「心は俺が来る前の1ヶ月間、俺は飯作れんで開き直っててん。まぁ、そんなもん理由にもならんから勿論、アニキ連中に毎日袋にされてたのに、呻き声一つ上げんで顔色一つ変えんかったって。梶原も、さすがに鳥肌たったって」 な、なんやそいつ。化けもんか。 アニキ連中って事はヤクザやろ?そんな奴ら、俺等が袋にするんと全然ちゃうんやろ?声も上げんと、顔色も変えんって…。 俺は見た事も無い鬼塚心に身震いした。全身傷だらけの、パンチパーマの筋肉隆々のおっさん…。 もしかしたら、サイボーグの可能性あり。 「俺もアニキ連中に殴られ蹴られても平気やったけど、心は避けたい思ったからな。その心が飯の味に一番うるさかったから、自然に美味いもん作れる様なった」 風間をここまで言わす鬼塚心って、どんな奴やねん。ってかオマエの味は鬼塚心の味か。 何か複雑。いや、待って。オマエもアニキ連中に袋にされても平気なん?何かもう…世界が全然ちゃう…。 「なぁ、なんでそんなん話すん。お前知りたくないや、知ったらどーのこーの言うてたやん」 そうやん。何で? オマエは何かあったら、色々知ったらもっと知りたなるとか言うて俺の事聞かんかった挙げ句、全然、自分の事も話さんかったくせに。それを何で急に話出してんねん。 「これから威乃のおかん探すのんに、威乃の事、色々調べたり聞いたりするから」 フェアやない言いたいんか。どこまでも律儀な男やわ。 「やっぱり…お前変わってる」 「そうか」 変わってるやん。何で逢うて間ぁない俺のために、そこまでしてくれるん。 オヤジさんの兵隊使って、何の報酬も得もない俺のおかん探して。 「あ……」 「なに?」 「いや、何もない」 思わずハルに聞いた、風間が人殺したんはほんまか聞きかけた。 でも何やそこまで聞いたらあかん気がして、ただ黙った。 「何や、言えや」 そりゃ言い掛けた言葉飲まれたら、風間も気ぃ悪いわな。俺ならキレる。 風間も何やねんみたいな顔して、不機嫌オーラ出しかけてた。 「あ…いや、その鬼塚?は…背中に入ってんのかなーって?」 もう、こんなどーでもいい話しか浮かばんし。ボキャブラリー貧困な俺。 「心?入ってへん。アイツ変わってるから、ヤクザやからこう、男やからこうっていうんが嫌いやねん。前に話したやろ?」 いや、それはただのワガママの延長ちゃうの。いよいよ分からんわ、鬼塚って奴。 サイボーグはないとしても見てくれから、THEヤクザみたいなおっさんなんやろなぁ…。 あれ?おっさんも養成所入らなあかんの? 「ヤクザの世界って、何か変な奴多いな」 お前を筆頭に。とはあえて言わんかった。 風間は“そうでもない”とは言うたけど、変わっとるよ、お前。 結局、風間が片付けしてる間に、俺は一人で檜風呂に入った。昨日みたいに乱入してくるんか思ったら、そんなんもなく、ちょっと拍子抜け。 色々と風間も間違いに気ぃ付いたんか思った。 風間が交代で風呂入ってる間に、携帯を取り出す。相変わらずめちゃくちゃな着信履歴とメッセージ。 もう限界かと、着信履歴から見慣れた番号をダイヤルした。無機質な機械音から、すぐに相手の声。 『…威乃か?』 「あ…ハル?」 『シネ』 プツリ、電話が切られる。ハルの怒り頂点。 確かに俺かて同じ事されたらキレるわ。いや、死ねって言いたくて鬼電してきてたんか? 見たこともない新着メッセージ数。とりあえず中身見てみた。 彰信からの『連絡してよ〜ハルこええし』と泣き顔絵文字。次のハルからのメッセージを見ると、件名本文共に真っ白。 いくら無料いうても、もう少し有意義に使おうや。でも何も言うことないくらい、ハルはキレてるんやろうなぁ〜。 「あかん…マジで殺されるわ」 徐にリダイヤルボタンに手をかけた。無機質なコール音は二回で終わった。 「ハル?」 『どちらさんや』 どちらさんと来たか! 「俺…」 『俺?何やオレオレ詐欺か?悪いけど、俺そないな金ないわ』 どちらさんの次はオレオレ詐欺。そうきたか…。 「秋山威乃です…。すんませんでした」 こないなったら貝みたいなって、意固地になって死んでも話せんてわかってる。 長年付き合ってきてハルの性格は誰よりもわかってる。 それに悪いんは100%…200%俺や。素直に謝らな…。 『何がや』 「いや…だから」 『謝っときゃええ思ってんか』 誰もそんなん言うてへんし。どんだけ捻くれてんねん。 「ちゃう…。ずっと連絡せんかったから…ごめん」 『家にも行った』 「ごめん」 『バイト先も覗いた』 「ごめん」 『ずっと電話とメールや』 「ごめん」 あかん…罪状言われてる罪人みたいや。居た堪れへん。 『どこおんねん』 ハルの声に思わず詰まる。 何て言えばええんやろ?風間のとこって言わなあかん?嘘はイヤやけど…言うたらハルはなんて言うやろ。 『威乃?』 「…うん」 背後でガチャッと音がして、風間が鍛えられた半身晒して部屋に入ってきた。 携帯で話す俺を見て、眉間に皺寄せる。明らかにおもんない顔。何で? 『お前の家の前で待っとったら、刑事来た』 「え?」 『刑事いうたけど、何やホストみたいな奴』 「篠田…さんか」 『そうやそう。何やマジでポリか』 「せや、悪さすんなよ。ポリやし。あ〜でもあの人、何か変な人やねん」 『ふ〜ん、で、お前は風間とおるんか』 「うん、え!?」 あなたはエスパーですか?聞きたなる。俺、そんなに脳内オープンしとる? 『連れのおらんオマエに、他にどこ行くあてがあんねん』 いや、失礼な。友達少ない可哀想な子みたいな言い方すんなや…確かに正解やけど。 ソファーの上に体育座りして、足の指ジッと見る。 「女かもよ?」 『阿呆が、殺されたいんか。マシな嘘つけ』 一蹴すんなよ。 「わかったわ、認めるし」 『風間に近寄んな言うたやろ』 近寄ったんやない。アイツから来たんやし…あれ?俺からかなぁ…。 チラッと風間が居る方向に目向けたら、冷蔵庫からビール取り出して、グイグイ飲んでた。 あ〜めちゃくちゃ男前。やのにゲイ。世の中の女が泣くぞ。ってか風間組が泣くぞ。 『聞いてんか!?』 「あっ!うん…」 耳、キーンッて耳鳴りした。怒鳴るなよ…。 俯いて足の指弄ってたら、視界が暗なった。ふと顔を上げたら風間の顔があって、“あっ”とか“うっ”とか言う前に口塞がれて、温い麦芽が喉に流れる。 いやいや、どうせならキンキンに冷えたんくれや。 「とりあえず…俺大丈夫やし。また話するから」 一方的にたたみかけて、ハルが何か言うてるんもシカトして電話切った。 ついでに携帯の電源も落として、涼しい顔でテレビの前でふんぞり返ってる風間の元に歩み寄る。 「お前なぁ!」 「何や…終わったんか」 「気に入らん顔しとったやんけ」 「いや、いつも一緒の人やろ?女とかなら別やけど」 「女やったらどないやねん」 「通話切らさんと威乃のこと犯してた」 絶句。テレビから、笑い芸人が旬なネタを披露して客を笑かす声がする。でも俺は笑われへん。 目の前で無表情のままテレビを眺めてる男の顔を、青くなった顔で見つめた。 そんで電話の相手が女やのうて良かったと、心底安堵した。だってコイツならやりかねんと思ったんや。いや、やる。1億パーやる。 ありがたいことに、そこまで俺に執着してくれとるんや。 「お前…やっぱり変やわ」 「そうか?」 変……。変すぎて、俺まで変が感染しそうで怖なる。 それを誤魔化すように風間の横に置かれてるビールの缶を横取りして、グビグビ飲んだ。 麦芽の苦味が喉に染みた。

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