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第20話
「ああ、威乃、明日は梶原とこ行くから」
「え…」
「威乃のお母さんと関係ありそうな男の情報、何人か仕入れたらしいわ」
さすが風間組。早い。
こういう時、権力とか地位とか羨ましい。何しか便利や。風間組なら愛犬おらんくなっても1日で探し出せそうや…。頼めたらの話。
「それ…俺が言うてた奴かなぁ」
「さぁ知らん。俺はそいつ見たわけやないし。ただ梶原が集めた情報やから、確かなんは保証する」
「すごい人なんやなぁ…」
風間がここまで言うんやから、すごい人なんやろう。てか一回しか会うたことない俺のおかん探しに、風間組の幹部が動いてるんが幾分怖い。
何か踏み入れたらあかん領域に、踏み入れてもうた感じ。
「まぁ、それが仕事やから、あの人」
人探しが…?そんな訳ないか。
「あの人、親父さんの秘書か?補佐やなんや言うてたやん」
「秘書は別におる」
ヤクザに秘書って変な感じ。秘書って、社長室で犯されるAVもんの秘書しか知らん。俺の程度の低い知識やな。
「何や、よーわからんなぁ、ヤクザの世界て」
「単純や、一番偉い奴から順や。年功序列よりも拳勝負や。秘書取らへんのん、心くらいやないか」
「出た、鬼塚心」
俺の言葉に風間の片眉が器用にあがる。だって、お前なんかあったら“心”やもん。
崇拝か…。もしくは、初恋か…。オッサンも恋愛対象とは…。
俺は会うたことも見たこともない鬼塚心を想像して、プッと笑った。
「何やねんな、威乃が聞いてきたんやろ」
俺が急に笑ったもんやから、風間の小さい小さい器はすぐに崩壊して、いかにも気に入らん顔しはる。
オマエはほんまに我慢知らんなぁ。そないな事で風間組継げるんか。
「ごめんごめん、あんまりにも心、心言うから…。で、鬼塚心は秘書おらんのか」
「秘書みたいな人はおる。あの組は謎や」
何が謎やねん。俺からしたらオマエが一番謎やし。
今だに突っ立ったまんまの俺の手をグイッと引っ張り、無理矢理自分の膝の上に座らす。俺、この家のソファにまともに座ったん、数回しかない。
それに、お前は俺の年上としてのプライドとか羞恥心とか、全て済し崩しにする天才か。
「何で膝の上に座らなあかんねんっ」
「…喰うで」
文句言うた俺が無言なる。
喰うでって何を?飯を?そんな訳ないわなぁ…と、仕方なく大人しする。
「心の右腕言われてる人。会うたことないけど、心に意見する唯一の人やって聞いた。親父が風間に欲しい言う位やから、相当のキレもんや思う。ほんまはこっち側やない人間になるはずやったみたいやけど」
後ろから腹に手回されて、耳元でボソボソ低いええ声が鼓膜に響く。
耳の後ろは誰でも弱いって。何や、ゾクッとするわ。ってかオマエは何もかもが甘いねん!
「なんやこっち側やないて」
「弁護士やて聞いた」
「はぁ?なんじゃそりゃ」
世も末か、弁護士もこの不況の世の中、仕事に困ってるんか。
小さい脳みそ使って色々と考えてる俺の耳朶を、風間がカプリと甘噛みして、”ひゃっ”っておかしな声が出た。何か呆れる位、オマエは甘いわ。
「オマエ…彼女おらへんの」
ってか女は恋愛対象外なんですか?本当に。
「やっぱり犯されたいんか」
風間のデッカい手が服ん中潜り込んできて、大袈裟なくらい身体が跳ねた。
打ち上げられた魚並みやで。
「ちゃう!訂正する!今まで女居たことないんか!」
バタバタ抵抗しながら叫んだ言葉に、風間が止まる。
お前の地雷あちこちにありすぎて、俺は生きた心地せん…。地雷除去装置が欲しい。
「ある…だからなんや」
「なんや…あるんか」
あれ?何やろ。ツキンって胸んとこが痛くなった。
あれ?何で喉の奥に何か引っ掛かった感じするんやろ。
「なんや」
「え?あ、だって…だって詳しすぎやろ…色々と…」
濁した言葉に、風間は分かりませんと言わんばかりの顔してきた。
いや、気ぃ付けよ。お前は皆まで俺に言わせて、恥かかせたいんか。
俺は自慢やないけど知らんかったし。け、け、ケツが……あないなんなるて…。
「何や、威乃、顔赤い」
「アホか!暑いねん!どんだけくっつかなあかんねん!お前と!」
「あぁ…」
「はぁ?」
「詳しすぎってそれか」
え?今のどこでそれに気ぃついたん?お前、やっぱり謎やわ。
「詳しすぎて、他でやってるとか思たんか?」
「思うても考えてもない。別に他でやってても、俺は一向に構わん。俺かて女くらいおるし」
言い切った後、何故かチクリと胸に針刺さったみたいな気して、胸を撫でた。
何も刺さってない。さっきから何やねん。気のせいかと一人ゴチしてたら、身体が浮いた。
あ、俺、空飛べるねん。て、そんな訳あるかー!!
「何や!!!降ろせ風間!」
米俵担ぐみたいに風間に担がれて、俺の思考は大パニック。
お前の行動はいつも急でムチャクチャ。
「今のはムカついた」
「…は?」
「もうええわ」
風間は低い声でそう言うと、寝室の部屋のドアを開けた。
寝室のキングサイズのベッドに、それこそ乱暴に投げられ、俺はトランポリンの上で自由奪われたみたいなマヌケさを披露する。
高級なベッドはスプリングも高級で頑丈。そんなん呑気に思ってる場合じゃないと、身体を何とか起こして起き上がる。
「…か、風間」
暗い部屋に目が馴れへんけど、俺の上に跨る風間と目が合うた。鋭い光が走った野獣の目。
どうやら俺は、ここ最近で一番デカい地雷を見事に踏んだらしい…。
近付く風間を制するみたいに伸ばした両手を、頭の上で片手で纏められて倒された。
一応これでも秋山威乃はキレたらヤバいとか、ハルの次に強いんは秋山とか言われとってんで。喧嘩かてガンガンやってきたのに……。
その自慢の拳は年下の男が片手で纏めて、俺は身動き取られへん。プライドも自信も、何もかんもガラガラ音立てて崩れてくる。
「離さんかいっ!」
言うてみたものの…離してくれる訳がない。
それでもまだ、残された微かなプライドの為に暴れる俺に、風間は苛立つみたいに舌打ちした。
一瞬、怖かった。風間が風間やないみたい。こんな風間は…嫌や…。
「風間!!風間!!マジで待て!!」
暴れて足バタつかせても、風間が俺の上に跨ってるから何の効果もない。
「風間!!」
何も返事がない。腹の底から黒いもんが上がってきそうで、心臓がドンドンいうてる。
捕らわれた腕はそのままで、暗闇に馴れた目が近づいて来る風間を捕らえた。
キスされる思うて”嫌や!”と顔を逸らすと、剥き出しの首に風間が噛み付いた。
ヒュッて息の流れる音が一瞬して、そっから息が出来んくて噛みつかれてるとこが焼けるみたいに熱くて、噛み切られるかもって本気で思った。
「あ、あっ!」
痛みで勝手に声が上がって、風間の牙が首から外れた。
何があったんかされたんか整理できんまま、乱暴に唇奪われて舌絡められる。
クチュクチュ、独特な音色鳴らしながらも神経は全部首。血がドクトク流れてそうな、そんな錯覚。
肉食獣に喉笛噛み切られるトムソンガゼルは、こんな気分なんかな。
唇離されて霞む視界に風間見ても、いつもの風間やのうて知らん顔で、何故か視界が一気に歪んだ。
グニャグニャって歪んでポロポロと目から何か零れて、それに気ぃついたんか風間の身体がビクッと跳ねた。纏められた手は離されて、俺の上で牙剥いた野獣は弾けたみたいに飛び退いた。
「…ゴメン」
聞こえるか聞こえへんかの声でそう言って寝室から出て行こうとするから、今度は俺が慌てた。
今出て行かれたら、もう風間は俺に知ってる顔を見せんくなると思った。泣いてるんは俺やけど、傷ついてるんは風間や……。
「り…龍大!!!!」
呼んで、呼ばれた野獣は驚いた顔してた。龍大…ええ名前やん。
逃げようとした手を掴んで、ベッドに呼び戻す。龍大は大人しゅう呼ばれて、俺を抱き締めた。
やっぱりコイツの腕んなか安心する。
「…イタて泣いたんやない」
「…うん」
「お前、全然知らん顔やねんもん」
「うん」
「あんなん…嫌や」
「…うん」
耳に軽いキスされて、また、野獣はゴメンと言った。
「うっわ…」
翌日の朝、洗面所であらぬ光景に声を上げた。
腹の次は首や。腐ったとかやなくて、歯形取ったんかいうくらい綺麗に真っ赤な歯の痕。血が滲んでるあたりが笑えん。
あれから耳にタコが出来るほど”ごめん”を繰り返されて、それを子守唄代わりに眠った。
「ほんまに噛み切る気やったんやないやろな…」
呟いて、顔洗おうと手出してまた固まる。手首に痣…。一瞬分からんかったけど、すぐ思い出す。
「何のプレイやねん」
拘束プレイいうん?あほか、そんな趣味ないし。仮に女に”縛って”言われたら、こっちがドン引きや。男は繊細やねん。
リビングに行くと、味噌汁の香り。これが普通の家庭の朝なんかな…。作ってるんが龍大なんが微妙やけど。
「なぁ、朝から梶原さんとこ行くん?」
カウンターキッチンから覗き見ると、野菜蒸してる龍大が“おはよ”って軽いキス。
ちゃうちゃう、質問に答えろ…。何や、この甘い新婚みたいなん。勘弁して。
「飯食うてゆっくりしたら行こう」
そう言うて、また料理し出すけど…お前今日学校なん忘れてへん?まあ、この際どうでもええけど…。
結局、朝飯ゆっくり食うて、ほんまにまったりしてから家出た。
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