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第34話

シャワーを浴びてスッキリした頃、ハルも一服して目覚めた顔をしていた。 眠気覚ましってほんまなんかなぁ。 「小沢さんは?」 「部屋行ってんけど、もうおらんかってん。組に先に行ったんかもな」 「そうなんかなぁ。まぁ、一人で行ってくれたほうがありがたいよなぁ」 そんなことを話していると、部屋をノックする音。俺は来た来たとドアを開けた。 「お、起きとったか」 「どこ行ってましたん」 「買い出し」 見れば両手に紙袋。覗けばサンドイッチやら、おにぎりやらが詰め込まれている。 「念のため、部屋から出らんように」 ホレッと重たい紙袋を渡される。ってか買いすぎ。こんな食えるかよ。 俺はテーブルに小沢さんから貰った袋を置いて、中を物色する。パンパンの袋の中、あまりの品数に苦笑い。何これ、店のもん全種類買うてきたん? 「スキン、連絡取れたんですか?」 ハルよ、スキンはやめろ。スキンは。 「何か誰とも連絡つかんのんよなぁ。やっぱし組に行くかなぁ」 「え、組って組?」 思わず声が漏れた。 組はぶっちゃけ遠慮したい。ここまで来といてあれやけど、でも、組は無理。 「とりあえず、留守録は入れたから、連絡待ってかな」 小沢さんは言いながら、袋から取り出したサンドイッチをつまみ出した。 「ほれ、食え。食えるときに食うとかな」 ハルも座ってたベッドの上から下りて、テーブルの袋を漁り出す。そん中から食料とは関係ないもんを見つけて、お!っと声を上げた。 あー、それね。俺も思ったよ。気前ええなぁって。 「いやいや、これはこれは」 ハルはニヒヒと笑って、ワンカートンを大事そうに仕舞う。何か、言い方が悪代官みたいよ?ってか、それは食い物じゃないよ。 それよりも、あんた高校生やから。まぁ…言うだけ無駄やけど。 それから無駄に時間が流れた。何の連絡もなく暇だなとベッドに転がり、窓から見える空を見上げた。 低い、黒い…汚れた空。いつまでも、自分の上の空は暗く汚いような気がする。 あの塒の上の空と、ここの空は繋がってて、世界の楽園と呼ばれる南国とかとも繋がってて…。 やのに俺の上はいつも暗く汚い。そんな気がするのは気のせいなんやろうか。 そんなネガティブ的な物思いに耽ってると、テーブルに投げられてた小沢さんの携帯が光るんが見えた。 起き上がり見回せば肝心の小沢さんはソファで爆睡。おいおい、ちょっとは緊張感を持って欲しいんですけど? 俺がごそごそ動き出したのに気が付いたハルが、転がってたベッドからムクッと起き上がる。 「あ、ハル。電話」 「おお。小沢さん?電話」 ハルがベッドから降りて小沢さんの傍まで行くと、完全爆睡の小沢さんの身体を揺らして携帯を渡した。 「…あ?ああ…はい、小沢」 寝ぼけたまんまで携帯に出て、手探りでテーブルに投げてた煙草を探しだし一本銜える。 眉間に寄る皺と、開かんまんまの目。寝起きはよろしくないんやなと、ぼんやりそれを見てた。 「え!?」 その眠気眼の小沢さんの目が一気に開き、大声を上げて立ち上がった。それに、ぼんやりしてた俺とハルは飛び上がる。 ただ事やない小沢さんの様子に、自然と心拍数が上がる。慌てっぷりがただ事やない。 「ほんまなんか!?ああ、いや、本部にはおらん。ああ、そうなん?ああ、あー、マジかよ。うん。わかった…ほな」 携帯を切っても小沢さんは微動だにせん。青い顔色が、俺とハルに息を呑ませた。 どうしたんですか?と聞いていいもんか、あかんもんか…。 「なんぞあったんですか?」 そこはやっぱりハル。迷うなら聞け!の精神のまんま、聞きよった。 「ああ…」 聞かれても携帯を手で弄んで落ち着かん。ソファに座ることもなく、そこに立ちすくんだまま。しかもチラッと俺を見るもんやから、へ?と声を上げた。 「あー、若が、」 「若…?り、龍大…?」 小沢さんの、溢れた言葉を拾い上げる。ゾクリ、背中に嫌な汗が流れた。 小沢さんはその先がなかなか言い出せんのかドカリ、ソファに腰掛ける。ドクドクと心臓が妙な動きを始める。頭痛がして、顔を顰めた。 「…クソッ!若が、若が刺されたっ!!!」 ぐらり、一気に視界が歪んだ。 「…威乃」 ハルの呼び声も、泣きじゃくる俺には届かん。小沢さんはあれからすぐに飛び出した。 詳細は何もわからんまんま、刺された、病院に担ぎ込まれた。ただそれだけの情報。 まさか、こんなことになるなんて。関東に行く、鬼塚組と動くと分かった時から危険なんは百も承知で、でも、龍大は大丈夫ってどっかで思ってた。 でも、よぉ考えたら分かる話。相手は極道。極道対極道の仁義なき戦い。 龍大の喧嘩の強さは、所詮、俺らガキ相手のお遊び限定。実際に、龍大が今回のことを頼みに行った鬼塚心の拳は、龍大のそれとは比べもんにならんもんやった。 その拳で生死を分ける事やってあるやろう。きっと、それが”普通”。 それがー極道。 「威乃…」 ハルはどうしたらエエんか分からんみたいに、ため息ついて頭掻いてる。 大丈夫やでって言われん。平気やでって言われん。ハルは気休めの言葉を言うような男やない。 でも龍大に何かあったら、龍大がおらんようになったら俺はどうなるんやろ。 やっぱり温もり知るんやなかった。こんなことなるんなら龍大と寝るんやなかった。 いや、違う、そうやない。 神様、お願いや。俺から龍大取らんといて…。俺は、まだあいつから何も聞いたあらへん。何も、全然…聞いたあらへん。 神様ー!! 「風間が…。ほら、ちょっと刺されただけかもしらんやろ」 「っ…ハル、…俺はあかんのかな」 「え?」 「俺は、みんなに、取り残されてばっかりや」 ボロボロ溢れる涙が止まらん。おかんはすぐ帰ると言いながら、何日もあのアパートで幼い俺を一人にした。嫌やと言いたくても言えんくて、平気やって言うた。 みんな、みんな、俺を残してく。今まで塞き止めてたもんが、一気に崩壊して流れ出る。 「あほなこと言うな!」 ハルがベッドに突っ伏す俺を無理矢理起こして、両頬をバチンと手で挟む。じんわり、頬が熱くなった。 「誰もオマエ残しておらんくなるか!愛さんかて、オマエに逢いたいって手紙書いてきたんやろ!!俺も彰信もオマエとずっと、今までアホやってきたやんけ!!一回でもオマエ残してどっか行ったことあらへんやろ!殺すぞ!!」 「だって、…りゅ、龍大が…」 俺にはあいつしか、俺のこと全身で愛してくれんのはアイツしかおらんねん。 全部、俺の全部何もかんも受け止めて、全部好きって言うてくれんのは…。 ひくひくしゃくり上げて泣く俺を、ハルは何も言わんと抱き締めた。 「クソ、風間の奴…。ヘマしやがって。ええか、威乃、まだ何も分からん。風間がどうなってるんかなんか。やから決めつけんな」 「だって、だって、」 また、あそこで一人…。それを考えるだけで、身体が震えた。 「ううう…龍大、龍大」 項垂れる俺になす術がないかのように、ハルは頭を掻いて舌打ちした。どうも出来んことに苛立ってる。 あかん、平気やって言わな。落ち着け俺。刺された言うても大したことないはずや。 そうや、ネガティブなんな。大丈夫や。だって、龍大が俺を残して死ぬわけない。 ギリッと歯を食いしばって、涙を拭う。やけど、拭っても拭ってもそれは溢れて止まらん。 「…くそ、」 思わず悪態付く。こんなんじゃあかん。あかん。あかん。こんなんじゃあかん。 「威乃…」 ハルが頭を撫でてくる。 止めてくれ。今そんなんされたら、止まらん。あかんねん。 ぱたぱたと壊れた蛇口から出る水みたいに、涙が止めどなく溢れる。と、部屋をノックする音が聞こえて身体が強ばった。 「小沢さんや、威乃、病院連れてってもらおう」 「いやや!!」 立ち上がるハルに、俺は縋り付いた。 俺が行ったらテレビでよぉ観る薄暗うて、何やいかにもみたいな部屋に連れてかれて白い布切れ被された龍大と対面シーンや。 「いやや…」 無理や、無理や、そんなん。見たくない、逢いたくない。こっから出たくない。 「…威乃」 「何でこんなん…こんなんなってん」 なかなか出らん俺らに、ノックが再度聞こえてきた。 「とにかく、小沢さんと話しょうや。ここ、籠城するわけいかんやん」 ハルはそう言って、へばりつく俺の手をやんわり退けてドアを開けに行く。 そんな姿見ながら、俺はベッドに潜り込んだ。 こんな東に遥々、龍大の傷付いた姿見に来たわけやないのに。すっかり涙脆くなった俺は、相変わらずぽろぽろ涙を流す。それが普通の、いつもの状態みたいに。 「もう、…いややぁ」 小さい俺の声は、布団の中で漏れることなく消えていく。 こんなんなるなら、頼むんやなかった。その後悔ばっかりが生まれて、俺を押し潰そうとする。自分の浅はかさと弱さに苛立ち、悔しくなる。 布団の中におる俺には、外の会話は一切聞こえん。ちゃんと起きて、ちゃんと小沢さんの話聞いて、ちゃんとせなあかんって思うんに出来ん。 起きよう、起きようって思うんに、涙ばっかりが洪水のように流れる。そんな葛藤を繰り返していると、ギシッとベッドが揺れた。 あかん、こんなん…どんだけ迷惑かけんねん。 「…威乃」 布団の中でもハッキリ聞こえた。幻聴かと思った。 でも、次の瞬間には、俺は飛び起きてベッドに腰掛けた龍大に抱きついとった。 「りゅ、龍大ぃ!!!!」 わんわん、まるでガキみたいに大声で泣きわめく俺の身体を、龍大はしっかり抱き締めた。力一杯。 神様。 俺は、一人やない。

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