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第33話
「ほな、あの見事な拳もそこで養われたわけね」
そりゃレベルがちゃうわと、ハルが笑った。
レベルってか、次元?いや、龍大で次元がちゃうとかなら、あの鬼塚心はどんなんの?人間じゃないとか?あれ?宇宙人とか。
「…ま、何があってそうなって、どないなったかまでは知らんけどな。組ん中では禁句やさかいな」
小沢さんは笑って言う。何やそれ。触るな危険ってか。
俺の知らん龍大。俺の知らん龍大の過去。過去?いや、過去どころか、俺は龍大のことを何も知らん。俺らは、お互いに何も知らん過ぎる。
聞きたがらん龍大と、知りたがらん俺。深入りが怖くて、ただ逃げてるだけか。
「あー。また威乃が旅に出とるわ」
ハルは言うと、上の空になってる俺の頭をコツく。
いや、旅立ってないし。考えてただけやし。
「お前、頭悪いねんから考えんなや」
「は?失礼かっ」
頭悪いは当たってるけど、考えんなとは何事や!俺の人権はないがしろか!
人間やのに、考える能力持ってんのに考えんなってか!
「威乃ちゃん、アホなん?」
運転してる小沢さんが、へぇ…とか訳の分からん感心を持って言う。
いや、アホはあんたやろ。何に感心してんねん。何ストレートに聞いてきとんねん。
人生これからの十代、叩き潰す気か。俺らの年代が一番ナイーブで、一番中途半端で、特に俺らみたいは半端もんはまだ未だに中二病真っ只中やぞ。
「威乃はアホやけど、俺らの学校でアホやない人間なんかおらんしー」
「ええなぁ、高校生。今が一番楽しいやろ」
「毎日喧嘩しに学校やしな!」
「それが学生の本分ってか!!」
二人で大笑いしとる。アホはこいつらや。今が一番楽しいのは、こんなリアル極道に足突っ込んでない学生だけや。
誰が龍が如くバーチャル以外で体験すんねん。リセットボタンも一時停止ボタンもなしやぞ。あり得ん。
「いや、俺も高校行ってってんけどなぁ、知ってる?お前らの学区の隣の…」
それから小沢さんの昔とった何とか話を聞きながら、関東までのプチ旅行は和やかに進んだ。
「さっすがに長いな!あー、疲れた」
長い高速の旅が終わり、一番始めに見えたファミレスに飛び込み、ハルが開口一番、言い放った。
どっかりソファに座るその姿は、大きな仕事を終えたベテランのトラック運転手のよう。
いや、あんた運転してないよね?俺に至っては爆睡だよ。
「さすがに身体がギシギシやわ」
小沢さんが首を回す。いや、本当にご苦労様です。大きな仕事を終えたんは、あんたやんね。
「で、どないすんの?」
これから…と言いながら、ハルは注文したボリューム満点!ステーキディナーなるものを注文してガッつく。見てるだけで色んなものが込み上げてくる。
サービスエリアに停まる度に何か食べたくせに、まだ食べるってどないやねん。
若さ故か!?若さ故なんか!?
因に、同じ若さの俺は三軒目のサービスエリアでギブ。ってか何でオマエは腹減んの?まだ運転してる小沢さんなら分かるけど、お前、してへんし。俺はそんなハルを呆れた目で見ながら、アイスコーヒーを啜った。
「時間が時間やしな。今から組行くんもな」
「え!?いきなり!?鬼塚組!?」
丑三つ時のお宅訪問!?しかも、組!?カチコミやん!!悪夢再びか!!
「風間支部やで。いきなり本宅に行かれへん。俺は下っぱやし」
小沢さんは言いながら煙草を銜え、笑った。
ですよねー。そう言われて安堵。俺の隣のハルも、さすがに安堵の表情。
そりゃそうや。ハルはともかく俺はまた本宅で、魔王登場とか無理。
ラスボス最強過ぎて、誰にも倒されんし。
絶対、俺、この数ヵ月で寿命縮んでる!!絶対、生命線短なってる!!!!
「…手首まであるし」
「は?」
「いや何もあらへん」
俺の独り言に返事したハルは、何やねんみたいな顔をして相変わらずガツガツ食いだした。
俺は、手首まで刻み込まれた生命線をただ撫でた。龍大にも、同じ長さだけの生命線がありますように。そんなくだらんことを想いながら。
「とりあえず、明日の朝に俺は組行くわ。お前らいきなり連れていかれへんし」
「急に行って、怒られませんの?」
ハルの何気な疑問。
俺も思った。ただでさえ逼迫した状態の中、アホ二匹連れてきましたって。俺ならキレる。いや、行きたい言うたん俺やけど。
「渋澤の兄貴に電話するから平気や」
「…?」
どちらさん?と、二人で首を傾げた。
「逢うたやん。スキンヘッドの。昨日、あのあとこっちに行ってるって聞いてるから、おるはずやねん」
「あ、」
アイツかー!!あの、悪役レスラー顔負けのっ!!
純情な?学生の俺らを、カチコミと勘違いして怒鳴りつけた!ある意味、オマエ、アホやろ!!の。
「とりあえず、疲れたからビジネスホテルにでも泊まるか。お前ら同室でエエよな?」
「ええ?俺と威乃はマン喫でエエよ」
「あかんあかん。マン喫なんかに泊まらしたんバレたら、俺、若に殺される」
いや、ないから。そんな事で龍大キレるとか、ないやろ。俺、か弱い乙女やないから。
思いながら、小沢さんの顔立てるためにも俺とハルはビジネスホテルに泊まることに了承した。
「ラブホなら来たことあるけど、ビジホはないなぁ」
ハルは部屋に入るなり、あちこち見回す。
小沢さんは体力の限界と、さっさと部屋に引っ込んだ。そりゃそうや。ここまで寝ずに運転。無償の子守りはキツかったやろう。
反対に俺もハルもガッツリ車で爆睡なんかしたもんやから、目は爛々。
敵地に乗り込んだみたいな、妙な高揚感で頭は冴えまくり。
「…ハル」
「あ?」
「…あ、ありがとう」
「うわっ!キモッ」
「ああ!?キモッてなんやねん!!!」
俺が腰かけたベッドの隣のベッドにハルが腰かけて、ひひっと笑った。
「愛さんのこと、俺も心配やし。お前一人で何やさして、何ぞあったら愛さんに殺されるからな」
「ハル、おかん、大丈夫やんな?」
あんな女でもたった一人の母親で、あんな女でもたった一人の肉親。
あんなんでもおらんようなったら、俺は天涯孤独になる。
「あんなぁ、愛さんやぞ?お前がリンチされてたときに、鉄パイプ片手に相手ボコったん忘れたんか」
「ああ、中一の」
先輩に呼び出されてフルボッコ。それを知ったクラスメイトが、おかんに呼びに行って…。あれはちょっとした伝説やな。
「大丈夫。大体、風間組やぞ」
「…やな」
俺が笑うと、ハルは頭をくしゃりと撫でた。
じんわり熱なった目頭を押さえ、俺はやっぱり笑った。
翌日、目覚めたのは昼やった。
結局、なかなか寝付けん俺らは夜通し喋り倒し、寝付いたとにはお日さんが顔を出して日が燦々と降り注いだ中やった。
ふと携帯を見るとピカピカ光っとった。メールか電話か、着信を知らせとる。画面を開いてすぐ閉じた。
最近、俺の電話は電話としての機能をなしてへん。龍大に会ってから携帯は電源切る防御に出たし、最近はマナーモードでバイブオフ。所謂、サイレント。
そんな携帯やのに、機能してへんのに大人気。大人気の相手は篠田さんや。
メールも着信も全部、篠田さん。家にも帰らんで、連絡もつかんで心配しとるんやろう。
チクリ、胸が痛んだけど、折り返したりせん。まさか、サツに組の抗争覗きに来ましたなんか言われへん。
「あー、ダル」
隣のハルがむくりと起き上がる。いつもは俺より先に起きるハルが、俺より遅いんは珍しい。
「枕ちゃうと寝付かれへんな」
あんた、そんな繊細か?思いながら、俺もなかなかすっきり目覚めん。
ぼんやりした頭は覚醒する様子はない。
「シャワー」
俺は呟いて、部屋に備え付けられたユニットバスにふらふら向かった。
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