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第42話

「いやぁぁぁぁぁあああ!!!」 若気の至りにしても酷すぎる!覚えてへんのが更に最悪!記憶の片隅にもないよ! ん?ちょっと待て。話の流れからいくと…。 「…マゾ?」 溢れ出た言葉に、龍大の片眉がピクンとあがった。いやいやいやいや。マゾやん。 殴られて奴隷なれ言われたんやろ?やのに俺を好きとか。マゾじゃなけりゃ、なんですか。 「犯され足りひんのか」 「いや!違う!だって!!!」 今にも襲いかかってきそうな龍大から、慌てて逃げる。 低い声で凄まれても、そうなるよ!? 「奴隷や言われて、俺が”はい”言うか」 「ちゃうん?」 「そっから大喧嘩や。毎日」 毎日…。いや…覚えがない。そんなんばっかりして、今まで生きてきたからか? 毎日が喧嘩。毎日が殴り合い。毎日が生きるか死ぬか。オーバーに言えばやけど。 あれ?頭殴られすぎた?アホすぎる俺が悪いんか? 「女やと思ってた」 「はい?」 「女」 「…あー」 今こそはないものの、昔はあった。女の子に間違われて痴漢に遭うたり、連れ去られそうなったり…。 あったあった。苦い思い出。 「しかも、威乃、や」 「…あー」 そうそう”威乃”ってな。案外、読んでもらわれへん上に、”いの”や。 これも混乱の原因。女と間違う要素、満載。確かにな…。 「で、ある日消えた」 消えたと言われて、考える。消えたっていうんは、どういうことや? 「あ、おかんが退院したんやわ」 退院して、夜中に迎えに来て帰った。逢いたかった連呼して、ほぼ寝てる俺を担いでお持ち帰り。 別に虐待されてた訳でもなんでもない、保護者が入院なだけやからおかんがおれば施設におる必要もない。 施設では、一生そこにおらなあかん子もおるから、こっそり消える方がええっちゃーええはず。 懐かしいなーと思ってたら、龍大に頬を撫でられた。 「おらんくなって、気ぃ付いた。大事やって」 いやいや、あんたそん時何歳よ?どんだけマセてんの。 俺はその年に大事やったんは、おかんが買ってくれた仮面ライダーの人形やったで。 「で、高校で見付けた」 「ああ、屋上のフルボッコ」 惨めな出逢いですよね。だって、屋上の地面とチュウしてたんですもの。 出来ればもっと劇的な、ロマンチックな出逢いがよくね? 「その前。入学式」 「え?あ?は?入学式?ああ、出てたけど」 今年の一年偵察やって、ハルに無理矢理連れてかれた。で、新入生の奴とハルが喧嘩始めて…。 「新入生に飛び蹴りしてたな」 「は、ははは…」 紛う方無く、秋山威乃。俺、本人です。入学式をぶち壊して、さすがに五日間の停学処分をくらいましたよ。 どっかのエラい人とかも来てたもんね、あんな学校やのに。 「え?すぐわかったん?」 「変わってへんもん」 フッと柔らかく笑われる。確かにな。まんまですよ、まんま。 初対面は本人に飛び蹴りして、二回目は人様に飛び蹴り。 俺の前世って、ウサギか?ぴょんぴょん、よぉ飛ぶ。 「ずっと逢いたかった」 「いや、男やん」 「だから?」 いや、そこ大事やろ。女や思うてたんやろ。ってか、何でも先に性別でしょう。 喧嘩するにも、何でも。街で目が行くんは女やもん。やっぱり性別でしょう。 「関係ない」 言い切られると、あ、ほんまや、関係あらへんわーとか思ってまいそうになるんが恐ろしい。 そうそう、そんなん問題やないよね!みたいな。 いや、問題でしょう。俺なら…無理。ってか、お前くらいやろ。 ようは初恋の君が野郎やったと。間違いなく逆恨み対象やろ。 「なんか…」 「運命やろ」 フーッと紫煙を吐き出し、きっぱり。 あー、男らしい。ほんま…。 「敵わんなぁ」 呆れる。でも、そこがいい。 自分の意思通すためなら、俺が男やいうんもフル無視。そこを少しでも龍大が躊躇してたら、俺は龍大の隣にはおらんかった。 龍大の何事にも動じん、自分がそうやって思ったら貫く信念。そこがいい。 「せや、渋澤さんのん、龍大知ってるん?」 今日は色々とビックリニュースばっかりや。どんぐりにもビックリしたけど、渋澤さんの発言にもビックリさせられた。 「ああ、何や組出たいって梶原に言うたらしいな」 おいおい、あの人、もう言っちゃっての? 「おかんと籍入れたい言うたんは?」 「聞いた。ええんちゃうか…。何や、威乃、反対なんか?エエ人やで、見た目あんなんやけど」 「エエ人なんわかってるよ。反対もない、賛成や」 龍大は、吸い終わった煙草を灰皿に押し付けた。 それをじーっと見ながら、龍大の腹に顔を載せた。 「威乃」 髪の毛撫でられて呼ばれる。何もかもお見通し。って訳か。 「足は洗っていらん。俺は龍大達の世界のことを完璧に知ってるわけやない…。でも裏におる人間が、そんな簡単に表に出られへんことくらい俺にでも分かる」 「せやな。渋澤は長いからな」 「おかんは幸せなりたがってた」 いつも、いつまでも夢物語語る少女。じわっと込み上げてきたものを、龍大に分からんように拭う。 あかんたれや。あかんたれ過ぎて自分に腹立つ。龍大は俺の腕を引いて、身体を引き上げるとぎゅっと抱き締めた。 「威乃」 「欠伸やもん」 「ふーん」 見んでも分かる。ピクンて片眉が跳ね上がってるんや。 「渋澤威乃って変やろ」 「え…?」 いきなり、人の親父になる人間の名前批判ですか?ちょっと、箔が付くやろ。 書くん、邪魔臭そうやけどな。”さわ”が難しい方の”澤”やしな。 「風間威乃のがええやろ?」 「あ゛?」 ちょっと、いい感じに浸ってたのをぶち壊す発言。 何を言い出してんの?コイツ? 身体を離して顔を見てみても、真剣そのものの顔。 え?やっぱりアホなん?こいつ。俺やのうて、やっぱり龍大がアホ? 「風間威乃」 「いやいや、アホ?アホやろ?」 「なんで?」 「いや…なんで?」 「今すぐは無理やけど、親父を説得してみせる」 「ええ!?」 「法律は変えれんから、養子縁組」 「ええ!?」 あんた、俺をどうするつもり? 「か、風間組」 崩壊するよ?ってか、内紛起こるよ。 「継ぐ。まだまだ力不足やから無理やけど、いずれは」 真剣なんや。ほんまに、先まできちんと考えて、真剣。 龍大は、こうと決めたら進む人間や。常識とか、道徳とか関係ない。自分がこうと決めたら、何の迷いもなくそこへただ進む。 ほな、俺も、腹くくらなあかんのか。 「じゃ、じゃあ、全部教えてくれる?」 頭に過る、真っ黒なもん。俺の知らん、龍大。 「なに?」 「ハルが言うててん」 「何を?」 「りゅ、龍大が…人殺したて」 口にしてぎゅっと唇を噛んだ。でも、龍大は顔色一つ変えずに俺を見据えた。 「りゅ、龍大?」 「事実や」 龍大は言うて、俺の頬を撫でた。

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