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第1話 キラキラネーム
あ……れ?
「あ……あの、間宮(まみや)クン、あの、もう少し強めに……その」
「お、おぉ」
どうしてこんなことになってるんだっけ?
「っ、あ、ありがと、楽に……なってきた」
「おぉ」
なんで俺。
「ごめんね……」
「気、気にすんなよ」
なんで俺、こいつの。
「っ」
「だ、大丈夫か?」
「ン」
「もう少し強い方がいいか?」
「ん」
なんで俺、会社の同期の奴の腹触ってんだ? 深夜の道端で。
「ぅん……ありがと」
「おぉ」
なんでこんなことになってんだっけ。
手に職、の時代じゃん? 終身雇用? だっけ? そういう時代じゃねぇじゃん?
だから俺は工業系の高校に進むことにした。
男ばっかなのはちょっと、あー、いや、かなり微妙だったけど、でもこのご時世、就職難しいだろうなってさ、そう賢くもない頭で考えたんだ。入試は簡単って聞いてたし、俺でも入れて、そんで出る頃には、まぁ工業系の会社のどっかには入れそうだしってことで。
「あー、クラスは……」
普通科と工業科を併設してる学校とかもあるらしいけど、そういうところに行けば普通科に行ってる女子とお知り合いになれたのかもしんねぇけど、そういうステキなところは通える範囲のところにはなかったんだ。
工業系に女子が少ないっつうのは定説で。最悪、高校の間、学校でカノジョを作るのは無理かもなって。けど――。
「わ! ラッキー」
クラス分けが発表されている掲示板、自分の「間宮穂沙(まみやほずな)」って名前の前に可愛い名前を発見した。「星乃静(ほしのしずか)」、これは可愛い感じじゃね? 静ちゃん? 星乃? 黒髪の美人系感漂う名前。
「ほ」の次が「ま」。それならさ。
「おーい、穂沙ぁ」
「おー、澤田(さわだ)」
呼ばれて振り返ると、同じ中学の奴だった。
「お前、クラスどうだったよ。女子いそう?」
「いそう! しかも、俺の前」
「マジか! いいなぁ。俺、いなそう」
「キヒヒ、どんまい」
学校とは、勉学に励むところである、な訳だけど、でも俺ら高校生にとっては将来のための勉学プラス、一ヶ月後のゴールデンウイークにデートができる女子がいるか否か、の方も結構大事なわけで。とりあえず、俺はその点、まだ希望がありそうで、項垂れる澤田の肩をポーンと叩いて、軽やかな足取りで学校の中へと入って行った。
学校の中は新入生があっちこっちで時間を潰してた。
一見すると工業系感のある校舎じゃなくて、普通の、俺らが通っていた中学とかとなんの変わりもなさそうだった。少し下駄箱の背が高いくらいかな。その下駄箱で指示されている通り靴を脱ぎ、さっきクラス表に名前と一緒に書かれていた番号のところに靴を置き学校指定のサンダルへと履き替える。番号順でも、静ちゃんは俺の一つ手前ってわけだから……なるほど、ローファーか。黒のローファー。これはやっぱ黒髪な予感。
「そんじゃーな。穂沙」
「おー」
下駄箱も名前順。「ほ」の次が「ま」なわけだから。
「えーと」
ほら、やっぱな。
教室に入ると黒板に担任の字なんだろう。名前順に座ってくださいと張り紙がされてあって、でっかい紙には四角の中に数字が並んだ絵があった。この並んでいる机に、この順番通りに並んで座れってことだろ?
だから、つまり。
「……ありゃ」
静ちゃんはトイレ、かもな。
まぁ、少し居づらいよな。男ばっかだもんな。予鈴が鳴るまでトイレとかもしかしたら同じ中学の女子とか男子とかのところに「クラスどうだった?」なんて訊いてるのかもな。安心してください。
俺がついておりますからなんつって。
――キーンコーン。
気軽になんでも話してくださいつってさ。
――カーンコーン。
お友達になりましょー、つって。
「……」
オトモダチ二ナリマショー、つって。
「……は?」
「ぇ?」
俺の予想通り、予鈴が鳴って戻ってきた。そして、俺の目の前に、失礼しまーすって座った。
「……あ、あの」
「……」
失礼しまーすって座った、のは。黒髪は黒髪だけど。
「あ、あの……俺……えっと、こ、ここで」
「お、おぉ」
黒髪に眼鏡の、なんか、普通に地味な。
「ご、ごめん」
「お、おぉ」
男子だった。
「ギャハハハハハ、マジでウケるわぁ」
「うっせーな、澤田、笑いすぎだから」
「だって! お前! 女子だってすっげぇ嬉しそうにしてたじゃん! 名前、なんだっけ?」
「星乃静」
「静ちゃーん!」
「うっせぇっつうの!」
帰り道、澤田のでかい声で春麗な青空に向かって、キラキラっとした名前を叫んだ。だって、星乃だぜ? 星つったらキラキラ感すげぇじゃん。プラス、静、なんて感じの漢字がくっついてたら、キラキラした瞳に漆黒の濡れ艶感ありまくりの黒髪美人想像するだろうが。
「いやぁ、お前の想像力ハンパねぇな」
「ダーカーラ!」
「ぷくくくく、あははははは」
「笑いすぎだ、お前は」
――あ、プリント、です。後の人に配って、ください。
確かに静そうだけどさ。肌真っ白の黒髪で、物静かで、まぁ名前どおりの感じではあるけど。
「はぁぁ……」
女子じゃねぇ。そもそも女子じゃねぇ。
「まぁ、そう気を落とすなよ。俺のクラス、めっちゃ可愛い子がいた!」
「は! マジで? なんだよ! お前、いなそうっつってたじゃん!」
「いたんだなぁ、これが。だから、望みは捨てるな!」
つってもさぁ。女子だと思ったんだよ。いや、女子もいたけども……ちゃんと俺のクラスにもいたんだけども、そうじゃなかったんだ。その、女子は女子でも、あんま好みじゃないっつうか、全然好みじゃないっつうか、まぁ、そんな感じの女子だったわけで。それだったら、俺の前の座ってる星乃の方がまだ……いやいやいやいや、ないけども。静って名前だろうがなんだろうが男子だったから。そして、すげぇ静な奴だったけど。
「はぁ」
俺は高校一年の春、「名は体を表す」を実感しつつも、名前の感じだけで妄想を膨らませてはいけないと悟ったのだった――。
そんな高校での三年間を過ごし、その後はうちからそう遠くない、徒歩圏内になる小さな電気設備系の会社に就職した。電気系だけど、力仕事がてんこ盛りの現場で、製造の仕事。
今、ここに入って一年目。
まだまだ新人扱いだし、まだ知らないこともたくさんあってさ。けど、歩いて通えるところだったし、給料はまぁまぁ……かな。でもそう残業がすげぇわけでもないし。だからそれなりに満足していた。
ただ、去年は年末がすげぇ忙しくて、繁忙期ってやつ? らしくて、その時だけは残業もあったし、休日出勤もたまにあって。もう製造現場はてんてこまいだった。だからか、今年は他の部署から何人か助っ人を、って話になって。
けど、現場のことわかってないと、手伝いなのか邪魔しにきたのかもわかんねぇじゃん。
ある程度の基礎知識は必要だから。
「えー、それでは、今年の繁忙期をどうにかして乗り越えていこうってことで、他の部署から冬の間は助っ人を呼ぶこととなりました。今日はその歓迎会と、これからを乗り切ろうってことで……カンパーイ!」
工業系の学校出身っていうのがあるわけだから。
「か、乾杯……」
でっかい声で周りが「カンパーイ!」つってビールジョッキを高々と掲げる中、星乃だけ、同じビールジョッキを重たそうに掲げ、小さな、蚊の鳴くような声でそう呟いた。
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