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第2話 謎のボーリング場
同じ学校から、同じ職場に就職をした同級生。星乃静、ちゃん、じゃなくて、クン。
「そういや、お前と、設計にいるあの星乃は同じ高校なんだっけか」
「あー、そう、っすね」
そう、同じ会社に就職した星乃としばらく同じ現場作業に携わることとなった。年末の繁忙期に当たり外れのある派遣スタッフサンをスポット的に雇うよりも、知識もあって、経験もまぁまぁあるだろう他の部署から人を引っ張ってきて手伝ってもらったほうが経費的にも、製造の進行具合的にもいいだろうってさ。
「一緒に飲まなくていいんか?」
「あー、大丈夫っす」
星乃は別のテーブル、製造絵メンバーの中でも大人しい感じの先輩と、同じフロアで仕事してて、仕事の関わりも多い物流の人なんかと飲んでた。ぺこり、ぺこりって頭を下げて、たまに笑いながら。
「そっかぁ? お前、同じ歳で同じ学校なんだから、製造来てもらうんだし、色々困ってそうなら助けてやれよ?」
「……うっす」
「お前ら若い奴らに長く勤めてもらうのも会社にしてみたら大事なことだからなぁ」
「大丈夫っすよ」
そう言って、製造主任が俺の肩をポンと叩いた。
チラリと星乃がいる方を見ると、またぺこりと頭を下げて、何か一つ二つ話してる。
同じ高校だったけど、中学は違ってた。どこの中学なのかは直に聞いたことはないけど、隣の中学なんだろうなって。家は……どの辺なんだっけ。前にチラリと会話してるのを聞いたことがあるんだ。確かうちからそう遠くないはず。俺と同じ中学の奴が、星乃に話しかけてて、学区どこだった? なんて話仕掛けてて、ボーリング場が近くにあるって言ってたのが聞こえたから、あ、近所じゃんって思ったんだ。少し寂れてて、いつ潰れてもおかしくないのに、いまだに潰れない、経営状態が謎のボーリング場。でもそれを俺は聞いて「ふーん、そうなんだぁ」ってぼんやり思っただけ。その謎のボーリング場のことで星乃に話しかけることもなかったし、地元トークに花を咲かせることもなかった。
三年間、ほっとんど話すことはなかった。
まぁ、いわゆる連む連中のタイプみたいなもんが違ってたからさ。
入学してすぐの時は席が前と後ろだった。名前順だから。そうそう、名前順だったから、一年の頃は事あるごとに前後に並んでた。色白で黒髪で、眼鏡で、真面目。俺は茶髪で、工業系にいかにもーって感じの奴で。けど、それも席替えですぐにその並びじゃなくなった。
二年でも同じクラスになったんだけど、その四月の一学期、「星乃静」と俺の名前の間に「堀内」っつうのが入って、席は前後にならなかった。だから事あるごとに名前順の隣が違ってた。
そんで三年になるとクラスは別れた。もうクラスが別れたらそれこそ接点ゼロ、会話もゼロ。顔を合わせることもなかった。
けど、偶然にも就職先が同じだった。俺にも星乃にもここの会社は徒歩圏内で、ちょうどよかったんだろう。こういう専門的な会社はやっぱ工業系の近所にある学校に率先して求人出すから。いくつかあった求人の中で一番会社が近いとこにしたんだけど、多分、星乃もそんな感じなんじゃないかな。
賢くねぇし、お勉強は苦手だけど、勤めるのは毎日の「楽さ」が重要だろ。徒歩でさ、あんまそうバリバリに仕事しまくるっていうよりも、プライベートもありでさ。
同じとこに就職したけど、向こうは人見知りもあるんだろう、俺も、まぁそう人見知りっつうかなんつうか、星乃みたいな静かなタイプにそうそう馴れ馴れしく話しかけたりしないから。お互いに同じ会社だ! 仲良くしようぜ! みたいなノリはなく、入社初日に「あ、ドーモ」「ドーモドーモ」みたいな微妙なノリでお辞儀をしたくらい。他にも新卒で入社したのが何人かいたから、なんかそのまま他の新入社員と同じで不慣れな間柄で。
「そんじゃ、お疲れー」
「お疲れ様っす」
繁忙期に向けての決起アンド助っ人ありがとうの宴会が無事に終了。製造の人は酒好きが多いから、飲み会って多いんだ。今日の飲み会もいつもの居酒屋。もうそれこそ常連だから、電話一本で「はい了解」って宴会を開かせてくれる。
二次会とかは特になし。場所が場所だから。うちの会社があるこの辺は工業地帯で、駅も遠い。だからよし次行こうっつってもそうたくさん飲み屋はないから。基本、会社の飲み会は、パーっと飲んで、パーっと現地解散。どうしても飲み足りないって人はまたどっか行って飲むのかもしんねぇけど。
女子がいないのはかなり残念だけど。力仕事だからな。女の人にはしんどいだろ。営業とか設計にはいるけど。品質のところにも女の人はいない。現地に出張とかあるし、深夜に品質テストとかもあるから。
つまり、今の現状、俺のいる環境は彼女を作るのには適してなくてさ。
クリスマス前には彼女が欲しいなぁと思うわけで。
「はぁ」
そろそろ繁忙期かぁ、ボーナス出たら、マジで部屋探そうかなぁ、もう仕事してニ年目だしなぁ、なんて思いながら、のんびり歩いて帰っていた。
そうそう、ここの謎のボーリング場。
マジで謎なんだよ。
今日週末だぜ? なにこの静けさ。
人がいたとこ見たことないし、日中車が停まってはいるけど、大概、隣の薬局を使う人が停めてるだけだし。たまに図太く一日中停まってる車とかあるし。朝から晩までボーリングする奴いないだろ。
マジで謎のボーリング場。遊技場なのに夜になると不気味に暗いその駐車場。
「うー……」
ぇ?
「ぅうっ」
なんか唸って……ねぇ?
え? 何? なんか、今? 唸り声聞こえなかった? ねぇ? なんか、聞こえ。
「うっ!」
「うわあああああああ!」
そこの隅で何か黒いものが蠢いたと思った。マジで。ゆらりと、黒いのが。そして俺のビビりまくりの悲鳴が薄気味悪い駐車場に響き渡ると、その黒い影もビクン! と飛び上がるように反応して。
「ぁ……」
小さく、蚊の鳴くような声がした。
「へ?」
人?
「……あれ? お前」
そしてまたゆらりと揺れる黒い影。その黒い影が顔を上げる。
「え? 星乃?」
一つだけ、むしろ一つだけ点いてるのが不思議な街灯の灯りのせいか、俺を見上げるその真っ黒な瞳の中にキラキラと星が輝いているように見えた。
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