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第3話 最長記録、更新中
「え? 星乃?」
星乃だ。やっぱ、そうだ。
「……あ、間宮、クン」
「こんなとこで何してんの? 待ち合わせ? とか?」
ビビった。薄気味悪い駐車場の隅っこ、街灯の灯りがほんの少しだけ足元を照らしてくれる辺りに膝を抱えてしゃがみ込んでる。
飲み会終わって、俺はその場で少し製造の先輩たちと立ち話してから、コンビニで賃貸の雑誌立ち読みして、そんで――。
「ぉ……お腹……痛、くて」
先に帰ったはずの星乃は腹が痛くてここにうずくまってたらしい。家、どこだっけ? うちからそう遠くないはず。確か、川に向かって下ってく方の道添いとかじゃなかったっけ?
「トイレ……コンビニ、この先にねぇもんな。戻るか」
田舎だから都会みたいにコンビニが百メートル感覚であるわけじゃなくて、俺と、多分、星乃の家のある辺りから職場までの間には一つあるだけ。駅前とかならまだもう少しマシだけど、工業団地から住宅地の間なんてそんなもんだ。
「へ……き」
「平気ったって、うずくまるくらいに痛いんだろ?」
このまま、「あ、そう? じゃあ、気をつけて」とは流石にできないだろ。同級生の同僚なんだから。
仕方なしに、コンビニまで付き添ってやろうと手を貸すために差し出すと、星乃が小さく首を横に振った。
「あ、の、これはそのトイレとかじゃなくて」
「ちげぇの?」
「緊張するとっ、お腹のとこ、痛くなるっていうか」
「緊張……」
「さっきまで、してたから、だから、痛くなっちゃって、リラックスできたら治るから」
星乃は話してる間も、襲ってくるんだろう腹痛に何度か息を呑み込んで、声を詰まらせた。そっか。製造のノリ、結構ぐいぐいしてるもんな。設計とかって物静かな人多い感じがするし、実際、CAD室ってビビるくらいに静かで、俺がここで製図してくださいって言われたら、その静寂に五秒で爆睡できそうなくらいだから、確かに緊張っつうか戸惑うだろうな。
「少し、待ってろ」
「……ぇ?」
街灯のちょっとの明かりでも見えた。冷や汗っつうの? 痛すぎて汗がこめかみんとこに滲んでた。
俺は、その場で待ってろって、一言言って、少し駆け足で街灯よりも強く青白い電気で周囲を照らしてる自販機の前に行くと「あったか〜いのみもの」の中からお茶を一つ買った。ガコン! って音が、普段ならそうでかくは聞こえないのに、ここがめちゃくちゃ静かだったから、その音すら響いてた。
「ほら」
「……ぁ」
「少しあったかいもの体ん中に入れとけよ」
「ぁ、りがと」
「どーいたしまして」
壁に寄りかかりつつ隣にしゃがみ込んで、今、手渡したばかりのお茶を「わり」つって奪うと、まだあっつくて持ちにくい、けど、十月の夜には少しありがたい気がする温かい缶のプルタブを指で開けてやった。
「どーぞ」
「……ありがと」
「どういたしまして」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「つうか、俺、ここにいるの邪魔くせぇ?」
しばしの沈黙の後、ふと気がついた。腹が痛いつってうずくまってんのに、リラックスしたら治るっつってんのに、その隣に居座られてたら邪魔かもしんないだろって。
けど、星乃は沈黙を急に解くような俺の質問に目を丸くして、それから小さく笑った。
「平気。間宮クン、知ってる人だし」
知ってるんだ。まぁ、俺も星乃のことを誰かに「知ってる人?」って訊かれたら、知ってる、とは答えるわな。
「お茶、ありがと」
「おー」
「あったかくて、少し、お腹痛いの良くなった」
「おー」
ふと、思った。
俺、星乃とこんなに話したのもしかしたら初めてなんじゃね? って。今までの最長会話が多分、あの入学式ん時の、「席、ここでいいんだよね?」じゃね?
「……星乃、って、家、こっちだっけ?」
「あ、うん。川に向かってく坂道の手前のとこ」
あ、合ってた。
星乃んち。
「間宮クンのうちは」
けど、俺のうちは知らないよな。話したことないもんな。
道案内をするには目印の乏しい田舎の住宅地。俺の家への道順を伝えるための目印になるようなものもやっぱ乏しくて。
「あれだよね、焼肉屋さんの大きな看板のあるとこを、右に曲がった先、とかじゃ」
星乃が、知ってた。
「あー、うん」
そう、その看板があるところを右に曲がって、そこからしばらく行った青い屋根の家。学校の帰り道、ここを通るんだけど、腹が空いてるからその看板見てはいっつも腹が鳴ってた。
「あそこ、あの看板見ると焼肉食べたくなるよね」
まさかの星乃もそうなんだ。少し意外。なんていうか、細いから? 白いから? 焼肉見て「焼肉食いてぇ」ってなる感じが不思議っていうか。肉、好物です! とか、全然言わなそうだし。
そもそも今こうして星乃と喋ってることも不思議っていうか。
「ごめん。足止めさせた。もうずいぶん楽にな、っ、イタタタタ」
「星乃? 平気か?」
「ごめっ、ぁ、平気、そのっ」
会話できてたし、腹が痛いのが治ってきたんだろう。星乃が立ち上がったら、まだまだ油断なんてさせないぞみたいな感じで、急にまた腹痛に襲われた。多分、酒飲んでるせいもあるんだろう。ぎゅっと体を丸くしようとした拍子に、よろけて。
「あぶっ」
手を差し伸べて。
「ごめっ」
「腹、どの辺だっけ?」
「ぁ、えっと、おへその、辺り、かな」
「ここ?」
すげぇ、痛そう、だったからさ。
「……ぁ」
「俺、体温たけぇんだ」
だから、手を。
「手当てっていうじゃん? あれ、マジで昔の人は手を当てて傷とか治してたから、そういうんだってさ」
手を腹んところに当てたら少しは痛くなくなるかなと思って。
「ばーちゃんが言ってた」
「……」
「男の俺にこんなんされても嫌だろうけど、痛いよりマシだろ?」
「ううん」
はぁ、って、溜め息。
「すごい……あったかくて、楽になる……」
しんどいとか、悩んでるとか、そういうんじゃなくて、安堵の溜め息。
「はぁ……」
そして、さっきまでのこめかみに滲んでいた汗は消えて、星乃が星を詰め込んでた瞳をそっと閉じて、また一つ安堵の溜め息を零して。
「ありがとう。間宮クン」
星乃に何度もありがとうって言われたなって、これで俺と星乃の会話の最長記録更新じゃん、って、星乃の腹に手を当てながら思っていた。
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