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第4話 二百円頂いたので、お釣りは甘い○です。
「おーい、間宮ぁ、外行って板何枚か持ってきてくれや」
「ういーっす」
作業中だった俺は作業服の尻のところで手をパンパンと叩いて立ち上がり、現場を出ると分厚いビニールのカーテンにセットした髪を崩されないように気をつけながらそこをくぐり抜け、外へと出た。
「ふぅ……」
先日、俺は同僚カッコ男のお腹を触りました。平べったかったです。
「………………」
お酒のノリっつうのは怖いわけで、普通、男が男の腹を撫でるって相当だろ。いや、何がどう相当なのかとかわかんねぇけど、つまりは普通触らないだろ。撫でないだろ、って話で。けど胸とかお尻とかじゃねぇし、ただの腹だし。その腹が痛いっつうから手当をって思っただけのことで。いや、ホント、マジで、ばーちゃんが言ってたんだ。昔はそうやって手を当てて治してたんだって。だから「手当て」っていうんだって、本当だから。触りたかったわけじゃないから。
男だし。
そうそう、男なんだし。
――すごい……あったかくて、楽になる……。
男、の腹だし。
「…………」
あんま喋ったことなかったんだ。星乃とは。職場が同じだったけど、部署違ってるし。でも、なんか、ほら。
――ありがとう。
「間宮クン」
「!」
突然声をかけられて飛び上がると、飛び上がった俺に今度は声をかけた方が飛び上がった。
「あ、ごめっ」
星乃だ。同じ作業服なのに、もう一応勤続一年と、今が十月だから半年が経ってるのに、先日入社してきました、みたいな感じに真新しくて、少しも着なれた感じがしない。星乃の白い肌じゃ、この作業服のごわつく固めの生地に擦りむけちゃうんじゃないかってくらい。って、白い肌ってなんだ。肌って。皮膚だろ。なんか肌っていうとなんかなんか。
「あの」
「あ、あぁ、どうかした?」
「これ」
さっきからぎゅっと握っていた手をパッと開いて、こっちへ差し出した。小さな口のところにジッパーのついたビニール袋。中には百円玉が二つ入っていた。
「え?」
「お茶……」
「この前の? あんなのいいのに」
「すごく助かった、から」
「お、おぉ」
あそこのボーリング場、謎じゃね? よくあれで経営できてるよな。あの駐車場すげぇ夜静かでさ、不気味なんだよな。
「ありがと」
「お、おぉ」
腹痛いの治ってよかったな。
「板、持ってく、の?」
「お、おぉ」
そのどれも言うタイミングがなくて。
「これ? わっ」
「お、おぉおっと!」
小さく声をあげて、星乃がよろけた。それ結構重いんだ。木だし、オンボロだしそう重く見えないんだけど、重いからぎっくり腰になっちまいそうだって主任とかはよく言ってるくらい。
「気をつけろよ。安全靴履いてても、これ間違えて足に落としたらやべぇから」
「う、うん」
ほっそいもんな。星乃。ほら、首んとことか白くて細くて。
「ごめん」
「いいって。それより、そしたら、そっちの小さいの持ってってくんねぇ? そう、俺がこっち持ってくから」
「りょーかいっ」
言いながらよいしょって持ち上げて、けど少しだけフラついて、俺はもうその重い木の板を手に持ってるから手を差し伸べられなかったんだけど。けど、フラリとよろけて踏ん張って笑った。
星乃が笑った。
「すごいね、力持ち」
「まぁ、な。そんでこれ持って向こう現場戻れる? 歩けなさそうなら」
「へ……き、よっこいしょ」
どっこらしょ。
「おっとっと」
おっとっと。
「おー、悪いな、あ、星乃も持ってきてくれたのか? 気をつけろよー。それでぎっくり腰になる奴結構いるから。そこに置いておいてくれ」
「はいっ」
星乃は腹んところで木の板を支えながらヨロヨロと主任の指差す方へと歩いてく。うっすい腹のところで支えてると、なんか心配で。
「平気か? 星乃」
「うん。大丈、夫っ」
ようやくそこに置き終わると「ふぅ」と小さく溜め息を零した。
そしてその隣に俺の持ってきた板も置いて。
「それじゃあ……」
「お、おぉ」
パタパタと駆け足で作業していた場所に戻る星乃の後ろ姿を見送りながら、これ、二百円、渡すタイミングずっと探してたのかなぁって、ぼんやりと思った。
製造の仕事はきつい。慣れればそうでもないっつうか、体力が自ずとついてくるからそこまでへばらないんだけど、最初は不慣れな場所のせいもあってヘットへトになるんだ。
助っ人の星乃はダンボール潰して捨てたり、開梱作業とか、簡単なところ、けど、今のこの繁忙期に突入した中だと時間ばっか使っちまう仕事のフォローをお願いしているみたいだから余計にさ。俺もここに入ったばっかの頃にあれをずっとやってて疲れたから。
「星乃」
「は、はいっ、あ……間宮クン」
「これ」
疲れた時は甘いのだろ。ほら、ちょうどチャイムが鳴った。今から午後の休憩時間。
「飴」
「ぇ?」
「さっき二百円貰ったからさ」
「え……」
美味そうだなぁってさっき、昼休みにコンビニ行って買ってきたんだ。ちょっとここからは離れてるけど、あそこ、この間俺が賃貸物件探して立ち読みしてたコンビニ。あそこで昼飯買うついでに、これ。
「でも、ありがと」
「おぉ。そんじゃあな」
その白い手のひらにコロンと個包装になっていた飴を渡すと俺は自分の持ち物のある棚へと戻った。そしてお茶を飲んでから、それを一つ。
「!」
飴って言ったけど。
これ、飴、じゃねぇし。
ラムネだし。口に入れた瞬間、甘酸っぱいサイダー味がふわっと広がって舌の上で蕩けた。慌ててパッケージを見ると、秋限定フレーバーって。そんで、裏には商品名、ラムネって。書いてあった。
飴つっちゃったじゃんか。
「……」
今、星乃に飴って言って渡しちゃったじゃんって、星乃の方を見てみたら、もうすでに食べたみたいで。
びっくりして笑ってた。
いや、俺、騙したわけじゃねぇからって心の中で思いながら、笑ってお辞儀をする星乃を見てた。
(ありがとう)
そう口だけ動かしてた。
今日もたくさん喋った。この前の方がたくさん喋ったかな。どうだろ。今日は最長会話時間じゃなかったかもしれないけど、でも、星乃の笑った顔はたくさん見たって、思った。
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