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第6話 摩訶不思議

 無口な奴だな、って思ってた。  高校の、入学してから多分一ヶ月くらいだったかな。席が前後していたけど、話したことなんてほとんどなかったし。  だって、ほら、普通、席が前後してたら何かしら話したりしそうじゃん。課題やってくんの忘れたー、マジで? 終わったじゃん。見せて? おー、どうぞ。代わりに今度課題見せて。オッケー。そしたら、これってわかる? わかんねー。わーガヤガヤってさ、話して、そのうち好きなゲームの話とか、面白かった動画の話とかして。家どこだっけ? あっちかぁ、俺こっち、みたいなさ。他愛のない話とかするじゃん。席が前後だったら。  けど、ほっとんど話したことがないから。  無口な奴だなぁって。  就職先が同じだったのも、「ふーん」って感じだった。  工業高校の電気系の学校で、地元で就職ってなると、そう選び放題ってわけじゃないし、専門職っつうか、専門的知識が必要だったりするから、同じ会社に二人くらいが就職っていうのはそうレアなわけじゃない。地元にあるすげぇデカい電気機器の製造メーカーとかになれば毎年数人就職してるし。  だから、同級生が同じ会社に就職するのは珍しいことじゃないんだけど、それが、星乃だったから「なぁんだ」って思ってた。もう少し面白そうな奴がよかったなぁって、ほんのちょっとだけ思った。けど、ほんのちょっとだけ。就職したら部署が違ってるせいもあって、接点なかったし。  だから、就職して、仕事どう? とか、残業あるのやじゃね? とか、あの人ってあーだよな、とか、そういう仕事をしていての愚痴だったり近状報告? みたいなのも話合ったことすらなかったんだ。今までは――。 「あ、ありがと、う、ございました」  星乃だった。  そういや、現場にいなかったな。  打ち合わせ、か?  製造の助っ人だけど社内のことだし、そうでかい会社でもないから、自分の仕事も並行してやってかないといけない時もあるわけで、今はお客さんとこれから作るものの打ち合わせを設計も交えて営業としてたんだろ。  星乃は勉強がてらそこに同席してた感じ? まだ俺ら、入って一年と半年の奴が一つの仕事を任されることはないから。  俺は今からその応接の向かい側にある事務所に用事があってこっちに来てた。現場で一個、設計ミスなのかわかんないとこがあったんだ。その「不明」部分を訊きに。 「……あれって、あいつ」  ぽつりと、つい呟いた。  だって、星乃が少し腹を撫でてたから。  もしかして、痛い? とか?  緊張するとすぐに痛くなるっつってたじゃん。  けど、営業トークに花を咲かせながらお客さんを玄関先間で見送らないといけないんだろ。ちょっとだけ手で腹を押さえた後はすぐに最後尾を歩きながら、ぞろぞろと玄関へと向かっていった。  多分、痛いんだ。 「あのぉ、すんません、これ作っててわかんないところがあったんすけど」 「あ、はい」 「設計の……ここなんすけど」 「あぁ、ここ、はいはい」  その人は設計の生真面目そうなメンツの中では珍しく栗色の髪をしてて、他の人よりも表情がある感じの人。他の設計の人は生真面目すぎるのか引っ込み思案なのか、口下手なのか、とにかく静かで返事すら蚊の鳴くような声だったりする。 「それじゃあ、確認して、すぐに知らせます」 「あ、ありがとうございます」  ちょうどそこにさっきの営業の人と設計の人が帰ってきた。早速納期のことを話し合いながら。けど、その後ろには星乃がいなかった。  そのまま製造の手伝いに行ってんのか? と思い、設計の人にお辞儀をして現場に戻ったけど。  そこにもまだ星乃は戻ってなくて。 「……」  やっぱ、腹、痛いんじゃね?  ちょっと、ほら、なんかほっとけねぇじゃん? この前、汗かくぐらいにしんどそうに痛がってたところを見たことがある俺としては。  トイレかなって思って行ってみたけどいなくて、もちろん設計の方に戻ってみると星乃の姿はなくて。代わりに、「あぁ、ちょうどいいところにいた」ってさっきの栗色の人から確認して図面に手書きで修正が入った物を手渡された。ちゃんと打ち直したものは後で渡すからって言われて。現場にそれ持って戻って、けど、やっぱ現場にもいなくて。  まさか痛すぎて早退したとか? そう思いながら、それならそれで家で休んでれば治るなとか。 「……ぁ」  思いながらなんとなく探してた。  そしたら、いた。  自販機のとこ。  会社の脇にある自販機のところでお茶を買って飲んでたみたいだった。 「! あ、あのっ、ごめっ、すぐに製造の手伝いに行く」 「あ、いやそうじゃなくて」  打ち合わせ終わって何のんびりサボってんだぁ、とかじゃなくてさ。別にタバコ休憩とか現場の人普通にしてるし、お茶休憩だって喉が渇いたらいいんじゃん? って思うし。だからそうじゃなくて。 「腹、痛いのかなって」 「……ぁ……ぅ、ん」  星乃はコクンと頷いた。 「この前、すごく早く楽になったから、あの時みたいに」 「だからお茶を?」  またコクンと頷いた。 「けど、あんま……」 「まだ痛いの?」  また、コクンって。 「じゃあ、これじゃね」  今度は頷くんじゃなくて、肩を丸めて溜め息をついた。「はぁ……」って。俺が腹んとこに手を当てたから、だとしたら、なんかすごくね? 「……すご」  超能力級じゃね? 「本当に楽に……すごい」  今、手当中……です、とか、すごくね?  俺の手から何か出てるのか? って、俺も、星乃も驚異的なパワーを見せた俺の掌をじっと見つめてた。 「な、なんか出てんのか? 俺の手」 「さぁ……」  なんかさ、ホント、今まで接点とかなかったんだ。マジで。高校が同じ、クラスが同じ、席が前後、それでも会話なんてほとんどしたことがなかった俺らがさ、こうして、話してるって。 「不思議だね」 「お、おぉ」  不思議だなぁって思ったんだ。

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