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第7話 これ、話せなくね?

 無口なのは緊張して何を話していいのかわからなくなるから。  挨拶くらいなら定型文だから、まだできるって。  おはようって言われたら、おはようございます。  すみません。ありがとうございます。  でも急に話しかけられるとなんて答えるのが一番なんだろうと考えて、考えてる間の無言にまた自分で焦って、また時間がかかって、結局、答えるまでの時間が長すぎて申し訳なくなり、とにかくって出した返事が。 「はい」 「いいえ」 「わかりました」  とかのとりあえず出てきた言葉で返す。  ――だから、話すのは苦手なんだ。  そう小さな声で教えてくれた。 「星乃?」 「え、いたじゃん。覚えてねぇの?」  澤田が「うーん」と唸りながら首を傾げてる。  週末、ファミレスで食事をしながら色々話してたんだ。会社のこととか、最近の出来事とか。  澤田はどこだっけ? どっかのでかい宇宙開発系の会社の、下請けのところに就職したけど休日出勤がハンパないってぼやいてた。俺は休日出勤とかはないけど給料が安いってぼやいて。どっちもどっちで、まあまあかなって。  あとは彼女がいねぇってぼやきも。  そんで、そろそろ帰るかって、今、駅に向かってる。田舎だからさ、駅前にファミレスがないんだ。ここら辺の人は多分ほとんどここで買い物してんだろうなっていう、一階が食料品、二階が生活雑貨とか、のスーパーと道の反対側にはティッシュペーパーがやたらと並んでる薬局。歯医者とかがあって、ようやく駅からだらだら歩いて十分のところにファミレスがある。そこで飯を食ってた。居酒屋ならもう少し駅の近くにあるんだけど、澤田が車だったから。 「ほら、俺がキラキラした名前だから女子だと思ってたけど男だったって」 「あー! いた! いたな!」  ようやく思い出したと澤田が俺を指さした。 「で、どんな奴だっけ?」  けど、名前しか覚えてないらしく、やっぱり思い出せないと唸りながら首を傾げてる。 「あー、黒髪で」 「あぁ」 「背は低いほうかも」 「あぁ」 「設計とかが好きらしくて」 「へえ」 「そんで眼鏡」 「全っ然、思い出せねぇ」  だよな。俺も言ってて、なんつうかその 「あ! いたな! そういえば」って言って思い出せるような特徴が壊減的にないなって、すげぇ思ったけどさ。真面目そうな黒髪眼鏡なんてわんさかいるじゃんって。 「そんで? その星乃がどうしたんだよ?」 「ぇ」  澤田に、星乃って同級生いたの覚えてる? って、話したんだ。  最近どうなん? 仕事もう慣れた? 今年新卒入った? とかからの会話の流れでさ。それで、澤田に星乃のことを訊いたんだけど。 「あ、あー……えっと」  聞いたんだけどさ。でも、これ話せなくね?  星乃って同じ高校の奴いたじゃん。あいつも俺と同じとこに就職したんだけどさ、今、うちの会社、繁忙期で他部署から応援きてもらったりしてて、星乃がそんな感じで製造の手伝いをしてて。この前、製造の飲み会があって、人見知りな星乃がさ緊張しまくったらしくて。あいつ緊張すると腹が痛くなるらしいんだ。そんでさ、俺が腹を撫でてあげたら治っちゃってさぁ。もしかして俺の掌ってなんかハンドエナジー的なものでも出てるのかなぁって思って。  って、言えなくね?  腹触ったとか、なんか、ちょっと。  男同士だし。けど、別に、あれか、男同士だから別に言ってもいいのか。むしろそれが女子だと「おいおいおい」ってなるのか? むしろ、男の腹を「腹筋すげぇじゃーん!」とか言って触るのはありだろ。ありだけど、星乃、腹筋なかったな、あんま。柔らか――。 「!」 「どうした? 顔、赤いぞ」 「な、なななななんでもない!」 「あ? そんで? 星乃がどうしたんだよ」 「あー……それも、なんでもない。ただ、同じ会社だなぁって」 「ふーん、星乃ねぇ、覚えてねぇなぁ。俺同じクラスになったことねぇし、地味でおとなしくて眼鏡の」 「あははは、なんでもないって」 「なんなんだよ。あ! っていうか、俺、パーキングの時間が、また延長かかっちまう」  本当、ハンドエナジーみたいなもんが出てるのかもない。  澤田がポケットから駐車場のチケットを出して時間を確認した。俺は手をブンって振ったんだ。何気なく。前に、ブーンって。  そしたら、風が吹いた。秋の冷たい風が吹いて、そしたら、ものすごい音がして、そっちを見ると。駐輪場で自転車が倒れてた。その自転車と一緒に誰かそこにいて。 「大丈夫スカー」  普段ならスルーだったかもしんねぇ。けどものすごい音だったし、自転車が倒れてるのは見えたから。 「わっ、あっ!」  そこにいたのは星乃だった。  薄暗い駐輪場の中で運悪く、他の後から停めたんだろう自転車に挟まれてどうにも抜け出せずに困ってるとこに強風でよろけて、自転車ごと絡まってた。 「ぇ? あ、間宮、クン」 「あ! もしかして、星乃?」 「ぇ……あの」  ぐいっと前に出てきたのは澤田だった。黒髪に眼鏡、で、なんとなく思い出したんだろ。入学式の後何度か、俺をからかいに教室には来てたから。 「思い出したぁ、星乃」 「……」 「こいつと同じ会社なんだろ? どした? チャリ? すげ、大丈夫かぁ」 「……ぁ」  とりあえず急いで他の自転車をどかすと澤田もならって星乃の自転車のタイヤに絡まっていた隣の自転車のサドルを引き抜いて起こしてやった。 「災難だったなぁ」 「ぁ……」 「俺のこと知ってる? 同じ高校だったんだけど。澤田」 「ぁ」 「覚えてねぇよなぁ。話したことねぇし」 「……」 「保沙とはさぁ」 「澤田」  多分、星乃、すげぇ緊張してるだろ。悪い奴じゃないけど、ぐいぐい話しかけてくるから、星乃はきっと困ってる。ここの駐輪場が薄暗くてあんま表情までは見えないけど、でも、多分。だから、会話を遮った。 「帰ろうぜ。星乃、また会社で。澤田、駐車場料金増えるぞ」 「あ、そうだった」  とりあえず、この場を離れてさ。 「あ、あそこのパーキング。ギリだわぁ。駅前だと十五分で二百五十円だもんな。たか! ぁ、間宮も乗ってくか?」 「いや、俺はいいよ。そんじゃあ」  ここで澤田と別れて。 「おー、そんじゃあまたな」 「あぁ」  澤田が行ったことを確認してから急いで走って戻ったんだ。 「星乃!」 「ぇ、あ……」 「やっぱな」  流石にさ、話せないだろ。澤田にさ。  最近、星乃が腹痛起こす度に撫でてるなんてさ。撫でるとすぐに、本当にマジで治るんだって。すごくね? 不思議じゃね? って。 「星乃、ほら」  なんか、ちょっと言えなかった。

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