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第8話 ハンドエナジー

 急いで戻ったんだ。  多分、星乃のことだから。またお腹痛くなってんじゃないかって思ってさ。 「星乃!」  駐輪場に戻るとさっきの場所に丸まった影があって、俺の声にビクンって飛び上がった。それから小さく「ぁ」って声が聞こえた。星乃がその場にうずくまっていた。 「大丈夫か?」 「ぁ、の」 「そんなに痛てぇ? 腹出してみ?」 「あ、あの」 「いいから」 「ち、ちが」 「は? いいから、痛いんだろ?」 「ちが……」 「え?」 「血がついちゃうから」 「……はぎゃわあはがあああああ!」  なんか膝小僧がどえらいことになってた。  砂利だらけで、多分血だらけで、そして俺がビビって、声にならない悲鳴を上げた。どっこも痛くないのに。なんでか怪我した本人よりも動揺して。 「おまっ、そんな大怪我、歩けるのか? つうか、歩けないからうずくまってたのか。救急車呼ぶか? 骨、折れてんじゃね? えっと、救急車はえっと」 「あの」 「ひゃ、百十番!」 「百十九番だよ」 「あ」 「あの、大丈夫、怪我、平気。パンクしちゃって」  へ? って、星乃の自転車を見ると、確かに後のタイヤがぺったんこに潰れてた。 「うわぁ! ごめんっさっきのっ」 「あ、違う! と、思う」  自分の出した大きな声にびっくりして星乃が目を丸くした。慌てて隠れるように肩を小さくすくめると、風で倒れた時だと思うって言ってた。倒れた時になんかそんな感じの音がしたって。自分がよろけて倒した自転車だから俺のせいでも澤田のせいでもないと。 「とりあえず、俺がチャリ、引くから」 「ぇ、けど」 「いいから。俺のせいじゃなくても、お前、怪我してんじゃん。あ、俺、絆創膏持ってるから駅前のコンビニで消毒液買って消毒して、それで貼っとこうぜ」  二人で薄暗い中自転車の隙間を通り抜け、明かりのある駅前の方へと歩き始めた。 「歩けるか?」 「あ、うん。ただの擦り傷だから」 「肩貸そうか」  明るいところに来たから星乃の顔が見えた。肩を貸そうかって言われて、急いで首を横に振るから、眼鏡が鼻の先んとこまでずり下がってる。顔色はそう悪くなさそうだった。  俺が押している星乃の自転車はカラカラって呑気な音を立ててた。まるで、「僕は今ポンコツなんで、あとは宜しくお願いしまーす」みたいな感じの脳天気で、のんびりした音。  コンビニに辿り着くと、星乃はできるだけ歩かないほうがいいだろって自転車の側で待たせて、俺だけが急いで買い物に店内へと向かった。ずっと薄暗い所にいたせいか、中の明るさに目が眩むけれど、とにかく消毒液を探して、それから、とりあえず水も買った。わかんねぇけど、膝の砂利落とすのに、ミネラルウオーターでもないよりマシだろ。 「星乃」  声をかけると、その場にしゃがみ込んでいた星乃がパッと顔を上げた。膝は……砂利がついてて、見た目すげぇ痛そうで、俺はちょっと苦手なんだけど、星乃は大丈夫なのかじっとその見るも無惨な膝小僧を眺めてた。 「砂利、落としてからな」  買ったばかりのミネラルウオーターをそこにぶっかけて、そんでティッシュを取り出すと、優しく押し当ててから消毒液をそこにかけた。 「沁みねぇ?」  星乃は首をまた横に降った。 「災難だったな。澤田には絡まれるし、自転車パンクするし、膝怪我するし。ほら……これでオッケー」  消毒液が乾いたら、とりあえず絆創膏を貼って。 「にしても、お前、なんで十月に半ズボン」 「あ」 「あぁ、家着でチャリで……買い物?」 「あ、えっと……本」 「そっか」  多分だけど、本を買いたくて、夜に家着で、パパーっと自転車で買いに来たんだろ。そんで、風がビューっと吹いて、自転車がバターンってなって、ガガーっと砂利で……はい、どんまい。そんな感じ。 「なんか、すごいね」 「あ? 何が?」 「絆創膏、それにティッシュ」 「持ってて、ってこと? あーのーなぁ、俺のことどんだけガサツだと思ってんだ。ティッシュとハンカチと絆創膏は常に持ってるよ。現場だとよく手洗うし、怪我もしょっちゅうだから。必需品。で、それが癖になってるし、ささくれよくできっから」  言いながら指を見せた。仕事が仕事だからやっぱ手洗いの頻度高くて、そのせいでガサガサになるし、ささくれも多くなる。 「それから、手当てとか」  言いながら、星乃が自分の腹とそれから膝小僧を指さした。 「これ? あははは、確かにな。お前に手当しょっちゅうしてんな」  俺は自分の掌を見せて笑った。腹が痛いってなれば手当てして、膝小僧擦りむいたっつったら手当して。 「流石にチャリは手当できねぇけど」 「平気」  今は十月。なんで、パーっと家着で出かけたんだとしても半ズボンでこの時期のこの時間に出歩くかな。結構夜になったら冬感あるだろ? 「立てるか? 寒くなってきたし、帰ろうぜ」 「あ、うん」  そして自転車を押すとまたペッタンコのまま、カラカラと誰一人乗せていない自転車が能天気にタイヤをぐるぐる回転させる。 「そういえば、さっき、澤田が絡んだ時、腹、痛くならなかった? 俺、絶対になったと思って、いっそいで戻ったんだ」  知らない人、っていうと同級生だからちょっと違うかもしんないけど、でも、ほとんど知らない人だろ? 緊張するだろうから腹痛いだろうなって。 「平気」  最近、すげぇわかったっていうか。本当、こういうのって人それぞれなんだっていうかさ。俺でもそりゃ緊張することだってあるし、ここの面接受ける時だって尋常じゃなく心臓バクついたけどさ。でも、星乃はそれ以上の緊張するタイプの奴だって。そんでその度に腹がめちゃくちゃ痛くて大変なんだって。  そんなんでいちいち痛むの? マジで? なんて思ってたけど、でも、誰かと打ち合わせの度に腹痛くして、ギュッと我慢してるのを見たからさ。  大変だなぁって、こんな俺でも思うんだ。 「平気」  星乃、大丈夫かなぁって、いつでもハンドエナジー放出可能状態にしておいてあげたいなぁって思うんだ。  ――話すのは苦手なんだ。  前にそう言ってた星乃がさ。  ――でも、間宮クンは話しやすい、から。  ちょっと声、つっかえさせさながらそうぽつりと言ってたから。俺でよければ何かしてあげたいなぁって、思うんだよ。

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