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第9話 ハンドエナジー?
最初の印象は無口な奴。無愛想とも思った。けど、今は――。
「はよーっす」
うちも星乃んちも会社まで徒歩圏内。でも、星乃はチャリ通勤。
会社の敷地にチャリを停めたところですぐ後ろにいたらしい星乃が到着した。俺の挨拶に、今までなら聞き取れなかったかもしれない小さな小さな声が「おはようございます」って丁寧に挨拶を返してた。耳をすましてないと、チャリの鍵が揺れる度に鳴るカチャカチャっていう音にさえ掻き消されそうな小さな声。
「パンク直ったんだな」
星乃がコクンと頷いた。
「すぐに直ったんだ。パンクだもんな。あ、膝んとこは?」
耳をすませば聞こえる小さな声。よく見ると何か言いたそうにモゴモゴしている口元。
「しみたべ?」
やっぱ、しみたよな。血、出てたくらいだし。ほとんど俺が一人喋りみたいになってるけど、星乃には、朝で、突然始まった会話にさ、まだ眠たい脳みそがついてけてないって感じなのかなぁなんて。
「あの、これ」
そして再び、透明のビニール袋に入れられた百円玉二枚が差し出された。
「いいって、別に」
「そういうわけには……」
「じゃあ、遠慮なく。ありがとな」
「こちらこそ」
別に消毒液も絆創膏も大したことじゃないから本当に気にしなくていいのに、けど、真面目な星乃のことだし、俺らもそう余裕を持った出社ってわけでもないから、ここで押し問答してる時間はあんまりなくて。だから素直にそれを受け取った。
「あ、そうだ。今日、星乃は製造ヘルプに入る?」
あ、入ってくれるんだ。頷いてくれてる。
「けど、午後から」
「そっか。あ、もしかして、設計の打ち合わせとか? そしたらまた俺のハンドエナジー出動?」
「ハン……」
「あははは、なんでもねぇよ」
星乃は、そのハンドエナジーっていう、俺がこっそり命名した「手当て」の呼び名だとわかってないらしくて、首を傾げてた。少し天然、だよな。自転車のドミノ倒しするあたりとか、そこに自分も巻き込まれて膝小僧を擦りむいて、尚且つ、チャリパンクさせるあたりとかさ。
「あ、の……午前は出図しないといけないのが、あって」
どうやら俺のハンドエナジーの出番はなさそうかな。
結構よく出番があるんだけど、今日はこの手のパワーはお休みでもいいらしい。
「そっか。リョーカイ。そしたら午後お願いします。やって欲しいことあんだ」
今度は大きめに首を縦に振った。多分、俺が心の声を代弁するなら「あ、マジ? いいっすよ。俺でできることがあればどーんとお任せください」とかかな。
星乃が頑張ろうと少しダサい眼鏡のレンズ越しに目を輝かせてたから。
「そんじゃーな」
案外、よーくじっくり見てると、耳を澄ませてると、星乃の印象が違ってきてさ。
だから、最近の印象はちょっと変わったんだ。結構新しいことが好きっぽい面白い奴、なんだ。
今日の出番がなくても、いつでも充電満タンにしておかないと。
「……ハンド、エナジー」
なんつって。
今買った缶コーヒーの缶が、手洗ぃ直後の冷えた指先に心地いい温かさどころか、灼熱になったりしないかなって思って唱えてみたりして。けど、もちろん、手の中の缶コーヒーは灼熱になることはなく、そのままゆっくりのんびりと温かいまま。
そろそろ三時の休憩だ。
今朝もらった二百円に少しプラスして缶コーヒーを二本買ってきた。製造のヘルプで現場に来ている星乃にやろうと思って。
現場に戻ると、ちょうどのタイミングでチャイムが鳴った。入社当時はなんか学校みたいで不思議だったし、ここでもまたチャイムかよって、まるで学校にいるみたいな感じがして嫌だったりもしたけど、今はもう別に気にならない。
「おーい。星乃」
「……」
星乃がドライバーを片手にチャイムが鳴ったのにまだ作業をしていた。
「休憩だ……って、どうした?」
「あの、ネジ、なめちゃって」
「あぁ」
なんか悪戦苦闘してた。不慣れだと、たまにやらかすんだ。ネジの窪みをなめして、もうどうにも取れなくなるやつ。慌てて挑戦すればするほどもっとネジの窪みは滑らかに……っていう、焦るやつ。
「ヘーキ、貸してみ?」
「……」
けど、もう流石に俺も製造二年目っすから。ささっとそれを取ってやると星乃がまた目を輝かせた。一回、星乃の瞳の中に星が映ってて、名前の通りって思ったっけ。今もまた、目の中にキラキラって星があった。
「そんで、休憩。休む時は休んで、またチャイム鳴ったら仕事……」
必死にやってたんだろうな。ネジなめしたのも焦ったんだろうし。頭のてっぺんに紙屑がくっついてた。よくこれだけ頷くことで会話する奴の頭から振り払われなかったなぁって、しがみついていた紙屑に感心する。
「あ、星乃」
髪、柔らかい。
「これ……ゴミ」
星乃の頭のてっぺんからその紙屑を取ってやった。
そして、本人が自然に掌を差し出すから、俺も自然にその掌の中にその紙屑を置いてやった。
掌も柔らかかった。そんで。
「あ、りがと……」
星乃の笑った顔も柔らかかった。
「おー」
おかしいな。
「あと二時間、頑張ろうぜ」
今、特にハンドエナジーは出してないはずなんだけど、けど、出ちゃったのか? 俺のハンドエナジー。
なんでかさ、ネジを外す間、持っててもらった缶コーヒーを一本だけ受け取ると、なんか、心なしかさ、さっきよりもあったかい気がして、なんか……動悸が……ドキドキした。
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