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第10話 イコール

「間宮クン」  柔らかかった。 「手、気持ち、イ……」  髪も、掌も、それからこの。 「お腹、もっと撫でて欲し……ぁ」  お腹も。 「あ、あ、あ、ダメ……だめ」 「星乃」 「そこ、お腹じゃな……いよ……」  けど、これは硬くて。 「や、やっ、ぁ」  俺のも硬くて。 「あ、間宮クンの大きいっ」  それを擦り合わせながら、俺の手でも扱いて。 「こんなに硬いの……なんてぇ」 「星乃」 「あ、あ、あ、そこ、気持ち、いーよぉ」 「っ」 「もっと、して……間宮クン」  そんで、星乃の唇は星乃の身体の中で一番。 「間宮、くぅん」  ビビるくらいに、柔らかい。  ビビった。 「…………………………」  マジで?  マジか? 「!」  慌てて起き上がって、慌てて、確認して。 「……はぎゃわああああ……ヒョエエええ……んがあああ」  声にならない絶叫を上げた。こっそりと、隣の部屋で寝ている妹に気がつかれないように。 「嘘、だろぉ」  そんで頭を抱えた。  今年二十歳、まだ実家住まいだけど、今、一人暮らしの物件探し中の社会人二年目っていう立派……でもないけど、それなりに大人であるはずが、まさかの、まさかの夢精。  しかも、お相手が。  やべぇ。マジでやべぇ。  会社の同僚とかさ。せめてアイドルとかでお願いしたい。なんで星乃? 男だけど? 俺、女の子好きなんだけど? 星乃は名前しか女子感ないだろうが。なんで見た? なんで、星乃とエッチィことしてる夢見た? っていうか、なんなん? 俺の硬いとか星乃があのトロトロ口調で言う設定とかなんなん? あれを俺がご所望とかなわけ? 星乃だけど? 相手、星乃で、男で、同僚だけど? 欲求不満か? 俺。いやむしろ欲求不満がもう暴走しまくっていて、なんかぐるぐる巡っておかしな方向に走ったとか? 「…………」  ―― お腹、もっと撫でて欲し……ぁ。 「…………」  ――間宮、くぅん。 「…………本当……マジで……」  そう朝から呟きながら、少しだけカラーリングしすぎて毛先がぱさつく髪をくしゃくしゃにして頭を抱えた。  あれはきっと昨日の「柔らかい」がいけなかったんだ。  女の子イコール柔らかいイコール星乃。  っていう、なんかイコールが成り立ったんだ。きっと。だから、むしろ逆に俺は女の子とイチャイチャしたくて、それがイコールの流れで星野になっちゃったっていうだけのことで。本来であれば、あの夢のお相手はアイドルとかなわけだ。ところが今、俺は不幸なことに彼女がいないし、繁忙期のため女の子と飲みにも行ってない。そんな中で男だろうがなんだろうが、人様のお腹を数日おきに撫でてれば、そりゃ、色々悶々とはするだろ。そんなわけで、今回の登場人物に採用されたのが星乃だった。つまりはそういう話で。  イコールだったからで。  むしろ、イコールの並びはこうかもしれない。  日頃から接触のある星乃、イコール、柔らかい、イコール、可愛い女の子。 「……クン」  ほら! つまりは俺は女の子がよかったってこと。イコール、女の子。 「間宮クン」 「つまり気の迷い!」 「?」 「はぎゃわあああああ!」  本日二度目の言葉にならない絶叫をあげた。 「あ、ごめ……あの、設計の方の仕事終わったから、また手伝いに来た……んだけど」  星乃だ。星乃が真っ赤になって、可愛……じゃなくて、困ったような顔をして、柔ら……じゃなくて、腹んとこの作業服をぎゅっと握りながら、そこに立っていて。 「あの……」  ―― そこ、お腹じゃな……いよ……。 「ヒョエえええ!」 「! ご、ごめっ」  変な声を上げた俺にもっと困った顔をして、慌ててその場を離れようとした。 「違っ! わり! 星乃」  その星乃にもっと俺が慌てながら引き留めると、ホント、マジで申し訳なくなるくらい頬を真っ赤にした星乃がぴたりと止まった。 「わり、その……考え事してて」 「……」 「あ、えっと、なんだっけ。もうこっちの応援来てくれんだっけ? あ、あー、そしたら、こっち手伝ってもらえる?」  星乃はコクンと二回頷いて、俺が歩く後をくっついて歩いて来た。忙しいけど、本当に応援に来てもらえて助かってんだ。会社的にもこの繁忙期、ひと月の残業時間とかをオーバーギリッギリで納期もギリッギリになるよりも、設計から、技術から、あっちこっちから人員送り込んででも、一日の残業時間がちょっとで済んで、そんで納期も遅れることがない、っていうのはかなり良い感じなわけで。 「ここんとこ、の作業に入ってもらってもいいか」  会社としてとっても喜ばしいことなわけで。 「ん」  あ、今の返事の仕方、かわい……いいいいいわけない。男だから。星乃は男だから。 「あ、いたいた。おーい。間宮ぁ、星乃クン」  何か言いかけた言葉を胸のうちで掻き消すことに忙しかった俺と星乃を製造の主任が見つけてにっこりと微笑んだ。 「どうかしたんすか?」 「今日、飲み会するからな」 「へ?」 「そんなわけだから、これ、納期に間に合いそうだし、部長が今日は全員定時上がりつってたからよ」 「あ、あのっ」 「そんなわけでいつもの店で飲み会だ」  今日は金曜日。そんで繁忙期にも関わらず、ヘルプ要員の皆様のおかげで休日出勤なし、残業なし。  イコール、飲み会、なわけで。 「さ、仕事、がんばっかー!」  飲み会行きたいイコール定時で上がるぞイコールお仕事頑張ろう、っていう式が成り立ち、主任が製造現場の高い高い天井に向けて両手を大きくぐーんと伸ばした。

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