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第21話 無言の力

  「ふっ うあ あっ あーっ!」 「ここ、気持ちいですか?すごい、こんなに、もふもふ…」  ここは、モフーン王国の玉座の間である。  今、僕の前の前では、玉座の横に寝そべった獅子王を、ハルトさんが撫でくりまわしているところである。その横には、騎士団長である白虎と、近衛である銀狼と、同じく近衛の犬が、立っている。  モフーン王国は、そこまで大きくない、だけど、とても平和な国である。そして、この世界観の中に、戦争はない。騎士団はもちろんあるが、基本的には護衛の任務であり、警察のような仕事を兼ねていたりする程度である。そのモフーン王国に、伝説の『癒し手』として、この国に迷いこんだ主人公は、色んな獣人たちとふれあいながら、のんびり暮らしながら、愛を育んでいく。  はじめ、羽里にその話を聞いたときは、冒険も何にもないのに、それのどこが楽しいんだろう?と、思わなくもなかったが、やり始めれば、その需要は、僕の心に染み渡るようになじんだ。なぜかと問われれば、自信を持って、答えることができる。 (かわいいからだ!)  アニマルセラピーというものがあるくらいである。  普段、絶対に触ることができない、ライオンや虎、それに狼などが、しかも通常よりも大きなサイズで登場するため、プレイヤーの多幸感も増しましだった。初めは、リスの女の子や、うさぎの女の子でもいれば、と思っていた僕も、よく考えたら、もふもふに性別など全く関係ないということに、すぐ気がついた。  当たり前だが、そのまふっとしたふわふわの体を、撫でさせてくれる動物の性別など、気にする必要などなかったのだった。  キャラクターの中で、僕は、狼が好きだった。  獅子王のたてがみも立派だったし、白虎のまるっとした小さな耳もすごくかわいかった。犬の騎士も人懐っこく、慕ってくれる感じが、失礼な言い方だけど、本当に犬っぽくて、かわいかった。  が、あの狼が、ふさっとした長い銀色の毛を靡かせて、颯爽と走る姿がとてもかっこよく、そのプライドの高そうなツンとしたかんじの狼が時折見せるデレに、ぎゅっと心臓を掴まれてしまっていた。  何度も言うように、全年齢版だからこそ、ほんわかのんびりな、もふもふ生活であるとは思うけれども、それでも、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、今回は、期待していた。  もしかしたら、ハルトさんの巻き込まれ部外者である僕でも、少しくらい、触らせてもらえないかな…と。  目の前で、ハルトさんのゴッドハンドに癒されている獅子王を見ながら、僕は少し、ほんの少し、羨ましく思って、うっとりと獅子王を見てしまった。が、隣に立っている、銀狼にギッと睨まれて、僕はしゅぴっと姿勢を正して、目を逸らした。猫の被りもの越しなのに、なぜわかるのだろう。  獅子王が「癒し手とはすごいな。こんな至高の心地よさがあるとは…」と、じゅるっとヨダレを吸い込んだ。  そして、ふと横の銀狼に目をやり、言った。 「それにしても、さっきはなんだったんだ?ユノ。お前がいきなり走り出すなんて、初めて見たぞ」 「不審だったもので」 「ははは、でも確かに。変体が不得手だからと言って、被り物をしようなどとは、よく考えたものだな。本当に精巧な造りだ」  ハルトさんが、若干、じとっと僕のことを、何か言いたげな目で見ていたが、僕は「ははは、お恥ずかしい限りです」と、言って誤魔化した。  結局のところ、被り物は、まあ、目も動かないし、口も動かないので、すぐに被り物だということがバレたが、あの苦し紛れの僕の言い訳が功を奏し、なんとか、猫族と思ってもらえた様だった。  先ほどから、ハルトさんは、美しい美しいと、ことあるごとに色んな人に言われ、だんだん、僕の被り物の意味を理解してきている様であった。本当に申し訳ない。申し訳ないが、ハルトさんが被り物をしてしまうと、物語が破綻する可能性が高いので、ぜひ、そのまま、美しい癒し手として、重宝されていただきたい、と、僕は思う。  僕が人間であることを黙ってくれている時点で、ハルトさんは、ものすごくいい人であること確定であった。あとできちんと説明しなくては、と思う。僕に対して、色々疑問もあるはずだった。  ハルトさんは、ペットショップで働いているくらいだ。無類の動物好きだった。はじめは驚いていたものの、やっぱり、大きなライオンを撫でる機会など、日本ではあるわけがないので、目がきらきらしていた。今も、僕のことをじとっと見ていたが、基本的には、そのふわふわな鬣をブラッシングしたり、体を撫でたり、やっぱり目がきらきらしている。  ちなみに、この世界には『もふもふ♂パラダイス」の名前通り、女性は存在しない。全年齢版では、愛し合った二人が望むと、聖なる木から、子供を授かることができる設定ではあった。が、本当のところどうなのかは、まだよくわからない。 「まあとにかく、ハルトよ。小さな王国ではあるが、癒し手として、のんびり滞在してくれ。衣食住は保証するからな」 「ありがとうございます。陛下」  ハルトさんも、嬉しそうだった。頬が少し赤い。獅子王がくうっと伸びをしながら、ふるりと鬣を震わせた。 (かわいい……)  と、再びうっとりしてしまい、そして銀狼に再度睨まれ、しゅぴっと背筋を伸ばした。本当になぜ、被り物ごしでわかるのか。その様子を見て、「ん?」と首を傾げながら、獅子王が僕に尋ねた。 「それで、お前はどうする?王城でもいいが、仕事を探したいと言っていたな。城下で暮らすか?」 「はい、僕は、城下で仕事を探したいと思います」 「え!ノアくん、一緒にいないの?」  一瞬、ピリッとした雰囲気が、獅子王から発せられたのを感じた。  獅子王は、こうして玉座の間にいるときは、王様らしい態度だが、実は、やんちゃで、太陽のような人なのだ。好きになったら、一直線、独占欲も一番強い。この様子から考えれば、すぐにわかることだった。美しい、しかも『癒し手』であるハルトさんを、他の誰かに取られまいと思っているに違いなかった。 (独占欲……) 「ぼ、僕は城下で暮らします。あの、同郷なので、たまに、ハルトさんとお話に来てもいいですか?」 「ああ、許そう。だが、変体が不得手と言うことは、お前はまだ幼いのではないか?知らない国で、一人というのは、心配だ。ハク、面倒を…「陛下、ノアのことは俺が面倒を見ます」え!ユノが?!」  銀狼のユノさんが、獅子王の言葉を遮って、そう言ってきた。  再び。そう、再び、本人とハルトさん以外の目が、丸くなった。  そもそも、おかしいのだ。  銀狼のユノは、冷静な、ツンとした、寡黙キャラ担当だったはずなのだ。同じく近衛の、犬のラッセルが、人懐こく、健気で忠実なタイプで、それと対照的な位置づけの、冷静なタイプで、あまり自分からぐいぐい行く感じではなかったはずなのだ。  そして、僕は思った。 (や…やだ!)  俺様だけど、優しくて、男らしい白虎隊長、ハクさんに面倒を見てもらいたい。  獅子王だって、周りの人たちだって、面倒見がいいハクさんが適任だと思っていたからこそ、ユノさんの突然の進言に驚いているのだ。  どうしよう、と僕は困惑した。  こういう時の発言は許してもらえるのだろうか。何故、ユノさんがそんなことを言い出したのかは、よくはわからなかった。それでも、今、ここで発言しなければ、僕は、ユノさんの圧に負けてしまう、と思った。僕が口を開きかけたとき、−−−、ギッと再び、すごい眼光でユノさんに睨まれた。どうしてそんなに睨む相手を引き取りたいんだ、というツッコミを、その場にいた全ての人間が思ったことだろう。現に、獅子王ですら、狼狽えているのが目に見えてわかった。  僕は思った。 (…狼狽えているライオン、すごくかわいい…)  が、今はそれどころではなかった。僕はそれでも、これから抱えることになるであろう胃痛のことを想像し、「ハクさんに…」と言おうと、「は」の形に口を開いたとき、ダンッと、イラついたように、ユノさんが、床を踏みこみ、辺りが、しーん、と静まりかえった。だから何故、被り物ごしにわかるのだろうか。  しばらく、静寂の中、皆が、汗を垂らしていたが、獅子王が口を開いた。  が、それは、僕に判断を仰ぐ体をとった、責任の丸投げであった。 「の、ノアはどうしたいのだ?」 「−−−ゆ、ユノさんにお世話になります……」  僕は、非常に弱い生き物であった。  そういう成り行きで、僕はなぜか、近衛であるユノさんの一軒家に、お世話になることに、なったのであった。  一年が短いだなんて思っていた、僕を消し去ってしまいたい。一年はとても長い。なんせ、これから夏が来て、秋になり、冬がきて、春が終わるまで、たっぷり時間があるのだ。これからの一年を思うと、先行きは暗かった。  この場合、なぜか「十年だよ」と言われるよりも、「一年」と言われる方が、胃にズンと重さが来るような気がした。おそらくそれは、十年も経てば、色んなことも変わるし、仲良くなれる可能性があるかも、とか、住む場所も変えられるだろうという希望も持てそうだが、一年だと見込めなさそうだからだと、予想された。僕は滞在期間に希望を持てなくなっていた。そして、ズンと胃が重くなった。  そして、案の定、邪神の高笑いの幻聴が聞こえるような気がした。  −−−あっはっはっはっはっ−−−  ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→ 「な、なんで!なんで追いかけてくるんですか?!」  そして今。僕はまたしても、銀狼に獣化したユノさんに、追いかけ回されているところだった。  理由は全くわからない。そして、答えてくれる気配もない。  ユノさんの家は、思いのほか、かわいらしい青い屋根の一軒家だった。ただ、かわいらしいとは言っても、普段、家の中で獣化して過ごしているのか、2−3メートルの狼がうろついても大丈夫なほどの広さはあった。  そして、部屋の中が、思いのほか……めちゃくちゃだった。脱ぎっぱなしの衣服は、そこかしこに入り乱れ、物や本は散らばり、キッチンシンクにも食べたままの食器が山積みになっているのが見えた。  本人も、「面倒を見る」と言ったのに、部屋が惨憺たる有様で、少し恥ずかしいのか、ぷいっと横を向いた。が、謝ることはない。  それを見て、僕は思った。 (……かわいい。照れた狼、かわいい) 「あの、僕が片づけても大丈夫ですか?」  じっと僕のことを見たユノさんは、またしても、何も言わずに、ぷいっと横を向いて、二階へ走って行ってしまった。一階のリビングに取り残された僕は、まあ、拒否はされなかったし、と思いながら、片づけをはじめることにした。若干、はじめの頃のエミル様の耐性があったことで、異世界の僕は少し、図太くなっているかもしれないな、と思った。  とにかく僕は、散らばった衣服を集めるところから、はじめた。 (一人暮らし、なんだろうな…)  片付けながら、そんなことを思い、そして、ヒューやエミル様みたいに、ずっと貴族みたいな生活をしてきた人が、一人暮らしをしたら、こんな感じかもしれないと思った。  確か、設定では、十九歳くらいだったかな?と、思い出す。  羽里が推していた白虎のハクさんのルートと、メインの獅子王は、一応攻略したけれども、ユノさんまでの時間はなかったから、何が、仲良くなるポイントなのか、正直よくわからなかった。プロフィールすらもあやふやだ。  しまったな、と思いながら、衣服を一箇所にまとめ、後で、洗濯の方法を聞かなくては、と思う。そして、食器の洗浄に取りかかる。  この世界では、生活魔法以外は、魔道具を作る職人がいる程度なのだ。確か、身体を強化するような魔法はあったかな、と思い出したが、ユクレシアや砂漠の国のように、属性魔法が使えるのかどうかは、まだ試してはいない。が、獅子王を固めているメンバーが騎士ばかりなことを考えれば、やっぱり、魔法はそんなに期待できないかもしれない。  でも、魔道具職人はとても気になる。 (通信具……あるといいな)  僕は、片付けと掃除が終わったら、出かけてみよう、と思ったのだ。そして、一階だけではあるが、大体の片付けが終わった後、僕は、書き置きをテーブルの上に残し、外に出かけることにした。  二階に上がってしまったユノさんは、さっきから気配がなく、もしかしたら寝てしまっているのかもしれない、と思ったのだ。僕はそっと、扉を開け、外へと繰り出した。  −−−のだが、今、後ろからすごい勢いでユノさんに追いかけられているところだった。人間、追いかけられると、恐ろしくて逃げてしまうものだと言うことを知った。  しかも、無言なのである。  何故無言。ユノさんは狼だけど、決して、話せない狼ではないのだ。口がついているのだから、話すことができるんだから、何かしら、言ってくれたら、僕だって、僕なりの意見を返すことができる。そして、意思疎通を図ることができるはずであった。  ユノさんは、確かに、ゲームでも寡黙なキャラだったのだ。だけど、寡黙なだけであって、こんな風に、人を追いかけ回したりなんてしないはずだった。寡黙キャラは寡黙キャラでいいのだ。需要がある。そして、かっこいい。だけど、ゲームや漫画ではなく、現実として、寡黙キャラを目の当たりにした僕は、初めて思った。 (なんかしゃべって!!!)  当たり前のことだった。  それこそが今の僕の、切実な需要であった。 「ぎゃああああああああああ」

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