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第24話 魔道具屋

  「行ってらっしゃい、ユノさん」 「……」  相変わらず、ユノさんは無言であったが、ぴんとした綺麗な耳が、ピクッと動いた。そして、颯爽と去っていく後ろ姿が、−−−。 (尻尾、すごいブンブンしてる…)  昨晩、あの後、うっかりうとうとしていた僕は、ハッと目を覚まし、ユノさんと一緒に夕飯を食べた。ポトフはとてもシンプルで、これといって特別な料理ではないけれど、やっぱりあったかい食べ物は偉大だと、僕は思う。ユノさんは無言で食べていたけど、そのときもやっぱり、尻尾がご機嫌そうに揺れていたので、僕は、ほっとした。  ほぼ初対面で「大嫌い」とまで言わしめる僕と、一緒に住むことになって、本当にユノさんはよくわからない人である。ただ、僕は、ヒューとエミル様のおかげで、ツンデレ気味な人に対する、異常なまでの耐性が僕にはあった。おそらく、はじめての異世界が、ここであれば、ユノさんの言葉に傷つき、逃げ出していたかもしれない。 (ヒューに、図太いとか言われそうだな…)  そんなことを考えながら、僕は支度をして、猫マスクを被ると、ユノさんの家を出た。今日の僕には、行く場所があるのだ。街の外れの、小さな丘の上に、大きな二本のかしの木があり、その木に挟まれるように、小さな黒い屋根の家がある。昨日、街の人に教えてもらった『魔道具屋』である。ユノさんは頑なに、無言を貫いていたので、こっそり街の人に聞いたのだ。  小さな黒い屋根の家は、壁も黒く塗られていて、一見、魔女でも住んでいそうな雰囲気であったが、軒下にはちゃんと、小さなベルと、魔道具屋の看板がかかっていた。  この世界観での『魔道具屋』は、ユクレシアや砂漠の国とは違い、職人さんの工房のような場所なのだ。僕は黒い扉をノックしてから、中をのぞいた。すると、−−−。 「いらっしゃい、ってあれ?はじめましてだね」  そこには、長身の兎の獣人が立っていた。僕は思わず「はわ」と、喜びを顕にしてしまい、慌てて、「はじめまして」と挨拶をした。でもよく考えてみたら、猫マスクをしていたので、それは伝わっていなかったもしれない。 「君、もしかして『癒し手』と一緒に来たっていう噂の、猫族の子?」 「はい、ノアと言います」  どうやら、僕が変体が不得手なことも、噂になっているようで、それは、ありがたいなと思った。仕事を探していると伝えると、「何ができるの?」と聞かれた。  昨日の夜、ユクレシアや砂漠の国の魔法を試してみたのだが、残念ながら、属性魔法は使えない様だった。だけど、この国の『魔道具屋』で使われているのは、どちらかというと、錬金術に近い魔術で、『もふもふ♂パラダイス』内のミニゲームで使われるため、多少の心得があった。僕は天才魔術師ヒュー様のおかげで、レベルはかなり高く、魔力もかなりあるので、それは使えるはずだった。  家事ができることと、基本の魔法陣と、この世界の魔術が少しはわかることを伝えると、兎さん、−−−リビィさんは、「へえ」と感心したような声を出した。  しばらくは、お試し期間でもいい?と言われたが、なんとか雇ってもらえることになったのだった。  ユノさんにお世話になっているが、仕事くらいはきちんとしなくては、と思っていたので、滑り出しは順調であった。 「ふうん…ユノのところに住んでるんだ」  という、妙に嬉しそうなリビィさんの言葉は、働ける喜びに浸っていた僕の耳には届かなかった。  そして、僕はここでも部屋の片付けと掃除から、はじまることになったのだった。しばらくそうして、せっせと働いていたが、僕の後ろから、リビィさんが声をかけた。 「ノアは、魔道具に興味があるの?」 「はい、いつか通信具みたいなものを作ってみたいと思ってます」 「ふうん。通信具か。確かに便利かもね」 「リビィさん作ったことありますか?」  リビィさんは、うーん、と首を傾げて、「昔一度だけ作ってみたことがあるけど、そこまで距離が出せなかったな〜」と言っていた。それでも、一定の距離までは通信できたのか!と、僕は感動して、通信具の設計図を見せてもらった。  現代人の僕は、携帯のようなコンパクトなサイズのものを想定していたが、設計図をみる限りは、箱のような、かなり大きなサイズのものだった。僕は、昔、地球上の携帯電話も、大きな箱型だったらしいということを思い出した。確かに、まずはサイズうんぬんよりも、距離か、と、思った。 (魔法陣…雷を主体に、魔力を乗せて相手に伝えているのか)  この世界に、属性魔法はないはずだけど、魔法陣のエレメントとしては存在するのだ。考え方としては、地球上の携帯電話に近いのではないか、という気がした。真剣に、書かれた魔法陣の分析をしている僕をみて、リビィさんがちょっとびっくりしていることには、僕は気がつかなかった。  ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→ 「はわ…」  「ん?」  僕の目の前のソファには、僕の腕に収まるか収まらないかぐらいの大きさの、大きな白い兎が、どでんと座っていた。そのあまりの愛らしさに、僕は、声をあげてしまったところだった。眠そうな目をぱちぱちさせながら、ひくひくと、小さな鼻が動くたびに、ピンとした長いひげが揺れた。 (な、なんてかわいいんだ…大きな兎…)  リビィさんにお昼ごはんのサンドイッチを作り、一緒に食べた後 、リビィさんは、ソファでうとうとしていたのだ。そこまでは僕も見ていて、でも、僕が食器を洗い終え、再びソファの方を振り向くと、そこには大きな兎がいたのである。  長い耳は、眠そうにくったりとしていて、僕は喜びの限界を超えてしまった。 「か…かわいい…」 「えー?俺?」 「あっ す、すみません。つい。僕の世界には、リビィさんみたいな兎の獣人がいなかったんです。ふわふわ…」  嘘は言っていない。他の獣人もいないが、地球上に、兎の獣人はいない。 「そうなんだ。ふふ、ちょっと触ってみる?」 「え!!!い、いいんですか?!」  なんということだ。僕が待ち望んでいた機会が巡ってきてしまった。こんなに、こんなに大きな兎を、触らせてもらえるなんて、と、僕はすぐさま、手を伸ばした。どこから触ればいいのかは、よくわからなかった。それでも、まず、まあるい背中を撫で、それから耳の後ろを撫で、頭を撫で、と、していると、リビィさんが気持ちよさそうに、うっとりと目を閉じた。  気をよくした僕は、ソファの隣に座り、よいしょっと、その重たい大きな兎を膝に半分ほど乗せ、そしてゆっくりと、撫でた。リビィさんの体は、ふわっふわで、あたたかく、しかも、本物の動物のように逃げてしまったりしないし、「そこが気持ちいい」とか、伝えてくれるのだ。まあるい背中に、頬を寄せ、すりすりっとこすりつけながら、僕は、「はあ」と、幸せな息をついた。あまりのまふまふ加減に、僕はついに、ぎゅっと抱きついてしまった。 (この、ちょうど腕の中にすっぽり収まるサイズ…大きいうさぎ…) 「どうしよう…すごく幸せです」 「え、そんなにー?ていうかノア、大胆だね」 「あ!」  ちょっと意地悪なかんじに、からかうようにリビィさんに言われて、僕はようやく思い出した。 (あ!リビィさん、人なんだった!!!)  ちょっと、『しゃべる兎』みたいに思ってしまっていた僕は、サアアっと青ざめた。僕は、ほぼ初対面の人を膝に乗せ、抱きついて、頬ずりをしているわけであった。まずい、と思って、離れようとした、その時だった。  カラン、と、店の扉についていたベルが鳴り、そしてそこには、扉を開けているユノさんが立っていた。その目が、何故かまんまるになっているように見えた。 「………」 「あれ?ユノさん。魔道具のお買いものですか?」 「おーユノ。珍しいね〜」  僕は、頬をリビィさんの背中から離しながら、尋ねた。  シュッとした顔で、ツンとすましているユノさんと違って、とても愛嬌がある表情で、僕は、また、ほわっとしてしまった。お昼を食べながら話していたのだが、リビィさんとユノさんは同じ歳らしい。幼い頃から、知っているのだとか。  が、何やら雲行きが怪しい。  なぜか、ユノさんが震えているように見えたのだ。僕は首を傾げながら、「ユノさん?」と名前を呼んでみた。その時、僕は、気がついた。ユノさんは、本物の狼のように、歯をむき出しにして、なんだか湯気でも出てきそうなくらいの息を、噛みしめた歯から吐き出した。いや、ユノさんは、本物の狼なのだから、そうであるべきだが、その歯の鋭さに、僕はびっくりしてしまった。そして、思った。 (なんか、すっごい怒ってる!) 「え、え、」と狼狽えている僕の膝の上で、リビィさんが「うわ、独占欲やっば」という、見当違いなことをつぶやいていたけれども、僕の頭の中には『危険』という警報が鳴り響いっていた。  よくはわからない。  よくはわからないが、僕はとりあえず、膝の上のリビィさんを、隣にずらした。そして、リビィさんが「今日はもうあがりでいいよ」と、言うのを聞きながら、まだ半日ちょっとしか経ってないと、思う暇もなく「おつかれさまでした」と言って、ユノさんの横をすり抜けた。  そして、その瞬間、僕の足は、なぜか全力疾走をはじめた。  なぜか、と問われれば、ただ恐ろしかったから、としか言いようがない。が、魔道具屋にユノさんが現れた以上、ユノさんは、リビィさんに用事があるに違いなかった。だから、僕はその間に、夕飯の食材を買って帰ろうと思っただけ…ということにした。  が、なぜか、ユノさんは、走り出した僕を、追いかけてきたのだ。 (ねえ、僕は、昨日もこんなことしてなかった?!)  という疑問を抱えながら、僕は、それでも止まれなかった。そして、無言の狼に追いかけ回され、なぜか再び街中を走りまわることになった。 「ちょ、ユノさん?わ、ちょっと!え?!うわあああああああ」  ←↓←↑→↓←↑→↓←↑→ 「ユノさん。ちょっと話があります」  あの後、結局、昨日同様に飛びかかって、取り押さえられ、昨日と同様に無言のまま、ものすごく怒っているユノさんと一緒に、食材の買い出しをしてから、帰宅した。夕飯に、二人でチキンカツを食べて、キャベツをむっしゃむっしゃと食べ終え、僕は、意を決して、ユノさんに言った。家なので、猫マスクは被っていない。  僕は昨日今日と追いかけ回されて、思ったのだ。ユノさんが寡黙キャラなことは重々承知の上だ。主人公がいくら話しかけても、うなづくか首を振るか、しかしないようなキャラなのだ。だが、主人公を追いかけ回したりはしない。そして、口がついているのだから、口で言えばいいのだ。僕は、創作物に出てくる、全寡黙キャラと敵対する勢いで、再度思った。 (まじで、なんかしゃべって!)  僕の改まった姿勢に、ソファに座っていたユノさんは、訝しげに片眉をあげながら、振り返った。僕のことを「大嫌いだ」と言っている人である。おそらく、すごく面倒くさいと感じているはずであった。だが、そんな状況にも関わらず、僕は思った。 (片眉あげてる狼、かわいい…)  たとえ嫌われていようとも、僕はもう、ユノさんが動物というだけで、嫌いになれる気がしなかった。だが、言わねばならぬ。せめて「無言で追いかけないでほしい」という、最低限の要望だけは、伝えなければならぬ。そして、僕は口を開きかけた…そのとき、ぽつりとユノさんが言った。 「なでて」 「……………え?」 「俺のことも、撫でて」 (……………………………え?)  きゅううううん、と、僕の心臓に衝撃が走った。  僕の目の前には、ソファの背に顎を載せ、耳をしょぼんと伏せた狼の顔が乗っていて、じっと僕のことを見ていた。  僕は思った。 (あー!!これが寡黙キャラの需要だった!)  言葉少ないくせに、いや、言葉が少ないからこそ、突然のデレの破壊力が尋常じゃなく、やばかった。僕は、ユノさんのあまりのかわいさに、どっどっと心臓が強く脈打つのを感じた。 (「撫でて」って、今日の一言目。今日の一言目が「撫でて」だった。はわ…)  いや、だが待て。これは一体、どういう状況だろう。ええと、と、僕は、ちょっと待ってというように、手を広げてユノさんを制し、反対側の手を眉間にやった。そして、考えてみる。  ユノさんは、僕のことがなぜか「大嫌い」なはずであった。そして、昨日も今日も、なぜか機嫌を損ねてしまい、ユノさんに追いかけ回されていたのだ。今日、追いかけられていた理由は、おそらく、リビィさんに抱きついていたからと推測していた。多分、幼い頃からの友達に、大嫌いな僕が抱きついていたことが、嫌だったんだと思うのだ。 (もしかして、ユノさんは、リビィさんのことが好きなのかな…?)  羽里のおかげで、僕はかなり、BL的な展開には敏感なのだ。この世界はただでさえ、♂しかいないのである。ユノさんとリビィさんの、幼馴染BL的な展開に違いなかった。僕は二人をいい感じにするための、当て馬だと思われた。  僕の膝で、うっとりしていたリビィさんを見て、一体どんなテクニックなのか俺が試してやる、的な感じだろうか。大嫌いな人に撫でまわされるのは、不快ではないだろうか。僕が触っても噛みつかれないだろうか。  僕はぐるぐると悩んだが、よくよく考えてみればこれは、願ったり叶ったりな状態であった。僕は、夢の中で、ヒューに、そういうところが嫌いなんだ、と言われたこともすっかり忘れて、ぱっと思考を放棄した。  そして、目の前のご褒美に飛びついた。 「はい!喜んで!」  そう、僕が目を輝かせた瞬間。大きめのソファの前の床に、ぼんっと大きな銀色の狼が寝そべっていた。僕はその横に膝をつき、そっと手を伸ばした。  太陽のような、あたたかな匂いがふわっと香った。僕はつい、くんくんと鼻を寄せて、その匂いをかいでしまった。ふさ、ふさ、と、ゆっくりユノさんの尻尾が動いた。  寝そべったユノさんは、走っているときほど、大きくは見えない。二メートルくらいだろうか。手を伸ばして、首元の長い銀色の毛を撫でる。ブラシはないかな、と視線を泳がせていたら、ユノさんが、ん、と、顎で、目の前のテーブルを示した。ソファの前にテーブルにブラシが置いてあることに気がつき、僕は優しくユノさんを撫でながら、そっとブラシを潜らせていった。  フェンリルというのは、この世界にはいないようだったけど、ユノさんはフェンリルみたいに、神々しいなあ、と僕は思った。本当に「孤高」とか「気高い」とか「高嶺の花」とか、とにかく「高」がつく言葉が似合うユノさんだけど、なんだか今は無防備で、僕に体を委ねてくれていた。  ハルトさんに撫でられていた時の獅子王みたいに、「あっ」みたいな声は、全く聞けそうにないから、僕の撫で方は、やっぱりそこまで上手ではないんだろうけど、それでも、目を閉じて、穏やかな表情をしているユノさんに、僕はあったかい気持ちでいっぱいだった。  幸せが溢れすぎて、僕はやっぱり、その美しい首元に抱きついてしまった。そして、「あっ嫌われてるんだった!」と思い、ハッとしたが、ユノさんの尻尾は、相変わらず、ふさふさと揺れていて、どうやら大丈夫そうだ、と、ほっと胸を撫で下ろした。  そして改めて、噛みしめる。 (し、幸せ……)  そして、ユノさんが、ちょっと機嫌が良さそうなうちに、お願いを聞いてもらえないか、と思って希望を口にした。本当は、「追いかけないで、口で言って欲しい」という希望を、伝えなくてはいけなかった。だけど、幸せの絶頂にいた僕は、欲望のままに、己の欲望を吐き出した。 「ユノさんは、僕のことが嫌いなのは知ってるんですけど、僕は、撫でさせてもらえて、すごく、幸せです。その、たまに、こうやって撫でさせてもらっても、いいですか?」  もう、無言で追いかけられても、僕は気にならないと思った。それから、嫌われていても、こんなにユノさんがくつろいでくれるなら、それでいいと思った。幼馴染BLが進行していることを考えれば、いつかこの状況に気づいたリビィさんが嫉妬して、おそらく、二人の関係は発展するに違いなかったが、僕は当て馬になったところで、何も失うものはなかった。こんなに幸せな当て馬なら、僕は喜んでなりたかった。  相変わらず、ユノさんは言葉を発さなかった。  でも、否定はされなかったし、ふさ、ふさ、と、ユノさんの尻尾は、ずっと揺れたままだったのだ。だから僕は、勝手に解釈をした。  そして思った。 (幸せ……)

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