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eat around -1-

 目覚ましの鳴らない朝は心地が良い。寝起きが悪い方ではないし、けたたましい音が鳴らなくとも似たような時間に目覚めるようになってはいても、それには雲泥の差がある。 「機嫌悪いですか?」  一定の間隔で響く音の中、そっと声をかけられた。伺うような言葉だが気持ちはあまりこもっていないように聞こえる。それもそのはず、神谷は機嫌が悪いわけではないのだ。 「いや、まだ理解が追いついていないだけだ」 「ならゆっくり覚醒して」  目の前で我関せずとばかりに楽しそうに笑う男を横目に、マスクをしているから構わないだろうと本能のまま口を大きく開けて欠伸をした。  茹だるような暑さも和らぎ、陽射しや頬を撫でる風に涼しさを感じるようになってきた今日この頃。神谷敦宏が密かに楽しみにしていた社員旅行が中止になってしまった。  仕事が順調で忙しいというのはありがたいことではあるが、ご時世柄、個人的に会う時間を減らしている中で口実を作らずとも恋人と共に過ごせる行事があるならば、楽しみに思うのは当然だと思う。当然だと思うけれど、目の前の男はあまり楽しみにしていた様子がなかったようで、神谷からはなにも言えなかった。  そもそも自分たちはこの男からの嫌がらせで始まり、恋愛らしい甘さなど欠片もなかったのだ。  見た目からして生意気そうな男は新入社員の葛城健人。自信に満ちた振る舞いは文句のひとつも言いたくなるが、社員同士での付き合いはさておき、結果だけはしっかり出すために扱いに困る部類であった。  しかし自分の評価が仕事もプライベートも面倒見の良い上司だということを自覚した上で接した結果、予期せぬ形での関わりを持ってしまうことになる。  今でこそ笑い話になっているが、ゲイではない神谷にとっては悩ましい期間だった。  未だぼんやりしているまま葛城を盗み見る。   世間一般的に整った顔立ちをしている方だと 思う。一重で鋭い目は威圧感を与えがちで、本人も気にはしているらしい。感情が乗れば涼しげにも思えなくはない。  とはいえ、こちらは寝起きに突然来訪され、言われるがまま拒否権もないまま電車に飛び乗った状態で、きちんと身なりを整えている姿を見ると腹立たしく思う自分は悪くないと思う。 「なんで睨むの」 「ムカつくな、と思って」 「機嫌悪くないって言ってたのに?」 「機嫌は悪くない。ムカつくだけだな」  なにそれ、と言って笑う様子はやはりひどく楽しそうで腹立たしさが軽減していくこともムカつくな、と神谷は再び欠伸をした。  こんな朗らかな表情を見れるようになったのは、こうしてお互いに言いたいことを言い合ったからかもしれない。揃って曖昧な状態を良しとしない性格が合ったのだろう。  いつだって単刀直入に、迷わず真っ直ぐに言葉にすればすれ違いなど解消出来ると知っている。 「ほら、そろそろ着きますよ」  促され窓の外を見ると空高くそびえ立つ白が見えた。建設前から世界一高い建物として話題になっていた電波塔、東京スカイツリー。その足元に到着しようとしている。 「……近すぎてよくわからないな」 「……そうですね」  都内に住んでいる身としては頻繁に見ることのある建物な上に、高さがある分だけ距離がなければ全体を拝むことは不可能だ。  何故こんなところに連れ出されているのか、覚醒してきた頭で考えてもわからない。それを察したのか葛城は一時間ほど前に神谷宅を突然訪れた際に言った言葉を口にした。 「旅行、行きますよって言ったでしょう」

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