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第七章・6

「やけに真剣な顔をして食べるなぁ。口に合わなかったか?」 「いえ。この味、どうやったら盗めるかなぁ、って」  真は、杏の言葉に苦笑した。 「デート中に仕事の話は、無しだぞ」 「すみません!」  でも、どれも本当に美味しくて。 「僕なんか、まだまだだなあ、って思います」 「そんなことはない。君の作る料理は、最高だ」  杏の料理は、二度と同じものが出ないのだ。 「例えば、茶わん蒸しを作ってくれたとする。そして次の茶わん蒸しは、前の茶わん蒸しより確実に美味くなってるんだ」 「わ、解ってくださってたんですか?」  反省を踏まえて、次回は出汁に工夫をしてみたり。  有名料亭のレシピを、真似してみたり。  そんな風に、杏はいつも精進を欠かさなかった。 「いつも、美味しい料理をありがとう。本当に感謝してるよ」 「そんな。僕の味なんか、まだまだです。でも……、ありがとうございます」 「感謝の気持ちを表そうと思ってね。今夜は、このホテルにお泊りすることになってる」 「え!?」 「掃除も洗濯も、明日の朝食も何も考えないでいいんだ。あとは、寝るだけだ」  複雑な表情の杏を見て、真はただ微笑むにとどまった。  確かに今夜、このホテルで初夜を迎えられればどんなにいいだろう。 (だが、ただぐうぐう眠ってしまってもいいんだよ、杏)  真は、穏やかな気持ちに落ち着いていた。

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