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好きな人がいる

好きな人がいる。 だけど、その人には僕じゃない好きな人がいた。 「トオル君、帰ろ。」 今、その人の腕の中には僕がいる。彼が僕を好きだとか嫌いだとか無関心であるとか、そんなの関係がない。 だって、僕の側に彼がいて、事実僕らは付き合っているのだから。携帯を弄りながら僕の方を見ないようにする彼が本当に僕を好いているのかなんて、関係ない。 恋人同士のイベントは色々ある。 クリスマス、バレンタイン、花火大会、1年記念日。 そして誕生日。 恋人がいる人はこれらのイベントを少なからず意識する。特に自分の誕生日だなんて思わずウキウキしてしまうものだ。 僕もそれ。 相手はきっと僕の誕生日なんて興味もないし、知りも知らないだろうけど、関係なく楽しみにしてみまう。 だから、何も言わずにいつも通り家に誘った。ちょっとだけ、いつもより豪勢な夜ご飯。ホールではないけれど、ショートケーキを2つ買った。 自分から言えばいいけど、敢えて言わない。ふーんで終わったら情けなく泣いてしまいそうだから。だから気づいても気づかなくてもいい。なんなら気付かないフリされたって構わない。今日だけは一緒にいたかった。 「トオル君、いらっしゃい。」 家のチャイムが鳴って、ドアを開ける。花束を持って現れたらきっと僕は泣いて喜ぶ。だけど、やっぱりいつも通りのラフな格好で現れ、両手には何も持っていなかった。 それを見て、やっぱりねと落胆した。 食事が待つ机まで案内して、シチューを器についだ。 「いつもより豪華だな。」 無口な彼が珍しく言葉を発した。 「そうかな、いつも通りだよ。」 気付け。 気付け。 「そうか。」 その場に座り、箸を持った彼にやっぱり落胆。少しは何かあったかくらい言ってくれればいい。そしたら、よく分からない意地をはっている僕は素直に話せるかもしれないのに。 静かな食卓。 いつもならくだらない話をする僕もなんだか言葉が出てこない。少しだけ僕は怒っているのかもしれない。身勝手な怒りだ。 ただ、やっぱり自分の誕生日くらい元気にやりたい。ケーキを食べるとき白状してもいいかも…。そして少しだけ祝ってもらいたい。 「あのさっ…。」 僕が言葉を紡ぎかけた時、携帯が鳴った。 僕じゃない。 彼のだ。 言い掛けた言葉を取りやめる。 いつもなら食べ終わったらすぐに風呂に入り、ヤる。だからその前にケーキがあることを伝えたかった。だけど、そう言うわけにはいかなさそうだ。 「出る。」 なんで、なんて問わない。答えは知っている。そのまま立ち上がって出ていく彼につい、腕を掴んでしまった。 「なんだ。」 「いやっ、ごめん。なんでもない。」 そんな睨まなくていいのに。急いでいるんだと邪魔だとそんな目で見ないでくれ。涙が出てくる。 「…はぁ。」 そのままドアが閉まる音がした。 やけに響いたその音に涙が止まらなくなった。 いつも通りの朝。 彼と一緒に通学路を歩く。 眠た気な顔をしている彼も好きだ。 僕の特権。 「あー!!慎さーん!!」 前からブンブンと手を振る男の姿。犬っころみたいな彼の名はケンタ。少し犬っぽい名前に初めて会った時はよく合うと思った。 「どうした?」 「これ、誕生日プレゼントっス。」 はいっと渡された綺麗な包みに入ったプレゼント。よくこの子は憶えていたなと思いつつ、隣に彼がいるのを思い出し頭を抱えた。 「誕生日…?」 それがこの前だったなんて絶対にバレては行けない。こちらをジッと見つめる彼に二ヘラと笑う。 「えっ?知らなかったんスか?慎さんの誕生日は、」 「今日誕生日だったんだ。だけど別に大したことないし、気にしなくていいよ。」 一昨日だったなんて言葉をわざと遮る。ケンタはびっくりした顔をして、戸惑っているけど曖昧に微笑んで察してもらう。一瞬で顔を顰めたケンタだったがどうやら伝わったようだ。その後はその事に触れることはなかった。 「これ、香水っス。よかったら使って下さい。」 「ありがとう、ケンタ。」 「えへへ。じゃあ!!」 てってっと走って行ったケンタを見送りながら僕たちも歩き出す。 「誕生日なのか?」 再度確認してくる意図はなんだろう。 よく分からない。 「別にただの誕生日だから。」 「そうか。」 貰ったプレゼントを握りしめて、前を向き直す。僕にはもう一度彼の顔を見るなんて出来なかった。 帰り道。 一緒に帰るのは火曜日と金曜日。 他は送り迎えだ。 誰のって、彼の好きだった人のだ。 どうやらその好きな人っていうのは狙われているらしい。馬鹿馬鹿しい話でよく知らないけど、月、水、木はその好きな人の彼氏が用事でいないから代わりに迎えに行くらしい。 意味不明だ。 本当に。 だから今日も1人で帰る予定だった。 そもそも彼は昼から教室にいなかったし。 どうせ、この前の誕生日の時もその好きな人とやらが癇癪でも起こして呼び出されたのだろう。今日だってたぶんそう。 ため息をつきながら帰路につく。 校門を抜けて曲がり角。 グイッと腕を引っ張られた。 何事だ。 後ろを振り向くと汗だくの彼がいた。 「なんで…。どうしたの?」 無言で紙袋を渡された。 「祝ってやれなくてすまない。」 それだけ言って、また走って消えて行った。 「なにそれ。」 紙袋をのぞき込むと兎の人形が入っていた。 「何これ。」 何故か笑いと涙が止まらなくなった。 僕のイメージこれ? 何これ。なんでうさぎ? 馬鹿みたいだ。 大笑いしてウサギを抱きしめる。 「こんなの全部許しちゃうに決まってんだろ。」

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