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彼の好きな人

一目惚れだった。 高校に入って初めて話して恋をした。顔が好みで声が好みで性格も好みで、だから好きになった。 ストーカーなんて言葉があってるかもしれない。 彼のことを調べた。 そして、中学の時に好きな人がいて、その人を今でも想っていることを知った。その、好きな人というもの恋人ができたらしい。 ただその恋人やらと上手く行かずにいつも彼を呼び出しては相談に乗って貰っていると。 いいように使われている。 最初はそう思った。 だけど、健気に思う彼に好感度が上がってしまった。 そして、その日は雨だった。話したこともないけど、勇気を出して話しかけた。僕は見ていたから。いいように使われた後の彼を。迎えに来た恋人とキスをする好きな人。それを見た彼の顔は悲しいほど歪んでいた。傘を持たぬ彼に傘を傾けた。 「そんな顔をするなら泣けばいいじゃないか。」 「誰だ。」 「僕はクラスメイトだよ。」 「そうか。」 「風邪、ひくよ。」 「ああ。」 「僕一人暮らしなんだ。温かいスープをあげる。だから一緒に来て?」 それがはじめてのコンタクト。そのまま引き摺るように家まで連れ帰って、風呂に入らせスープを渡した。 放心状態の彼はすぐにいうことを聞いてくれた。別に初めっから僕と彼は身体の関係にあったわけではない。 その後もストーカーの如く追いかけ回して、やっとのこと彼と付き合うことが出来たのだ。口説き文句はこれだった。 「好きな人を忘れるには新しく好きな人を作ることだよ。だから、付き合って。」 当然の如く、断られると思っていた。事実、断られた用に言い訳も考えていた。だけど、彼は静かに頷いた。 いつも通り無表情で。 彼がどこで何していようが何も言わなかった。 だって知らないから。 彼が僕じゃない誰かを抱きしめても何も言わなかった。 だって僕には見えなかったから。 だから、目の前でまるで恋人かのように抱きしめ合う2人を見て、僕ははじめて言葉を発した。 「なんで、どうして?意味わかんない。」 でも、その言葉が彼らに聞こえることはない。僕は今教室で、彼は今校門の前にいるのだから。2人は数分経ってからその場から移動した。 今日は残念ながら火曜日だった。僕と彼が一緒に帰れる日。それを奪い去ったあの男が許せなかった。 数分前まで彼はそこにいた。 ホームルームの時間、彼は窓の外を見て驚きの表情を見せると走って教室から出て行った。教師が話しかけても振り返りもせずに。もちろん、僕を見ることも。 ちらりと窓を見ると、そこには彼が愛してやまなかった男がいた。そして、その後その男は自ら彼の胸へと飛び込んだ。 彼もそれを許した。 気が狂いそうなほど嫉妬した。 机にシャーペンでぐるぐると意味もなく円を書く。徐々に濃くなっていく。そして、シャーペンの芯が折れた。 体育の後、裏門を通ると何故かまたあの男の姿があった。彼の愛する人の姿だ。なんの気もなしにその男に近寄った。 「トオル君ならまだ着替え中だよ。」 「そっか。」 「また、泣きつきに来たの?また、恋人と喧嘩したの?」 「なんでそれ…。」 「見てれば分かるよ。ねぇ、いい加減トオル君をいいように使うのやめてよ。お前のせいでトオル君は永遠にあのままだ。お前に囚われ続けてる。」 「なっ!あんたに何がわかんだよ!!」 そんなの知らない。 こいつが何に狙われているのか知らない。 彼が何のためにこいつを守るのか知らない。 でも、でも、彼は確かに僕の彼氏の筈だ。 頷いた。 あの時恋人になってと言ったら頷いた。 間違いなく彼は僕のもののはずだ。 「恋人がいるなら、トオル君に抱きつかないでよ。恋人と喧嘩したってだけでトオル君に頼らないでよ。もう、トオル君に近寄らないでよ!!」 男の胸元を引っ張って、声を張る。 そして、僕は目の前の男を押した。 その反動で彼はその場で尻餅をついた。 「わたるっ!」 後方から声がした。 彼の声だ。 僕には目もくれず目の前の男の元に行く。 大丈夫かと聞きながら、手を差し伸べる。 やっとこっちを見たかと思うと嫌悪の目で睨んできた。僕と認識をしていなかったのか一瞬眉を寄せた。 「お前、何をした。」 それでもその言葉は疑いの言葉で、嫌悪の声で、信用なんて全くなかった。普通恋人にそんな目でそんな声で話しかけるか。僕ならそんなことしない。 だから、やっぱり僕と付き合っていたのは僕を好きなのではなく、ちょうどそこにあったから、だったのだろう。 好きな人には好きな人がいて、諦めなくては行けなくて、ちょうどいいのがそこには転がっていた。 それだけだ。

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