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第1話 プロローグ
プロローグ 森にさ迷って
頭が、痛い。
僕は鳴り響くような頭痛を掌で押さえながら
酷く足場の悪い森の道を歩いていた。
暗い樹木に囲まれ空もはっきりとは見えない。
不幸にも冷たい雨が降り注いでいる。
体温は奪われ、息はふるえる。
どこに行けばよいのかわからないのだ。
ただ、森を抜けたいだけ。
この暗い森を。
どうしてこうなったのだろうか…………。
そうだ。遭難している。
一番近い記憶を辿ると、先ほど、雨がポツポツと頬にあたる感触で僕は目覚めた。
どうやら倒れていて、顔を動かすと頭には痛みが。
触ると血が滲んでいた。
目の前には崖がそびえて、上から転落したらしいことがわかった。
それから、この有り様だ。
困るのは、自分が何者か、名前すら思い出せないことだ。
歩いても、歩いても、景色は大差ない。
僕はそろそろ目眩がしてきた。
ここに倒れこんでも良い気すらするが、そしたら僕はもう二度と目が覚めないだろう。
山の気温は冷たく、そしてこの雨だ。
絶望に気力が削がれ諦めかけた瞬間だった。
道が開けているのだ。
僕は迷わず山道らしきものを必死で歩いていった………………。
悪い夢への漂着 「ようこそ、初めに言っておくけど忘れなさい」
どれほど歩いただろうか。
狭い山道の先がいきなり広くなったかと思うと
そこには大きな洋館があった。
周辺には何も無く、ただ洋館と噴水のある広大な敷地だけが、森の中に存在しているのだ。
風はびゅうびゅう吹いている。
こうしてる間にも雨はざあざあぶりのままだ。
近寄ってもチャイムは見当たらない。
僕は玄関のライオンのようなそうでないような、奇っ怪な獣が象られているドアノックを叩いた。
………………………………………。
いくら待っても、扉が開く気配はない。
僕は裏手に周り、人気が無いか、1Fの窓から確かめることにした。
誰か………。いないのか……。
裏に回り、カーテンで閉ざされた窓を覗き込もうとしたその時だった。
いきなり僕の体に後ろから衝撃が走った。
地面につっぷされ、誰かに乗られて押さえ込まれている。
首筋にヒヤリと冷たいものがあてられた。
「おやおや、侵入者か?」
冷たいものはそうやってピリリと僕の首筋をなぞる。
「強盗でもしにきたのか?答えろよ」
「ヒッ」
泥に濡れた雑草に顔がつんのめる。
「み、道に迷っただけだ!頭を打って、遭難しているんだ、助けてほしい!」
男は僕の髪をひっ掴み無理やり顔を向けさせた。
「……」
冷たい眼差しの綺麗な顔立ちの男だった。
男は見慣れない人物に少し驚いたのか、片眉を釣り上げて僕の顔をまじまじと突き刺すように穴が開くほど見つめた。
「ふん……」
痛く髪を掴んでいた力が和らぐ。
「いいだろう、こちらに来いよ」
彼はマジマジと舐めるように僕の顔を見渡したかと思うと、解放して立ち上がらせた。
年齢は20代前半程度か。
口元には気味の悪い酷薄な笑みを浮かべている。
手には洋風の短剣を持っていた。
冷たいものの正体だ。
首を触ると確かに血が出ている。
本物じゃないか!
危険な男だが他にどうしようもできない。
僕は洋館の中に招き入れられた。
急に僕の肘を掴んで自分の方に僕の顔を寄せて、密やかな距離で
「ふ…。オマエなんであそこにいたんだ?」
男は咎めるように低い声で言う。
「それが…覚えてないんだ。頭を打ったみたいで、全て」
「名前も?」
男は吃驚した顔をして訪ねる。
「ああ…名前も…全部の記憶も」
「ふぅん…。
……俺の名前は恵人 だ。
家の者全員に知らせてくるからまぁ休めよ……。一室を提供してやる」
提供された一室。そこは狭い、使用人部屋のような部屋だった。
簡素なりに全てアンティークであつらえてあり、なかなか雰囲気はある。
そう怖いくらいに、何だか雰囲気が。
やっと一息ついているとノックがした。
「恵人さまの言い付けで参りました。この館の執事安堂と申します」
そこには先程の細身の男より背の高い、180cm以上は優にあるかと思われる洋風のスーツ姿の男が立っていた。
まるで映画の中に出てくる執事の姿と寸分違わない。
前髪をバックに撫で付けた男は
「おや、濡れたグショグショの体のままベッドに寝られたのですね。お着替えと替えのシーツはお持ちします」
「先に頭のお手当てをなさりましょう」
僕はされるがままに力無く横たわり無抵抗につとめる。
頭に沁みる消毒液を塗られ、ガーゼを当てられ包帯を巻かれた。
「先程の恵人さまはね、現役医大生なのですよ。何かあっても看てもらえます」
あんな男が?医大生?
ゾクッとした。
いかにも解剖なんか好きそうじゃないか。
「さて、お洋服を替えましょう」
男はそう言い、俺の服を脱がし、下着にも手をかけた。
戸惑い、男のかけた手を握り返した俺に
「男同士で何も恥ずかしがることはありません」
端正な顔は表情も変えずに全てを剥ぎ取り、手際よく下着を履き替えさせてくれた。
無地のベージュシャツと黒いボトムに着替えさせられ、男は着ていた服は破れているので処分すると告げた。
彼は気になることを呟いた。
「ここにいる間はあなたの全てを捧げなければいけないことになりますよ……。さ、汚れたお体を浴場でお清めましょう。その間にシーツは交換しておきます」
なんだか意味不明だが、僕は風呂場に案内された。
浴場は驚くほど綺麗で広く、温泉のように湯船が広く、湯の中には彫刻が立てられていた。
彫刻の持つ瓶からお湯が流れ出ている。
なんだか非現実的な場所に来てしまった。
暖かい湯にあたりながら溜め息が出た。
入浴場を出るとすぐの廊下に丁度美しい妙齢の夫人が立っていた。
「ふふふ…。私が恵人の母親ですわ。森を迷っていたんですって?所持品は何もお持ちでないと。私どもに出来ることなら、協力してさしあげますわ」
「電話はかしていただけませんか」
「電話……」
夫人はいきなり眼を鋭く光らせた。
「電話は………ないのよ」
「えっ」
「電話はありませんのよ、ここには」
「それじゃ、どうやっていつも……」
「ほほほ。とにかくこの家には電話がありませんの。暫くしたら家の者が町まで降りて買い物に行きますわ。ついていったらよろしいわ。それまでゆっくり体を休めてくださいな」
大きな胸元を張り上げながら夫人は笑った。
首元のスカーフが揺れている。
「さあ、大広間まで案内するわ」
「これは、これは、大変だったねぇ」
大きなソファーにこれまた恰幅のよい大きな肥満の男が身なりよく座っていた。
手には指輪をはめ、毛並みの良いガウンを羽織り、パイプをくゆらせている。
「この家に来たからには何なりと力になるよ。私達の息子達とね」
傍には先程の夫人が密着して寄り添っている。
だが、どうにもこちらを見る目に
言い表せない醜悪な笑みを浮かべるのだ。
この館に来た時から、何だか不穏な気配がつきまとう。
気のせいだろうか?
「この家には、私達夫婦と執事の安堂と、そして息子2人の5人しか住んでいない」
「息子、2人……」
「恵人と、それから長男の繁(しげる)。繁には教えているからいずれ会いに来ると思うよ…。君にね…。ククク…」
僕は広間を後にし、与えられた室内に戻った。
部屋の前には銀のトレイにパン三切れと、具無しのスープとサラダ、そして水の入ったガラスのピッチャーという簡素な食事が載せられたワゴンが置かれていた。
食べるとやっと胃に血流が流れ気持ちも落ち着く。
頭の痛みはいつの間にかおさまっていたが、何だか気味の悪い家だ。
一人きりの部屋に戻っても視線がまとわりついているような、そんなぬめった空気が漂うのだ。
僕は電気を消し寝ることにした。
体が随分疲れていたのだろう。僕は深い眠りの中に、一気に沈み込んでいった。
夢魔の指先 「それは血も凍るほど恐ろしい」
……………………………………。
…………………。
………………。
……………。
なんだろう。
体をなぞるような感触で眠りの沼から僕は意識を呼び戻させられた。
掌が腕にあてられ、ゆっくりと足まで撫で下ろされる。
太股や、尻へと、ゆっくりまさぐられ
体を辿るその手は止まらない。
夢…?
ふいにその夢の指は胸元のボタンをプチプチと外した。
薄く眼を開けると暗闇の中に蠢く人影があった。
それは恵人だった。
「あれ…なに、を……」
寝ぼけた声を発すると恵人はまたナイフを僕の首筋に突き付けてきた。
「ヒッ」
露になった僕の胸に顔をうずめ右の乳首に舌を這わせる。
何だよこれは。
力任せに押し退けようとしたら
ナイフに力を込められた。
痛みが広がる。
スラッと腕を切られた。
「抵抗するな。首を切るぞ」
張りつめた弓を一気に弾いた響きのような静かな怒声に。
僕は震えて動かなくなった。
ひとしきり胸に舌を這わせ満足すると
恵人は無抵抗の僕を脅し四つん這いに這わせ、後ろからかぶさって、僕の胸元をナイフを持たない片手でいじりまわしてくる。
実を握り潰すように突起をぐにぐにと弄ぶ。
固まる僕を尻目にいじりながら恵人は愉快そうに笑う。
「ここにいる間オマエは俺に奉仕をするんだ。
よろしくな。
オマエの初めては俺が貰う。
どうした?目が怯えているぞ」
恵人の目は既に暗闇に慣れている。
「もっと痛がらせてやる。なあに、従順になれば「それなり」には扱ってやるが……ククく」
目の前の人物は
本当に可笑しそうに笑いを噛み締める。
胸を弄び飽きたのか、恵人は僕の下半身に手を添わせ、何もかも取り去った。
「いいか?怪我をしたくないならじっとしてろ」
言うなり、僕に覆い被さり、後ろから割り開いてきた。
あまりに強引な侵入に、ブツブツと繊維を引き裂かれている。
苦痛の声が出る。
恵人は「くっ」と小さく呻いた。
「ほら…力を抜いて緩めろよ…俺のために。これからオマエは俺を喜ばすための玩具になるんだ」
酷い激痛だった。血が伝う感触。
「痛いっ!やめてっくっ!」
どこにも逃れられない。
「たすけ……」
「泣いてるのか?オマエ……。ははあ。色っぽいぞ、なかなか」
ガクガクと足が笑うような頭の血が一気に巡る激痛だった。
僕を揺さぶる震動を与える恵人を睨み付けた。
だが恵人はあの酷薄そうな笑みで見下ろし、片方の口角を上げるばかりだった。
…………………………。
気づいたら朝だった。
だが昨日の乱暴が夢で無いことは腕にある一線の切り傷と、全身の軋むような痛み、何より体の中心の特別な痛みによって分かった。
背中からかけ登る恐怖を改めて感じた。
ここから離れなければ。
僕は衣装タンスの中から、替えの服に着替え、部屋を出ようとすると扉を開けて吃驚した。
物言わぬ安堂が立っていた。
そのまま平然と中に入りながら安堂は
「ここではね、全員どこかしら、歪んだ性をお持ちです。
ここにいる間は、耐え忍ぶしか方法は無いでしょう。
あなたは供物なのですから……」
僕の腕を強引に掴むと
「さ、傷を治療しましょう。ベッドにうつ伏せになり、患部を見せてもらいましょうか」
かなり腕力があることが伺い知れた。
僕は黙って羞恥と混乱に耐えながら、言われた通りにし、ベッドの上で傷を見せた。
ピンセットに綿をはめられたものが、僕の傷をちょいちょいと触る。
「痛いでしょう。繰り返す内に慣れてきますから、暫くの辛抱ですよ」
冗談じゃない。
この執事にも狂気を感じる。
あたりを充満する消毒アルコールの臭いが更に僕の緊張を高めた。
「この屋敷から出たい。道を教えてくれ」
「それはなりません。恵人さまのお言いつけです」
「なっ!
ふざけるな」
僕は安堂の横を強引に通り抜けようとする。
安堂は僕の体を掴み、強い力でベッド付近まで押し戻す。
「いけませんね。暫くの間、鍵を閉めておきましょう」
そういって安堂は部屋を出た。
カチャリと音がする。
慌てて扉にかけよると鍵がかかっている。
内鍵が無い!外から鍵を閉める作りになっている。
なんなんだこれ。
窓も開閉できないように作られていた。
重厚な扉は、そういえば牢のようだし、
窓にも格子がはめられていることに今更気付いた。
僕は監禁されている。
ベッドの上で途方にくれた。
窓から差す光はいつの間にか暗くなっていた。
………………。
……………………。
トントン
ノックがする。
「今、助けてやる」
低い声がする。
あれから眠っていたらしい。
気がついたら外は夜だ。
扉が開けられる。
「悟 、大丈夫か」
目の前には30代になりたてのような男が一人たっていた。
雰囲気はとても涼しげで、成熟した大人の男の色香がある。
さとる?
僕はさとるだったのか?
男は僕の顔を見るなり、優しげな一息をついて、僕の頬に手をあてた。
「良かった、無事で」
この人は僕の知り合いなのだろうか。
「出よう」
僕の手を引っ張る。
逃がしてくれるのか?
男に手を引かれ階段を降りた。
なるべく物音を立てないように。
「僕は悟という名なんですか?」
「そうだ。俺といつも一緒にいた」
「一緒?」
「しっ」
声が大きかったか。男は続けた。
「ある日突然いなくなった。
こっちだ」
ガチャン
え?
黒い扉が閉じられた。
こ、ここは…出口じゃない。
真ん中にはデカデカとヨーロピアン的な薄絹のレースを垂らした天蓋付きのベッドが置かれ、暗い部屋をピンクの間接照明だけが照らし、ピンクのフリルのピローや花柄のクッションが敷かれている。
まるで新婚夫婦の寝室のような、ロマンチックな一部屋だった。
「俺達2人の部屋だよ。2人で暮らしていた…」
ふりむくと男は怪しい眼差しでこちらを見ている。
「もう逃がさない」
男は俺を押さえつけると、腕を縄で縛りベッドにくくりつけた。
目にはガムテープのようなものを貼られ目隠しを受ける。
「なぜいなくなったんだ。なぜ消えた。ただ一人の俺の伴侶なのに…」
正気じゃない。こいつも狂っている。
「気持ちのよいことを、もっといっぱい、沢山してあげよう。そしたら君はもう俺から離れられない………ふふふふふ。
ほら、愛しあおう、いつものように」
男は拘束された僕をシャツ以外何も纏わせぬ裸にした。
そして足を無理やりに広げ、股関節が軋む僕に構わずに思う通りにした。
喉の奥から苦痛の悲鳴が漏れた。
「きつい…なっ。
どうしたんだ…さとる、まるで初めてのようだな……」
荒い息を吐きながら男がうわごとのように恍惚と呟く。
唇に柔らかい感触があたり
長い舌が僕の口の中を舐め回し絡めとる。
痛くてそれどころじゃないので、口を離そうと抗えない。
内臓を押し上げられる度息と共に勝手に声が飛び出す。
ただ苦しいだけだった。
「いつものように繁と囁いて、いってくれ……」
それでも何も答えない俺に、構わず男は行為を止めない。
嫌なことに男が僕の内側をこすっている間、次第に変な疼きを体の内側で覚え始めた。
その内に男は果てたが、僕はそのままにされ
着衣を直す衣擦れの音が聞こえた後
男は無言で部屋を出ていった。
きっと鍵は閉められている。
僕の体は太股に男の欲望が伝うのを残したままの何もかもそのままだ。
僕は…………どうする?
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