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第2話 夢魔の指先
……………………………………。
…………………。
………………。
……………。
なんだろう。
体をなぞるような感触で眠りの沼から僕は意識を呼び戻させられた。
掌が腕にあてられ、ゆっくりと足まで撫で下ろされる。
太股や、尻へと、ゆっくりまさぐられ
体を辿るその手は止まらない。
夢…?
ふいにその夢の指は胸元のボタンをプチプチと外した。
薄く眼を開けると暗闇の中に蠢く人影があった。
それは恵人だった。
「あれ…なに、を……」
寝ぼけた声を発すると恵人はまたナイフを僕の首筋に突き付けてきた。
「ヒッ」
露になった僕の胸に顔をうずめ右の乳首に舌を這わせる。
何だよこれは。
力任せに押し退けようとしたら
ナイフに力を込められた。
痛みが広がる。
スラッと腕を切られた。
「抵抗するな。首を切るぞ」
張りつめた弓を一気に弾いた響きのような静かな怒声に。
僕は震えて動かなくなった。
ひとしきり胸に舌を這わせ満足すると
恵人は無抵抗の僕を脅し四つん這いに這わせ、後ろからかぶさって、僕の胸元をナイフを持たない片手でいじりまわしてくる。
実を握り潰すように突起をぐにぐにと弄ぶ。
固まる僕を尻目にいじりながら恵人は愉快そうに笑う。
「ここにいる間オマエは俺に奉仕をするんだ。
よろしくな。
オマエの初めては俺が貰う。
どうした?目が怯えているぞ」
恵人の目は既に暗闇に慣れている。
「もっと痛がらせてやる。なあに、従順になれば「それなり」には扱ってやるが……ククく」
目の前の人物は
本当に可笑しそうに笑いを噛み締める。
胸を弄び飽きたのか、恵人は僕の下半身に手を添わせ、何もかも取り去った。
「いいか?怪我をしたくないならじっとしてろ」
言うなり、僕に覆い被さり、後ろから割り開いてきた。
あまりに強引な侵入に、ブツブツと繊維を引き裂かれている。
苦痛の声が出る。
恵人は「くっ」と小さく呻いた。
「ほら…力を抜いて緩めろよ…俺のために。これからオマエは俺を喜ばすための玩具になるんだ」
酷い激痛だった。血が伝う感触。
「痛いっ!やめてっくっ!」
どこにも逃れられない。
「たすけ……」
「泣いてるのか?オマエ……。ははあ。色っぽいぞ、なかなか」
ガクガクと足が笑うような頭の血が一気に巡る激痛だった。
僕を揺さぶる震動を与える恵人を睨み付けた。
だが恵人はあの酷薄そうな笑みで見下ろし、片方の口角を上げるばかりだった。
…………………………。
気づいたら朝だった。
だが昨日の乱暴が夢で無いことは腕にある一線の切り傷と、全身の軋むような痛み、何より体の中心の特別な痛みによって分かった。
背中からかけ登る恐怖を改めて感じた。
ここから離れなければ。
僕は衣装タンスの中から、替えの服に着替え、部屋を出ようとすると扉を開けて吃驚した。
物言わぬ安堂が立っていた。
そのまま平然と中に入りながら安堂は
「ここではね、全員どこかしら、歪んだ性をお持ちです。
ここにいる間は、耐え忍ぶしか方法は無いでしょう。
あなたは供物なのですから……」
僕の腕を強引に掴むと
「さ、傷を治療しましょう。ベッドにうつ伏せになり、患部を見せてもらいましょうか」
かなり腕力があることが伺い知れた。
僕は黙って羞恥と混乱に耐えながら、言われた通りにし、ベッドの上で傷を見せた。
ピンセットに綿をはめられたものが、僕の傷をちょいちょいと触る。
「痛いでしょう。繰り返す内に慣れてきますから、暫くの辛抱ですよ」
冗談じゃない。
この執事にも狂気を感じる。
あたりを充満する消毒アルコールの臭いが更に僕の緊張を高めた。
「この屋敷から出たい。道を教えてくれ」
「それはなりません。恵人さまのお言いつけです」
「なっ!
ふざけるな」
僕は安堂の横を強引に通り抜けようとする。
安堂は僕の体を掴み、強い力でベッド付近まで押し戻す。
「いけませんね。暫くの間、鍵を閉めておきましょう」
そういって安堂は部屋を出た。
カチャリと音がする。
慌てて扉にかけよると鍵がかかっている。
内鍵が無い!外から鍵を閉める作りになっている。
なんなんだこれ。
窓も開閉できないように作られていた。
重厚な扉は、そういえば牢のようだし、
窓にも格子がはめられていることに今更気付いた。
僕は監禁されている。
ベッドの上で途方にくれた。
窓から差す光はいつの間にか暗くなっていた。
………………。
……………………。
トントン
ノックがする。
「今、助けてやる」
低い声がする。
あれから眠っていたらしい。
気がついたら外は夜だ。
扉が開けられる。
「悟(さとる)、大丈夫か」
目の前には30代になりたてのような男が一人たっていた。
雰囲気はとても涼しげで、成熟した大人の男の色香がある。
さとる?
僕はさとるだったのか?
男は僕の顔を見るなり、優しげな一息をついて、僕の頬に手をあてた。
「良かった、無事で」
この人は僕の知り合いなのだろうか。
「出よう」
僕の手を引っ張る。
逃がしてくれるのか?
男に手を引かれ階段を降りた。
なるべく物音を立てないように。
「僕は悟という名なんですか?」
「そうだ。俺といつも一緒にいた」
「一緒?」
「しっ」
声が大きかったか。男は続けた。
「ある日突然いなくなった。
こっちだ」
ガチャン
え?
黒い扉が閉じられた。
こ、ここは…出口じゃない。
真ん中にはデカデカとヨーロピアン的な薄絹のレースを垂らした天蓋付きのベッドが置かれ、暗い部屋をピンクの間接照明だけが照らし、ピンクのフリルのピローや花柄のクッションが敷かれている。
まるで新婚夫婦の寝室のような、ロマンチックな一部屋だった。
「俺達2人の部屋だよ。2人で暮らしていた…」
ふりむくと男は怪しい眼差しでこちらを見ている。
「もう逃がさない」
男は俺を押さえつけると、腕を縄で縛りベッドにくくりつけた。
目にはガムテープのようなものを貼られ目隠しを受ける。
「なぜいなくなったんだ。なぜ消えた。ただ一人の俺の伴侶なのに…」
正気じゃない。こいつも狂っている。
「気持ちのよいことを、もっといっぱい、沢山してあげよう。そしたら君はもう俺から離れられない………ふふふふふ。
ほら、愛しあおう、いつものように」
男は拘束された僕をシャツ以外何も纏わせぬ裸にした。
そして足を無理やりに広げ、股関節が軋む僕に構わずに思う通りにした。
喉の奥から苦痛の悲鳴が漏れた。
「きつい…なっ。
どうしたんだ…さとる、まるで初めてのようだな……」
荒い息を吐きながら男がうわごとのように恍惚と呟く。
唇に柔らかい感触があたり
長い舌が僕の口の中を舐め回し絡めとる。
痛くてそれどころじゃないので、口を離そうと抗えない。
内臓を押し上げられる度息と共に勝手に声が飛び出す。
ただ苦しいだけだった。
「いつものように繁と囁いて、いってくれ……」
それでも何も答えない俺に、構わず男は行為を止めない。
嫌なことに男が僕の内側をこすっている間、次第に変な疼きを体の内側で覚え始めた。
その内に男は果てたが、僕はそのままにされ
着衣を直す衣擦れの音が聞こえた後
男は無言で部屋を出ていった。
きっと鍵は閉められている。
僕の体は太股に男の欲望が伝うのを残したままの何もかもそのままだ。
僕は…………どうする?
⬜︎分岐⬜︎
*このままここにいる・・・このまま下にスクロールして読み進めて下さい↓
*部屋から脱出をはかる・・・次のページの話に進んで下さい。
↓
↓
↓
やっぱり、このままここにいてチャンスが出来るまで待っていよう。
幸いにも繁は他の家族と違い、自分に対して優しさがありそうだ。
きっとチャンスがある。
……………………………………。
~半年後
「ほら、お口をああんして」
繁の人差し指が優しく僕の唇を割り開いた。
持ってきたスープをスプーンで流し込ませようとしている。
「ちゃんと食べなきゃだめだよ」
繁は器のスープをスプーンでかき混ぜながら、一人言のように囁く。
あれから繁は縛りを解いてなどくれなかった。
「放すと、逃げちゃうだろ?
もう同じミスは繰り返さないようにしよう……俺達」
そういって繁は器を置くと俺に唇を重ね合わせ、頬を撫でながら深い口付けをした。
あれから毎晩繁に抱かれている。
有無を言わさず、僕の体は繁に慣れてきてしまっていた。
放されるのはトイレと入浴の時だけで、その時も繁は片時も離れない。
こうなってくると、ああこの人を僕も愛してるのかもしれないと最近では思うようになってきた。
あんなに毎夜、抱き締められるんだもの。
気になるのは最近痩せ細る体が止まらないということだけ。
僕の魂は狂気に汚染されゆき、やがて呑み込まれる。
僕自身にも止められないのだ。
《終》
badend 繁② 俺のシアワセ
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