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北の山から戻った3人のお話……帰還
久々に戻った家は、馴染んだ匂いがした。
本当に、生きて帰ってきたのだと、カースは心底ホッとした。
途端にカクンと膝から力が抜ける。
片手に山ほどの荷物を抱えていたカースは、手を出す事も出来ず、衝撃を受ける覚悟をした。
が、カースが床に膝を付くより早く、リンデルのしっかりした腕が男を支える。
「大丈夫? 安心したら、気が抜けちゃったかな」
リンデルは金色の目を細めて、どこか嬉しそうに笑った。
きっとこの青年も、無事家に戻れた事が嬉しいのだろう。
最後に戸締りをして入ってきた小柄な従者も、安堵した様子を滲ませている。
「本当に良かった。三人で、生きて戻って来れて」
リンデルは二人の顔を見回しながら言う。
しかし笑顔を浮かべるその瞳に、深い悲しみが宿っているのを二人は分かっていた。
青年が失ったのは、助けたかった少年の命と、一目で心を奪われた空色の瞳だった。
「リンデル……」
カースが、その指先で金色の髪がかかる頬を撫でる。
森色の瞳が、優しく告げている。
泣きたいのなら泣けばいいと。いくらでも付き合うと。
「ありがとう、……大丈夫だよ」
ニコッと笑って、リンデルは背を向けた。
荷解きを始めながら「カースもロッソも、今夜はゆっくり休もう」と告げられて、黒髪の二人は不安を残しつつも、それに従った。
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翌朝、カースは唇への違和感に目を覚ました。
「あ、カース。……お、起きた? おはよう」
極至近距離からの少し焦ったような挨拶に、男は半眼になる。
「……起きたんじゃねぇよ、起こされたんだ……」
「あはは……やっぱり……?」
申し訳なさそうに苦笑しつつも、リンデルは寝起きの男の掠れた声に、堪らなく色気を感じる。
「カース……」
囁きながら、リンデルの唇はカースの唇に覆い被さった。
リンデルの舌が、カースの乾いた唇をゆっくりと湿らせる。
男はそれを身体ごと避けると、おおあくびをしてから呻いた。
「確かに、昨夜は寝かせてもらったが……。だからって、朝からか。朝イチからなのか……」
げんなりとした男の様子に、リンデルは金色の髪を揺らして首を傾げる。
「え? ダメだった?」
不思議そうにしている青年に、男はボソリと答える。
「そんな一晩休んだくらいで、すぐ疲れが取れるかよ……」
「俺はもうすっかり、元気だよっ」
にこにこしながら握り拳を構えてみせるリンデルに、男は小さくため息をついた。
「お前は元気でも、俺はまだクタクタなんだよ……」
勘弁してくれとこぼしながら、男はリンデルに背を向ける。
「えー……」
さも残念そうな青年の声に、カースは代役を立てた。
「そんなに元気なら、ロッソに相手してもらえ。約束してたんだろ?」
痛いところを突かれて、リンデルが「うぐっ」と言葉に詰まる。
確かに、順番としては先約からにするべきかもしれない。
「……主人、様……」
そんな二人のやりとりを、固唾を呑んで窺っていたらしいロッソが、名を出されて初めて声を漏らす。
不安と期待が混ざり合ったその声は、しかし不安の方が遥かに重く聞こえた。
主人はやはり、自分とはしたくないのだろうか、という不安が痛いほどに伝わり、リンデルは小さく肩を竦める。
そんなつもりはないけれど、リンデルが今触れたいのはカースで……。
けれどそれは、ただ自分がカースに甘えたいだけなのだろうな。と、リンデルは冷静に自身を分析する。
ロッソの事も大切であることは、間違いがなかった。
リンデルは、ゆっくりと、気持ちを切り替えながら、声のした方へ向き直る。
ロッソは、一人用のベッドに座り込み、胸元に毛布を抱きしめるようにしていた。
その瞳はやはり、不安気に揺れている。
拒絶を恐れるその黒い瞳を、リンデルは金色の眼差しで包むと、安心させるように、にっこりと微笑んだ。
「ロッソ。お待たせ。しよっか」
途端、ロッソの頬が期待に色付く。
「は、はいっ」
ロッソのいつも後ろで括られている長い髪は、寝る間、腰下辺りでゆるく括られている。
従者が立ち上がると、艶やかな黒髪を束ねた赤いリボンが、どこか嬉しそうに跳ねた。
「俺はまだ寝るからな……?」
カースはそう言うと、のそのそと枕だけを抱えてロッソのベッドへ向かう。
ロッソはそんな男に道を譲った。
「悪いな、布団借りるぞ」
「いえ……」
ロッソは何とも言えずに僅かに俯く。
そんなロッソの頭を、カースはポンと撫でた。
「気にすんなって。二人で仲良くやってくれればいい」
そう言い残すと、カースは、まだあたたかさの残る布団に潜り込み、目を閉じてしまった。
ロッソはそろりと主人を見上げる。
リンデルは、そんな遠慮がちな従者にほんのちょっとだけ苦笑すると、両腕を広げる。
主人は金色の髪を揺らして微笑んだ。
「ロッソ、おいで」
「……っ」
ロッソは息を呑む。喜びに弛む表情を引き締めきれない。
「はいっ」
リンデルは、堪えきれずはにかむ従者が、それでも真っ直ぐ腕に飛び込んでくるのを、そっと受け止めた。
すっぽりと腕の中におさまる小柄な体躯が、何だか健気に思えて、その肩を、頭をゆっくり撫でる。
腕の中で、自分よりも厚みのないロッソの肩が小さく震えた。
「……もしかして、ロッソ、緊張してる?」
どことなく力の入っていた小柄な身体に、ギクリとさらに力が入る。
「もう三回目だし、今日は家なんだし、そんな緊張しなくても……」
と言いながらも、リンデルは優しく髪を撫で、額に口付ける。
「まあ、そういう真面目なところは、ロッソの良いところだから、仕方ないか」
苦笑するように、けれど甘く囁くように、リンデルは告げると、金色の瞳を蜂蜜のようにとろりと潤ませロッソを見つめた。
ロッソは案の定、いっぱいいっぱいになっていた。
何と返せば良いのか分からないらしく、ただきゅっと結ばれた唇。
白い肌に、漆黒の髪。そこへ力を入れたせいか赤く染まった唇が目を惹く。
ロッソは唇まで小さいな、とリンデルは思う。
赤くて小さくて柔らかそうな、この唇を、解いてみたいなとリンデルは初めて思った。
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