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北の山から戻った3人のお話…… 三人

「……本人は、もう十分だっつってんだろ」 カースの言葉に、リンデルが言う。 「でもさ、ロッソ、意識飛ばしたことないんだって」 ますます怪訝そうな顔で、カースが答える。 「んなもん飛ばさなくていいんだよ」 「でも、俺に飛ばして欲しいみたいだよ?」 「はぁ!?」 カースは視線を下ろすと、ロッソを見る。 「……そうなのか? ロッソ」 「あ……の、それは……」 森色の目は、ロッソに真っ直ぐ真意を問うている。 そこに、上から金色の瞳が降り注ぐ。 「ロッソ、俺にめちゃくちゃにして欲しいんだよね?」 ふんわりと、柔らかく微笑む金色の笑顔に、ロッソは心を奪われて頷く。 「あ……は、はい……」 「おいおい……、自殺行為だろ。こいつなら本当にやるぞ?」 カースが、やめとけと言わんばかりにかぶりを振りつつ言う。 そこに、金色の青年がニコッと人懐こそうに笑って口を開く。 「だからさ、カースも手伝ってよ。ケルトの、とき……みた……ぃ……」 そこまでで言葉は途切れる。 じわりと、絶望にも似た表情に変わってしまいそうなリンデルの顎を、くいと引き寄せたカースは、ベッドに膝で上がり唇をそっと塞いだ。 リンデルの心が解けるのを確認してから、男がゆっくり唇を離すと、金色の瞳が寂しげに揺れた。 「……カース……」 まるで涙のように、ぽつりと零された声の細さに、カースは胸が痛んだ。 やはりまだ、この青年はどこか無理をしている。 ロッソを必要以上に追い詰めていたのも、俺が離れることに怯えているのも、もしかしたらその所為なのかも知れない。 「……ああ、わかった」 カースが深く頷いて、続ける。 「溶けないやつでお前の記憶を上書きしとくのが、手っ取り早そうだな」 男の言葉に、リンデルが戸惑う。 「え……、俺、そんなつもりじゃ……」 「……お前を慰められるなら、ロッソも本望だろうよ」 言い当てられて、ロッソが小さく肩を竦める。 ロッソも正に今、それが叶うならばと望んでいた。 ロッソは思う。この男は、どうしてこうも、私のことも主人のことも簡単に見抜いてしまうのだろう。と。 彼はいつも、今の私達を見ながらも、ここより先を同時に見ている気がする。 先程の、主人への注意も、ロッソにはできない事だった。 この先の事を考えて、主人に必要な言葉を正しく与えるこの男に、ロッソは敬服せざるを得ない。 「ロッソはどうなんだ? 俺に触れられるのは、嫌じゃないか?」 思わず見つめていた森色の瞳が、不意にこちらを見下ろして、ロッソは小さく肩を揺らす。 「わ、私……は……」 急かすでもなく、ただ優しく気遣うように包む深い森の色に見つめられて、ロッソは息が詰まる。 触れてみたいと思ってしまったことならあった。 けれどその押し殺していた願いは、この旅で叶っていた。 彼が闇に侵されたのを良い事に、ロッソは愛を込めて彼に触れる事を許された。 それは、ロッソには身に余る光栄だった。 それなのに、今度は、彼から私に……触れてくださると……。 ロッソは、立て続けに起こる信じられないような出来事の数々に、いよいよ本格的にこれは夢ではないだろうか。と思い始めつつも、有難くその心を頂戴した。 「幸甚の、至りです……」 神妙に告げたロッソの言葉に、カースが目を細める。 「お前はいちいち喜び方が固いんだよな」 苦笑を浮かべたカースが、そのまま片側だけ口端を上げてニヒルに笑う。 「ま、そこがお前の、お前らしいところか」 優しく頭を撫でられて、ロッソが僅かに頬を染める。 「いいところだねって、褒めてるんだよ。俺も、そう思ってるよ」 リンデルがロッソを覗き込むようにして言う。 「お前はいちいち翻訳しなくていーんだよ」 「だって、カースいっつもちょこっと足りないんだもん、言葉が」 「はぁ? それをお前が言えるか? この口が?」 呆れたような声とともに、カースが片手でリンデルの両頬を潰すように、ぶにっと握る。 「うー……」とリンデルが小さく唸った。 「俺の言葉は、足りなくたって構わねぇんだよ」 それだけ言うと、カースはそっぽを向きつつも、視線だけでリンデルとロッソの瞳を順に見た。 『お前達には、届いてるだろう』と言外に伝えられて、二人はじわりと表情を緩める。 そんな二人を、男は愛しげに目を細めて見た。 「ん……っ」 ロッソが小さな声を漏らす。 それは、リンデルが男の愛に反応した証拠だった。 カースは、ロッソの左側へと回り込むと、指の背でロッソの頬をするりと撫でる。 いつも真っ直ぐな前髪が、今は額に滲む汗に濡れて乱れている。 それを、カースは丁寧に指先で整える。 カースにとって、この小柄な男は、自分の手の届かない場所で常にリンデルを支え続けてくれた、かけがえない人物だった。 こんな、色の違う俺の事を、最初に信じてくれたのも、こいつだった。 こいつに、騎士団と一緒に来てくれと言われた時、むしろ信じられなかったのは自分の方だった。 繊細な指使いで髪に触れるカースを、従者の黒目がちな瞳が、じっと熱っぽく見上げる。 求められていることを知り、カースは相好を崩した。 いつからか、どうしてだか、この小柄な男はカースが触れると嬉しそうにするようになった。 冬祭りの翌朝、名を呼んで欲しいと言われた時、カースもまたそれを嬉しく思った。 魔物に囲まれ目覚めた時、こいつがどれだけ無茶をしたのかよく分かった。 リンデルだけでなく、俺の事までも精一杯守ろうとしてくれたのだと、その傷の形から分かってしまった。 必死で尽くすこいつに少しでも応えてやりたいと思う気持ちは、気づけばカースの胸にもリンデルと同じように芽生えていた。 一番に大切にしてやることはできなくとも、その次くらいには大切にしてやりたいと。 この身体を求めてくれるのなら、応えてやるのも構わないと、自然にそう思う。 カースは、自分を求める黒い瞳の目元へ、そっと唇を寄せた。 ロッソの小さな肩が喜びに震える。 それを見て、リンデルがじわりと腰を揺らし始める。 「ん……っ、ぁ……んん……ぅ……」 カースに見られているのが恥ずかしいのか、ロッソは今までよりもさらに羞恥に塗れた表情で、その快感に耐えようとしている。 「我慢しなくていいのに……」とリンデルは苦笑する。 「そうだな……、ロッソにも、たまにはタガが外れる日があっても、良いかも知れねぇな」 と、カースもそれに同意した。

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