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夕涼みとクローバー(1/2)

「カース? 何してるの?」 背中にかけられた声に、男は手を止めて振り返る。 「ああ、夕飯は外で食べようと思ってな。涼める場所を作っていたところだ」 答える中年の男はこの辺りでは珍しい浅黒い肌をしていた。 振り返った男の肩口で、ゆるりと結ばれた細く柔らかな黒髪が揺れる。 「わぁ、すごいね。本格的だ」 声をかけた金髪の青年は、男の元まで辿り着くと辺りを見渡して感嘆する。 孤児院の裏手側のこの場所は、日が差さず日中でも比較的涼しいところだった。 そこへ、いつの間にやらテーブルや椅子やベンチが運び込まれている。 よく見れば足元の草地には水も撒かれているようで、通る風もいつもよりひんやりしていた。 「毎日暑いからな。子ども達もお前達も少し涼んだ方がいい」 そう言う男は汗だくで、首からかけた手ぬぐいで流れる汗を拭っていた。 一体いつから一人で準備をしていたんだろう。と青年は思う。 目の前の男には、腕が一本しかない。目だって片方だ。 どちらも俺のせいで失ってしまったのに。 見れば、テーブルの上には男が作ったのだろう涼しげな料理も並んでいる。 こんな大きなテーブル、片腕で運ぶのは大変だったろうに。 この男はいつになっても、俺達に頼ろうとしてくれない。 もっと俺達を使ってくれたら良いのに。 この男の頼みなら、何だって聞きたいのに……。 「カースも、ちょっと休んだほうがいいよ?」 「ここまで終わったらな」 作業に戻る男に、青年は慌てて声をかける。 「俺も手伝うからっ」 男はチラと金髪金眼の青年を見ると、困ったように微笑んで言った。 「……気にするな。もう終わる。お前はロッソ達に声をかけて来てくれ」 「……はーい……」 仕方なく、青年は男に背を向ける。 俺は料理はできないし、あまり器用でもない。 自分にできる事と言えば魔物を倒すことくらいだったが、それも今となっては不要な事だった。 こういう時はきっとロッソの方がカースの助けになるだろう。 けれど、青年は一歩踏み出したところで足を止めた。 「おーい。リンデルだろ? 俺を覚えてるか?」 随分と懐かしい顔が、こちらに手を振りながら荷車を引いてやってくる。 「えっ、急にどうしたんですか?」 リンデルと呼ばれた金髪の青年が駆け寄れば、恰幅の良い男は浅黒い肌の男を指して言った。 「どうしたもこうしたもねぇよ。こいつが急に無理難題ふっかけてくるから、わざわざ来てやったんだ」 「?」 「おう、持ってきたぞ」 「ったく、遅ぇじゃねーか。ってちょっとデカすぎんだろ」 首を傾げる金髪の青年をよそに、二人は金銭のやり取りを始める。 青年は、子ども達の前であまり口調を崩さない男が久々に荒い言葉を使う姿にどこかホッとしていた。 恰幅のいい男が大きな塊を荷台から下ろして包みを開く。何重にも包まれた布の中から姿を見せたのは、キラキラと輝く氷の塊だった。 「こう暑いと途中で溶けそうだったんでな。サービスだよ」 「この板、半分に割れるか……?」 「いや、下手に割ると砕ける。やめた方がいい」 「チッ、しゃーねぇな。板2枚と、このくらいは砕いて使いたいとこなんだがな」 浅黒い指で氷の上を区切りながら言う男を見て、青年は自分にも手伝えそうなことを見つけた。 「この氷、三つにしたらいいの?」 弾むような声に、二人が鮮やかな金色を振り返る。 「できるか?」 カースの言葉にリンデルはニッコリ笑って頷いた。 「待ってて!」 駆け出した青年はすぐに剣を一本携えて戻って来る。 スラリと慣れた所作で青年は剣を抜き、構えた。 目の前には、巨大な氷塊。 「大丈夫か? 下手に叩くと粉々だぞ?」 氷を運んできた男がハラハラと見守る横で、氷を頼んだ男は口端だけを上げる。 「そん時ゃそん時だ」 「てめぇ……俺の苦労を何だと……」 青年は外野の声を気にする事なく、まっすぐに剣を振り下ろした。 「ハッ!」 キンッと軽い音と共に、氷が二つになる。 それを青年はもう一度斬って、男が示していた通りの大きさにする。 「で、これを砕くんだっけ」 「こん中でな」 男を振り返った金色の青年に、男は大きめの桶を示した。 「はーい」と素直に返事をして、青年は氷の塊の一つをひょいと桶に入れると見る間に砕いてゆく。 「これでいい?」 「ああ。助かった」 ポンと頭を撫でられて、金色の青年が嬉しそうに笑う。 「じゃあ俺、皆を呼んでくるね」 剣の雫を払うと、自然な動作で鞘に戻しながら青年は駆けてゆく。 金色の青年にとって剣を振ることは、息をする事と同じほどに身に染みついた動きなのだと、カースはその背を見送りながら思う。 あの真っ直ぐな青年に剣を持たせてしまったのは、自分だったのではないか。と。幾度となく思うそれを呑み込みながら。 そんな男の隣で、恰幅の良い男は感嘆の声をあげながらしゃがみ込んだ。 「はぁぁ……すげぇなこりゃ……」 恰幅の良い男は、氷の切り口をまじまじと眺めている。 「あのちびっこかったリンデルがな……」 氷はほんの少しも欠けることなく、美しいほど艶やかな断面をしていた。 「……立派なもんだろ?」 何処か自慢気な声に、恰幅の良い男が驚いたままの顔でカースを見る。 「お前……そんな顔できたんだな」 「……うるせぇよ」 眉根を寄せるカースに、男はまた氷の断面へと視線を戻して言う。 「長生きも悪くねぇな」 境遇こそ違えど、男もまたカースと同じ『生き残ってしまった』一人だった。 そんな男の言葉に、カースは「……まあな」とだけ答える。 「んじゃ、貰うもん貰ったし、帰っとすっかな」 重そうな外見に似合わずスイと立ち上がった男が、荷車に布を手早く積む。 「なんか食ってくか?」 その背に声をかけられて、男は一瞬だけ手を止めてから、また動き出した。 「俺みてぇなのは、真っ当な子らに見せるもんじゃねぇよ」 「……そうか」 「まあ、なんかあったらまた呼んでくれ」 「ああ。助かる」 振り返ることなく片手を上げて立ち去る男の後ろ姿を、カースは黙って見送った。

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