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夕涼みとクローバー(2/2)

「皆を呼んできたよーっ」 明るく弾む声にカースがそちらを見れば、陽の暮れ始めた柔らかな日差しを浴びて輝く金色が駆けて来る。 「……おかえり」 「? ただいま」 リンデルは、少しだけ不思議そうな顔をしてから、髪と同じ金色の瞳を細めて答えた。 「あれ? ディアロさんは?」 「帰ったよ」 「えー、そうなの? 一緒に夕飯食べてくかと思ったのに」 「……あいつも忙しいんだろうよ」 「そっかー。でも忙しいのは良い事だよね」 「そうだな」 そこへ背の低い男がぞろぞろと子ども達を連れてやって来る。 淑やかな佇まいに長い髪を臙脂色のリボンで一つに括った姿は一見女性のようにも見えたが、口を開けばその声は間違いなく男性のものだった。 「主人様、お一人で行かないでください。こちらは手が足りないんですから……」 「あっ、ごめんごめん」 従者にいつもより深い半眼でじとりと睨まれて、金色の青年が幼い子達のサポートに駆け戻る。 「……長生きも悪くない。か……」 カースは口の中でさっきの言葉を小さく繰り返す。 そう言い切ってしまえるほど自分は過去を割り切れない。けれど、その言葉に同意するくらいは出来るようになったのかと思うと、随分遠くに来たような気もする。 「かぁしゅ、どーぞ」 足元から聞こえた声に視線をおろせば、小さな手が何やら差し出している。 「なんだ?」 幼い少女が、絶対に落とすまいと必死で握り込んでいたのは四葉のクローバーだった。 「……俺が、もらっていいのか?」 「ん!」 満面の笑顔に頷かれて、男は「ありがとうな」と小さな頭を優しく撫でる。 「押し花にしましょうかと提案したのですが、どうしてもすぐ貴方に渡したかったようです」 小柄な従者が子どもの座る椅子を押してやりながら申し訳無さそうに言い添える。 「俺に……」 四葉のクローバーなんて物、欲しいと思った事もなければ、探そうとしたことも無かった。 なのに、貰ってこんなに嬉しく感じるなんて、全くもって想定外だ。 「かぁしゅ。だっこ」 自分へまっすぐ伸ばされた小さな両手。 カースは幼い少女へ「まずは食事だ」と告げると片腕で抱き上げる。 ストンと子ども椅子に座らされた幼子は、森色の瞳を見上げて尋ねた。 「だっこ?」 「夕飯が済んだらな」 「ん!」 幼子は大きく頷いて、テーブルの上に並ぶ食事を見渡す。 皿のあちこちに、砕いたばかりの氷が散りばめられ、金色に変わり始めた陽射しの中でキラキラと輝いていた。 「しゅごい!」 大きく目を見開いて、幼い少女がぱちぱちと手を叩く。 それは彼女の最大限の称賛だった。 男が見回せば、子ども達は皆それぞれに瞳を輝かせている。 リンデルは俺の視線にニッコリ笑い返し、ロッソもどこか嬉しそうにペコリと頭を下げてきた。 ああ、皆良い顔だ。苦労した甲斐があったな。 そんな風に思った瞬間、さっきの男の言葉がもう一度蘇る。 『長生きも悪くねぇな』 そうだな……、こと今現在に限っては、悪くないかも知れねぇな。 こんな死に損ないの俺が、生きていても。 「皆さん席に着きましたね?」 ロッソが子どもの数を確認し終えて男を振り返る。 普段食事の挨拶をするリンデルも、同じように期待のこもった視線で男を見ていた。 ……なんだ? 俺かよ。気の利いたことなんざ言えねぇぞ? 男は片眉を上げて二人を見るが、二人はどちらも頷いただけだった。 仕方ねぇな。 男は小さく苦笑を滲ませながら口を開いた。 「皆、冷たいうちに食べなさい」 落ち着いた低い声が、涼しい裏庭に優しく響く。 はしゃぐ子ども達の声が、氷と一緒に夏の夕陽に煌めいた。

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